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正しい腕の使い方

「まだ、続けますか?」


 余裕を崩さぬ佇まいで睥睨するレンを男達が憎々しげに見上げる。


「このっ……! コケにしやがってっ!」


 初めに投げ飛ばされた男が腰の剣に手をやった。


「いいんですか? それを抜けば、後には引けませんよ?」

「う、うるせぇっ!」


 僅かに声を震わせ、男が吠える。

 非常時以外に街中で許可なく武器を抜く事はフィルファリアの法に触れる。

 そうなればもう国の管轄だ。

 だが、酔っていることもあり、男は後に引けない勢いだった。


「ぶ、ぶっ殺してやる!」


 今にも武器を抜きそうな男に、レンが胸中で嘆息しつつゆっくりと構える。

 目の前の男がどうなろうと知った事ではないが、そのせいで他の冒険者が肩身の狭い思いをするのは寝覚めが悪い。

 そう思い、男が武器を抜く前に動こうとしたレンの耳に聞き慣れた声が響いてきた。


「きたれ、つちのせいれいさん! だいちのかいな、われをたすけよつちくれのふくわん!」


 レンが嫌な予感を覚える間こそあれ、気付いた時にはウィルに生成された小さな土の腕が横から飛んできて、剣に手をかけた男の顔面に突き刺さった。


「グベラッ!?」


 思い切り殴り飛ばされた男がもんどりを打って通りに倒れ伏す。

 ピクピクと痙攣したまま、男は気を失っていた。


「ウィル様……」


 レンが嘆息しつつ、ウィルの方へ向き直る。

 土の腕がウィルの下へ戻り、その周りを三対六本の土の副腕が旋回する。

 その中心でウィルは頬を膨らませ、肩を怒らせていた。


「おじさんたち、おねーさんをなかせた!」

「な、なんだ!? その魔法は!?」


 男達からしてみれば、ウィルのような小さな子供が魔法を行使している事自体驚きだが、その上見た事も聞いた事もない魔法である。

 警戒する男達と唖然とする野次馬を置き去りに、ウィルは杖を掲げた。


「おしおきだー!」


 旋回していた副腕が一斉に飛び立つ。

 複雑な軌道を描きながら、土の拳が男達に襲いかかった。


「グッ!?」

「ウゲッ!?」

「グハッ!?」


 縦横無尽に飛び交う副腕に殴り飛ばされた男達が一人、また一人と倒れていく。


「うぐっ……く、くそ……」


 頭を抱えて身を屈めていた大男が焦った様子で副腕の軌道を目で追いかける。

 大きく弧を描いた副腕はウィルの周りに戻るとまたゆっくりと旋回を始めた。


(副腕が消えない……生成魔法だから……?)


 ウィルを後ろから見ていたエリスが冷静に分析する。

 魔弾などに代表される攻撃魔法は当たれば消えるが、生成魔法などの物を作る魔法は耐久値を超えない限り存続する。

 ウィルの魔法は後者だ。

 つまり、ウィルの魔力が供給されている間、副腕は形を保ち続け、耐久値を超えない限り殴りたい放題だ。

 その代わり、一定以上の距離を超えると魔力の供給が途絶えるため、ウィルの副腕は遠距離攻撃に適さないだろう。


「ごめんなさい、は?」

「くっ……」


 謝罪を要求するウィルに大男は顔を青ざめさせた。

 冒険者としてのプライドが小さな子供に圧倒されて屈する事を拒絶する。


「むぅ……ごめんなさいしない」


 動かない大男にウィルは頬を膨らませた。

 従わぬなら従わせるまでとばかりに杖を振る。


「つかまえろー」

「ぐあっ!? やめろ!」


 副腕に掴まれた大男が悲鳴を上げた。

 副腕はウィルの腕を模した小さな腕だが強い魔力を含んでおり、見た目以上に強力だ。

 二対四本の副腕に上から押さえつけられた大男は地面に膝をついて四つん這いになった。


「どげ……ざ?」


 記憶を頼りに最上級の謝罪のポーズを取らせようとするウィルだったが、何かが違って首を傾げた。

 これはお馬さんのポーズだ。これじゃない。


「放せっ! 放しやがれ!」


 大男が声を荒げるが、副腕の拘束からは逃れられないらしい。

 四つん這いのまま、ウィルを見上げて睨みつける。

 どうやら反省の意思はないらしい。


「うーん、こまったー」


 どうやっても謝ってくれない大男にウィルは腕を組んで考え込んだ。


「ま、いいやー」


 気持ちを切り替えて大男を見下ろしたウィルが残りの副腕に意思を込めようとして、ふと思い止まった。


(なんだ……?)


 動き出そうとして、再び動きを止めたウィルを訝しんだ大男が再度ウィルの顔を見上げる。

 逆光でよく見えないが、ジッとこちらを見下ろしている。

 その口元にニヤリとした笑みが浮かんだ。


「くっしっしっしっしっ……」

「…………!?」


 忍び笑いのつもりなのだろうか、いきなり変な笑い方をし始めたウィルに視線が集まる。

 その横顔を見たレンは眉をひそめ、エリスは苦笑いを浮かべた。


((あれはイタズラを思いついた顔ですね……))


 ウィルは他人思いの優しい子だ。

 イタズラをして人を困らせたりはあまりしない。

 だからあの笑みも性悪ではなく、「いいこと思いついた」程度のものなのだろうが。

 ウィルの【いいこと】はその溢れんばかりの魔法の才気を以って、往々に周囲を驚かせる。


「かまえー♪」


 ウィルが杖を振ると、残った一対の副腕が人差し指を伸ばした状態で両手を組んだ。


「お、おい……まさか……」


 その構えに見覚えがあって大男が声を震わせる。

 副腕はご丁寧に腕を上下してみせた。

 遠巻きに様子を窺う者達からどよめきが起こる。


「ぐるぐるー♪」


 ウィルの言葉に従い、副腕が手を合わせたまま回転し始めた。

 徐々に回転の速度を上げていく副腕に大男の顔が引きつる。


「お、おい……?」

 

 高速に達した副腕はもう歪な円錐形にしか見えない。

 歪な円錐形はふわりと浮き上がり、大男の視界から消え、その背後を回って後方にセットされた。


「じょ、冗談だよな……な?」


 更に青ざめた顔で大男がウィルを見上げる。

 ウィルは大男の耳元へ顔を近付けた。

 口元に手を添え、内緒話をするように――しかし、子供らしく声を漏らしながら大男に囁いた。


「わるいことしたらー、おしおきされるんだってー♪」


 嬉々としたその声に大男は戦慄した。

 こいつマジだ、と。


「ちょっ……! まてまてまて!」

「またなーい」


 ウィルが懇願する大男から距離を取って杖を掲げる。


「あ、悪魔……」


 見下ろすウィルの笑顔を見た大男の声が引きつった。

 もう、待ったなし。

 ウィルは掲げた杖を振り下ろした。


「せいぎのさばき! どりるかんちょー!」


 ズゴォッ!!


「ゴッ!! オガガガアアアアァォボボボボ!!?」

「あはははははははははっ!!」


 副腕が物凄い勢いで尻の中心に突き刺さり、大男が意味不明な絶叫を上げる。

 それを見たウィルはお腹を抱えて笑い転げた。


「ウィル様……」

「ダメって言いましたのに……」


 離れて見ていたレンとエリスは揃って深々と嘆息した。




「……ごめんなさい」


 レンに上から睨まれ、ウィルがしょんぼりと項垂れた。

 外聞が悪いと場所を冒険者ギルドの隅に移したレンはそこでウィルを叱った。


「悪人を許せないウィル様のお心は大変素晴らしいと思います。ですが、何事にもやりようというものがあります。いいですか?」

「……あい」

「先程のようなことはお下品です。トルキス家の男子として相応しくない行いですし、精霊様もそのような事をする為に魔法を作ってくださったわけではないでしょう?」

「うっ……」


 ウィルが言葉を詰まらせる。

 【土塊の副腕】は魔法で手を作りたいと願うウィルの為に精霊達が作ってくれた魔法だ。

 誤った使い方をすれば精霊達はきっと悲しむ。


「ぐすっ……ごめんなさい……」


 ポロポロと涙を零し始めたウィルに、レンは小さくため息をついた。

 ウィルは精霊達に申し訳なくて泣き出したのだ。

 十分反省している。

 もう馬鹿な真似はすまい。


「二度とあのような魔法の使い方はなさらないでください」

「あい……」

「反省したのでしたら悪い事をした人の傷も癒やしてあげましょう」


 ウィルにやられた事ですっかり酔いを覚した冒険者たちはギルド職員に厳重注意を受けて反省していた。

 リーダーが悲惨な目にあったのだ。

 彼らも態度を改めるだろう。

 ウィルの成長に一役買ったと思えば、レンは彼らの自分に対する振る舞いも不問にする事ができた。


「ごめんなさい……」


 エリスに付き添われ、涙を拭きながら謝るウィルにボロボロの冒険者達が顔を見合わせる。

 ウィルはすぐに回復魔法を使い、冒険者達の傷を癒やした。

 王都の住人やホームにしている冒険者達にはウィルが回復魔法の使い手である事は噂となって知れ渡っているが、この街に着いたばかりだったという彼らはウィルが回復魔法を使うのを見て大層驚いた。


「うぃる、しっぱいしました……」

「あ、いや……」


 悪いのは冒険者達であり、彼らもそれは深く反省していた。

 ウィルが謝るいわれはないのだ。

 その事を伝えようとする冒険者達にウィルは続けた。


「だから、もーいっかいやりなおすね」

「「「…………は?」」」


 揃って首をひねった冒険者達は次の瞬間ウィルの言葉の意味を理解した。


「きたれつちのせーれーさん! だいちのかいな――」

「だーっ!! もう反省してるって! 悪い事はしねぇから!」

「メイドさーん! お宅ンとこの坊っちゃんが!!」

「ウィル様!!」


 騒然となる冒険者ギルド。

 慌ててウィルを諌めて事無きを得る様子を見ながら、今後ウィルに加減というものを教えようと心に誓うレンであった。


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