ウィルベル精霊軍VSアント・ジェネラル
本日二話目です。
《かたーい! なにコイツ!?》
《変な魔力流れてるぞ!》
《魔石持ちか!?》
ジャイアントアントを全て撃破したウィルと精霊達は最後に残ったジャイアントアントジェネラルと対峙していた。
同じように放たれた精霊達の魔法が次々とジェネラルに着弾する。
しかし、大したダメージはなく、ジェネラルが徐々にゴーレムとの間合いを詰めてきていた。
元々、アント上位種の外郭は非常に硬い。
ベテラン剣士の斬撃や熟練魔法使いの物理系魔法も寄せ付けない。
それに輪をかけて、土属性の魔力がジェネラルの身の内から発せられるのをウィルは見ていた。
「えりす! あのありさん、まほーつかってる!」
「魔石持ちですわ! ウィル様!」
上位の魔獣の中には体内に魔石を宿す魔獣がいる。
そういった魔獣は同種にはない特性やスキルを有するので危険度が跳ね上がるのだ。
「ウィル、相手からどんな攻撃があるか分からない……ゴーレムで押し切りましょう……」
「わかったー」
シャークティの提案にウィルが力強く頷いた。
シャークティの導きの下、ウィルが魔法ゴーレムの力を解放する。
高く振り上げられたゴーレムの肘から先が導きによって回転を始めた。
その速度が徐々に増していく。
「ごーれむさん、ぐるぐるぱーんち!」
ウォォォォォォッ!!
ゴーレムが高速回転する岩の拳をジェネラルに叩き込んだ。
まるで金属を打ち付けたような硬質な音が響き渡る。
「あー!」
上から叩き込まれた一撃にジェネラルは耐えた。
足を踏ん張ってゴーレムの拳を押し返す。
「ぐぬー!」
ゴーレムに魔力を込めるウィルが唸る。
驚くべき事に、ジェネラルはせめぎ合いながら、徐々にゴーレムを押し返していた。
その顔がゴーレムの頭上に立つウィル達を見上げる。
牙が大きく横に開いた。
「なんかでるー!」
「危ないっ! ウィル様、下がって!」
「ごーれむさん、さがってー」
魔力を目で捉えるウィルの発言に危機感を覚えたエリスが慌てて前に立った。
同時にウィルがゴーレムを後ろに下げる。
押さえ付けるものがなくなったジェネラルの魔力がより一層高まった。
「来たれ水の精霊! 水面の境界、
我らに迫りし災禍を押し流せ水陰の城壁!」
エリスの長杖の先から青い魔力光が溢れ出し、広域に展開された水属性の防御壁がゴーレムとジェネラルの間を隔てる。
それとほぼ同時にジェネラルの口から大量の砂が撒き散らされた。
「砂塵……!? いえ、これは……!!」
ジェネラルの狙いに気付いて、エリスが一瞬息を飲む。
「押し流せっ!」
今度は攻撃的な意味を込めて、エリスが再度叫ぶ。
水の壁が形を崩してジェネラルの砂塵を押し流すのとジェネラルが大きく開いた左右の牙を噛み合わせるのはほぼ同時だった。
噛み合わせた牙の先端で火花が散る。
その火花が砂塵に引火して爆炎となって広がった。
「やはり、火薬っ!」
咄嗟に水で押し流したのが功を奏し、今の爆発はさほど大きくない。
しかし完全な形で放たれればどれ程の被害が出るか検討もつかなかった。
爆破を行ったジェネラルは硬質化の影響か、傷を負った様子もない。
「ああ!? またー!」
ウィルがジェネラルの魔力を見て声を上げる。
(攻め手がない……)
エリスは静かに焦っていた。
ウィルのお陰で火薬を吐き出すタイミングは把握できる。
しばらくの間、爆破は防げるだろう。
しかし、エリスも防御に手一杯で攻撃まで手が回せない。
ジョンやトマソンが引き返してきたとしても相性が悪い。
ラッツやマイナは風属性だ。
風の精霊が魔法で傷を負わせられないのに人の身では正直厳しいだろう。
《力一杯撃つか!?》
《結晶化しちまうぞ!?》
上空から風の精霊のやり取りが聞こえてくる。
「拳岩化した拳で大したダメージが与えられないとなると……」
「どーすんのよっ!?」
考え込むシャークティにアジャンタの焦った声が飛ぶ。
彼女達にも妙案はないらしい。
(セシリア様であれば……)
セシリアが得意としている樹属性の魔法であればアント種に効果的な毒の魔法で状況を一変させられるのだが。
弱気な考えが浮かんでエリスが首を振る。
(いけない……私がウィル様達をお守りしなければ……!)
その為に、今自分はここにいるのだ、と。
エリスが己を叱咤する。
「ウィル様! 精霊様! エリスが爆発を抑えます! その隙に!」
「わかったー」
「そうだ! 関節よ! みんな、関節を狙って!」
返事をするウィルの横で、閃いたアジャンタが精霊達に指示を送った。
精霊達の狙いがジェネラルの胴体から脚へと変わる。
硬質化した脚に目立ったダメージはないが、ジェネラルの動きが目に見えて鈍る。
一定の効果はあったのか、ジェネラルが執拗に攻撃を繰り返す精霊達に凶悪な牙を振り上げた。
牙を大きく広げ、また火薬の噴出態勢に入る。
「えりすー、なんかでるー!」
(今です!)
ウィルの声を聞いて魔法の発動タイミングを正確に見極めたエリスが長杖を掲げた。
「来たれ水の精霊! 隔離の泡沫、
我が敵を包め水球の牢獄!」
水で満たされた球型の牢獄がジェネラルの頭部を覆い尽くす。
突如現れた水の塊を嫌がったジェネラルが頭を振り乱して暴れ回った。
「くっ……!」
水球の牢獄を振り解かれないようにエリスが集中する。
本来であれば、この魔法は対象全体を包み込む魔法である。
だが、相手が大きすぎるのと、潤沢とは言えない魔素の量で頭一つを包み込むので精一杯だった。
それでも効果はある。
(この魔法で頭を包み続けられれば……!)
うまく行けばジェネラルを窒息させられるし、包み込んでいる間は火薬を吐き出す事ができない。
かなりの集中力が必要だが、攻撃と防御を同時にこなす事ができる。
だが――
《こんだけ暴れられたら関節なんて狙えないよー》
精霊が悲鳴じみた声を上げる。
ジェネラルは窒息の苦しみから逃れるように暴れ続けた。
(このままじゃ……)
いずれ振り解かれる。
そうなれば、ジェネラルは即座に火薬を噴出し、広範囲を爆破しようとするだろう。
(なんとか暴れるジャイアントアントジェネラルを押さえ込まないと……!)
エリスがシャークティ達にその指示を伝えようとした瞬間――
ドガガガガッ!!
先端を尖らせた土の柱が砕けた石畳もろともジェネラルを突き上げた。
浮かされたジェネラルが空中で藻掻く。
その大蟻を追い越した土の柱がうねり、今度は上空からジェネラルを穿って石畳の上に縫い付けた。
「はわー!」
「これは……土の魔法!?」
ウィルが驚きに目を見開き、魔法の特徴を見て取ったエリスが驚愕の声を上げる。
《まったく……》
ゴーレムの後方から砲撃していた土の精霊達より更に後ろ。
一人の少女が呆れたような表情でゴーレムを見上げていた。
土属性の精霊である。
見た目の年齢はシャークティやアジャンタに近い。
《あとで詳しく説明してもらうからね!》
見下ろすシャークティと目が合うと、彼女は大きな声で叫んだ。
戸惑いがちに頷くシャークティを確認してふいっと横を向く。
「ありがとう……」
同属の後押しを受けて、シャークティが小さく呟いた。
その頬が自然と緩む。
「しゃーくてぃ!」
「どうしたの、ウィル?」
服の端を引いて呼びかけるウィルにシャークティが視線を向けた。
ウィルの目はキラキラに輝いていた。
「うぃるもあれやりたい!」
「あれ……?」
首を傾げるシャークティをウィルが引っ張る。
ゴーレムの頭の先頭に立つと、そこからは石畳に貼り付けられ、水球の牢獄に苦しむジャイアントアントジェネラルの姿がよく見えた。
「つちのやつ! ごーれむさんでー!」
平手を尖らせて見せるウィル。
シャークティはウィルの伝えようとしている事を理解した。
「できるー?」
小首を傾げるウィルの頭をシャークティが撫でる。
「できるわ、ウィル。やってみましょう……」
シャークティはすぐさま魔力をゴーレムに流し込んだ。
岩に包まれたゴーレムの拳が形を崩し、杭のように先を尖らせて再構築される。
「これでいい?」
「これー♪」
シャークティの確認に、ウィルがご満悦な様子で頷いた。
「あれで突き刺すの?」
首を傾げるセレナ。確かに先端を尖らせた方が殺傷力は高くなりそうだが、それでもジェネラルの外殻を傷つけられるか疑問である。
だが、ウィルは首を横に振った。
「まだー」
「まだ?」
今度はニーナが首を傾げる。ウィルが杖を振り上げた。
「ごーれむさん、ぐるぐるー!」
ウォォォォォン!!
ウィルの命令に従ったゴーレムが唸り声を上げ、先の鋭くなった右腕を天に翳す。
肘から先を回転させて、それが高速に達すると甲高く凶悪な音が響き始めた。
「いくよー、ごーれむさん!」
ウィルの声に反応してゴーレムの目の赤い輝きが増す。
ウィルが土の精霊魔法で拘束されたジャイアントアントジェネラルに標的を定めた。
拘束を逃れようと暴れるジェネラルだが、エリスの魔法の効果もあって弱っていた。
先程のような荒々しい動きはない。
「ごーれむさん、ぐるぐるー、ぐるぐるー……えーっと」
何かを言わんとして、ウィルが言葉に詰まった。
それから困ったような顔をしてセレナ達の方を振り向く。
セレナ達は不思議に思って首を傾げた。
あとはゴーレムに命令してジェネラルを攻撃するだけだ。
「どうしたの、ウィル?」
代表するようにニーナが尋ねるとウィルが空を指差した。
「あれー、なんていうのー?」
全員が空を見上げる。
ウィルの指差す先には突き上げられたゴーレムの右腕があった。
回転を続けるゴーレムの右腕は徐々にその速さを増しているように見える。
「ぱんちじゃないよー?」
ウィルの質問の意味を全員理解した。
「えーっと……」
尖った先端を高速で回転させ、穴を掘る道具。
他国の技術に確かそのようなものがあった気がしてセレナが顎に指を当てる。
「確か……ドリル、とか……」
「どりるー!」
セレナの言葉を聞いて、ウィルの表情がキラキラに輝いた。
言葉の響きに感じるものがあったのだろうか。
「いけー! ごーれむさんどりるー!」
ウォォォォォォッ!!
ウィルの命令に従って、ゴーレムが高速回転する右腕を動けないジャイアントアントジェネラルの背に突き刺した。
堅牢な外殻がゴーレムのドリルを受け止める。
「ううううう……!」
ウィルが唸りながらドリルに魔力を注ぎ込む。
ドリルの強度は申し分ない。
あとは――
《ウィル! そのまま!》
《任せろ! 速度強化だっ!》
上空から舞い降りた優し気な風の精霊とツンツン頭の風の精霊がドリルに手を翳した。
風の魔力が土属性のドリルに接続され、回転力を強化する。
勢いを増したドリルがジェネラルの外殻にヒビを入れた。
ビシビシと音を立ててヒビ割れが広がっていく。
「ウィル! もう少し!」
「がんばれー! 負けるなー!」
セレナとニーナの声援を受けて、ウィルが更に闇属性の魔力をドリルに込めて叫ぶ。
「ごーれむさーん!!」
ウォォォォォォ!!
ウィルと同調したゴーレムが叫ぶ。
強度と速度を増したドリルがとうとうジェネラルの外殻を貫いた。
そのまま石畳ごと貫いてジェネラルの体が真っ二つに吹き飛ぶ。
《よっしゃー!》
《やったー! 勝ったー!》
《でか蟻、とったどー!》
風と土の精霊達から歓声が上がった。
「ふー……」
ウィルが額の汗を拭う仕草をする。
「ねーさま、うぃる、やりましたー」
「よくやったわ、ウィル」
「さすが、私のウィルねっ!」
ウィルの勝利報告にセレナは頭を撫で、ニーナがウィルを抱き締めた。
《ウィル!》
ツンツン頭の風の精霊がゴーレムの頭に着地する。
その手には黄色に輝く石が握られていた。
《ほら、これだけでも持っていきな!》
「…………?」
ウィルが精霊の少年から手渡された石を不思議そうに見つめる。
「魔石ですね」
《ああ、大蟻から取り出した。ウィルが倒したんだからウィルのモンだ》
「ありがとー♪」
ウィルは素直に礼を言うと、胸のポケットに魔石を詰め込んだ。
《さぁ、行こうぜ! 悪者退治に!》
「あい!」
精霊の少年に促されて、ウィルが元気よく返事をする。
魔力の消費による疲労はあるが、まだまだ頑張れる。
ウィルはまたゴーレムと供に行く先を見つめた。
「にしへ!」
西がどこか、まだ分からなかったが。