中通りの戦場
本日の二話目をお届けします。
巨大なゴーレムがゆっくりと、しっかりした足取りで中通りを目指す。
ゴーレムの頭の天辺はドーム型の防御壁で覆われた。
「もう大丈夫よ!」
アジャンタお手製の防御魔法である。
透明の防御壁で球状に包み込み、ゴーレムから伝わる衝撃も姿勢による傾斜も緩和できるようになっていた。
乗り心地が懸念されたゴーレムであったが、満たされた風の魔力により快適性も抜群である。
「その子、どうやら火属性の幻獣みたいね……」
ニーナの掌を覗き込みながら、シャークティが告げる。
先程、ニーナが助けた雛である。
「へぇー……」
興味深そうに覗き込むニーナ。
雛がニーナを見上げながら、小さな鳴き声を上げた。
どうやらニーナの事がお気に入りのようである。
「あなた、すごいのね!」
褒められたのが分かったのか、雛がニーナの手に擦り寄った。
「でも、どこから来たのかしら……?」
グラムは魔道具の筒で魔獣を捕まえられると言っていた。
目の前の雛は幻獣だが、どこかで捕まってしまったのだろうか。
「可哀想に……こんな小さな子なのにお母さんと離ればなれになっちゃうなんて……」
「そうですね……」
しょんぼりするニーナの肩を支えて、エリスが同じように覗き込んだ。
「そうだ!」
何か思いついたのか、ニーナが表情を輝かせて顔を上げた。
不思議そうに見てくるエリスを笑顔で見上げる。
「私が契約して、この子のお母さんになってあげればいいんだわ!」
「うーん……」
エリスは困ってしまった。
幻獣を取り扱う知識など、当然ない。
お母さんになるのだ、と言われても、契約すれば人体に影響を与える幻獣相手に知識もなく賛同はできない。
「この子も大した力はないし、ニーナに心を許しているようだし……問題はないと思うけど……」
シャークティが助け舟を出す。
エリスは風の一片が「力の弱い内であれば、契約者と一緒に成長していくので問題ない」と言っていたの思い出した。
(二匹目でも問題ないのかしら……?)
エリスの迷いとは裏腹に、ニーナは「じゃあ大丈夫ね!」と納得すると、雛を掲げて願い出た。
「私が今日からあなたのお母さんよ! 私と契約して頂戴!」
「ピー!」
断る理由がなかったのか、それとも元々その気だったのか、雛はあっさりニーナに応えて仮契約の魔法陣を展開した。
赤く彩られた魔素の光がニーナと結び付く。
「ニーナ、羨ましいな……」
「あはは……」
セレナのぽつりとした呟きにエリスは困り顔のまま、笑うしかなかった。
「後は名前を決めれば、契約完了ね!」
笑顔で頷くニーナに、セレナとエリスがハッとなって顔を見合わせる。
「うーん……強そうな名前がいいわね……ゴンザレ――」
「ちょっ……! 待って、ニーナ!」
「せめて、名前だけは皆に聞いてみましょう!」
雛の第一印象は普通の女の子が見たら、どう見ても【ピーちゃん】とかそんな感じである。
それなのに、また強そうなとか言い出したニーナにセレナもエリスも慌てて待ったをかけた。
幻獣との仮契約を許しても、命名だけは許してはいけない気がした。
「むぅ……」
ニーナが不服そうに頬を膨らませる。
そんなニーナ達にウィルの明るい声が飛んだ。
「はわー、みて! みて!」
防御壁の外を風の精霊が飛んでいく。
逃げ遅れていた人々を抱えて宙を舞い、トルキス邸の方へ運んでいた。
お年寄りから子供まで。男も女も太った人も痩せた人も、様々。
「あんなに沢山、逃げ遅れていた人がいたのね……」
「みんな、たすかったー?」
呆然と呟くニーナにウィルが首を傾げる。
その肩に手を置いたセレナが表情を曇らせて首を横に振った。
「まだよ、ウィル。まだまだ逃げ遅れた人がいると思うわ」
「そうですね……比較的被害が少なくて、これですから……」
エリスがセレナの言葉に同意すると、ウィルは強く頷いた。
「みんな、たすけなきゃ!」
そう言って、ウィルがゴーレムの進行方向へ向き直る。
「せれねーさま! もーすぐ、じぃのとこだよー!」
屋根伝いにラッツとマイナが先行していく。
ウィルの言う通り、中通りまではもうすぐだ。
「急ぎましょう」
「あい!」
セレナの声にウィルが応えると、全員が視線をゴーレムの進行方向へ向けた。
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「はぁ……はぁ……きっつ……」
ジョンが肩で息をしながら、双剣を構え直す。
目の前に迫ったジャイアントアントの牙を前に踏み込みながら掻い潜り、熱魔法を纏わせた二振りの剣を別々に振り抜く。
薙ぎ払った右手の剣が魔獣の下あごを切り飛ばし、振り降ろした左手の剣が魔獣の前脚を切り飛ばす。
「せぁっ!」
振り降ろした勢いを殺さず、一回転したジョンが双剣を揃えてジャイアントアントの脇を切り裂いた。
事切れた大蟻の魔獣が立て続けに崩れ落ちる。
「何体目だよ、畜生め……!」
悪態をつきつつも、ジョンが剣を下げることはない。
ワーカータイプとソルジャータイプのジャイアントアントは、まだその数を保ち続け、ジョン達の前に存在し続けていた。
「ジョン……鈍ったんじゃありませんか?」
雷速歩法で地を駆けていたトマソンがジョンの横で足を止め、棍を構え直す。
「そ、そんな事、ないですよ? 魔力コストの問題です……」
呼吸を整えたジョンが横目でトマソンを見る。
額に汗を掻いてはいるが、トマソンはまだまだ大丈夫そうだ。
(旦那様やレンちゃんも大概だが、このじーさんもバケモンだよな……)
トマソンの佇まいに、ジョンが胸中で呟く。
ジョンの得意としている火属性系統の魔法は威力の高いものが多いが、同時に体力や魔力の消耗が激しい。
ジョンも火力調整に手を焼いて、使いどころを苦慮する事が多かった。
一方、トマソンやシローの使う風属性系統の魔法は魔力のコントロールが難しい傾向にある。
だが、この二人は魔力のコントロールが抜群に上手い。
故に長時間戦闘も難なくこなす。
シローなどは幻獣と契約しているので魔力量も相当なものだろう。
レンに至っては、その最たる者だ。
魔力消費の激しい火属性系統と特有の闇属性体質。
コントロールが難しく、魔力コストも高いはずの魔法属性で彼女はシローやトマソン以上に長時間戦闘が得意だ。
彼女が抱える様々な秘密を差し引いても驚異的である。
そもそも、彼女の二つ名【暁の舞姫】の由来は、特有の黒炎の事を指すのではない。
一晩中戦場で戦い続け、夜明けに見せたその戦う姿が舞うように美しかったからだ。
まさにスタミナお化けである。
「今、何かとても失礼な事を考えていらっしゃいますな?」
「そ、そんなわけないじゃないですか……」
トマソンにじっとりとした視線を向けられ、ジョンは冷や汗を掻きながら視線を泳がせた。
トマソンが小さく嘆息して、視線をジャイアントアントの方へ向ける。
「あまり、のんびりしている時間も無いのですが……」
「そうですね……お屋敷をいつまでも空けておくのも心配ですし……」
二人が視線をジャイアントアントの更に奥へと向ける。
いつの頃からか佇む、白いローブの男がそこにいた。
痩せぎすで上背のある男の手に筒のような物が握られている。
ジョン達がジャイアントアントを屠る度、この男が魔獣を召喚していた。
その姿が不気味な魔術師を連想させて、ジョンが口の端を上げる。
「正直、お関わり合いになりたくないタイプ」
「そうも言っていられません。捕まえて、絞め上げます」
「へいへい……」
表情を崩さないトマソンに、ジョンが軽く応えて構え直した。
男を締め上げるには、まず目の前の大蟻の群れをなんとかしなくてはいけない。
「トマソンさん、付かぬ事をお伺いしますが……」
「どうぞ?」
「トマソンさんが相手を間合いに捉えるには、どれくらい蟻を排除すれば?」
「そうですな……目の前の蟻を五匹ほど潰して、道を確保して貰えれば」
しれっ、と言ってのけるトマソンに、ジョンが笑顔のまま固まった。
「いや、上から行くとかってないですかね?」
「難しいですな。迂回すれば勘付かれるでしょうし……」
トマソンがジョンの提案をあっさりと却下する。
敵が直ぐに姿を現さなかったのは、こちらの戦い方を観察する為だろう。
雷速歩法も当然見られている。
警戒されて逃げ回られるのは厄介だ。
それが証拠に相手はこちらと距離を保てるように魔獣を配置している。
雷速歩法は空間転移ではないので移動を隔てる障害物は越えられない。
その事もきっとバレているだろう。
(やるしかないか……)
胸中で嘆息しつつ、ジョンが攻め手を探る。
相手の補充を上回る速度で倒していかねば、目的の距離まで詰められない。
ジョンが先か、大蟻の群れが先か。
前衛が前がかりになる中で、最初に動いたのはローブの男だった。
勝負に出ようとするジョン達の動きを感じ取って機先を制しに来たのだ。
「ウフフ、そろそろ終わりにしようか……」
男が新たに取り出した筒を掲げる。
現れたのは同じく大蟻の魔獣だ。
しかし、その姿は他のどの大蟻と比べても禍々しく、大きかった。
「マジか……」
前に出ようとしていたジョンが現れた魔獣を見て呟く。
バラバラに動いていた大蟻の魔獣がその蟻の元に統率されていく。
「ジャイアントアント・ジェネラル……」
群れを形成するアントを特殊なフェロモンで指揮下において統率する、アントの上位種である。
単体の戦力も高く、強固な外殻を有するアント種の中でもトップクラスの硬さを誇る。
「ジョン……」
「なんです、トマソンさん?」
「ジェネラルを斬れますか?」
トマソンの端的な質問に、ジョンは真顔で応えた。
「当然ですよ……」
その表情に言葉ほどの余裕はない。
「但し、周りのアントに邪魔されなければ……ですが」
周りのアントがジェネラルに統率されている以上、ジェネラルを狙えば当然妨害される。
かといって、周りのアントから片付けていってもローブの男に補充されてしまう。
先にローブの男を狙っても、やはりアント達が邪魔だ。
「……これは少々厄介ですな」
トマソンが小さく息を吐く。
二人の頭の中に大火力の魔法で一掃するという選択肢はない。
ここは街中だ。
そんな魔法を放てば周辺の建物にも被害が出る。
それはできるだけ避けたいところだ。
「やれやれ……」
活路の見出だせない持久戦に追い込まれたジョンが苦笑いを浮かべた。
「こんな事なら、さっきレンちゃんが来た時、素直に助けてもらっとくんだったなぁ……」
「ここは任せて先へ行け、とか……格好をつけておられましたしね」
どうやら、変なフラグを立ててしまったらしい。
二人が魔獣を牽制しながら、どうしたものかと考えを巡らせていると、遠くから音が聞こえてきた。
重い何かが地を揺らすような音だ。
次第にジョン達の方へ近付いてくる。
「なんだ……?」
油断なく構えながら、ジョンが音に意識を向ける。
音がだんだんと大きくなる。
一定のリズムを刻むそれは強大な足音を連想させた。
「これ以上、敵の手が増えるのは勘弁願いたいのですが……」
トマソンも棍を構え直しながら、音の正体に意識を割いている。
今の位置取りでは挟み撃ちにされる。
場合によっては後退しなければならない。
それ以上に、音はトルキス邸のある方から響いてきている。
嫌な予感がジョン達の脳裏をよぎっていた。
地響きが建物を揺らす。
パラパラと軒先から砂埃が落ちた。
さらに音が大きくなって、やがてその足音の主が姿を現した。
「じぃー! じょんおじさーん!」
「「ぶふぉっ!?」」
通りに姿を現した巨大ゴーレム、その頭の上から呼びかけてくるウィルにジョンとトマソンは同時に噴いた。
嫌な予感が違う形で見事に的中していた。
「な……なんですか? この巨大なゴーレムは……」
ローブの男もその姿を呆然と見上げ、なんとかそれだけの疑問を口にする。
「ああー!」
当事者達がポカンと見上げる中、ゴーレムの頭上から通りを見下ろしたウィルが声を上げた。
「ありさん、ふえてるー!」
避難する前に排除した魔獣がまたいる事にウィルが憤る。
むー、と唸るウィルに呼応してゴーレムが中通りへ一歩踏み出した。
己の領域に踏み込んでくる巨大ゴーレムに、ジャイアントアントの群れが一斉に警戒するような鳴き声を上げ始めた。
ニーナ、二匹目の幻獣と契約です。
ウィルだけじゃなく、お姉ちゃん達も成長していくのです。