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シローの友人がやってきた。

 【大空の渡り鳥】

 世界の色んな物を見て回ろうと二人の少年が興した冒険者パーティーだ。

 旅を続ける内に仲間を増やし、多くの国を渡り歩いた【大空の渡り鳥】はその後滅亡の危機にあった小国を救う英雄となった。

 征く国々で噂され、知らぬ者がいないほど有名になったそのパーティーの構成人数は六人。

 誰もが実力者であり、六人中五人がテンランカーに名を連ねた最強の冒険者パーティー、そのパーティーリーダーの名が【飛竜墜とし】葉山司狼。

 現在のシロー・トルキスである。



「久しぶりだな……元気にしてたか?」


 玄関で友人を出迎えたシローが笑みを浮かべ、カルツ、ヤームと握手を交わす。


「元気そのものですよ。シローもお変わりなく」

「そいつは無理ないか? 別れてから十年近く経ってんだぜ?」


 カルツの返しにヤームが軽くツッコむとそれだけで笑いが零れる。

 シローは友人の肩を叩いて再会を喜ぶとヤームの妻子に視線を向けた。


「ようこそ、ターニャさん。長旅でお疲れでしょう?」

「いえいえ」


 ヤームの妻――ターニャが首を振る。

 なにせ護衛がカルツという最強の冒険者の一人だ。

 引退したとはいえヤームも並の冒険者以上の実力を誇る。

 道中の安全は約束されていると言っても過言ではない。


「こんな安全快適な旅は初めてですよ」


 ターニャは明るく答えて微笑むと我が子の方を見て首をひねった。


「どうしたの、二人とも?」


 ぽかんと口を開けたままシローを見上げる兄妹にシローも首を傾げる。

 ターニャとは面識のあるシローだが、彼らの子供達と会うのは初めてだ。

 子供達は勢いよくヤームの方を振り向くと口を揃えた。


「「葉山司狼がいる!!」」

「そりゃあ……シローの家だからな」

「「すごいよ、父さん!!」」

「いや、だから……シローの家に行くって言ったじゃねーか」


 呆れたように答えるヤームとは対象的に子供達はキラキラとした目でシローを見上げた。


「何か、私の時と同じような反応ですね」

「ごめんなさい。この子達、主人が【大空の渡り鳥】のメンバーだったって言っても信じてなくて……」


 カルツの言葉にターニャが困ったような笑みを浮かべる。

 家には【大空の渡り鳥】のメンバー全員で撮った写真が飾られているそうだが、それでも信じてくれないらしい。


「苦労してるんですねぇ」

「うっせー」


 カルツの言葉に仏頂面を浮かべるヤーム。

 それを見て、シローは思わず笑みを浮かべた。

 子育てはどこの親も大変らしい。


「ようこそ。俺の名前は葉山司狼、君のお父さんとお母さんの友人だ。今は結婚してシロー・トルキスと名前を改めているが、間違いなく君達が知っている【飛竜墜とし】だよ。君達のお父さんは【大空の渡り鳥】のメンバーでパーティーの管理を担当してくれた大切な仲間なんだ」


 シローが丁寧に自己紹介をし、ヤームの事を話して聞かせると子供達はようやく自分の父親が【大空の渡り鳥】の一員だった事を認めたようだった。

 理解を示した子供達の頭をシローが撫でる。

 それから顔を上げ、ターニャの方へ向き直った。


「ささ、奥へどうぞ。俺の妻と子供達も皆さんの到着を心待ちにしてたんですよ」


 屋敷の奥へ促され、ターニャの緊張の度合いが少し増す。

 貴族の地位を辞したとはいえ、セシリアは公爵令嬢である。

 一般的な国民で接点のないターニャが緊張するのも無理からぬ事であった。

 シローを先頭にリビングに入ったカルツ達をセシリアと子供達が並び立って出迎えた。


「長旅お疲れ様でございました。どうぞ我が家と思っておくつろぎ下さい」


 丁寧に頭を下げるセシリアに習い、子供達や使用人達も一斉に頭を下げる。

 釣られてターニャ達も頭を下げた。


(失敗したなぁ……)


 リビングをそれとなく見渡したターニャが胸中でため息をつく。

 着いてすぐ冒険者ギルドに赴き、案内されるままトルキス邸へお邪魔したため、ターニャ達は旅の装いそのままだ。

 綺麗な調度品が並ぶ立派なリビングに今の自分の格好は不似合いだった。

 カルツもヤームも気にした素振りを見せていないが、一日街の宿を取って身なりを整えた方がよかった。

 ターニャの様子に気付いたセシリアが優しい笑みを浮かべる。


「風呂の支度もさせております。まずはゆっくりと旅の汗を流されてはいかがですか?」

「あ、はい!」

「そうだな。ターニャ、悪いけど子供達も一緒に入れてやってくれ」


 恐縮するターニャをヤームが促すと使用人達がターニャと二人の子供達を案内してリビングを出ていった。

 その後ろ姿を見送ってからヤームがセシリアに向き直る。


「あー……気を使わせてしまって申し訳ない」

「ふふっ。せっかちなところは相変わらずですね、ヤーム様。奥様も女性なのですから気を使って差し上げないと……」


 頭を下げるヤームにセシリアは笑顔のままダメ出しした。

 その辺りはカルツも同罪であるのだが。


「えー……子供達にもご挨拶をですね」


 カルツは誤魔化すように並んだウィル達に視線を向けた。

 レンが横から少しムッとした表情で睨んでいたが、セシリアは気にした様子もない。

 むしろその反応に仲間意識を感じて微笑んでいた。

 出自からくる特別扱いよりも、こうした仲間内のような反応の方が嬉しいのだ、彼女は。


「そうですね。それじゃあセレナからご挨拶なさい」


 レンが何かを言い出す前に、セシリアに促されたセレナが一歩前へ出た。

 スカートの端をつまみ、ちょこんと膝を曲げる。

 貴族式の挨拶だ。


「ご紹介に預かりましたトルキス家長女セレナ・トルキスと申します」


 なかなか堂に入った姿にカルツとヤームも笑みを浮かべて頷いた。


「えっ、と。トルキス家次女ニーナ・トルキスと申します」


 続けてセレナと同じように挨拶したニーナはまだ少しぎこちない印象だ。

 端々に元気さが飛び出しそうになっていて正直初々しい。

 カルツとヤームはまたも笑顔で頷いた。


「それじゃあ最後はウィルね。上手に挨拶できるかしら?」


 娘二人の挨拶を見守ったセシリアが視線をウィルへと向ける。

 周りの視線が自然とウィルに集まる中、全員笑顔のままウィルの様子を見て固まった。


「ウィル……?」

「んー……? おー……?」


 ウィルは不思議そうな顔をしてカルツを見ていた。

 しゃがんで見たり、首を傾げたり、少しそわそわしたような様子で色々と見る角度を変えながら唸り声を上げている。

 小さな子供に行儀を求めても長続きはしないかな、とセシリアは少し困ったような笑みでウィルに声をかけた。


「どうしたの、ウィル?」


 ウィルはセシリアの方を振り返り、それからまたカルツに視線を戻した。


「うふふ。ウィル君、私がどうかしましたか?」


 ウィルの視線に応えるようにカルツがおどけてみせる。

 ウィルはてくてく歩いてカルツに近寄ると周りを回ってみたり、ローブの中を覗き込んだりした。

 それからまたカルツを不思議そうに見上げる。

 そんなウィルの様子にシローは心当たりがあった。


「何か見つかったか、ウィル?」


 今度はシローが問いかけるとウィルはこくんと頷いた。


「いる」

「いる……?」


 ウィルの呟きにヤームが首を傾げる。

 続いてウィルから出できた言葉は想像を超えるものだった。

 ウィルがカルツのローブを掴んでシローに答える。


「せーれーさんがいる」

「……それはそれは」


 飄々とした態度のカルツだったが驚きは隠せないでいた。

 ウィルの反応を興味深そうに眺めると、顔を上げたウィルと目が合った。


「このひとのなかー」

「なんの精霊さんがいるか、分かるか?」


 再度シローが問いかけるとウィルが唸って首を傾げる。


「んー……たぶん、くーぞくせーのせーれーさんかなー?」

「こりゃ、驚いたな……」


 ヤームが呆れたような感心したような呟きを漏らす。

 カルツも似たような反応だが落ち着いてウィルを見返していた。


「ウィル君、どうして分かったんです?」


 カルツから魔法的なアプローチはしていない。

 魔法を見られて判断されたのならまだ納得できるが、ウィルにはそうと判断できる要素はなかったはずだ。

 しかし、ウィルははっきりと答えた。


「おじさ」

「お兄さん」

「おじさ」

「お兄さん、です」


 ウィルの言葉を封じるようにカルツが笑顔で訂正する。

 困ったような顔で振り向いてくるウィルにシローが苦笑して頷いた。


「ウィル、お兄さんって言ってあげて」

「むぅ……」


 釈然としない様子で眉を寄せたウィルがカルツを見上げる。


「おにーさんのなかからせーれーさんがでたそうにしてたからー」

「……なるほど。そうでしたか」


 精霊の気配が漏れた。

 カルツ達はそう解釈した。

 もちろん普通はその程度で精霊の存在を感知できたりしない。

 だが、カルツ達はそこまで取り乱す事はなかったか。

 事前にシローから連絡を受けていたからだ。

 子供の事で相談に乗って欲しい、と。

 何でも一人で解決してしまうほどの手練である友人からの知らせに首を捻ったカルツだったが、今のウィルの反応で納得した。


「スート、挨拶なさい」

「へーい」


 カルツに促されて姿を現したのは男の子の精霊だった。

 バツの悪そうな様子で頭を掻きながら、宙に浮いた少年がウィルを見下ろす。


「スートってんだ。よろしくな、坊主」

「うぃるだよー」

「分かった。ウィル坊」


 スートと名乗った精霊の少年は床に降りるとウィルの頭をポンポンと撫でた。

 気をよくしたウィルが笑顔でその手に甘える。

 その様子を見やりながら、カルツが小さくため息をついた。


「シローが助けを求めてきた理由が分かりましたよ」

「で、どうだ?」

「ちょっと記憶にないですねー」


 シローの問いかけにカルツが肩を竦めてみせる。


「ウィルが言うにはどうやら魔力の流れが目に見えているらしい。見た魔法を再現してしまうんだ」

「うーん……少し様子を見させてください」


 己の精霊と戯れるウィルを見ながら答えるカルツにシローが頷いた。

 そんなウィルが何かに気付いて顔を上げた。


「かるつさん、おつよい?」


 振り向くウィルの質問にカルツが首肯する。


「ええ、まぁ。テンランカーに名を連ねる程度には」

「じゃー、ぴくにっくいこー」

「ふふっ、構いませんよ。どこへ行きたいですか?」


 子供らしいお願いにふとカルツの表情が緩んだ。

 外の世界に興味を示すことは子供であれば自然なことだ。


「せかいじゅ!」


 嬉々として答えるウィルにカルツは頭に浮かべた前言を撤回したくなった。

 世界樹は子供が目指すところではありません、と。


「なんで、世界樹?」


 視線を向けてくるヤームにシローが困ったような笑みを浮かべながら掻い摘んで説明する。

 先日起きた王都での事件。

 ウィルの目に何が写ったのか。

 それ以来、ウィルが回復魔法や再生魔法に興味を示し、新しい魔法まで作ってしまった事。


「「「新しい魔法!?」」」


 カルツ達はその突飛な単語に食いついた。

 魔法と共に生きる者ならその言葉に飛びつかないわけがない。


「ウィル、見せてあげて」

「あい」


 シローに促されて、ウィルは頷くと早速精霊達と作った【土塊の副腕】を披露した。

 三対六本の土の腕が宙に浮かび、ウィルを守るように待機する。

 その様子を見てカルツ達から歓声が上がった。


「これは素晴らしい……」

「なるほど……魔法で手を作る、か……」


 カルツとヤームが思い思いの言葉を呟く。

 だが、ウィルは少ししゅん、っと肩を落とした。


「でも、さいせーまほーはまだつかえないし、おててもちーさいのしかつくれないのー」


 その上、魔法は人によって使える属性に差が出てくる。

 ウィルが【土塊の副腕】を広めても、使える人間は限られるのだ。

 それでは魔法が完成の域に達したとしてもみんなを治したことにはならない。

 顎に手を当てて難しい顔をするヤームの横でカルツはウィルの優しさに目を細めた。


「ウィル君。なぜ【土塊の副腕】の手が小さいか、分かりますか?」

「…………?」


 カルツの質問にウィルが首を横に振る。


「人体を模した生成系魔法の多くは使用者の身体的記憶を元に作製されるからです。ウィル君の副腕が小さいのは当然なんですよ」


 不思議そうに目を瞬かせるウィル。

 この顔は分かってない顔だ。

 ウィルの作った【土塊の副腕】は使用者が異なればその使用者の身体的記憶を元に作製される。

 つまり、大人が魔法を行使すれば大人の大きさの副腕になるのだ。

 カルツの様子を見て確信に近いものを感じたシローは静かに問いかけた。


「カルツ、ヤーム。魔道具にできそうか?」

「いいのか? 自分の子のオリジナル魔法だぞ?」


 シローの意図を感じ取って聞き返すヤームの反応は当然のものだ。

 魔法の知識というのは秘匿される事が多く、珍しい魔法書は高額になる。

 それがオリジナルの魔法となれば尚更だ。

 使い手も少なく、対策されにくい魔法など誰でも欲するもので、その知的財産の価値は計り知れない。

 それをヤーム達に預けようというのだ。

 シローは不思議そうに見上げてくるウィルの頭を優しく撫でた。


「この子は負傷した者を笑顔にしたい一心でここまで辿り着いたんだ。その想いに応えてやりたい」

「……そうですか」


 カルツはそれだけ言うとセシリアとレンを見た。

 彼女達もシローと同じ想いでカルツを見返している。

 この場に反対意見の者はいなさそうだ。

 カルツは膝をついてウィルの肩に手を置き、その顔を覗き込んだ。


「ウィル君」

「なーにー?」

「私がウィル君の魔法を解析して世に出せば皆がウィル君の魔法を真似するかもしれませんよ? それでもいいですか?」

「みんなえがおになるー?」

「なりますよ。沢山の人が」

「じゃー、いーよー」


 ウィルが嬉しそうに「えへへ」と微笑む。

 その顔を見てカルツも笑顔でウィルの頭を撫でた。


「分かりました。【魔法図書】の二つ名に賭けて、ウィル君の魔法を皆が使えるようにしてみせましょう。ヤーム、できますね?」


 カルツが立ち上がってヤームに視線を向ける。

 ヤームは顎に手を当てたまま、考え込んでいた。


「銀だな。木や布でもできなくはないが、耐久力を考えると……後、工房がいる。最低限、仕事道具は持って来ているがな。けど、俺よりそっちだろ? カルツ、できんのか? 魔法文字の量によって造るものが変わってくるぞ?」

「愚問ですね。まぁ、解析の前にウィル君と一緒に魔法を作った精霊達の話を聞きたいですが……」


 不敵な笑みを浮かべるカルツに両手を上げたヤームも釣られて笑う。


「オーケー、分かった。【祈りの鎚】の二つ名に賭けて、ウィル坊の願いを形に変えてやるよ」

「二人とも、宜しく頼む」


 友人達から色よい返事が聞けてシローが頭を下げた。

 その姿を見たカルツとヤームがまた笑みを浮かべる。


「ダチの頼みだ。任せておけよ」


 バシバシとシローの背中を叩くヤーム。

 そのまま話に花を咲かせていると、ターニャ達が風呂から戻ってきた。


「セシリア様、ありがとうございました。あなた、カルツさん。お風呂、空きましたよ」


 セシリアに頭を下げたターニャがヤーム達の方へ向き直ると、彼らはトルキス家の子供達相手に色々と話し込んでいた。


「あなた? カルツさん?」


 再度呼びかけるターニャにカルツとヤームが向き直る。


「「いま、いいところなんーー」」

「いいから、先にお風呂を頂いてきてください」


 額に青筋を立てたターニャの笑顔に言葉を飲み込んだ二人はそのままスゴスゴとリビングを出ていった。


「すみません。うちの人も久しぶりの再会ではしゃいでるみたいで……」


 クスクスと笑うセシリアにターニャが改めて頭を下げる。

 その様子を見ていたウィルがハッと気付いたように顔を上げた。


「わかったー」

「何がわかったの、ウィル?」


 不思議そうに聞き返すセレナにウィルは真顔で答えた。


「たーにゃさんがいちばんつよいー」


 ウィルの発言に一瞬静まり返ったリビングが笑いに包まれる。

 恥ずかしそうに顔を赤く染めて縮こまるターニャの傍で彼女の子供達はしきりに頷いていた。


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