拳は飛ぶモノ
今日はもう一話、短い話を更新予定です。
内周区前の戦場でもウィルと風の一片のやり取りは聞こえていた。
そして、同じように興奮した魔獣がゴーレム目掛けて走り去った。
攻撃手段を失って狼狽えるローブの男達。
そんな彼らと対峙していたレンも少なからず動揺していた。
(ウィル様が戦場に……!)
何をしてでもウィルの下へ駆けつけねばならない。
だが、それには目の前のローブの男達が邪魔だ。
防衛していた騎士達も疲弊している為、無視するのも危険だ。
おかしな魔道具でまた魔獣を召喚されないとも限らない。
(少々、手荒になるが……)
複数人を相手取って、レンが攻め手の算段をつける。
ウィルのためだ。
彼女の中で悪党の生死は不問にされた。
「立たぬか、騎士達よ! 今が攻め時である! 逆賊共を引っ捕らえろ!」
突如響いた声に誰もが驚いて振り返る。
新たな騎士を率いた鎧姿の男が抜剣してローブの男達を指し示していた。
「国王陛下!?」
思わぬ人物の登場にレンが驚きの声を上げる。
それに気づいた国王アルベルトが笑みを浮かべた。
「ウィルベルの声、我らもしかと聞いていた」
アルベルトがちらりとゴーレムを一瞥し、視線をレンに戻す。
「ここは任せよ、【暁の舞姫】レン・グレイシアよ。ウィルを頼む」
「……はっ!」
呆気に取られていたレンがアルベルトの意を汲んで、素早く礼を返した。
それを見たアルベルトが満足げに頷く。
「御庭番、レン・グレイシアの援護を! 手を煩わせる事なく、ウィルベルの下へ送って差し上げろ!」
「「「御意!」」」
騎士達の隊列の後ろから次々と仮面をした者達が飛び出してレンの下へ集まった。
「騎士達よ! 奮起せよ! 陛下の御前である! 逆賊を捕らえ、威光を示せ!」
「「「おおおおおっ!」」」
第一騎士団長ダニールの号令で持ち直した騎士達がローブの男達を目掛けて突進する。
召喚した端からゴーレム目掛けて走り出す魔獣に見切りをつけたローブの男達が各々武器を構えて応戦し始めた。
だが、騎士達の人数の方が圧倒的に多い。
苦もなく制圧されるだろう。
レンが交戦状態に突入する騎士達の間を縫って走り抜ける。
目指すはウィルの操るゴーレムだ。
レンの周りを御庭番達が遅れずに追走してくる。
「レン殿、道中の魔獣はお任せを」
レンの脇を並走する御庭番の男らしい声にレンが視線を送る。
その人物だけ他の御庭番と違い、口元をマスクで覆うだけで目元が露わになっていた。
御庭番衆頭目のエドモンドだ。
レンが無言で頷いて視線を前方に戻した。
魔獣の後方に追いついた御庭番達が次々と魔獣に攻撃を加えていく。
更に進むと精霊達の魔法攻撃とそれに連携して魔獣に攻撃を加える人影が見えた。
「トマソンさん、ジョンさん……無事でしたか」
レンが小さくため息をついた。
その二人に加え、ラッツとマイナが戦闘に加わっている。
「バカ娘が……」
並走するエドモンドの舌打ちにレンが思わず笑みを溢した。
「お互い心配が絶えませんね」
「いや、それは……ぬ?」
言い返そうとしたエドモンドが何かに気づいて口を噤む。
殺到した魔獣のせいでゴーレムまでの道が塞がっていた。
「ここまでです、レン殿! お先へ! ウィルベル様の事、お頼み申します!」
エドモンドが背の刀を抜き、部下を引き連れて先行する。
「おまかせ下さい。ウィル様の身とマイナの援護、確かに!」
エドモンドに聞こえるようにレンが言い放つが、彼がどのような顔をしているかは分からない。
確認する間もなく、彼らは魔獣の群れに突っ込んでいった。
(……よし)
目の前の交戦状態と人員の位置を見て、レンが道の端へ寄る。
「はああああっ!」
勢い任せに地を蹴ったレンが建物の側面を足場に駆け抜けた。
頭が下向く前に、壁を更に蹴って宙に身を踊らせる。
くるりと体を回転させ、綺麗に態勢を整えると彼女はそのまま勢いを殺さず、マイナに襲いかかろうとするマーダーグリズリーの側頭部を蹴りつけた。
「マイナ! しっかり!」
「レ、レンさん!?」
いきなり現れたレンに二刀を構えたまま、マイナが見上げる。
「はっ!」
レンはマーダーグリズリーを足場に膝を曲げると足に魔力を溜めて一気に跳躍した。
黒炎が足の裏から一気に放出されてマーダーグリズリーを火だるまにする。
「あれ!? 私、マーダーグリズリーと縁がない感じ!?」
悶え苦しみのたうち回る大熊の魔獣にトドメを刺しながら、マイナが間の抜けた声を上げる。
レンは気にした風もなく、そのままゴーレムの肩に着地した。
「ウィル様!!」
「れんー、いらっしゃーい♪」
球体の防御壁の向こう側でレンに気付いたウィルが笑顔で両手を振る。
「ちょっと待ってね」
アジャンタが魔力を操作して防御壁に人一人通れるくらいの穴を開けた。
そこをくぐってレンがゴーレムの頭部へ入る。
「ああ、ウィル様……セレナ様にニーナ様まで……お利口さんにしててくださいと申しましたのに……」
膝をついて視線を合わせるレン。
すぐにでもウィル達の頭を撫でたい衝動に駆られるが今は駄目だ。
レンの手は魔獣の血で汚れていた。
気がつけば、服にも魔獣の返り血が飛んでいて、綺麗だったエプロンは見る影もない。
凄惨さすら漂っている。
だが、ウィルは構わなかった。
笑顔のまま、大好きなレンに真正面から抱きついた。
「ウィル様、いけません。お洋服が……」
「ぎゅー♪」
レンが困り顔でエリスの方を見上げる。
「どうしてこんな事に……?」
普通に考えれば、セシリア達がウィルを戦場に送り出すなど有り得ない。
困惑気味に質問してくるレンにエリスも困り顔で苦笑した。
「カルディ家の手の者がお屋敷を襲撃したんです。それでウィル様が怒ってしまって……」
「だって、あいつらきたらみんなえがおじゃなくなるもん!」
頬を膨らませるウィルの頭をアジャンタとシャークティが代わる代わる撫でる。
レンはその様子にこの精霊の少女達がウィルに力を貸してくれたのだと悟った。
そして、周りを行き交う精霊達も。
これだけの精霊達がウィルを守る為に動いているというのならば、セシリアが国民を救う為にウィルの出陣を認めたとしても不思議ではない。
心中は察してあまりあるが。
そんなセシリアの為にできる事は、レンもその輪に加わり、ウィルを守り切る事だけだ。
諦めたように嘆息するレンをウィルがキラキラした目で見上げた。
「うぃる、ごーれむさんわかってきたのー。みててー」
ウィルは自慢げにそう言うと、ゴーレムの向く先に向き直った。
視線の先には集まってきた様々な魔獣がいる。
更にその後方で新たに魔獣を召喚するローブの人影があった。
彼らが立ち塞がる先にあるのは西の屋敷――カルディ邸だ。
西の端の区画の殆どを所有する大豪邸になっている。
ウィルは真剣な顔で杖を掲げた。
「ごーれむさん、ぐるぐるー!」
ウィルの命令に従って、ゴーレムが右拳を握り締めて回転させ始めた。
ウィルが杖の先からイメージをゴーレムに伝える。
そのイメージを受け取ったゴーレムの目に力強い光が宿った。
ウィルのイメージをゴーレムが正しく受け取った合図だ。
「いくよー! ごーれむさん、どこまでもぱーんち!」
ウォォォォォォ!!
ウィルが杖で正面を指し、その方向に向けてゴーレムが高速で回転し始めた腕を差し出した。
「「…………?」」
パンチと言う割には何処にも殴りかかろうとしないゴーレムに、見守っていたレンとエリスが揃って首を傾げた。
ひょっとして、何か失敗したのだろうか。
「ウィル様――」
レンが声をかけようとした時、変化は訪れた。
ドンッ!!
大きな音がして高速回転していた拳がゴーレムから分離して飛んでいく。
大砲のように撃ち出された右拳は高速で回転したまま、通りを一直線に飛び、前方を遮っていた魔獣を触れる端からふっ飛ばしていった。
「「「ぎゃああああああっ!?」」」
安全圏にいると思っていたフードの男達が飛来したゴーレムの拳を見て、慌てて道の端へ飛び退く。
通りを突き抜けたゴーレムの拳はそのままカルディ邸に突き刺さった。
「凄いわ、ウィル! ゴーレムの手を飛ばすなんて!!」
((ええええええっ!?))
満面の笑みで弟を褒め称えるニーナの後ろでセレナとレン、エリスが胸中で驚愕する。
普通、腕とか飛ばない。
「えへへ♪」
ニーナに褒められたウィルが照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
「魔法ゴーレムならではの技ね……」
「ゴーレムの腕って飛ばせるんだ……」
シャークティが満足げに頷き、やや呆れたようなアジャンタが感心したふうに呟く。
「おてて、なくなっちゃったー」
ゴーレムの腕を眺めるウィルの頭をシャークティが撫でた。
「大丈夫よ、ウィル……」
「ほんとー?」
「ええ。まだゴーレムの本体と腕の魔力は繋がっているでしょ? 近くに土があればそれで補う事ができるけど、今はないからその繋がった魔力から回収する事ができるわ。魔力が切れても土が残っていれば、そこから補う事も可能ね……」
「へー……」
ウィルがシャークティの説明に感心したような声を上げる。
物は試しと魔力を込めて拳を呼び戻す。
屋敷に突き刺さった拳が土へと戻り、導かれるようにゴーレムの腕へ集まって再構成されていった。
「おてて、もとどーり♪」
何事も無かったかのように腕を生やしたゴーレムを見て、ウィルが満足げな笑みを浮かべる。
その様子をレンもエリスもポカンと見守っていた。
「ウィ、ウィル様……いつの間に、そのようにゴーレムを操れるようになったのですか?」
レンが尋ねると、ウィルはきょとんとした顔でレンを見上げた。
普通は何度も使用していく内に魔法の有り様を理解していって様々な事が出来るようになっていくのである。
習得速度だけではなく、ウィルは習熟速度も速いというのだろうか。
レンの質問にウィルは不思議そうな顔のまま言った。
「しゃーくてぃにおしえてもらったから……あと、ごほんにもかいてあったー」
「ごほん?」
「もーがんせんせーのー」
ウィルの説明にレンが思い当たる。
何語かで書かれたかも定かではない土の魔法書だ。
「え? ウィル様、読めたんですか?」
エリスが驚いたように声を上げる。
その場にいた誰一人、その字を読めなかったのである。
驚くのも無理はない。
だが、ウィルは首を横に振った。
「え」
「え?」
「だから、え!」
ウィルの言葉に全員が首を傾げる。
「えがかいてあったからー」
「ああ、絵ですね……」
ウィルはまだ字が読み書きできない。
だから図解しか見ていなかった。
その図解からゴーレムに何ができるか理解したのだ。
それでも疑問が残る。
シャークティに教えられた魔法は真似すればいいかもしれないが、ウィルは初見のものまで使いこなしている。
それはあまりにも難易度が高い。
図解では魔力の流し方まで理解できない筈だ。
「魔力の操作は絵でも分からないですよね?」
更に質問するレンにウィルが嬉しそうに答える。
「ごーれむさんがおしえてくれるのー」
「ゴーレムが……?」
ウィルの言葉を反芻して、レンは理解した。
(ゴーレムと対話している……)
当然、言葉ではない。
魔力で、だ。
ウィルはゴーレムに魔力を流す際、ゴーレムの反応でできるできないを確認しているのだ。
おそらく、遂行可能な命令を受けた際にゴーレムが要求してくる魔力を目で見て判断しているに違いない。
「お見事です。ウィル様」
幼くしてゴーレム生成の魔法を己の物としつつあるウィルに、レンは表情を綻ばせた。
まだまだ魔力的には未熟であろうが、間違いなく有数の使い手に成長していくだろう。
身体的にも未熟なウィルにゴーレム生成の魔法は非常に相性がいいかもしれない。
「えへへ♪ れんにほめられちゃった♪」
ウィルはといえば、レンに褒められた事が大層嬉しかったらしく、照れと歓喜に頬を緩めながらクネクネしていた。
(ゴーレム生成の魔法を教えてくれたモーガン様や土の精霊様にも感謝しなければなりませんね……あとは……ゴーレムだけに頼らないよう、沢山運動させてお体をお作り頂かねば……)
クネクネしているウィルを微笑ましく見守りながら、レンは一人今後の教育方針について考えていた。
こういうお固い所もレンらしいといえばレンらしい。
「あ、見て見て! 御庭番の人達がローブの人達を捕まえているわ!」
ニーナが指差す方で仮面をつけた御庭番の者達がローブの男達を次々に捕らえ始めた。
ウィルが魔獣を引き付けた事で動きやすくなった御庭番や騎士達が屋根や物陰からローブの男達に接近して魔獣騒動を元から鎮圧していく。
「ウィル、もう一息よ。このまま魔獣をやっつけていきましょう」
「はい、せれねーさま!」
セレナの言葉に意気込んで、ウィルはゴーレムに命令した。
「ごーれむさーん、まじゅーをやっつけろー!」
ウォォォォォォン!!
ゴーレムの咆哮が戦う味方を鼓舞するように、再びレティスの空へ響き渡った。
サブタイトルに悩むのもいつもの事です。