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ウィルVSグラム(後編)

「もー! ほんとに、もー!」


 魔獣に行く手を阻まれ、焦れたウィルが怒声を上げる。

 杖を持った手を振り回したり、足を踏み付けたりする度に警戒した魔獣達がビクリと震えた。

 だが、包囲を崩そうとはしない。


(おかしいな……)


 その様子を眺めていたモーガンがふと首を傾げた。

 目の前に群がる魔獣は確かにどれも人に害を為す、いわゆる害獣である。

 だが、明らかな実力差があると、普通の魔獣は逃走を計る事がある。

 例外はあるが、目の前で格上の魔獣が圧倒されたのに、一匹たりとも逃げ出さないのは不自然だ。


「うぃる、ほんとーにおこったんだからね! しーらないんだ、あー、しーらないんだぁ!」


 そんなモーガンの考察を他所に、ウィルのお怒りは最高潮らしい。

 腕組みして横向いてプンプンって感じだ。

 仕草は可愛らしいのに、扱っているのが高火力の精霊魔法なので大人達は素直に笑えない。

 使用人達もこんなウィルを見るのは初めてだった。


「うわぁ……ウィル様、激おこだぁ……」


 マイナですら、呆気に取られた様にそう呟くのがせいぜいだ。

 セシリア達に見守られる中、今度は土の精霊がウィルの傍へ歩み寄った。


「ウィル、一気に片付けてしまいましょう……」

「うんっ!」


 土の精霊の提案に、ウィルが頷いて杖を掲げた。


「したがえしゃーくてぃ! つちくれのしゅごしゃ、われのめーれーにしたがえつちのきょへー」


 渦巻いた黄色い魔素がウィルと土の精霊を包み込み、ウィルの杖先から溢れた魔力が庭へ吸い込まれていく。


(…………はっ!? チャンスだ!)


 ウィルの魔法を見たグラムが我に返って、懐に手を伸ばす。

 魔法の始動は意味不明だが、詠唱はゴーレム生成だ。

 襲撃相手がゴーレム使いであると知っていたグラムはその事を報告して、対ゴーレム用の魔獣を用立ててもらっていた。


(これなら勝てる!)


 余裕を取り戻したグラムの表情に卑しい笑みが戻る。

 子供には驚かされたが、所詮は子供。

 魔力の総量は大したことあるまい。

 最大の魔法を封じてしまえば後は一緒だ。

 物量を持って相手を疲弊させ、押し潰してしまえばいい。


 そもそも、グラムの狙いは相手を追い込み、折を見て投入されるであろうゴーレムを封じて、相手の打つ手がなくなったところで更に畳み掛ける事にあった。

 その狙いはまだ崩れてはいない。


「ふはははは! ゴーレムなんて子供騙し、王たるグラム様には効かんのだよ!」


 故に、グラムは勢いを取り戻した。

 結局は自分が勝つのだ、と。

 発動し終えたウィルの杖先から魔法の光が消えた。


「…………?」


 奥の手を手にして身構えていたグラムが疑問符を浮かべる。ウィルの魔法は発動したのに効果を発揮しない。


「…………失敗、か?」


 グラムが呟いたと同時に、変化は起きた。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!



「な、なになになになになにー!?」

「じ、地震ですか〜!?」


 地鳴りと共に大地が揺れ動き、マイナとミーシャが悲鳴を上げた。

 変化がないのは魔法を使用したウィル達の足元だけだ。


「うあー、うぃる、しっぱいしちゃったかもー?」


 ウィルが土の精霊を見上げてそう言うと、土の精霊は首を横に振った。


「いいえ……ウィル、失敗ではないわ……そうなる様に私が魔力を導いただけだから……」

「そっかー」

「ちょっとー? やり過ぎじゃないのー?」


 納得するウィルの横で、周囲を見回していた風の精霊が呆れた声を上げる。


「やり過ぎじゃないわ……」


 土の精霊が風の精霊に向き直る。

 目が本気だ。


「私達は、仮にとはいえウィルと契約したの……だったら、分かるわよね……?」

「はいはい……」


 土の精霊の剣幕に風の精霊が肩を竦める。

 精霊達のやり取りに付いていけず、ウィルとセレナとニーナはキョトンとしていた。


「ウィルの敵は……」

「私達の敵」

「ウィルが求めるのなら……」

「伴にその道を歩まん」


 風の精霊の答えに土の精霊は満足げに頷いた。

 それからポカンと見上げるウィルへ向き直る。


「ウィル、魔力が行き渡ったわ……魔法を発動して……」


 土の精霊の言葉で我に返ったウィルがコクコクと頷く。

 そして気を取り直して杖を翳した。


「たってー! ごーれむさーん!」



 ウォォォォンッ!



 ウィルの声に反応して、大地が唸り声を上げた。

 大量の土が芝生を突き抜けて舞い上がる。

 宙に現れた淡い緑色の核を、その大量の土が覆い尽くした。

 土の塊は魔力の凝縮により、段々と人の形を模していく。


 ところどころ岩と化したそれは、上級クラスの魔法ゴーレムとして姿を現した。


「なっ……なん……」


 グラムが形を成したゴーレムを見上げて頬を引きつらせる。

 何と言うか、デカかった。

 先日、学舎で生成されたゴーレムの何倍もの大きさだ。

 ゴーレムの赤い目が屋敷の屋根を超えたところからグラムを見下ろしている。

 その異様さに足を竦ませながら、しかしグラムは己の切り札を、対ゴーレム戦用の魔獣を解き放った。


(また、あれだー)


 グラムの手にした筒から溢れ出る魔力を見ながら、ウィルがうんざりする。

 あの魔力が放たれる度、魔獣が姿を現すのだ。

 魔力の流れを見て捉えられるウィルは、出現前にその魔獣がどんな形をしているのか、知る事ができた。

 次に現れるのは大きなトカゲっぽい何かだった。


(ろっくりざーどだったらやだなー……)


 家にある図鑑の知識から、ウィルはそんな風に考えた。

 ロックリザードとは鉱山に生息する魔獣で、食べた土や岩などに含まれる鉱石により体表を変化させる事ができる。

 時にはゴーレムに襲い掛かることもあり、ゴーレムの天敵と言われていた。


(ま、いいや……)


 ウィルは難しく考えるのを辞めた。


「い、いいいいけ! ゴーレムを――」

「ごーれむさん――」


 魔獣が召喚される瞬間、グラムとウィルの声が重なった。


「喰いころ――」

「ぱんちっ!」



 ウオオオッ! ガゴォォォォォン!



 ウィルの命令に従ったゴーレムが岩の拳を振り上げ、魔獣が出現すると同時にその拳を打ち下ろした。

 振り抜かれた拳が魔獣もろとも庭にめり込み、土砂を巻き上げて地面を揺らす。

 あまりの威力に人はおろか、魔獣すら沈黙した。


「……は? へっ……?」


 砂埃を上げながら、庭に突き刺さったゴーレムの腕をグラムが呆然と見上げる。

 それがゆっくりと持ち上げられると、その下の惨状を見下ろしたグラムの顔が引きつった。


「ひっ……!? ひぃ……!?」


 喉に引っかかるような悲鳴を上げたグラムが二歩三歩と後退る。

 対ゴーレム戦用に用意してもらった切り札――ロックリザードが叩き潰されていた。

 岩の体表ごと砕かれてぺしゃんこだ。

 ロックリザードは何の力も発揮できずに、叩き潰されて死んでいた。


 恐れ慄くグラム達と対象的に、ウィルは「はー」と安堵した吐息をもらした。


「やっぱり、ろっくりざーどだったー」

「な、なんで……なんで分かった……?」


 辛うじて問いかけるグラムに、ウィルは眉をひそめた。

 それから、プイッと横を向く。


「わるいやつにはおしえてあげませんのだ!」

「くっ……このガキ……!」


 グラムが精一杯憤ってみせるが迫力は皆無だ。

 ウィルはグラムを無視してゴーレムを見上げた。


「ごーれむさーん! まじゅーをぜんぶやっつけてー!」



 ウオオオッ! ドドドドドドドッ……!



「「「ひぃぃぃぃぃっ!?」」」


 ウィルの命令に従って、ゴーレムが拳の雨を降らせる。

 頭を抱えて身を固めるグラム達を無視して、ゴーレムは瞬く間に魔獣達を殲滅した。


「はー、すっきりー♪」


 ようやく行く手を阻んでいた魔獣達を排除できて、ウィルがいい笑顔を浮かべる。

 だが、それでウィルの怒りが収まったわけではない。


「つぎはおまえたちのばんだよー?」

「「「ひぃっ!?」」」


 標的にされたグラム達が悲鳴を上げる。

 震えながら魔獣を召喚しようとするが、パニックになっていて使用済みの筒を振っては空振りを繰り返した。


「出ろって! この、この!」


 そうして、やっとの思いで中身の入った筒を引き当てたグラムが、召喚の光を見て泣き笑う。


「ハハッ! 魔獣が出るぞ! 死ね、小僧!」


 膨れ上がる召喚の光。

 しかし、ウィルは動かなかった。

 溢れ出る光の中から何かがポトリと落ちた。



 ピィッ! ピィッ!



「…………」

「…………」


 小さな、小さな鳥の雛だった。


「く、く、く……」


 グラムが、やっとの思いで召喚した魔獣が何の戦力にもならない小鳥の雛。

 グラムはキレた。


「どいつもこいつも、馬鹿にしやがってぇ!」


 足元で鳴き声を上げる雛をグラムが蹴り飛ばす。


「ああっ!?」


 それを見て飛び出したのはニーナだった。

 放物線を描いて飛んでくる雛をニーナが両手で優しく受け止める。

 雛は気を失っているのか、ピクリとも動かなかった。


「あっ……あっ……!?」

「にーなねーさま、みせてー!」


 狼狽したように声を漏らしたニーナがウィルの声を聞いて我に返る。

 屈んでウィルの高さに合わせて雛を差し出すとウィルが杖を振った。


「きたれ、きのせーれーさん! たいじゅのほーよー、なんじのりんじんをいやせせーめーのいぶきー!」


 樹属性の回復魔法が淡い緑色の輝きを放ち、雛を包み込んでいく。

 その様子を離れて見ていたセレナが蔑むような眼差しをグラムに向けた。


「か弱い者を虐めることしかできないなんて、最低です」

「うっ……」


 セレナだけではない。

 周りの人々、全てが同質の眼差しをグラム達に向けていた。


「ぐぬぬぬぬぬっ……」


 ニーナが目に涙を浮かべ、怒りに歯を噛み締めながらグラムを睨み付ける。


「こんな……こんな小さな赤ちゃんにまで、よくも……!」


 ニーナは大事そうに雛を抱えると、ビシッとグラムを指差した。

 もうこんな男に容赦する必要はない、とばかりに声を張り上げる。


「ウィールー! やったんなさーい!」

「ごーれむさん、つかまえてー!」



 オオオオッ!



 弱い者いじめをして許せないのはウィルも一緒だ。

 ニーナの声に反応したウィルは躊躇なくゴーレムに命令した。


「う、うわっ! やめろ! やめろぉっ!」


 グラムが逃げる間もなく、伸びてきたゴーレムの手に掴まれる。


「ぐっ……! はなせっ! はなせぇっ……!」


 人の身で堅牢なゴーレムの手から逃れる術はない。

 潰れないように掴まれたグラムは、そのまま宙に持ち上げられた。


「うぃる、おまえがきらいだ! おまえがいると、みんなえがおじゃなくなる!」

「ひっ……!」


 ゴーレムの拳が徐々に高度を上げていく。

 その場にいた者達は、全員その成り行きを見守っていた。

 ゴーレムがグラムを掴んだ右手に左手を添える。


「な、なにを……!?」


 奥歯をガチガチ鳴らしながら自分の運命を待つグラムに、ウィルは告げた。


「おまえなんかいらない! おまえなんか、ぽいだ!」

「「「ぽい?」」」


 聞き慣れない言葉に見守っていた人々が首を傾げる。

 ウィルは手にした杖で遠くの空を差した。


「ごーれむさん、ぽいだー!」



 ウオオオンッ!



 ゴーレムが両手を大きく振り被った。

 そして右足を重心に左膝を上げ、手を胸元へ下ろす。

 腰を右側に捻り、ややお尻を突き出し、重心移動で前に倒れるのに合わせて左足を踏み出し、両腕を横に広げて胸を張った。

 体のバネを利用して、今度は左に腰を捻り、頭の後ろから右手を振り下ろすようにボールを――


「ウヒィィィィッ!」


 ――グラムを投げた。


 砲弾のように投げ出されたグラムは斜め45度方向に猛烈な勢いで飛んでいき、あっという間に豆粒のような大きさになった。

 そのまま、綺麗な放物線を描いて街の向こう側へ消えていく。

 見事な第一球に見守っていた人々が、あんぐりと口を開けたまま、固まった。


「つぎー」


 ウィルの合図で次弾が装填される。

 寸分違わぬ軌道で第二球が投げられた。

 グラムの取り巻きの一人が街の向こう側へ消えていった。


「ひっ、ひぃ……」


 第三球が逃げようとしたが、ウィルとゴーレムはそれを許さない。

 当然のように、三球目の取り巻きも街の彼方に消えていった。


「はい、つぎー」

「まっ、まままっ、待て! 待ってくれ!」


 第四球から物言いがついた。

 ウィルがゴーレムの動きを止める。


「お、俺達はカルディ様とグラム様の命令で仕方なく魔獣を操っていたんだ!」

「わるいひとー?」

「そうだ! 一番悪い人だ!」


 ウィルが話を聞いてくれた事に安堵したのか、四球目は聞いてもいない事をベラベラと話し始めた。


「この謀反は、カルディ様が秘密裏に支援している者の手を借りて起こしたものだ! そいつ等は見た事もない魔道具を使い、我々に戦力を与えた! 今は西のお屋敷に居る筈だ!」

「にしのおやしきー?」

「そうだ、西のお屋敷だ! カルディ様を抑えれば、この謀反は全て収まる! だから、頼む! 見逃してくれ!」

「むー……」


 泣きそうな顔をする四球目の取り巻きと、考え込むウィル。

 その様子を離れて見守っていた者達は、黒幕の所在に闘志を漲らせた。

 グラムの取り巻きの言う通りであれば、この愚かな戦いに決着をつけられる。

 嘘の可能性もないわけではないが、命のかかった状況ではその可能性も低いだろう。


「うーっ!」


 考え込んでいたウィルの様子が変化した。

 唸り声を上げて、不満をあらわにしている。

 止まっていたゴーレムの手が、再び動き出した。


「な、なんで……ひっ!?」


 無慈悲にも、第四球は放たれた。


「なんで……?」


 周囲の人々からざわめきが漏れる。

 驚きを隠せないのは見守っていた人々も同じだった。

 ウィルは本来、優しい子だ。

 真偽の程はともかく、情報を提供した上に命乞いをしてくる相手を無慈悲に断罪するような子供ではない。


 それほど見境なく怒っているのかと、誰もが不安に駆られた。

 もし、あの力がこちらに向けば、魔獣被害どころの騒ぎではない。

 固唾を飲んで見守る人々を他所に、ウィルは言った。


「にしってどこよー!」


 人々は理解した。

 西が分からなかったのだと。

 幼いウィルに方角を理解せよ、と言っても分かるわけがなかった。


 同時に第五球目は理解した。

 ウィルは話を聞いてくれるだろう。

 だが、理解はしてくれない、と。

 これだけ嘘偽りなく、情報を提供しても見逃してくれないのであれば、もうどうしようもない。


「はっ、あはは……あはははははは……」


 最後に残った取り巻きが力無く笑う。

 運命はもう決まっている。


 五球目認定された取り巻きは涙を流しながら、レティスの空を横断する事になった。


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