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カルディの陰謀

 時刻はまだ昼であるのに、その部屋は暗かった。

 日の光を遮るようにカーテンが敷かれ、光源がテーブルの上の燭台のみである為だ。

 締め切った部屋には風も入らず、蝋燭の火が篭った空気を侵食するように光を灯している。


 でっぷりとした体格の男ーーカルディ伯爵は息の詰まるような環境と居心地に脂汗を掻きながら耐えていた。


「愚かな事をしてくれたものだな……」


 白いローブの男から発せられた声に、カルディの肩がビクリと震える。

 表情は深く被ったフードで見えないが、その声の調子で男の不機嫌は窺い知れる。

 カルディの顔色が冴えないのは、部屋が暗いせいだけではない。

 これはそのまま、彼らの力関係を表していた。


「勝手な事をせねば、もっと楽に事が運んだものを……」

「そっ、それは……」


 抗弁しようと顔を上げたカルディが言葉に詰まり、視線を落とす。


「ここで動かなければ……グラムが……」


 カルディの様子に男が嘆息した。

 ローブを縁取る金の刺繍が光の加減で揺れる。

 ローブの男の代弁をするかのように、背後から伸びた二人分の腕がカルディ伯爵の肩を掴んだ。

 金の刺繍はないが、目の前の男と同じようなローブで全身を覆った者が二人、カルディの背後に立っていた。

 一人は見上げるような大柄で、もう一人は小柄だ。

 二人がフードの奥から代わる代わる声を発した。


「そいつは身から出た錆ってやつだろ?」

「ケヒヒッ! 息子も躾けられねーかぁ?」

「ひっ……!」


 肩にかかる大男の圧力と、股間に添えられた小柄な男の鉤爪の感触にカルディが竦み上がる。


「やめておけ……」


 男の声に二人がカルディを開放した。


「大将に感謝するんだな」

「ケヒッ! ホントホント。うちの大将はお人好し過ぎるぜ」

「それだけ、こいつの支援も役立っていたという事だ……」


 カルディがしていた事といえば金銭的な援助が殆どである。

 バレると後ろに手が回るようなあくどい事をして作った金も当然のようにある。

 カルディにはバレない自信があったし、危険を犯してでも得られるモノの大きさを考えれば、些細な事だと思っていた。



 王の座。

 絶対的な権力の座。

 普通に仕えていたのでは決して届く事のない、欲望。



 カルディも影で囁かれているほど馬鹿ではない。

 それが簡単に手に入るものではない事くらい、分かっていたつもりだった。

 だが、目の前の彼らは言ったのだ。


『我らに手を貸せば、お前の望むモノを与えよう』


 普通なら一笑に付す、その言葉。

 それを信じさせるだけの力が、技術が彼らにはあった。

 まだ、どの国も手にしていないような未知の技術が。

 それがあれば、国を手中に収めるなどいくらでもできると思えるほど素晴らしい技術の数々。


 カルディは一も二もなく、彼らに傾倒した。

 彼らの研究や開発を後押しする為に金を用意し、実験体を確保する為に人攫いを雇う金を用意し、彼らの組織が更に大きくなる為に金を用意した。


 生意気な宰相がこちらの動きを監視している事に気付いて、正規の手順で私兵の増強もした。

 多めに人材を増やせば、裏の人材は数に紛れる。

 金の問題は勘付かれるかもしれないが、金策は他所でやっている。

 尻尾は掴ませない。


 誤算だったのはグラム――自分の息子の事だった。

 増強していた私兵を勝手に使い、いつの間にか好き放題し始めたのだ。

 それでも最初の内は握り潰せた。

 可愛い息子の為だ、と手を焼くのに喜びさえ感じながら。

 王族に喧嘩を売るまでは。


 カルディが覚悟を決めて、顔を上げた。

 この謀反も、もう少し準備が整ってから行われる筈だったのだ。

 それも彼らの戦力を使って大々的に。

 こんな外周区からではなく。

 街のすべてを巻き込んで、無警戒の中から王城に攻め上がる。


 結局、グラムを救う為に戦力が整わぬまま、カルディは動かざるを得なくなった。

 次はない、と言いつつも彼らは手を貸してくれた。

 その彼らの恩に報いる為、カルディは謀反に打って出た。


 今頃は門の付近で攻防が繰り広げられ、外周区で一番の戦力を有するトルキス邸に、名誉挽回の機会を得たグラムが攻勢をかけている筈である。


 人手は足りないものの、魔獣召喚の筒はそこそこの数がある。

 飛行可能な魔獣がいない事が痛手ではあったが。


(いける筈だ……)


 どれ程の強さを誇ろうと、所詮は人。

 冒険者ギルドの元テンランカーも、王国に名を残す使い手も恐れるには足らない筈。


 胸中で、そう言い聞かせるカルディの思考を遮るように、目の前の男が背後に向き直った。


「なんだ……?」

「……どうかされたのですか?」


 男はカルディの問いかけに応えなかった。

 その先には光を遮るカーテンが敷かれた窓しかない。


「…………?」


 不思議に思って首を傾げるカルディに、一拍おいて男が素早くカルディを振り返った。


「壁際に下がれ!」

「…………っ!?」



 ガッシャアアアアン!



 男が叫んで無理やりカルディを引っ張るのと、大きな何かが窓を突き破って飛び込んできたのは、ほぼ同時だった。


「いっ……いったい何が……?」


 壁に叩き付けられたカルディが咳込みながら、部屋の奥を見る。

 沸き立つ埃の奥で何かが動いた。


「グ、グラムッ!?」


 飛び込んできたものの正体にカルディが叫んで駆け寄ろうとする。


「動くな……」


 掴んだまま放さない男に、カルディは男とグラムを交互に見た。

 男は黙ったまま窓の外を注視している。

 グラムは障壁を張ったのか、生きてはいるようだった。


「下がらせろ。次が来る」


 男の静かな冷たい声に大男が従った。

 グラムの襟首を掴んで壁際に引き寄せる。


「…………ちっ!」


 大男が乱暴にグラムを突き放して舌打ちする。

 その様子に小柄な男がまた奇妙な笑い方をした。


「ケヒヒッ! 漏らしてやがる!」


 外から入ってくる光が先程より明るく部屋を照らし、グラムの股間を濡らしているのがよくわかった。

 それに対してカルディが何かを言う前に、人間が残った窓枠を破壊しながら飛び込んできた。

 グラムの供を命じた騎士である。

 それが次々に部屋の中へ飛び込んでは床でバウンドし、部屋の奥の壁に叩きつけられた。


 総勢五名。

 いずれもトルキス邸に差し向けた者達だった。


 飛び込んでくる者がいなくなると、男の手から解放されたカルディは部屋の奥で崩折れた騎士達へ駆け寄った。

 皆、気絶しているようだが、障壁を展開したのか生きているようである。


「い、いったい、なにが……」


 分かったのは、トルキス邸への襲撃が失敗に終わったであろうという事だ。

 慄きつつ、カルディは辛うじて意識のあるグラムの方へ視線を向けた。

 グラムは怯えたようにガタガタと震えて、視線を彷徨わせながらブツブツと呟いていた。


「おい、グラム! しっかりしろ!」

「ひ、ひいいいいっ!」


 しゃがみ込んだカルディがグラムと視線を合わせると、グラムは喉の奥から掠れた悲鳴を上げた。


「いったい、何があったんだ!?」

「やめてくれ! くるな、くるなぁぁぁぁぁっ!」


 恐慌状態に陥ったグラムはそのままひきつけを起こして、ぱったりと意識を失った。


 余程恐ろしいめにあったのだ。

 でなければ、こんな状態は有り得ない。


 しかし、どこからも直ぐに襲撃される気配はない。

 その様子はローブの男達にとってもまったく予想外の事であった。


「いったい何が起きているんだ……」


 呆然と呟くカルディの背後で、ローブの男は外を見ながら思考を巡らせていた。


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お家にショートカットなんて、なんて優しいんでしょう
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