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市街区前の攻防

遅くなりましたが、一話お届け致します。

 市街区と外周区を隔てる門の前は戦場になっていた。

 押し寄せる魔獣と対抗する者達。

 近くにいた住民の避難も完了しないままに。


「列を乱すな! 盾を持つ者は魔獣の動きを制限するんだ!」


 髭を生やした大柄の騎士――ガイオスの声に従って前衛が盾を手に魔獣を押し込んでいく。

 その隙間から剣を手にした者達が飛び込み、魔獣を葬っていく。


「下がれ!」


 戦線が前に移動したのを見て、ガイオスが後退の指示を出す。

 防衛側にとって、ガイオスが市街区前に来た事は大きかった。


 今、市街区前を防衛をしている者は雑多になっている。


 王の命令に従い、カルディ邸へ出向いていた第一騎士団の者達。

 街の巡回中に難を逃れて立て直した第二騎士団の者達。

 王都周辺の哨戒任務の為に待機していた第三騎士団の者達。

 冒険者ギルドで急報を受け、緊急依頼として駆けつけた冒険者達。


 普通、これだけ寄せ集めになれば部隊として統率するのに少なからず支障が出る。

 だが、ガイオスはそうさせなかった。

 よく通る大きな声と確固たる自信で混成部隊を見事に纏め上げた。

 元より第三騎士団は冒険者上がりの騎士達が多く、冒険者としての動きを染み付かせている者が多い。

 そういった者達は少数規模の作戦では驚くほどの対応力を見せるが、集団での行動を苦手としている。

 ガイオスは第三騎士団の団長として、そんな性質を多く含んだ部下達を纏め上げてきたのだ。

 ガイオス自身、混成部隊を指揮するのになんの気後れもない。

 新米の団員を少し多めに抱えたくらいの心持ちだった。

 そんなガイオスの指揮の下、混成部隊は急速に練度を増していったのである。


「怪我した人は下がって!」


 回復を担当している冒険者から戦闘の喧騒に負けじと大きな声が飛ぶ。


「すまない! 下がる!」

「援護、行け!!」


 前線を支えていた冒険者の一人が後退を申し出て周りの騎士が援護に向かう。


「か、代わります!」


 代わりに後ろに控えていた少年と見紛う男の子が緊張した面持ちで前へ出た。

 盾も高価ではなく、取り回ししやすい物で一見してランクの低さが伺える。

 だが、非常時にそれをとやかく言う者はいない。


「オーケー、ルーキー! 気張れよ!」

「周りと息を合わせるんだ!」

「は、はいっ!」


 そうして新米冒険者が前線へと出ていく。

 彼らの士気が高いのは、その最前線で剣を振るい続ける男の姿だった。


「はっ!」


 短い気合と共に振り抜かれた風の魔刀が突進してきたストームバッファローを容易く斬り飛ばす。



 【飛竜墜とし】葉山司狼。今の名をシロー・トルキス。



 その評価は対魔獣戦闘のスペシャリストである。

 若くして幻獣を駆り、数多の高ランク魔獣を斬り倒し、世界を股にかけて名を馳せた元テンランカー。

 冒険者として身を起こし、王族の女性を妻としたサクセスストーリーの体現者。

 そんな人物と肩を並べて戦っているのだ。

 シローの戦う姿は噂でしか知らない彼の実力を証明するには十分過ぎる動きであった。

 憧れを抱く者も多いその存在を目にして、高揚しない者はいなかった。


「ぐっ……くそ……!」


 明らかに攻め手側であるローブ姿の男達が表情を歪める。

 どれだけ魔獣をけしかけても、騎士と冒険者がそれを防ぎ、大きな風の幻獣が吹き飛ばし、シローが一太刀で斬り伏せてしまう。

 次々と魔獣を繰り出してはそれを繰り返していた。


「まとめて切り裂く! 風爪斬!!」


 左手の爪を立てたシローが腕を横薙ぎに振り抜く。

 爪の先から発生した風の斬撃が飛翔して、召喚されたばかりの魔獣を切り刻んだ。

 防衛用の魔獣を失ったローブの男達が慌てて新たな魔獣を召喚する。


「ふんっ……」


 大きな前足で迫り来るサソリ――フォレストスコーピオンを叩き潰した風の一片が目を細めてため息をついた。


「つまらん……」


 己の手に張り付いた魔獣の破片を吹いて飛ばす。


「王都で魔獣を放つからにはもう少し歯ごたえがあるやもと思うたが……」

「うっ……」


 余裕の態度で睨みつけてくる風狼にローブの男が息を飲む。

 しかし、男は無理やり笑みを浮かべた。


「ふっ、ふふっ……さすがは【飛竜墜とし】とその幻獣。しかし、余裕でいられるのも今のうちだ!」


 男がローブを捲り、肩から下げたカバンを見せつける。

 そこから筒を数本抜き出して一気に魔獣を召喚した。


「まだまだ魔獣は豊富にある! それに今頃、伯爵の倅が同じように魔獣を持ってトルキス邸を強襲している筈だ!」

「なに……」


 風の一片の目が更に細まる。

 聞き捨てならなかったシローも一旦間合いを取ってローブの男に向き直った。


「お前の屋敷は魔獣どもに蹂躙されていることだろう……ノコノコ出てきた事を後悔するがいい! 行けっ! 魔獣どもよ!」


 ローブの男達が次々と魔獣をけしかける。

 彼らには算段があった。

 最大戦力であるシローが少しでも動揺し、攻撃の手が緩めば物量で押し込める。

 シローが焦れば焦るほど勝機が訪れるのだ。


「……くっくっく」


 シローが何かを言うより先に反応したのは風の一片であった。


「あーっはっはっはっ!」


 いきなり大笑いし始めた幻獣にシローだけでなく、敵も味方も唖然としたような視線を向けた。


「何がおかしいっ!」


 ローブの男が苛立ちに声を荒らげる。

 笑い続けていた風の一片はピタリと笑うのを辞めて、愉快そうに口の端を歪めながらローブの男を見下した。


「貴様らにウィルの相手が務まるものか」

「えっ? 一片?」


 己の相棒の言葉にシローが頬を引きつらせる。

 シローとて自分の息子の事が心配だ。

 だが、自信たっぷりに言い放つ一片の言葉を思い返してみると、襲撃を受けた際のウィルの行動がまったく想像出来なかったのである。


「ウィル……だと?」


 新手の戦力かと思考を巡らせるローブの男達を無視して、一片が空を見上げた。


「道理で精霊達が騒いでおると思ったわ……」


 実際、一片の目にはまだ精霊の姿は映っていない。

 しかし、大気の含む魔素が、街を覆う魔素が、普通では有り得ないぐらい高まっている。

 今は戦闘中であるし、魔法を使えば魔素が乱れたりはするのだが、一片の捉えている魔素の流れはそんなレベルのものではなかった。

 当然、幻獣である風の一片がそれを感知し損ねる事はない。


「騙そうとしても無駄だ!」


 いくら考えたところでウィルという名の危険分子に思い至らなかったのだろう。

 ローブの男が憤り、シロー達の動きを警戒するような動きを見せる。

 ちょうどその時、離れた所から轟音が響き渡った。


「な、なんだ……!?」


 ビリビリと地を揺する衝撃にローブの男達だけでなく、防衛側の者達にも緊張が走る。

 見上げると、中通りの東寄りの付近で微かな煙が上がっていた。

 火の手ではない。

 もっと埃っぽい、土砂を巻き上げたような煙である。

 ローブの男達の中でも、それは想定外の事態であった。

 あの一帯は男達の仲間が大蟻の魔獣を用いて制圧する予定の地点である。

 あのような煙を巻き上げられるような魔獣は支給されていなかった筈だ。


「何が起こった……?」


 ローブの男の呟きに答えるものはいない。

 一同が固唾を呑んで見守る中、変化は直ぐに訪れた。




 ズシン…………ズシン…………




 重そうな何かが地を打つ音が響く。

 リズム良く響く音が少しずつ大きくなっていく。

 そして、それは中通りの交差路に姿を現した。

 魔法で作られた巨大なゴーレムが。


「……………………は?」


 ローブの男が間の抜けた声を上げる。

 ゴーレム使いが敵に存在する事は聞いていた。

 しかし、その規模は中級程度。

 しかも伯爵の倅のグラムはその魔法対策に特別な魔獣を用立てて貰っていたはずである。

 遠目に存在するゴーレムはどう少なく見積っても上級の魔法ゴーレム。

 ローブの男達の情報にはない戦力だった。

 門を守っている騎士や冒険者、人に襲いかかっていた魔獣までもが出現したゴーレムに目を奪われた。


『あー、れんいたー。とーさまとひとひらさんもいるー。おーい』


 響いてきた小さな男の子の声に敵味方関係なくざわめく。

 ウィルがトマソンの魔法を見て真似した伝達用の空間魔法である。

 トマソンが全員に伝わるように使用したため、敵味方区別なく聞こえていた。

 巨大なゴーレムがコミカルな動きで城の方とこちらに手を振ってくる。


「あ、あはははは……」


 シローが引きつった笑みを浮かべて手を振り返した。


『あのねー、わるいやつがにしのおやしきにいるんだってー。うぃる、ちょっといって「めっ!」てしてくるねー』

「ウィル……だと……!?」


 とんでもない事を言い出した小さな男の子の名前に反応したローブの男が慌ててシローと風の一片に視線を向ける。

 その様子に気を良くした風の一片がニヤニヤと笑みを浮かべ、ウィルと同じように全員に聞こえるように伝達の魔法を使って話しかけた。


『ウィルよ。悪い奴を懲らしめに行くのか?』

『そーだよー。えーっとねー……かるび?』


 なんとも美味しそうな名前になっているが、全員がカルディ伯爵の事を指しているのだと理解した。


『ウィル、お主一人か?』

『ちがうよー、せれねーさまとー、にーなねーさまとー、あじゃんたとー、しゃーくてぃとー、えりすとー、あとつちとかぜのせーれーさんたちー』

『そうかそうか……精霊達も一緒であれば安心だな』

『そーだよー。しゃーくてぃにいろいろおしえてもらったから、うぃる、ごーれむさんもじょうずになってきたよー……あっ!』


 場にそぐわない、のんびりしたやり取りをしていたウィルが何かに気づいて声を上げる。

 よく見ると、ゴーレムに対してカマキリの魔獣――キラーマンティスが鎌を振り上げ、威嚇の態勢に入っていた。

 サイズとしては小型だが、それでもゴーレムの膝ほどの大きさはある。


『もー、うぃる、いまおはなししてるのにー!』


 ウィルの不満げな声に反応してゴーレムが腕を振り上げた。


『あっちいけ!』




 ゴシャッ!!




 ゴーレムの腕が振り下ろされ、鈍い音と共にキラーマンティスが叩き潰された。


『あー、んー? なんだったっけー?』


 絶命したキラーマンティスを気にした風もなく、ウィルが会話を続けようとする。

 キラーマンティスは体長によって討伐のランクが増減するが、簡単に倒せる魔獣ではない。

 鎌による強力な攻撃と機敏な動きによりベテランの冒険者も手を焼く魔獣だ。

 それをついでのように倒して気にも止めないウィルに敵どころか味方まであんぐりと口を開けてしまった。


『せれねーさま、なんだったっけー? あっ! そうそう、それー』


 セレナと話していたのか、ウィルが教えられて思い出したように声を上げる。

 ちなみに、セレナは魔法を使っているわけではないので彼女の声は聞こえない。


『あのねー、うぃる、いまからまじゅーさんよぶからねー、まじゅーさんやっつけてー』

「な、何を言っているのだ!? あの子供はっ!?」


 完全に話から置いていかれているローブの男が声を荒らげる。


「魔獣を呼ぶだと!?」


 この場において、魔獣召喚はローブの男達の特別な戦闘手段である。

 それをこの声の主はどのように行おうというのか。


「おい、シロー?」


 風の一片が不思議そうにシローを見下ろす。

 シローは他の者に気付かれないよう、静かに魔力を漲らせていた。

 合図があればいつでも飛び出せる準備状態である。


(ああ、なるほど……)


 風の一片は納得して、シローと同じく準備状態に入った。

 普通に考えればウィルに魔獣を召喚する事はできない。

 だとすれば、ウィルの言う「よぶ」という意味は自然と理解できた。


 シロー達の後ろ姿を見て、ガイオスも静かに手振りで居並ぶ仲間達へ合図を送る。

 それは騎士団総攻撃の前準備――突撃待機の合図だ。

 気付いたのは当然騎士団の者達だけだったが、その表情には信じられないという苦笑いが微かに浮かび、すぐに鳴りを潜めた。


 固唾を呑んで見守る者達の前でゴーレムが西を向く。

 その体がゆっくりと僅かに反らされた。

 十分に溜めを作ると、次の瞬間――




 ウォォォォォォン!!




 ゴーレムは大きな叫び声を上げた。

 同時に放出された魔力が声に乗って一気に広がっていく。


「な、なんだ!?」


 突然の大声にローブの男が顔を顰めて耳を塞ぐ。

 そんな男達より敏感に反応したのは広く展開されていた魔獣達の方であった。

 魔獣達が一斉に興奮し始め、次々と鳴き声を上げてはゴーレムの方へ駆け出して行く。


「なっ……!? お前達、何処へ行く!? 戻れ!!」


 ローブの男が攻めるべき門とは真逆に走り始めた魔獣達を制御しようと試みるが、まったく言う事を聞かない。


「戻らんかっ!! くそっ!!」


 仕方なく新たに魔獣を召喚しても、召喚した端から魔獣はゴーレムに向けて走り出した。


「いったいなんだってんだ、く――!?」


 ローブの男が声に出せたのはそこまでだった。

 音を置き去りにするような速度で飛び込んだシローが男の腹に拳をめり込ませる。

 ローブの男達と騎士達の間を隔てていた魔獣が走り去ったのだ。

 もう騎士団を阻むものはない。


「突撃ぃー!!」

「「「おおおおおっ!!」」」


 ガイオスの号令に騎士団が、更には冒険者の面々がローブの男達に襲いかかる。


「一片っ!!」

「任せろっ!!」


 シローの声を聞くより早く、風の一片は飛び出していた。

 ゴーレムに向けて走る魔獣達に背後から追いつき、爪で切り裂いていく。


「シロー!! お前も行けー!! ここは任せろ!!」


 飛び込んできたガイオスが叫びながら他のローブの男を斬りつける。


「すまん、団長!!」


 シローはそれだけ言い置くと、風の一片の後を追って駆け出した。

 風の魔力で一気に加速し、瞬く間に風狼の横に並ぶ。


「行くぞ、一片!」

「おう!」


 一人と一匹は魔獣を斬り伏せながら、ウィルの下へ全力で駆けていった。


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