新種のゴーレム……?
「喰らえっ!」
高く飛び上がった風の一片が爪の先に魔力を纏い、キマイラへと振り下ろした。
三本の斬撃と化した風の魔力が飛翔してキマイラを襲う。
それを見た山羊の頭がひと鳴きして魔力の壁を展開する。
防御壁に阻まれて風の斬撃が消滅した。
「ちっ……厄介な……」
風狼の魔力を抑える程の強力な防御壁に、風の一片が忌々しげに吐き捨てる。
想定内とはいえ、相手に防御壁があるのは好ましくない。
時間を掛ければ掛けるほど、街の被害が大きくなる。
「これならどうだ!」
近接攻撃に切り替えた風の一片が疾走する。
キマイラの懐に飛び込んで鋭利な爪を振り下ろした。
ガキンッ!!
「ぬっ!?」
風の一片の爪が山羊の角で受け止められ、硬質な音が響き渡る。
「おのれ……! 草食魔獣の分際で!!」
爪と角の鍔迫り合い。力が拮抗する中、横から首を伸ばした狼の牙が風の一片に襲い掛かった。
「ふんっ!」
風の一片が即座に身を引いて、狼の牙を回避する。
追撃してくる顎を巧みなステップで躱し、合間合間に爪の一撃を入れて回り込んだ。
大きなダメージは与えられないが爪は届いた。
(山羊の壁は魔力特化か……)
手応えを感じながら風の一片が反撃の機会を伺う。
「――っと!」
死角から飛び込んできた何かを感じ取って風の一片が更に後退する。
キマイラの尾の蛇が先程まで風狼のいた位置を突き抜けた。
首をくねらせるように向きを変えた蛇の頭が鋭い牙と長い舌を出して風の一片を威嚇する。
「生意気な……ぬ!」
再び間合いを詰めようとした風の一片が後方の狼の様子に眉を寄せた。
狼の口内に火の魔素が吸い込まれるように溜まっていく。
先程の火球とは様子が違う。
「ブレス!? 放射する気か!!」
火球と違い、放射するのであれば射程距離は短い。
後方にいるウィルのゴーレムには届かないだろう。
しかし、こんな所で火など吹かれては街が燃える。
「させるものか!」
風の一片が魔力で弾丸を作り出し、撃ち続ける。
蛇が退避し、頭を伸ばした山羊が防御壁で弾丸を受け止めた。
(無意味か……いや)
思考を巡らせた風の一片がキマイラ全体を見て判断する。
ダメージは与えられない。
しかし、狼に集まっていた魔素が減衰している。
魔力異常のせいか、キマイラは別々の頭で同時に魔力を行使できていない。
(時間稼ぎにはなるか……)
苦しげに呻くキマイラを見ながら風の一片が胸中で呟く。
狼は炎の放射を諦めていないのか、まだ口内に小さな種火を残していた。
風の一片が手を緩めれば、また火の魔素を吸入し始めるだろう。
(何か良い手は……)
風の一片が次の手を思案する中、その声は唐突に響いてきた。
『ひとひらさん!』
ウィルの先程とは違う意思の篭った声。
風狼はその声に思わず笑みを浮かべた。
「セレナ姉様、ウィル! あの魔獣、また火を吐こうとしてるみたい!」
「このままじゃ、街が火の海になっちゃうわ」
風の一片とキマイラの攻防を見ていたニーナとセレナが声を上げる。
「あじゃんた!」
ウィルは横にいたアジャンタの方へ向き直った。
「こないだのやつ、やって!」
「こないだの?」
ウィルの言葉にアジャンタは一瞬考えた。
ウィルの指差す先――風の一片は距離を置いて風属性の魔弾でキマイラの動きを封じ込めている。
ウィルはアジャンタに風の一片の援護をして欲しいのだ。
「分かったわ、ウィル!」
理解して快く引き受けたアジャンタが上空に風の魔力を放ち、キマイラに向けて【気流の弾雨】を降らせる。
防御に手一杯になったのか、狼の口からブレスの兆候が消えた。
その様子を見たニーナが喜声をあげる。
「今がチャンスね!」
「どうするの? ウィル?」
本来であればキマイラのような危険な魔獣に近づかない方がいい。
遠くから魔法攻撃する方が比較的安全そうだ。
そう思ったセレナの質問に、しかしウィルは力強く答えた。
「すぐいく!」
その目には強い意志が宿っていた。
困るセレナに代わってシャークティがウィルの背後に立つ。
「分かったわ……私がウィルやお姉様達を全力で守るわ」
「ちょっ!? ズルい!」
アジャンタの非難をシャークティがスルーする。
そんな精霊達のやり取りにエリスが思わず笑みを浮かべた。
「分かりました。私も全霊を持って皆様をお守り致します」
エリスの言葉にウィルはコクンと一つ頷いて、キマイラの方へ向き直った。
風の一片とキマイラは通りの西の端で戦っている。
ゴーレムの周辺にはまだ少し魔獣が残っており、キマイラを警戒しつつ戦闘が続いていた。
(ゴーレムが急に動き出せば、皆様が混乱しますわね……)
周囲の状況を把握しつつ、連絡手段を模索するエリス。
「ウィル様――」
せめてウィルに伝達魔法を使って貰おうと思い、向き直ったエリスはギョッとした。
視線の先でウィルが杖を振り上げていたのである。
「こねくとー! かぜのせーれーさん、あつまれー!」
「あっ、あっ……!」
ウィルの言葉にエリスの頬が引きつった。
先日、ウィルが風の精霊を呼んでゴーレムに何をしたのか。
その結果、どうなったのか。
まざまざと思い出して、エリスは慌ててゴーレムの上から身を乗り出した。
「みなさーん!! 逃げて、いえ、ゴーレムから離れてー!!」
エリスの慌てた声に気付いた面々がゴーレムを見上げる。
その間にも、ウィルは詠唱を続けた。
「はるかぜのぐそく、はやきかぜをわがともにあたえよおいかぜのこうしん!」
魔法の始動に反応した風の精霊達がウィルの周りに集まってくる。
《おっ、やるんだね、ウィル》
優し気な風の精霊の少年が舞い降りて、ウィルの頭を撫でた。
ウィルはまた一つコクンと頷いて返し、その意志の篭った瞳を見た精霊の少年も笑顔で頷き返した。
《噂の接続かー!》
《よーし、お手伝いするよー!》
風の精霊の中でも支援魔法を得意とする者達が次々とウィルの詠唱に力を貸し始める。
アジャンタとの仮契約により生まれたウィルの風の魔力と精霊達の魔力が淡い光となって巨大なゴーレムを包み込んでいく。
その光景を知らぬ者は呆然と眺め、知る者は愕然として口を開けた。
ウィルの編み出した魔法の接続。
その原点――高機動型ゴーレムである。
《あーっ!! 風の精霊ばっかりずっこーい!!》
《僕達もゴーレムをパワーアップさせるぞー!》
それを見ていた一部の土の精霊がゴーレムに魔力を送り、足回りを強化させ始めた。
十分に送られた土の魔力がゴーレムに岩の追加装甲を付与していく。
《ちょっと! 弾幕薄いわよ! なにやってんの!?》
《足なんて飾りです。お子様にはそれが分からんのですよ》
手数が少なくなったことに対して文句を言う土の精霊の少女の横で、他の土の精霊が大仰に肩を竦めてみせた。
「退避だー! ゴーレムから離れろー!」
高機動型ゴーレムを知る者達――トルキス家の者達やガイオス、第三騎士団の一部の者達が、慌てて周りにいた仲間達に指示を出す。
そうこうしている間にもウィル達の魔法は完成していた。
緑色の燐光を発し、岩の強化装甲を得た土色の巨大ゴーレム。
漲る魔力に爛々と紅い瞳を輝かせるその姿は先程よりも更に強そうであった。
「ウィル、魔力は大丈夫なの?」
ゴーレムの頭上にいても漲る魔力は感じ取れるほどであって、セレナの心配も当然だった。
ここに来るまでにも、ウィルはそれなりに魔力を消費している筈である。
だが、ウィルはそんな心配を吹き飛ばすように力強く答えた。
「だいじょーぶ!」
ウィルの視線はキマイラから離れない。
ターゲットロックオンだ。
ゴーレムの重心が前方に傾いた。
「お、お待ち下さいませ、ウィル様! そのまま走り出したら一片様が……」
キマイラの前では風の一片が今も尚その動きを封じ込めている。
このまま直進すればキマイラに到達する前に風の一片がゴーレムに轢き飛ばされてしまう。
「だいじょーぶ!」
それでもウィルは自信満々に答えた。
答えて杖を前方に指し示す。
「いくよー、ごーれむさん!」
ウオォォォォンッ!!
ウィルの命令を受けたゴーレムが雄叫びを上げて走り出した。
踏み込む足が舗装された通りの石畳を砕き、一気に加速する。
「ごーれむさん、じゃんぷ!」
「…………………………は?」
ウィルの言葉にエリスは我が耳を疑った。
しかし、次の瞬間、ゴーレムの体が力を溜めるように沈み、更にその力を開放するように地面を強く踏み切った。
岩の巨体がレティスの空へと飛び上がる。
その姿を目の当たりにした人々はポカンと口を開けた。
ゴーレムとは、自然発生する魔獣であれ、魔力で生成される魔法ゴーレムであれ、一般的には超重量であり、動きも遅い。
それが高速で走り出して、あろうことか飛び跳ねてみせたのである。
「……知りませんでした」
遠ざかっていくゴーレムの背を見送りながら、新米冒険者の少年が呟いた。
「ゴーレムって、飛ぶんですね」
「「「いやいやいや!!」」」
周りにいたベテランの冒険者や騎士が慌てて手を横に振る。
「いいか、ルーキー! 落ち着いて聞け! ゴーレムは普通飛ばない!」
「そうだぞ、少年! ゴーレムは飛ばない!」
「え? じゃあ、あれは……?」
飛んでいくウィルのゴーレムを指差す新米冒険者にベテラン達は視線を逸した。
誰も飛んでいくゴーレムの説明など、できる筈もなかった。
そんな衆目を置き去りに、ウィルのゴーレムは撃ち出された砲弾のように弧を描いて風の一片の頭上を飛び越えた。
「凄いわ、ウィル……」
「はやいはやーい! 景色が流れるみたい!」
驚くセレナと楽しげなニーナ。
一人常識外に立たされたエリスが悲鳴を上げた。
「と、ととと止まってください! ウィル様!」
「もーむりー」
落下していくゴーレム。
その先にはゴーレムを見上げるキマイラがいた。
アジャンタとゴーレムに気付いた風の一片が魔法を止める。
自由を取り戻したキマイラがゴーレムの着地点から距離を取るように飛び退いた。
「あー! にげちゃだめー!」
超重量のゴーレムが飛び込んでくるのだ。
無理な相談である。
「ウィル……ここで距離を取られると、また火を吹かれるかもしれない。捕まえましょう」
「わかったー! ごーれむさん!」
シャークティの提案を受け入れたウィルがゴーレムに命令を下すと、ゴーレムは両足を開いて着地した。
砕けた石畳が宙を舞う。
ゴーレムは勢いのまま、体を前に倒した。
「た、倒れるっ!?」
迫る地面にエリスの声が裏返る。
だが、ゴーレムは倒れなかった。
地を滑り、石畳を巻き上げながら、足を開き、膝を曲げ、体を前に倒し、更に両拳をその中心に付く。
「いけー!」
前屈みになったゴーレムが一気に立ち上がった。
低い姿勢のまま、猛然とキマイラに肉薄する。
体ごとぶちかましたゴーレムが下から手を回し、キマイラの体を起こしてがっぷり四つに組み合った。
後ろに下がっていたキマイラはゴーレムの突進の威力を受け止められず、巨体を誇る二体は組み合ったままカルディ邸に突っ込んだ。
「…………おー」
瓦礫と粉塵を撒き散らして停止した二体にウィルが驚いたような声を出す。
ウィル自身、ゴーレムの突入速度を考えていなかったらしい。
「おうちこわしちゃった……」
「上です! ウィル様!」
エリスの声に全員が頭上を見上げる。
長い尾の蛇が頭上からウィル達を狙っていた。
「近付かないでよ!」
手を掲げたアジャンタが蛇に向かって魔弾を放つ。
風の防御壁をすり抜けて飛ぶ魔弾に、蛇が距離を取った。
「やらせん!」
隙を狙って再度襲い掛かろうとする蛇の頭を横から飛び込んできた風の一片が思いきり蹴り飛ばした。
『蛇は儂が抑える。お前達は狼と山羊に集中するのだ』
『あい!』
伝達魔法で指示を伝える風の一片に、ウィルが元気よく応える。
『ウィル。その先は大きな庭になっておる。そこまで行けば街に被害が出にくい。構わんからやってしまえ』
『わかったー』
風の一片の許しを得て、ウィルはやる気を漲らせた。
ゴーレムと屋敷に挟まれて足掻くキマイラに視線を向け、杖を掲げる。
「ごーれむさん、おしてー!」
ゴーレムがウィルの命令に応えて唸り、四肢に力を込める。
押し込まれたキマイラの背が屋敷を更に破壊していく。
抗うように首を振るキマイラを無視してゴーレムの足が一歩二歩と前へ出た。
「ウィル! 頑張って!」
「もう少しよ! ウィル!」
「んうー!」
ニーナとセレナの声援を受けて、ウィルが唸る。
背後に立ったシャークティがゴーレムの出力を高めようとするウィルの魔力を正しく導いていく。
「こうよ、ウィル……」
「んしょー!」
掛け声と共に、ゴーレムがキマイラもろともカルディ邸を突き抜けた。
そのまま庭の中程までキマイラを押していく。
踏ん張ったキマイラの後ろ脚が地面を削り、真っ直ぐな二本の線を引いた。
力比べでは叶わないと悟ったのか、キマイラが首を振り乱してゴーレムの拘束を逃れる。
「わっ、わっ!?」
ウィルが驚いている間にキマイラは大きく後方に飛び退いて、ゴーレムとの間に距離を取った。
「あー、逃げちゃった……」
「相手も必死なのだ。逃げもする」
ゴーレムの隣に降り立った風の一片が視線をキマイラに向けたまま、ウィルに話しかける。
「ウィル、作戦は変わらん。できるだけヤツの火属性魔法やブレスを牽制しながら時間を稼ぐ。弱るのを待つのだ。無理はいかんぞ」
「わかったー!」
フンス、とっ鼻息を荒くするウィルを横目に風の一片が前に出る。
キマイラの口腔に、またチラチラと火が灯り始めた。
そんな中、風の一片は全く違う事を考えていた。
(まさかこんなに早く肩を並べて戦う日が来ようとは……)
産まれてたった三年。
まだまだ未熟も良いところだ。
自分の言葉を思い返して風狼は内心笑みが止まらなかった。
己で律しなければ、顔がニヤけ、尻尾を感情のまま振りそうである。
主の仕える国の大事に直面しているというのに。
楽しくて仕方がない。
「さて、参ろうか」
「あい!」
風狼とゴーレムは身構えるキマイラにゆっくりと近付いていった。
サブタイトルは『ゴーレム、飛ぶ』ですかね?