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エリス、着任

「……以上が今日のご報告になります」

「ウィルや……お爺ちゃん、もうどう驚いていいか分かんない」


 エリスからウィルが精霊のランタンの光を全て灯してみせた事を聞いたオルフェスは、空の幻影となって現れた可愛い孫の笑顔を遠い目で見つめた。


「このままではウィル様のお散歩もまま成りませんね」

「そうじゃのう……前倒しになるが、仕方あるまい」


 気を取り直したオルフェスが小さく嘆息する。

 元々、エリスもシローの家へ側仕えとして向かう予定だった。

 ただ、それは二、三年先の予定としてである。


「エリスよ……娘と孫達の事、よろしく頼む」


 愛弟子でもあるエリスに真面目な顔で願い出るオルフェス。


「心得ております」


 笑顔でそう答えると、エリスは腰を折った。


「今日はこれで下がらせて頂きますね」

「うむ、悪かったな」


 非番の彼女をこれ以上留めておく気はなく、オルフェスはエリスを下がらせた。


「お疲れ様です、エリスさん」

「あら……」


 部屋を退出したエリスが廊下でレギスと鉢合わせる。


「お疲れ様です、レギス君。頑張ってね」

「はぁ……?」


 レギスはわけが分からず気のない返事をした。

 それを尻目にエリスがどことなく浮かれた様子で去っていく。

 エリスの後ろ姿を見送ったレギスが首を傾げ、気を取り直してから扉をノックする。

 主の言葉を待ってから、レギスはエリスと入れ替わりでオルフェスの部屋へと入っていった。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 数日の内に全ての引き継ぎを終えたエリスは、トルキス家の新たなメイドとして朝のリビングに姿を現した。


「本日よりお世話になります、エリスと申します。よろしくお願い致します」


 深々とお辞儀をするエリスにトルキス家の面々と使用人達が拍手で迎える。


「至らぬ所も多々あるかと思いますが、よろしくお願い致します」

「ふふっ、そんなに心配していませんよ。レンさん……最初はどうなるかと思いましたけど」


 レンの言葉にエリスが笑みを浮かべる。

 昔を思い出して恥じ入るレン。

 その顔をウィルが不思議そうに見上げた。


「れん、どしたのー?」

「な、何でもございませんよ。ウィル様」


 慌てて取り繕うレンに、シローが笑顔で答える。


「レンは新人の頃、毎日のようにお皿を割ってて、それで――」

「シロー、様、ちょぉっとこちらへ……」


 シローがレンに襟を掴まれて、ズルズルと引き摺られていく。

 そのままリビングを退出すると――


 ゴッ!!


 鈍い音が響いてレンだけが戻ってきた。


「あれぇ? とーさまはぁ?」

「ご気分が優れぬご様子でしたので……」


 首を傾げるウィルにレンが笑顔で答える。

 周りにいた使用人達は苦笑いを浮かべていた。

 セシリアだけが懐かしむような笑みを浮かべている。


「相変わらずですね……レンさんよりシロー様の方が騎士としてやっていけているのか、心配になります」


 苦笑いを浮かべたまま呟くエリスにセシリアが微笑みかけた。


「大丈夫そうですよ? 型に嵌まっているかはともかく……」

「あ、あははは……」


 セシリアの物言いに一層苦笑いを深めるエリス。

 意味が分からず、子供達が揃って首を傾げた。


 シローは現在フィルファリア王国第三騎士団第一部隊に所属している。

 フィルファリア王国は城の警備を第一騎士団が、第二第三騎士団は王都レティスの治安維持に務めており、その三騎士団以外は王国領各地に散らばっていた。

 シローの所属する第三騎士団の主な任務は、人に害を為す魔獣や野に潜む犯罪者、それらの集団から城や都周辺の交通や流通の安全を確保する事であった。


「レティス周辺は平穏だからね」


 頭をさすりながら苦笑いを浮かべたシローがリビングへ戻ってくる。


「レンより狂暴な魔獣を探す方が難しいよ」

「シロー、様」


 一言付け加えたシローにレンの冷たい視線が突き刺さった。

 全く以って余計な一言である。


 シローが慌てて背筋を伸ばし、ビシッと敬礼の姿勢を取った。


「フィルファリア王国第三騎士団第一部隊所属、シロー・トルキス! 本日のパトロールに向かうであります!」

「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 笑顔のセシリアに送り出され、シローがそそくさとリビングを後にする。

 その背中を見送って、レンが深々と嘆息した。


「セシリア様、本当にシローで良かったんですか?」

「ええ、もちろん!」


 シローより相応しい結婚相手など山のようにいただろうに、とレンは本気で思うのだが、セシリアは即答した。


「シロー様には感謝しかございません。シロー様のお陰で私は素晴らしい子供達を授かりましたし、それにあなた達が賑やかにしてくれると私もその輪に加われているようで、とても嬉しいです」


 そう言われてしまうとレンには何も言えなかった。

 子供達に視線を向けると、子供達はキョトンとした表情でこちらを見上げていた。

 今度は同じように周りに控えている使用人達を見回すと、思い思いに良い笑顔をしている。


 レンは諦めたようにもう一度深々と嘆息した。


(感謝しているのは私の方……可愛い子供達の世話をしながら、共に悩む仲間まで与えてくれた。あの頃と同じように……いえ、それ以上の幸せを私は感じている)


 きっとセシリアはそんな自分の考えも理解しているのだろう。


「ようで、ではありません。セシリア様……もう、どっぷりこちら側です」


 レンがいつもの調子でそう言うと、セシリアが笑みを深くした。

 そんな表情がウィルの喜ぶところに似ていて、つい親子だなと思ってしまう。


「さあさあ、今日も一日始まりますぞ!」


 トマソンの声で使用人達がそれぞれの仕事に散っていく。

 エリスはトマソンに付いて屋敷を見て回るようだ。


「それでは後ほど……」

「いってらっしゃーい」


 一礼するエリスにウィルが手を振って見送った。

 それから気が付いたように振り返る。


「うぃるはー?」

「あらあら、困ったわね」


 自分が何をしていいか分からず、考え始めたウィルにセシリアは笑みを溢した。


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