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救出戦、準備

もう一話分追加です。50話きました。

「これは一体……」


 中通りに辿り着いたジョン達は目の前の光景に絶句した。

 通りは大きな蜘蛛の巣に遮られ、その巣には人が囚えられている。

 その足下には蟻の魔獣の死骸があり、その手前にはウィルと分身達、それからガイオスが突っ立っていた。


「じぃたちだー、おーい」


 ウィルがジョン達に気付いて手を振る。


「ウィル様!」


 トマソンが我先にとウィルの下へ駆けつけた。


「じぃ、みてー」

「勝手に外へ出ては危のうございます。ささ、ウィル様……」


 蜘蛛の巣を指差すウィル。

 それを抱き上げようと屈んたトマソンの視界に蜘蛛の巣の反対側が映った。

 蜘蛛の巣の裏側にはポイズンスパイダーのバラバラ死体が転がっていた。


「うぃるがやっつけたのー」

「……はい?」


 ウィルの言葉にトマソンは間の抜けた声を上げた。


「本当ですか?」


 トマソンが隣に立つガイオスに視線を向ける。

 ガイオスはリリィからウィルに視線を移して頷いた。


「ええ。さすがシロー様の子ですな」

「ふむ……」


 トマソンがウィルと視線を合わす。

 ウィルはキラキラした目でトマソンを見返していた。

 これは褒められたい顔だ。


 トマソンは顎に手を当てた。

 トマソンにもウィルを褒めてあげたいという気持ちはある。

 ウィルが初めて魔獣を討伐したというのだ。

 この年で魔獣を葬るなど、使用人としても誇らしい。

 しかし、ウィルは勝手に家の外へ出てしまっている。

 今、ウィルを褒めるという事はその行動も褒められた事になってしまう。

 そうなれば、ウィルは後ろを振り返る事をしなくなる。

 なんの疑いも持たず、魔獣と戦おうとするだろう。

 対処できる範疇であればまだいい。

 だが、魔獣との戦闘はそんな単純なものではない。

 対処を誤れば無惨な結果が待っている。

 手放しに褒められないのだ。


「トマソンさん!」


 トマソンが言葉を選んでいると、囚われた人を救出しようとしていたモーガンから声がかかった。


「つがいらしいです。近くにもう一匹潜んでますね」

「そうですか……」


 トマソンが立ち上がり、モーガンへと向き直る。

 それから蜘蛛の巣を見上げた。

 蜘蛛の糸はやや弛んでいる所はあるものの、全体的にはしっかりとその存在を保っている。


「糸が弛み切っていないところを見るとそうなのでしょうな」


 糸を操る魔獣はその糸に魔力を流し込む。

 魔力は魔獣が離れても糸を強固に保ち、魔獣が死ぬか、巣が放棄されるまで存在し続ける。

 つまり、巣の主はまだ死に絶えていないという事だ。


(今の内にウィル様だけでも安全な場所へ避難させたいが……)


 トマソンがちらりとウィルを盗み見すると、ウィルはむくれていた。

 頬を膨らませて上目遣いで睨んでいる。

 褒めてもらえなかったのが不満なのだ。


「うぃる、やっつけたのに……」


 ブツブツ呟くウィルに、顔を見合わせたトマソンとガイオス、モーガンが思わず苦笑した。


「ウィル様、どうしましょうか?」


 モーガンの言葉にトマソンが周りを見回す。

 この場ですぐに動けるのはトマソン、ジョン、ラッツ、エジル、ガイオス、【大地の巨人】からモーガン、スワージ、ポー。総勢八名だ。

 現在、ラッツとエジル、ポーが周囲を警戒しつつ、ジョンとスワージがなんとか手の届く範囲で囚われた人を救出しようとしている。

 囚われた人々を発見した時点で即時撤退という選択肢は消えた。

 このまま囚われた人々を放置すれば大蜘蛛の餌食だ。

 囚われた人々を全員救出するには巣を構築した大蜘蛛を倒す必要がある。

 他の魔獣の襲撃を受ける可能性も考慮すると、なるべく人員を割きたくないところだが。

 かと言って、悠長にはしていられない。

 彼らが守るべき者はトルキス邸にもいるのだ。

 ウィルにお供をつけて先にトルキス邸へ帰すか、全員でこの場に留まって事態に対処するのか。

 トマソンが思案していると、ウィルがトマソンのズボンを引っ張った。


「うぃる、おまつりいきたいの……」


 遠くでは未だ笛の音が鳴り響いている。

 なるほど、とトマソンは思った。

 ウィルは現状を理解していないのだ。

 笛が鳴り、祭りと思って外へ出た。

 通りに来て魔獣がいたから倒した。

 魔獣を倒したから褒めて欲しい。

 ただそれだけなのだ。


「ウィル様、この笛は祭りなどではありません」

「えー?」


 明らかに肩を落とすウィルの目を屈んだトマソンが真っ直ぐ見据える。


「よくお聞きください、ウィル様」


 理解できようができまいが、彼はウィルに説明することにした。

 ここから先は遊びではない、本気の戦闘の心構えが必要だ。

 ウィルがただの子供なら守られるだけで良かったが、ウィルはそうじゃない。

 戦えるだけの力を持ってしまった。

 戦って褒められたいのであれば、なぜ戦うかも理解しなければならない。

 少なくとも、この場においては『楽しいから魔獣を倒す。褒められたいから魔獣を倒す』は通用しない。

 そんな考えはトルキス家の男児として相応しくないとさえトマソンは思ったのだ。


「現在、王都は魔獣の襲撃を受けています」


 真剣な面持ちで話し始めるトマソンにウィルはポカンとしていた。


「侵入経路は不明。どこに、どれだけの魔獣が徘徊しているかも分かりません」


 トマソンが蜘蛛の巣を見上げると、釣られてウィルも蜘蛛の巣を見上げた。


「ここに囚われた者達もその被害者です。他にも魔獣に襲われている者がいるでしょう。今鳴り響いている笛はそういう笛です」


 ポカンとしていたウィルがはっ、と目を見開いた。

 今も誰かが危険に晒されていると理解したのだ。

 その表情が子供ながらに引き締まる。


「たすけなきゃ!」


 トマソンは頷いて返した。


「お屋敷には奥様やセレナ様、ニーナ様も残されています」

「かーさまとねーさまたちもたすけなきゃ!」

「お屋敷にメイド達を残してありますが、万全とは言えません」

「れんたちもたすけなきゃ!」


 真剣な顔をして鼻息を荒くするウィルにトマソンは微かな笑みを浮かべた。

 レンを始め、屋敷にいるメイド達は皆手練である。

 ウィルが守るような事にはならないだろう。

 それでも皆を守りたいというウィルの想いについ頬が緩んだ。


「じぃ、うぃる、どうすればいい?」


 その方法までは思い浮かばなかったようだが。

 トマソンはそんなウィルの頭を優しく撫でた。


「お任せを、ウィル様」


 そう言うとトマソンは立ち上がった。

 いつもの好々爺の面影は成りを潜め、戦士のそれが顔を出す。


「ジョン! 巣を斬る準備を! 巣を傷付けられれば必ず残りの大蜘蛛が来る! エジル! 周辺及びお屋敷までの退路の索敵を任せる。大蜘蛛を始末すれば他の魔獣の行動範囲も広がる。抜かるなよ!」

「おうっ!」

「はい!」


 ジョンの両手に握られた剣が赤熱の光を帯びる。

 エジルがツチリスのブラウンに指示を念じて索敵を進めていく。


「ガイオス様と【大地の巨人】の皆様で退路の確保を。地形の起伏に強い虫共が多いようですので油断無きようお願い致します」

「心得た!」

「任せてくれ!」


 ガイオスとモーガンが力強く頷いた。


「ラッツ! 退路を確保している者と避難してくる者の援護を!」

「了解!」


 ラッツが応えてエジルに話し掛ける。

 索敵と連携して事前に襲撃の可能性が高い場所を絞り込んでいく。

 トマソンは最後にウィルの方に向き直った。


「じぃ、うぃるは……?」

「ウィル様」


 緊急時に幼い子供に役目を振るなど、普通はしないだろう。

 だが、トマソンはウィルを子供扱いしなかった。


「これから大蜘蛛を殺して囚われた人々を救出します。囚われた人々の中には怪我をした者や怖くて動けない者、動きが遅い者などがいるでしょう。ですが、ウィル様にはそのような者達を運ぶ手段がある筈です」

「くれーまんさんならはこべる!」


 ウィルの答えにトマソンが満足げに頷く。


「この場にいる全員を無事助け出せるかはウィル様にかかっています。お忘れなきよう」

「まかせて!」


 ウィルは力強く頷いた。


「れびー、うぃるのなかにもどって!」


 ウィルが抱えたレヴィにそう言うと、レヴィは大人しく従うように緑色の魔素の塊となってウィルの体へ吸い込まれていった。

 それを見届けたトマソンが己の手にある長杖を握り直す。


「ジョン、大蜘蛛を仕留めた後、私が通りの中程まで出ます。一先ず、ここが防衛線です。その後は前衛を任せます」

「了解……」


 簡単なフォーメーションの確認に静かに強く頷くジョン。

 トマソンが周りを見回し、視線で準備のほどを確認した。

 全員の準備が終わった所でトマソンが小さく呼吸を整える。


(あっ……)


 ウィルはトマソンから魔力の発動を感じた。

 それは攻撃的なものではなく、ただ広く遠くへ放たれていく。

 次の瞬間、ウィルはその魔法が何なのか理解した。


「外周区中通り東一番、二番に潜伏中の者に告ぐ! 合図があり次第、可能な者は表に出よ! 無理ならば時を待て! これより我らが魔獣の殲滅を行う! 外に出れた者は中通りを通り、東筋街側角のトルキス邸まで避難せよ! この指示は【フィルファリアの雷光】【フィルファリアの紅い牙】の連名である! 生きたい者は、足掻け! 以上!」


 トマソンの声が空間を振動させて伝播する。

 発生源を悟られぬよう歪に振動した空気が拡がってから元の形を取り戻し、効果範囲の隅々まで指示を届けた。

 広域戦闘時における指示を伝達する空属性の魔法である。

 ジョンと視線を交したトマソンが頷く。

 それを合図にジョンが赤熱の光を帯びた剣で蜘蛛の巣の端を焼き切った。

 二つ、三つと囚われた人々に危害を加えないように焼き切っていく。


「大蜘蛛、一番から来ます。上です!」



 キィィィィィ!



 エジルの言葉に全員身構えて頭上を見上げる。

 巣に手出しされ、激怒したポイズンスパイダーがすぐ横の建物の屋上から姿を現した。


爺やが頑張る回になりました。

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