表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/263

小さなウィル先生

「……っつ」

「大丈夫?」


 軽装の女剣士に肩を貸した女魔法使いが心配そうにその顔を覗き込んだ。


「ええ、大丈夫……」


 額に汗を浮かべ、無理やり笑みを浮かべているがかなりの重症だ。

 同じパーティーの仲間を気遣いながら、女魔法使いはゆっくりと歩いた。

 彼女達の他にもパーティーメンバーがおり、その誰もが男だった為、彼女がこうして女剣士に肩を貸している。


「面目ねぇ……」


 タンクを担当していた大柄の男が申し訳なさそうに項垂れる。だが、仕方のない事だ。

 草原地帯に生息する魔獣の討伐依頼をこなしていた彼らは不意打ちで他の魔獣に襲われたのだ。

 前線を支えようとしたタンクの奮闘も虚しく、脇を抜けた魔獣が女剣士を襲った。

 素早い動きが売りの彼女は魔獣の攻撃を躱し切れず、直撃を喰らってしまったのだ。


 致命傷ではなかったにしろダメージは大きく、手持ちの回復薬では手に負えなかった。

 その為、彼女らはその場での回復を諦め、依頼達成後すぐに治療院を目指していた。

 高名な治癒魔法使いマエルの運営する冒険者にも街の人にも人気の治療院である。


「外で待ってて」


 仲間に一声かけてから、女魔法使いが女剣士を連れて治療院の入り口へと向かう。

 入れ違いに出てきた街の住人らしき女性とすれ違った。


「あっ……ごめんなさい」

「いえ……」


 ぶつかりそうになり、女性が慌てて道を譲る。

 女魔法使いもこちらが道を塞いでいると分かっているので特に文句もない。

 軽く会釈して仲間を支えることに注力した。

 治療院の中に入ると、彼女達に気付いた受付の女性達が慌てて駆けつけてきた。


「大丈夫ですか?」

「魔獣にやられてしまって……すぐに治療を受けたいのですけど」


 苦しそうな女剣士に代わり、女魔法使いが受け答えする。

 受付の女性はすぐに治療内容の記載されたメニュー表を女魔法使いに見せてくれた。

 女剣士の状態からなるべく効果の高い回復薬を手に入れたいところだが……。


「うっ……」


 メニュー表を見た女魔法使いが思わず呻いた。

 効果の高いポーション類の相場が軒並み上がっていたのである。


「ごめんなさい。昨日の魔獣騒ぎの影響で回復薬全体の相場が上がってしまっていて……」

「それで……」


 昨日の騒ぎで怪我人も多く出たと聞く。

 そちらに高価な回復薬が回されれば、必然的に品薄になった回復薬の相場は上がる。

 その代わりなのか、回復魔法が普段より少し安くなっていた。

 回復薬が手に入らないのであれば選択肢としてはありだが、それでも彼女達の稼ぎからしてみれば少し高額だ。


 諦めざるを得ないかと思いつつ、メニュー表に目を走らせていた女魔法使いの視線が一点に止まった。


「……あの、これ」


 メニュー表の下に書き加えられていた一文を指差し、顔を上げる。

 そこには【見習い治癒魔法使いの回復魔法】とあった。

 回復魔法なのにびっくりするくらい安かった。

 安過ぎて、思わず書き間違いかと思ったくらいだ。


 基本的に見習いであろうとも回復魔法での治療はそこそこ高い。

 回復魔法の使い手というだけでも貴重なのだ。

 治安の悪い場所ではこういった安いものには何かしら曰くがついていたりするが、王都でそれもないだろう。

 不思議に思う女魔法使いに受付の女性は小さく笑みを浮かべた。


「今日限定、です。効果は保証しますよ」


 で、あれば、女魔法使いに拒む理由はない。

 女剣士に視線を向けると彼女も首を縦に振った。



 二人はすぐに奥へと通された。

 入れ違うように手前の診察室から制服姿の女性が出てくる。

 確か、冒険者ギルドに併設されている食堂の給仕服だ。

 その表情はどこか呆けながらもふわりとした笑みが浮かんでいた。


(なに……?)


 すれ違う女性の顔を見ながら、女魔法使いが怪訝そうな顔をする。

 そういえば入り口ですれ違った女性も今すれ違った女性のような顔をしていた。


(選択を誤ったかしら……)


 頭の片隅にそんな疑念を浮かべながら、二人は受付の女性が診察室に声をかけるのを待った。


「ウィルベル先生、お願いします」


 受付の女性が部屋の中へ声をかけると、中から「はーい」と返事する幼い声が微かに響いてきた。


「さぁ、どうぞ」


 受付の女性に促され、警戒しつつも二人が部屋の中へと入る。


「「…………!?」」


 中の光景を見て、二人は驚愕してしまった。

 なぜなら回復魔法の使い手が座っているであろう席に小さな男の子が座っていたのである。


「こちらへ……」


 女剣士が受付の女性に促され、脇の寝台に寝かされる。


「ウィルベル先生、重傷の患者さんです」

「……うっ!」


 寝る時に痛みが走ったのだろう女剣士が苦悶に呻く。


「たいへん!」


 ウィルはすぐに椅子から飛び降り、女剣士の下へ駆け寄った。

 その後をエリスが付き従う。


「あっ……えっ……?」


 事態の飲み込めない女魔法使いは立ち尽くした。


(これは、なに? お貴族様の子供の治癒魔法使いごっこで本当はメイドさんが治してくれるとか、そういう流れなの?)


 だとすれば、少し不謹慎ではないだろうか。

 安くで治療してもらう身で文句を言うのもアレだが。

 などと眉をひそめる女魔法使いの前で、受付の女性が手早く状態を説明する。


「魔獣の攻撃で脇腹を負傷しているそうです」

「失礼しますね」


 エリスが女剣士の傷が見えるように衣服を捲り上げる。

 白く引き締まった腹部の脇に打ちつけたような痣があり、内出血を伴って変色していた。


「うぅ……いたそう……」


 ウィルベル先生は一緒に痛がってくれた。

 そんなウィルの様子に小さな笑みを浮かべた女剣士が弱くウィルの頭を撫でた。


「痛そうでしょ? 無理に見なくてもいいのよ?」

「だいじょーぶ。うぃるがすぐになおしてあげるねー」


 両手を上げて応えるウィル。

 見た目にはかわいいやり取りだが、女剣士の傷も浅くはない。

 女魔法使いとしては一刻も早く治療して欲しかった。


 これ以上引き伸ばされるのであれば意見しようと心に決めた彼女の前でウィルは初心者用の杖を取り出した。

 ウィルの集中に合わせて肩から下げたランタンが光り輝く。


「きたれ、きのせーれーさん! たいじゅのほーよー、なんじのりんじんをいやせせーめーのいぶきー!」


 杖の先から溢れた淡い緑色の光が横たわる女剣士を包み込んだ。


「…………はっ?」

「えっ………?」


 女魔法使いも女剣士も目の前の光景に呆然とした。

 ウィルの杖先から溢れる光が徐々に減っていき、女剣士を包んでいた光も消えていく。


「できましたー」


 光が収まると同時にウィルが笑顔で告げる。

 同時に女剣士が飛び起きた。

 痛みはもうどこにもない。


「えっ……ええっ!?」


 不思議そうに自分の体を見回し、ウィルに視線を向ける。

 ウィルは変わらず笑顔だった。


「もーだいじょーぶー」

「あ、ありがとう……」


 呆気にとられたまま女剣士が礼を言うとウィルは「えへー♪」と照れ笑いを浮かべた。


「いったい、なにが……」


 目の前の出来事を受け止めきれないで呟く女魔法使いにウィルが向き直る。


「うぃるね、かいふくまほーのれんしゅーをしてるの!」

「そ、そう……」

「でね、でね! いっぱいれんしゅーしてね! こまってるひとをたすけてあげるの!」

「そうなのね……」


 そうではなく、何故こんな小さな子供が回復魔法の、それも上級に位置付けられる樹属性の魔法を使えるのか聞きたいのだが、ウィルはお構い無しに話し続けた。


「みんなえがおになるといーな!」


 女魔法使いはウィルの満面の笑みを見て、完全に毒気を抜かれてしまった。

 ここまで純粋だと、子供にして回復魔法を使える事など些事に思えてくる。


「ははっ、そうね……みんな、笑顔になるといいわね」

「ねー♪」


 ご機嫌なウィルに思わず頬を緩めながら、二人は礼を言って診察室を出た。

 あんな小さな子が魔法を使っていた事にも驚きだが、その理由がまたかわいい。

 受付で会計を済ませて、ふわふわした心持ちで治療院をあとにする。


「お、おい。どうだった……?」


 心配そうに出迎える仲間達に、二人は顔を見合わせて思わずニヤけた。


「天使がいたわ」

「て、天使……?」

「そう、天使よ」


 疑問符を浮かべる仲間達の反応に気を良くした二人はウィルの顔を思い浮かべてまたニヤつく。

 これは堪らない。

 すれ違った女性達の反応のワケを理解して、二人は上機嫌で冒険者ギルドの運営する宿屋へと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ