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ウィルのぎゅーぎゅー物語

「ふぅ……」


 ウィルはフラフラになりながら、姉達の下に向かった。

 避難場所は庭の奥に設けられており、重傷者とそうでない者が分けられている。

 その一角に子供達が集められた場所があった。


(みんな、ぎゅーぎゅーしすぎ……)


 ウィルはちょっと不満だった。

 抱き締められるのは嫌ではない。

 暖かいし、いい匂いがするし。

 だが、あまりに強く抱き締められると息が出来ないのだ。

 いくら柔らかく、気持ちがいいといっても押し付けられれば地獄である。

 ミーシャやローザなどは特にそうだ。顔が埋まる。


 ウィルは思った。

 あれはきっと男の息を止める為の武器として使われているに違いない。

 近付き過ぎには注意が必要だ、と。


(しんぱいさせるとぎゅーぎゅーされる……おぼえたもん)


 ウィルは一つ賢くなった。


「ウィルッ!」


 ウィルが子供達の集まっている所に近付くと、ウィルに気付いたニーナが声を上げて走ってきた。


「にーなねーさま、ただいまー」

「ウィルッ!」


 呑気に挨拶するウィルを余所に、ニーナはウィルを抱き締めた。

 ぎゅーぎゅー物語再開である。

 しかし、ニーナはぺったんこだった。

 これならば苦しくない。

 ウィルは安心して抱き返した。


「心配したんだからっ!」

「ごめんなさい……」


 ウィルが少し興奮気味のニーナに謝る。

 謝って、離れて、ニーナを見上げたウィルはぎょっ、とした。


「本当に、心配し……、したんだからっ!」


 ぱっちりしたニーナの目がみるみる潤んでいく。

 我慢するように何度か声を漏らした後、耐え切れず、大粒の涙が溢れ出した。


「ふっ、ぐ……うわぁぁぁぁん!」


 大声で泣き始めたニーナにウィルがビクリと体を震わせる。

 何事かと大人達が振り返った。


「あらあら……」

「ニーナ様ったら……よっぽど、ウィル様の事を心配してたんですね」


 困ったような笑みを浮かべるセレナとマイナ。

 彼女達も当初はウィルの事をとても心配していたが、ウィルの分身を見かけてからは安堵していた。

 魔法は書き残すような物でなければ使用者とリンクしており、使用者に重大な何かがあれば、魔法だけを維持するのは難しい。

 その事を知らないニーナは、皆が無事だと言ってもウィルの姿を確認するまでずっと気を張り詰めていたのだ。

 わんわん泣き叫ぶニーナに周りの子供達も何事かと目をぱちくりさせていた。

 やがて、年端も行かぬ子供の中に伝播して、同じように泣き始める者まで現れた。


「ふぇっ……!?」


 ウィルは責められていた。

 なんだかよく分からないが、泣き声の大合唱だ。

 ウィルはびっしょり汗をかいてアウアウ言い出した。

 オロオロして、右往左往して、もう一度ニーナを抱き締めてみたりして。

 しかし、どれもあまり効果はなく。


「にーなねーさまがたいへんだ!」


 と、また右往左往し始めたところでセレナが割って入った。


「せれねーさま、にーなねーさまが、あれです!」

「はいはい……」


 オロオロするウィルの頭をセレナが優しく撫でて落ち着かせる。

 同じようにセレナはニーナの頭を撫でた。


「ニーナも。ウィルは大丈夫だったんだから、落ち着いて。小さな子供達までびっくりしちゃっているわ。お姉ちゃんでしょ」

「ふぐぅ……」


 泣き止んだニーナの涙のあとをマイナがハンカチで拭う。


「はい、できましたよ」

「ん……」


 拭い終えて離れるマイナ。

 ニーナはまだ少し鼻をすすっていたが、大分落ち着いたようである。

 マイナはそのまま、他の泣いている子供達をあやし始めた。


「ウィル、ニーナだけじゃないわ。私やお母様、他の皆も凄く心配したのよ。反省してね」

「はい……」


 真っ直ぐ見つめてそう言ってくるセレナに、ウィルがしょんぼりと肩を落とす。

 セレナはため息まじりに笑みを浮かべて庭に膝をつき、両腕を広げた。


「分かったら、お姉ちゃんにもぎゅーってしなさい」


 ぎゅーぎゅー物語継続である。


「……んー」


 セレナに抱きついて身を任せたウィルがセレナに抱き締められる。

 セレナもぺったんこだからまだ大丈夫だった。

 それでいて、しつこくない。


「はい」


 そう言ってポンポンとウィルの背中を叩いて、セレナはウィルを直ぐに開放してくれた。


「ウィル、もう一回」


 セレナから開放されるのを待っていたのか、気を取り直したニーナがウィルを後ろから抱き締めた。

 ニーナの方が、少し濃厚だ。

 いっぱい心配かけたんだから仕方ない。

 ウィルはそう思ってニーナの好きに任せた。

 何より、ウィルは二人の姉が大好きなのだ。


 お淑やかなところが母親似と言われるセレナ。

 活発なところが父親似と言われるニーナ。


 だが、実は根本的な考え方はその逆であった。


 セレナは過ぎた事に対してあまり引きずらない、父親似のさっぱりとした性格だった。

 ニーナは過ぎた事に対して先ず相手の事を慮る、母親似の情の深い性格だった。


 だから、セレナはウィルの事を怒ったりはしないし、姉として言う事を言えばいつもの優しいセレナだった。

 ニーナはウィルの事をずっと心配しており、感情がそのまま溢れ出てしまって、安心して泣いてしまったのだ。

 どちらも両親の良い所を受け継いだ、素晴らしい姉達なのである。


《ウィル……》

「ほら、ウィル」


 背後からニーナに抱き締められて揺られていたウィルが、呼ぶ声に顔を上げる。

 セレナに促されて向けた視線の先にいたのは、感情の乏しい顔を少し遠慮がちに揺らした土の精霊の少女だった。

 どうやら彼女はニーナの剣幕に少し遠慮していたようだ。

 それに気付いたニーナがウィルから離れる。


「私だけウィルを独り占めしちゃてたわ……かっこ悪い。ごめんなさい……さぁ、ウィル」


 ニーナに背を押されて、ウィルが土の精霊の少女の前に出る。


《ウィル……心配したわ……でも、無事でよかった……》


 土の精霊の少女が少しはにかんで、ウィルに視線を合わせた。


「ごめんなさい……」


 精霊達にも心配をかけてしまったのだ。

 それに気付いたウィルは、またしょんぼりした。

 本当にたくさんの人達に心配をかけたのだと、ウィルは改めて認識した。


(たくさんぎゅーぎゅーしても、たりないの……)


 心配かけた分だけ、きっと自分はぎゅーぎゅーしなければならないのだ、と。

 ウィルは考えた。

 それが今、自分にできる一番のお詫びなのだと。


《ウィル……?》


 しょんぼりした表情から年相応の真剣味を増した表情へ。

 雰囲気の変わったウィルに精霊の少女が少し心配そうに顔を覗き込む。

 精霊の少女がそろそろと手を伸ばし、ウィルの柔らかな髪に触れた。


「しんぱいさせて、ごめんなさい」


 真っ直ぐ見返すウィルに精霊の少女が少し驚いて、それから微笑んだ。


《……もういいの。ウィルが反省しているのは皆分かっているから……》


 精霊の少女が添えていた手で優しくウィルを撫でる。

 ウィルはその手に身を任せてから、当然の流れとして土の精霊の少女に抱きついた。

 ぎゅーぎゅー物語新章突入、とはならなかった。


「……んー?」


 いつまで経っても抱き返してこない土の精霊を不思議に思ってウィルが顔を上げる。

 精霊の少女は顔を真っ赤にして固まっていた。

 抱擁は精霊にとっても愛情表現に変わりはない。

 ただ、対象が精霊と人間になると、やはり意味合いが違ってくる。

 特にウィルは彼女達に精霊王になる、精霊をお嫁さんにする、と宣言してしまっている。

 精霊にとって人間の年齢は関係なく、そのウィルの要求に応えるという事はそのまま愛に応えるという事であり、即ち――


《ああーっ!?》


 ウィルが再度、土の精霊を抱き締めたところで背後から声が上がった。

 風の精霊の少女である。

 彼女は驚きと怒りを混ぜたような顔をして、頬を朱に染めながら口をパクパクさせていた。


《なっ、何してんのよっ!? もう眷族作る気!? 契約もしてないのに早すぎるわよ!?》

《ち、ちがっ……!?》


 風の精霊の抗議に土の精霊が慌てて首を横に振り、両手を上げて自分からは抱き締めてないとアピールする。

 その様子にニーナが不思議そうに首を傾げた。


「眷族……?」


 視線が足元にちょこんと座るゲイボルグとフロウに向けられる。

 風の一片の子供である。

 そこでマイナがポンと手を打った。


「ああ、なるほど。子供を作ると……」


 マイナの言葉に土の精霊の少女が更に顔を赤くする。

 人間と精霊の間で眷族を作るとなると、そういう意味合いになってくるのだろう。

 だが、当然、抱き合うくらいで子供が作れるような能力は人間にはない。


「あかちゃんー?」


 近付いてきた風の精霊の少女の顔をウィルが不思議そうに見上げた。


「えー? でもかぜのせーれーさんはぎゅーってしてくれたよー?」


 ウィルの言葉に今度は土の精霊の少女が風の精霊の少女を睨み付ける。


《そ、それは、まだ、ウィ、ウィルが精霊王になりたいって、お、思ってるなんて、し、知らなかったからで……》


 慌てて弁明する風の精霊の少女に土の精霊の少女が疑いの眼差しを向けた。

 理解が追い付かず、その様子をポカンと眺めていたニーナがやっと意を得たのか、マイナと同じようにポンと手を打った。


「大丈夫よ、ウィル! 抱き締めただけじゃ赤ちゃんは出来ないから!」

「そーなのー?」


 いまいち話についていけてないウィルが首を傾げる。


「そうなの! 赤ちゃんはジュモクドリが運んできてくれるのよ! お父様が言ってたわ!」

「へー……」


 分かったのか分かってないのか、ウィルが曖昧な相槌を打つ。

 ニーナが言っているのは当然ながら逸話である。

 ジュモクドリとは鳥の魔獣で、外敵から身を守るために安全な木の上や高い所に巣を作る。

 温厚で人間に害はなく、人里近く、時には人里に巣を作り、外敵が迫ると警戒音を発する為、人間からは重宝されていた。

 その昔、子供に恵まれない夫婦が屋根に巣を作ったジュモクドリを助けて巣立ちまで見守ったところ、巣立ちと同時に子供を授かったという事があった。

 その話が広く伝わって、現在は「赤ちゃんはどこから来たの?」というような子供の質問に対して「ジュモクドリが運んできてくれるんだよ」と親が返すのが定番になっていた。


 そんな逸話を自慢げに話すニーナに大人達は暖かな視線を向けていた。

 どこも同じだなぁ、という大人達の視線である。

 離れた所で聞いていたセシリアは顔を赤くしていたが。

 ともあれ、ウィルにも抱擁が問題ないという事は伝わったようで。


「せーれーさん。……ん!」


 ウィルは風の精霊の少女に向かって腕を広げた。

 ぎゅーってして、のポーズである。


《あの、えっと……ウィル、あのね……》

「うぃる、みんなにしんぱいさせたのー。だから、……ん!」


 引いたり、媚びたり、省みたりしない、ウィル渾身のぎゅーってしてのポーズだ。

 不退転の覚悟が見て取れる。

 ウィルにとっては償いのつもりなのだが、風の精霊の少女にとっては「皆の前で、これなんて罰ゲーム?」状態だった。


《あ、あう……》


 風の精霊の少女が視線で土の精霊の少女に助けを求めるが、サッと目を逸らされた。

 当然だ。

 今ここに割って入れば彼女も二の舞いになる事は火を見るより明らか。

 残念な事に、この場には精霊の心情を知り、ウィルを諭してくれる風の一片はいない。

 風の精霊の少女がアウアウ言っているうちに、ウィルの表情が見る見る悲しそうに沈んでいった。


「かぜのせーれーさん、おこってるんだ……うぃる、しんぱいさせたから……」

《そ、そんな事、ないわ!》


 慌てた風の精霊の少女がウィルの傍に寄る。

 ウィルは今にも泣き出しそうだ。

 周りの避難民の中には彼女達が精霊と知って手を合わせたり、拝んだりした者もいたが、まさか精霊がウィルを恋愛対象として見ているとは思っておらず、不思議そうにウィル達を見守っていた。


「……ほんとー?」

《ほ、本当よ! 怒ってなんかいないわ!》

「じゃー、ぎゅーってして?」

《うっ……》


 上目遣いで唇を尖らせるウィルの姿に、頬を染めた精霊の少女が後退る。


《……わ、わかったわ》


 風の精霊の少女は観念した。

 どのみち、ウィルは引き下がらないだろう。

 幼いながらも責任を感じているのだ。

 だから、これはウィルにとっての罪滅ぼし。


(ノーカンなのよ、ノーカン……)


 目を閉じて、胸中でそう繰り返しつつ、風の精霊の少女が深呼吸をする。

 恥ずかしさで震えながら両腕を広げると、ウィルの表情が華やいだ。


《さ、さぁ……》

「うん!」


 短いやり取りの後、ウィルは躊躇わず精霊の少女の腕の中に飛び込んだ。


《んっ……!》


 胸いっぱいにウィルの温もりが伝わって、風の精霊の体がビクリと震える。


「えへへ……」


 精霊に許してもらえたと思ったのか、ウィルは安心し切った笑みを浮かべて精霊の少女に体を預けていた。

 短い腕をいっぱいに伸ばし、しがみつくように抱き締める。

 一方、風の精霊の少女はガチガチに緊張していた。

 ぎこちない動きでウィルの頭や背中を撫でていく。

 顔を上げたウィルと視線がかち合った。

 ウィルの幸せそうな笑顔がキラキラ輝いて見える。


(可愛いなぁ、もう……)


 その気持ちは初めて会った時から変わらない。

 ウィルの宣言によって、妙な意識をするようになってしまったが。

 彼女はウィルの事をとても気に入っていた。

 人間の非常事態に姿を消す事なく手を貸したのも、ウィルとその周りの人間が風の精霊の少女にとって大切なモノになったからだった。

 ジッと見つめ合っていたウィルがまた風の精霊の少女の腕の中に身を寄せる。

 満足したのかな、っと少女が気を緩めた。

 この温もりが離れていくのは名残惜しく感じたが、恥ずかしいのも事実だ。

 彼女はウィルがいつでも離れる事が出来るように腕の力を抜いた。


「せーれーさん」

《んー?》

「だいすきー♪」

《ふぇっ……!?》


 不意打ちであった。

 抜け過ぎた力を立て直せず、風の精霊の少女が腰砕けになる。

 元々赤くなっていた顔が更に赤くなって湯気が出そうになっていた。

 ウィルは満足して、へたり込んだまま固まる風の精霊の少女から手を放した。

 そのままくるりと向きを変える。


《ウィ、ウィル……?》


 一部始終を見守っていた土の精霊の少女が真っ赤な顔をして声を震わせた。

 後退ろうとした土の精霊の少女の肩をマイナががっし、と掴む。

 普段おちゃらけた態度が目立つマイナだが、彼女もトルキス家のメイド。

 このような時はどうすればよいか、熟知していた。


「ささ、精霊様。いつまで経っても話が進みませんので♪」

《えっ? えっ!?》


 気がつけば、セレナとニーナにも両脇を固められている。

 土の精霊に逃げ場はなかった。


「せーれーさん♪」


 弾むようなウィルの声。

 赤面し、慄く土の精霊にウィルは両腕を広げた。


「んー……」

《あ、あ……》

「ぎゅー♪」


 躊躇わず抱きついてくるウィルに、土の精霊の意識は空の彼方へ翔んでいった。


 お姉ちゃんも精霊も心配したんだよ、って書きたかったんですが、なぜかこうなりました……

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぎゅーぎゅー攻撃(*・∀・*)
[良い点] かわいい。ほっこりしますね。 三歳児に抱きつかれる見た目十歳児の赤面精霊。 [気になる点] 精霊にとっては、肉体接触すべてが求愛なんですかね?そして魔力が交わることが…………になる、と。…
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