ウィルの才能
「ベルくん、まほうつかいになる〜、はじまりはじまり〜」
ミーシャお手製の紙芝居を前にソファーに並び座った子供達が楽しそうに拍手を送る。
最近、事あるごとにミーシャの紙芝居から魔法の修練が始まっていた。
最初はウィルが分かりやすいようにと始めたのだが、今では子供達の楽しみになっている。
今日のお話は魔法の属性について、である。
魔法は人の身に備わった魔力を媒介に、精霊の力を借りて発動する。
魔力があれば基本的にどの属性も使用できるが、魔力の質と精霊との相性によって使用する魔法の難易度が変わってくる。
『ベルは魔法の属性がいくつあるか、知ってるかい?』
「ふぇっ?」
紙芝居でベルくんがお父さんに質問され、ウィルがベルくんと同じように首を傾げた。
『教えてよ、お父さん』
「おしえて〜」
話に合わせて催促するウィルにセレナとニーナが笑みを浮かべる。
「なる程……こういう事でしたか」
離れた椅子に腰掛けたエリスが納得したように頷いた。
「よくできてるでしょう? 私も驚いたわ」
同じように紙芝居を楽しむ子供達を眺めながら、セシリアが微笑んだ。
子供達が楽しんでくれるからか、ミーシャも喜んで紙芝居を創っているようだ。
日中はメイドとして仕事の質は落とさず、寝る間を惜しんで創作活動に励んでいた。
『魔法の属性は基本になる四大属性、
火、水、土、風。
相対属性の光、闇。
それらが合わさる
氷、霧、樹、地、空、雷、熱、炎。
それぞれの属性を包む太陽と月と時の属性……
属性ごとにたくさんの精霊がいると言われているよ』
「へぇ~」
目を見開いて感心するウィル。
その表情は分かっているのか、とても怪しい。
『人には相性のいい属性があるから、まずはそれを調べて、それからいろんな魔法を覚えていくんだよ』
『お父さん、どうやって調べるの?』
ベルくんが尋ねると、捲られた次の絵には色とりどりの石が嵌め込まれたランタンが描かれていた。
『これを使うんだよ』
『これを……?』
驚きの視線をランタンに注ぐベルくんの姿で紙芝居は終了した。
「精霊のランタンね」
「「精霊のランタン?」」
セレナの言葉にニーナとウィルが並んで首を傾げる。
「アーティファクト……魔法の道具で魔力を流し込むと素質のある……相性のいい精霊石が光るようになっているの」
セレナが学舎で得た知識を噛み砕いて説明すると、2人が尊敬の眼差しで姉の顔を見上げた。
精霊のランタンは四大精霊の石と相対精霊の石、赤青黃緑白紫の合計六色がステンドグラスの様に張り巡らされている。
造形的にも美しく、工芸品として売り出している国もあった。
「これが実物でございます」
レンが三人の前にあるテーブルに精霊のランタンを置く。
それほど大きくもない手持ちのランタンで、先程トマソンとレンが市場で買ってきた物だ。
「学舎で見た物より小さい……」
素直な感想を口にするセレナに傍に寄ってきたセシリアがクスリと笑う。
「ウィルにも持たせますからね」
「ああ……」
セレナは納得した。
自分の見た大きな精霊のランタンではニーナはともかく、ウィルが怪我をしてしまうかもしれない。
「セレナ。ニーナとウィルにお手本を見せてあげて?」
「は、はい!」
セレナが返事をすると、アイカとマイナが部屋のカーテンを締め切った。
外の光が遮断され、室内が薄暗くなる。
セレナがランタンの上部に備え付けられた取っ手を握り締めた。
精霊のランタンは魔道具の中ではポピュラーで、普通の家庭にも置かれている事が多い。
発動自体が簡単で、子供の成長や素質の変化を見る為に使われる事が多いからだ。
セレナは何度かランタンを発動した事があった。
年の頃からすればニーナもそろそろ使う年頃だろうか。
ウィルには早過ぎるのだが、魔法は使えるし、害のある物ではないので問題ない。
「ん……」
静かに意識を集中したセレナがランタンに魔力を流し込んでいく。
取っ手を媒介に増幅された魔力がランタンを満たし、白と黄の淡い光を放った。
「ひかったー」
キラキラと瞳を輝かせたウィルが嬉しそうな声を上げる。
「白は光、黄色は土よ?」
「へー」
セシリアの説明を聴きながら、ニーナも興味深そうにランタンを見入っていた。
セレナが魔力を流し終えると部屋がまた暗くなる。
「次はニーナの番ね」
セシリアに促されてニーナがセレナと立ち位置を代わった。
少し緊張しているニーナの肩にセシリアが手を乗せる。
「力を抜いて。いつも障壁を張るような感じでいいわ」
「はい」
セシリアのアドバイスにニーナが返事をして、ランタンに魔力を流し込んでいく。
するとランタンが白と赤に光り出す。
「しろー、あかー」
覗き込んだウィルが光に合わせて声を出した。
「赤は火ですか?」
自分の灯したランタンの灯りを見てニーナが尋ねるとセシリアは「そうよ」と頷いた。
「さぁ、ウィルの番よ?」
「なにいろかなぁ?」
わくわくした表情でランタンの前に立ったウィルの頭をセシリアが撫でる。
「ウィル? ランタンの灯し方、分かるかしら?」
正直、ウィルが魔力の扱いをどのくらい理解しているのか分からない。
なので、ランタンに光を灯せなくてもやむを得ないのだ。
だが、ウィルは自信満々に頷いた。
「ねーさまたちのみてたー」
(見てた……?)
ウィルの言葉に、少し離れて見ていたエリスが首を傾げる。
言い回しに引っ掛かりを覚えたのだ。
そのまま静観していると、ウィルがランタンの取っ手に手を置いた。
流された魔力がランタンに落ち、紫と緑に光り輝く。
「できた〜」
ウィルが満足そうに自分の灯したランタンを眺めた。
「闇……?」
セレナが不思議そうに首を傾げる。
精霊の素質というのは性格や思想、価値観などの内面に影響を受けるのではないかというのが定説だ。
学舎に通っているセレナもその事は知っていた。
どちらかというと明るくて朗らかなウィルが闇属性の傾向にある事を不思議に思ったのだ。
それに気付いたトマソンがホッホと笑う。
「あくまで現時点において、です。子供の素質というのは一つ何かを経験すれば容易く移ろうものですので……」
それに影響を受けるといっても、素質の全てが内面だけに左右されるわけではない。
成長と共に移ろい易い素質を調べ、自分に合う属性を正しく理解する為に精霊のランタンは作られたと言われている。
「ふーん……」
ニーナが興味深そうに紫と緑に光るランタンを突っ付いた。
と、ランタンの色が急に白と黄色に変化した。
「えっ、ええっ!? 何をしたの、ウィル!?」
驚きに顔を上げるニーナ。
ニーナからは魔力を流していない。
そもそもニーナの素質は火と光である。
その素質は先程、セレナが見せたものだ。
当然、姉もランタンに触れていない。
見守っている人々が驚愕する中で、ウィルだけがキャッキャと嬉しそうに笑っていた。
「ウィル、これは……?」
「せれねーさまのいろー」
恐る恐る尋ねるセシリアにウィルが見上げて答える。
それからもう一度ランタンに向き直ると今度は魔力を注いで赤と白に光らせてみせた。
「にーなねーさまのいろー」
「これはいったい……」
間近で見ていたトマソンも驚きで言葉が続かない。
ランタンの構造は、流した魔力の質がより発動に向いている属性の石に引き込まれる設計になっている。
普通に魔力を流しただけでは光る精霊石を変えてしまう事はできない。
と、今まで黙って見守っていたエリスが、ウィルの傍へ歩み寄った。
「ウィルベル様」
「うぃるなーのー!」
ウィルがぷうっ、と頬を膨らませる。
ウィルは親しくなった者には愛称で呼んでもらいたいらしい。
エリスは柔らかい笑みを浮かべてウィルの頭を撫でた。
「ふふっ、ではウィル様。もう一度ご自身のお色に光らせてみてください」
「ん……」
小さく頷いてウィルがランタンを紫と緑に光らせた。
それを確認するとエリスがウィルと交代する。
「見ていて下さいね、ウィル様」
「あい」
エリスはウィルがじっ、とランタンを見ているのを確認すると魔力をランタンの取っ手に流し込んだ。
精霊石が反応し、部屋を白赤青緑の四色が照らし出した。
「おおっ……四色発光……」
見ていたマイナが感嘆の声を上げる。
魔法の素質が多い程、魔法使いとしての潜在能力は高くなっていくが、その人数は反比例して少なくなっていく。
普通は二つ、三つで優秀、素質が四つを超えてくる人間は珍しいのだ。
「ふおぉ……」
驚きに目を白黒させるウィルにエリスが微笑みかけた。
「見ていらっしゃいましたか、ウィル様?」
「みてたー」
「では、四つに光らせてくださいまし」
「やってみるー」
いやいやそれは無理なんじゃ、と見守る者達の前で。
なんてことはなく、ウィルは精霊石を四つに光らせてみせた。
「では、皆のを合わせて、全部光らせてみてください」
「はーい」
エリスに応えてウィルが全ての精霊石を光らせてみせた。
驚きを通り越して呆れすら漂う沈黙の中でエリスが問いかける。
「ウィル様、魔力が流れているのが見えてますか?」
「みえてるー」
答えるウィルの頭を撫でて、エリスは顔を上げた。
心配そうな表情のセシリアと視線を交わし、ニッコリ笑ってみせる。
「はーい、ウィル様。手を離してー」
ウィルがランタンから手を離すと、部屋を照らしていた灯りが消える。
エリスが合図を送るとアイカとマイナがカーテンを開けた。
満足気に手の甲で額の汗を拭う仕草をするウィル。
その様子を皆が呆けたように眺めていた。
「凄いですね、ウィル様」
「えへー」
エリスに褒められ、ウィルが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「どういう事か説明して貰えないかしら、エリス?」
説明を求めるセシリアに、エリスがウィルをあやす手を止めた。
「おそらくですが……ウィル様は魔力の流れのようなモノが見えていらっしゃるのではないでしょうか」
魔力の強い者の中には、稀にそういった能力を有する者がいるらしい。
ウィルの場合、魔力の流れを感知する能力と再現する能力が高かった為、今回のような事が起こったのでは――とエリスは考えていた。
だとすれば、ウィルの魔法習得速度にも納得がいく。
ウィルにしてみれば魔法の流れを見て、そのまま真似しているだけなのだ。
「ウィルに悪気がないのは分かっているのですけど……」
セシリアが頬に手を当て、溜め息をつく。
優秀なのはいい事だ。
しかし流石にこれだけの能力を見せられると、最早お子様の最高評価『たいへんよくできました』の範疇を超えていた。
「心中お察し致します」
脇に控えたトマソンが気遣うように腰を折る。
「かくなる上は側仕え一同、慎重に、万全を期してウィル様のご指導に当たらせて頂きます」
ウィルの再現能力を持ってすれば、おそらく攻撃的な魔法も使えてしまうだろう。
見せるだけでも危険なのだ。
「よろしくお願いします、トマソンさん。私もウィルの為に出来る事全て、全う致します」
若くとも母としての立派な姿勢を見せるセシリアに、トマソンが目を細めた。
「今日の事はオルフェス様にきちんとご報告致します。その上で、私も最善を尽くしましょう」
エリスもそう言うと席を立った。
全員が幼くして魔法の素養を見せ始めたウィルの為に動き出す。
それはウィルのさらなる飛躍に続いているのであった。