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カルディ邸の決戦

 カルディ邸は西の端全域を敷地とし、外周区内では一番の広さを誇る。

 その三分の二以上が広い庭となっていてウィル達とキマイラが事を構えるには十分な広さがあった。


「焦らず、遠くからだぞ」

「はいっ!」


 風の一片とアジャンタの弾幕が離れたキマイラを狙い撃つ。

 キマイラはそれを魔力特化の防御壁で防ぎながらウィル達に接近してきた。


「近付けさせてはいけないわ、ウィル……」

「あいっ!」


 フンスッ、と鼻息を荒くしてウィルが杖を、シャークティが手を翳す。

 両腕をキマイラに差し向けたゴーレムの手から土属性の魔弾が大量に撃ち出された。

 土属性の魔弾は防御壁を突き抜けてキマイラを傷付けていく。


「あっ、防御壁を貫いた!」

「どうして?」


 驚きの声を上げるセレナとニーナにエリスが答える。


「このキマイラの防御壁は魔力特化のようですね。土属性の魔弾は物理属性ですので、キマイラの防御壁では防げないのでしょう」

「「ふーん……」」


 幼い姉妹が曖昧に頷いた。

 【石塊の魔弾】の速射はキマイラの防御壁を容易く突破して、キマイラを傷付け続ける。

 それを嫌ったキマイラがサイドステップで射線から飛び退いた。



 ギャアアァァアッ!



「むっ……狙いをゴーレムに絞られたか」


 凶悪な叫び声を響かせて、キマイラが二つの頭をゴーレムに向ける。

 その前に風の一片が立ち塞がった。


「このまま牽制し続けるのも辛いわ」


 アジャンタが大きく息を吐く。

 かなり魔力を消費しているのか、息が上がっている。


「儂が前に出る。土の精霊よ、援護を頼むぞ」

「分かりました……」


 言い置いて、風の一片がキマイラに突進した。

 防御壁を解いたキマイラが魔素を吸収し、狼の口蓋に炎をちらつかせながら風の一片を迎撃する。

 キマイラの前脚を巧みなステップで回避しつつ、風の一片がキマイラを爪で攻め立てた。

 風の一片が間合いを取る瞬間に合わせて、ゴーレムの手から【石塊の魔弾】が放たれる。


「あまり良くない……」

「キマイラの魔素が……」


 シャークティの呟きにエリスも眉を顰めた。

 物理属性の魔弾ではブレスの牽制が出来ないのだ。

 それに気付いた風の一片が風属性の魔弾をキマイラに放つ。

 しかし、キマイラはそれをあえて身に受けた。


「えっ!?」

「どうして!?」


 セレナとニーナが驚きの声を上げる。

 その理由はすぐに分かった。


「まそがおっきくなってく……」


 キマイラをじっ、と見ていたウィルがポツリと呟く。



 ギャアアアアアアッ!



 一際、大きな咆哮を上げたキマイラの体を炎が包み込んだ。

 乱れた魔素が痛々しいのか、ウィルが眉を顰めた。


「あれは、チャージッ!?」


 キマイラの状態を見て取ったエリスが杖を構える。

 逆立つ毛並みのような炎を揺らめかせ、キマイラがゆっくりとゴーレムを睨みつけた。


「あんなのにしがみつかれたら丸焦げになっちゃう!」


 アジャンタの声に全員が焦燥感を募らせる。


「このっ!」


 風の一片が果敢に飛び込むが、炎を帯びた蛇がそれを迎え撃った。

 その間にもキマイラ本体は一歩二歩とゴーレムに歩み寄る。


「やるしかない……」


 シャークティが身構える横でキマイラに視線を向けたエリスが頷いた。

 見ればアジャンタも身構え、セレナもニーナも杖を構えていた。


「うぃるも!」


 そう言って、ウィルも杖を構え直す。


「「来たれ精霊! 矢を持ちて敵を撃て!」」


 セレナとニーナから放たれた【魔法の矢】がキマイラの額を直撃した。

 子供の魔力では大したダメージにはならないが、それでも懸命に魔法を撃ち続ける。


「喰らえっ!」


 更にアジャンタが空に魔力を放ち、【気流の弾雨】をキマイラに降らせた。

 風圧の衝撃がキマイラを揺らす。

 それでもキマイラは魔法の着弾を無視した。

 身を屈めて力を貯めると、一声鳴いて一気にゴーレムへと走り出した。


「来たれ水の精霊! 水面の境界、

 我らに迫りし災禍を押し流せ水陰の城壁!」


 エリスが杖を掲げ、キマイラとゴーレムの間に水の防御壁を展開する。

 突進するキマイラが水の防御壁を突き抜けた。

 水蒸気を撒き上げながらキマイラがゴーレムに覆い被さる。


「火が消えない!?」


 火力は衰えたものの、キマイラはその身に炎を宿したままゴーレムへ前脚を振り降ろした。


「危ないっ!」


 アジャンタが無理やり魔法を放とうとする。

 それをウィルの声が押し止めた。


「ごーれむさん!」



 ウオォォォォンッ!



 ゴーレムが咆哮を上げ、迫り来るキマイラの前脚の付け根を両手で掴んだ。

 炎の熱が風の防御壁を抜けて内側まで届く。


「もー! あっちいけー!」


 ウィルの声に反応したゴーレムの目が紅い輝きを増す。

 次の瞬間、ゴーレムの両腕がキマイラを掴んだまま、轟音を上げて発射された。


「「「ええっ!?」」」


 周りの驚きを他所にゴーレムの腕がキマイラを掴んだまま、空を飛ぶ。

 放物線を描いてキマイラとゴーレムの腕が庭の中程で墜落した。


「いま……!」


 シャークティが魔力を注いでゴーレム本体とキマイラを抑える腕の間にいくつも土の塊を作り出す。

 等間隔に配置された土塊が魔力を結び付け、遠く離れた腕に意思を伝えて暴れるキマイラを拘束した。


「アジャンタ、等間隔に浮かぶ土に魔力を流して加速の補助魔法を重ねて展開して……」

「うっ……」


 シャークティの指示にアジャンタが頬を引きつらせた。


「支援魔法は苦手だって言ってるのにぃ……」


 愚痴りつつ、アジャンタがなんとか魔法を展開しようとする。

 それを見たウィルは横から力一杯応援した。


「あじゃんた、がんばれ! がんばったらうぃるがいっぱいちゅーしてあげるっ!」

「あばっ!? あばばばばっ!? や、やる! やるわ! やるわよ、もう!!」


 顔を真っ赤に染めたアジャンタが声を乱して、慌てて魔力を集中させる。

 ゴーレムとキマイラを繋ぐ左右対称の土塊を基点に魔法陣が幾重にも形成され、一つの道を作り出した。


「ウィル、今よ!」

「うん」


 アジャンタに促されて、ウィルは杖をキマイラに向けた。

 ウィルの魔力と意思を感じ取ったゴーレムが胸の中心で巨大な【石塊の魔弾】を作り出す。

 キマイラは拘束を逃れる為、懸命に立ち上がろうとしていた。だが、もう遅い。


「もう、いいよ……」


 ウィルが苦しげに呻くキマイラを見て、ポツリと呟く。


「ごめんね……」


 ウィルの魔力が溢れ出し、ゴーレムに意思を伝え、高速で回転し始めた【石塊の魔弾】を撃ち出した。

 魔弾が魔法陣を通過する度に燐光が弾け、加速していく。

 最後の魔法陣を通過する頃、魔弾は一条の閃光と化し、キマイラの胴体の中心を貫いた。

 かすれた鳴き声を上げ、キマイラがゆっくりと崩れ落ちる。

 エリスや姉達がその凄まじい魔法の現象に言葉を失う中、ウィルはまたポツリと呟いた。


「まじゅー、いたいの、もうなくなった……」


 ウィルの言葉に戦いが終わった事を理解したエリスが肩の力を抜く。

 と、突如ゴーレムが傾き、庭に膝をついた。


「ウィル様!?」


 エリスが慌ててウィルを覗き込む。

 以前のように魔力を切らしたのかと思ったが、ウィルは疲労しているもののしっかりと立っていた。

 そのウィルが首を横に振って、隣にいる土の精霊を見上げた。


「しゃーくてぃ……?」

「ごめんね、ウィル……ちょっと魔力を使い過ぎたみたい……」


 シャークティがゆっくりと深呼吸しながら、ウィルの前に膝をついて顔を覗き込む。


「最後の一撃がかなり厳しかったから、ね……」

「私もー……」


 アジャンタもその場に座り込んで大きく息を吐いた。


「だいじょーぶー?」


 ウィルの質問にシャークティもアジャンタも笑みを浮かべる。


「大丈夫よ……だけど……」

「ウィルの中で、少し休ませて……」


 答えた精霊達の輪郭が光でぼやけた。

 そのまま、光に変じてウィルの中に吸い込まれる。


「おー……?」

「どうやら精霊達は力を使い果たしてしまったようだな……」


 ウィルが光の吸い込まれた場所を撫で擦っていると、横から風の一片が声を掛けてきた。


「ひとひらさん」

「精霊達は力を使い果たしてしまうと精霊石に変わってしまう。しかし、契約しておると幻獣のように契約者の身の内へ同化する事ができるのだ」

「へー……」


 ウィルが自分の体へ視線を落とす。

 代わりにエリスが風の一片に問い掛けた。


「それでは精霊と契約するという事は身の内に精霊石を宿すという事ですか? それって……」

「察しの良い側仕えであるな……その通り。精霊だろうが幻獣だろうが、契約すれば身の内に契約した属性の魔力を得る事になる。ウィルが儂と仮契約した時、精霊魔法を単独で使えたのも、そのせいだ」


 ポカンと口を開けてしまうエリスに風の一片が小さく笑みを浮かべる。


「幻獣ならばいざ知らず、精霊との契約者は稀であるからな。その話もいずれ詳しくしてやろう。それよりも……」


 風の一片は視線をウィルへ向けた。


「ウィルよ、よくやったな」

「うん……」


 見上げてくるウィルに風の一片が一つ頷く。


「ゴーレムを操作して皆を降ろせるか?」

「うん……」


 答えて、ウィルがゴーレムから全員を降ろす。

 魔力を失ったゴーレムがゆっくりとその形を崩していく。

 安全にゴーレムを崩し終えたウィルが視線をキマイラの方へ向けた。


「気になるか?」

「わかんない……」

「そうか……」


 ジッ、とキマイラを見たまま動かないウィルに風の一片はまた笑みを浮かべた。


「皆、儂の背に乗れ。キマイラの下へ参ろう」

「うん……」


 頷くウィルを先頭に、風の一片の魔力に導かれた面々がフワリと浮き上がり、その背にゆっくりと跨った。


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