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治療院にて

 今回お邪魔する治療院は市街区の中心を走る中央通りから一つ筋を離れた場所にある。

 冒険者ギルド寄りの場所で近くには冒険者向けの店や宿があるが、奥まっていないため、同時に住人達も利用しやすい場所にあった。

 清潔感のある建物の中に入ると外とは違う落ち着いた空気が室内を満たしていた。


「ごめんください」

「あ、あら! セシリア様!」


 ローブを着た受付の女性がセシリアに気付いて立ち上がる。


「お手伝いしようかと思いまして……」

「少々お待ちくださいませ! 先生! 先生!」


 慌てて奥へと駆けていった女性をポカンと見送るウィルに笑みを浮かべたセシリアが説明した。


「ウィル、ここはね、お母さんが樹属性の魔法を教わった先生がお仕事している治療院なの」

「おー?」

「今日はここでケガをした人を治すお手伝いをするのよ」

「おー!」


 魔法が使えると理解したのか、ウィルが目を輝かせる。

 程無くして、奥から姿を現したのは年老いた魔法使いであった。


「これはこれは、セシリア様」

「マエル先生、ご無沙汰しております」


 屈託ない笑みを浮かべる老魔法使いにセシリア達が腰を折る。

 それを見ていたウィルも真似をして腰を折った。


「ごぶさたしておりますー」

「ほっほ。ウィル様、ご機嫌よう」


 老魔法使い――マエルが目を細め、周りからは暖かな笑みが溢れる。

 このマエルという魔法使いは優秀な回復魔法の使い手でありながら、国のお抱えにはならず、身分に関係なく治療を施していた。

 一方で教えを請う者には回復魔法を広く伝授し、魔法薬の調合も自ら手掛け、治療院を運営しながら人々の暮らしを見守っている、フィルファリアの国民から幅広く尊敬される人物なのである。

 マエルの下で回復魔法を修めた者も多く、セシリアやエリス、ステラもマエルの下で回復魔法を学んだ一人であった。


「今日はお揃いで……お手伝い頂けると言うことですが」

「ええ、先生。それで相談したい事が……」


 セシリアが話を切り出そうとした時、治療院の扉を開けて母娘が姿を現した。


「ひっく、うえぇぇぇっ……!」

「あの、マエル先生、宜しいでしょうか?」

「おお、どうぞどうぞ」


 女性に連れられた女の子は腕と足に大きな擦り傷と打ち付けた痕があった。

 血はまだ新しく滲んでおり、痛みに耐え兼ねて少女が泣きじゃくっている。


「荷台から転落してしまいまして……」

「おやおや……」


 マエルが怪我の状態を見ようと前に出た。

 治療院での傷の治療は魔法と回復薬とに分けられる。

 魔法も回復薬もグレードによって効果が違い、効果の高い物ほど料金も高くなっていく。

 人としての自然治癒力もある為、治療を施す者は【最低どれくらい効果のある物を使えば問題ないか】を診察し、施される者は【その中からどれくらい効果のある物を選択するか】という形になっている。


「どれどれ……」


 ポロポロと涙を零す少女の前に屈み込んだマエル。

 傷の状態を確認しようと手を伸ばす前に動いたのはウィルだった。


「いたそう……うぃるがなおしてあげるね!」

「あっ! 待って、ウィル――」


 慌ててセシリアが声をかけるが遅かった。

 初心者用の杖を取り出したウィルが子供らしい声で詠唱する。


「きたれ、きのせーれーさん! たいじゅのほーよー、なんじのりんじんをいやせせーめーのいぶきー!」


 杖先から溢れ出た淡い緑色の燐光が少女を包み込んだ。

 驚いた少女がピタリと泣き止む。

 少女の傷が見る見るうちに回復して、光が収まる頃にはその名残すら消え去っていた。

 綺麗に治し切ったウィルがその成果を確認して、満足気な笑みを浮かべる。


「もういたくないー?」

「う、うん……」

「よかったー」

「ありがとう……」


 涙を拭きながら礼を述べる少女にウィルが照れ笑いを浮かべた。

 目の前で一部始終を見ていたマエルや受付の女性達が信じられない光景に目を瞬かせる。

 小さな子供が大人でも習得の難しいと言われる回復魔法をあっさりと使ってみせたのである。

 しかも、複合属性である樹属性の上級難易度のものを、だ。


「完璧じゃ……」


 少女の状態を確認したマエルがポツリと呟いた。

 マエルの後ろでセシリアが困ったようにため息をつき、エリスがフォローするようにウィルに話しかけた。


「ウィル様、治療院とはお金を頂いて怪我を治す場所なんですよ? 受付が済むまで勝手に治しては駄目なのです」

「むぅ……」


 ウィルが頬を膨らませる。

 それから拗ねたように唇を尖らせて足をプラプラさせた。


「だってぇー、おねーさん、いたそーだったんだもん……」


 ウィルにとっては優しさから出た行動なのだろう。

 だが、それが治療院の収入に関わる以上、駄目なものは駄目だ。

 それをウィルにしっかりと分からせなければならない。


「いやはや……」


 言葉も見つからないといった体でマエルが自分の頭に手を乗せた。

 治癒魔法使いとして長く活動しているマエルでさえ、こんな年端も行かない子供が回復魔法を使うところを初めて見たのである。


「申し訳ございません、先生」

「ああ、いやいや……」


 謝るセシリアをマエルが手で制する。

 驚きはしたものの、マエルにウィルやセシリアを責める気は毛頭ない。


「エリスの見立てなのですが、どうもウィルは魔法を見て真似ができるみたいなんです」

「なるほど……魔眼、というやつですかな」

「魔眼ですか……」

「ええ、魔法眼などと呼ばれる事もありますな。自然と眼に魔法が宿っている状態なのだとか……まぁ、ウィル様の場合、そんなに神経質に考えなくてよろしいかと。少し魔法の覚えが早いと思えばいい事ですよ」


 心配そうなセシリアとは打って変わってマエルがほっほっ、と明るい声で笑い、顎髭を擦った。

 マエルの様子にセシリアもウィルに対する心配が少し晴れたようだ。

 マエルがウィルに視線を向けると、ウィルは少ししょんぼりしたようにマエルを見上げていた。


「よしよし、ウィル様。治療院の事が少しご理解頂けましたかな?」

「うん……ごめんなさい……」

「いいのです。ウィル様の誰かの為にというお心が、正しく魔法を使う第一歩なのですから」


 マエルが素直に謝ってくるウィルの頭を優しく撫でた。

 それから丁寧に尋ねる。


「では、ウィル様。治療院の事を知った上で、ウィル様はどうしたいですか?」

「うぃるね、けがをしたひとをなおしたいの。それでね、いつかおててやあしがなくなっちゃったひとをもとどおりにしてあげたいの」


 外周区の騒動でそういった者が出た事をマエルも聞き及んでいた。

 そして、それを知ったウィルがそういう想いを抱いたとしても、なんの不思議もない。

 それが人の身では難しい事だったとしても、マエルは笑わなかった。

 ただ優しく頷いた。


「そうですか、そうですか……お優しいですな、ウィル様。それならば、ここで思う存分力をつけると良いですよ」

「ほんと!?」

「ええ、本当ですとも。ですが、魔力がなくなって疲れたら、ちゃんと教えて下さいますように」

「うん! うん!」


 マエルに許しを得て、ウィルが嬉しそうに表情を綻ばせ、何度も力強く頷いた。


「先生、ありがとうございます」

「いやいや……」


 再び腰を折るセシリアにマエルが相貌を崩す。


「しかし、ウィルまで回復魔法の使用料を頂いてよろしいのでしょうか?」


 セシリアの心配も最もな事だ。

 回復魔法での治療を選ぶ場合は基本的に担当する者まで選べない。

 同じ回復魔法とはいえ、年端も行かぬ子供と大人が同一の料金では患者が納得しないだろう。

 だが、マエルは特に気にした風もなく、笑顔を崩さなかった。


「今は外周区の被害で回復薬やその素材が不足しているのです。いくらでもやりようはありますよ。さあさ、皆様、お手伝いください」

「「「はぁ……?」」」


 セシリア達の心配を余所にマエルはほっほっと笑いながら午後の診察の段取りを始めた。


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