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ウィル様、冒険の時(町内)

 ウィルは虫の捕獲に余念がない。

 シローに言われた通り、女の子に虫を見せないようにするためだ。

 探知能力を得た分身を四体引き連れ、探知しては虫を捕獲し、庭の隅へ放つを繰り返していた。

 少し離れた所では、姉達が魔法の習練をしていた。

 ニーナは初級魔法を、セレナは土の精霊にクレイマン生成を指導してもらっている。

 その折、ウィルは拳岩化とゴーレムの咆哮について、少し教えてもらった。

 そのウィルはというと、植え込みを壊してしまった罰で初級魔法は後回しにされた。


(れんのおこりんぼ!)


 全く持ってウィルが悪いのだが。

 壊れた植え込みはセシリアが厨房から出てきて樹の属性魔法で治したので、ウィルはそれも覚えた。


(もうこわしてもなおせるもん!)


 とは思いつつも、ウィルも反省しているので文句は言わない。

 何よりクレイマンを使って遊ぶ事は許してくれたのだし。

 でも一人で遊ぶのはちょっと寂しい。

 風の精霊はニーナの習練を興味深そうに見守っている。

 メイド達も庭にいるレンとエリス、アイカ以外は昼食会の準備とかで何処かへ行ってしまった。


「いいもん。うぃるにはれびーがいるもん」


 ウィルがそう言ってレヴィの頭を撫でると、レヴィは嬉しそうにウィルを見上げた。


「いこ、れびー」


 そうしてウィルは虫の捕獲に精を出した。

 何度か庭と庭の端を行き来していると、庭の端でレヴィが足を止めた。


「どうしたの、れびー?」


 追いかけて来ない相棒に、ウィルは首を傾げた。

 レヴィは庭の外をジッと見たまま動かない。

 よく見ると耳をピクピクさせていた。

 ウィルがレヴィの傍まで駆け寄ると、レヴィが見上げてくる。


「なにかきこえるね……」


 庭の外から微かな喧騒に紛れて笛の音が聞こえてくる。

 トルキス邸は閑静な住宅区画の端にある。

 音が全く聞こえないわけではないが、騒々しいのは珍しい。

 ウィルが誰かに尋ねてみようと後ろを振り返るが、みんな姉達に付きっきりだ。

 聞きに行ってもいいのだが、怒られた後だ。気が引ける。

 ウィルは結局、諦めた。

 視線をレヴィに戻す。

 レヴィは変わらず、ウィルを見上げていた。


「いってみよっか、れびー」


 ウィルが正門の方へ歩き出すと、レヴィと分身達もその後を追って歩き出した。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「緊急事態の呼び笛だとっ!」


 門番の詰め所にいたジョンは笛の音を聞いた瞬間、弾かれたように小屋を飛び出した。

 見回りの騎士が携帯する呼び笛の吹き方にはいくつか種類がある。

 元騎士のジョンはその違いを今でも正確に覚えている。

 今のはそのどれにも該当しない一番シンプルなものだ。

 なりふり構わず味方に危険を知らせる緊急事態を知らせる音。

 ジョンは何度かその笛の音を聞いた事があった。

 若い頃、戦場で夜襲を受けた時。

 国を挙げての魔獣討伐で斥候が待ち伏せを受けた時。


(ここは王都のど真ん中だぞ!?)


 戦場でも魔獣の生息域でもない。

 焦る理由はそれだけではなかった。

 笛の音は不自然な途切れ方をした。

 唐突に、プッツリと。


(やられちまったってのか!? クソッ!)


 胸中で吐き捨てて、ジョンは頭の中にある古ぼけた緊急時の対処法を叩き起こした。


(正門の死守、それから主への報告……つったって……)


 今、詰め所にはジョンしかいない。

 間が悪い事にエジルはついさっき席を外している。

 暫くは戻ってこないだろう。

 彼を待っていたら報告が遅れる。

 大したことがなければいいが、それは当てに出来ない。

 騎士が命を懸けて伝える緊急事態だ。

 報告の遅れが致命的な事態を招く恐れもある。

 ジョンは焦る気持ちを押し殺し、思考をフル回転させながら、正門の外に飛び出した。

 音に気づいた住人達が顔を出し、様子を伺っている。

 まだ何も変化はない。

 笛の音も近場からではない。

 全力で往復すれば、なんとかなりそうだった。


「いったい何が起こってやがるんだ!」


 考えていても答えは出ない。

 ジョンは走って玄関の中へ飛び込んでいった。




 この時、ジョンは一つミスをした。些細なミスだ。

 シローではなく、庭側に回り込めばメイド達を人手として確保でき、余裕を持った立ち回りができていた筈だった。

 だが、彼は緊急事態をいち早くシローに報告する事を優先した。

 そして、この選択がさらなるミスを生み出す事になる。






 ひょこり、と。

 庭から正門へ姿を現したウィルは、そのまま門番の詰め所までやってきた。


「おーい」


 トントンと扉を叩くが反応はない。


「あれー?」


 いつもは誰かいるのだが。


「くれーまんさん、かたぐるましてー」


 ウィルがレヴィを抱き上げて、分身の一体に命令して肩車をしてもらう。

 分身もウィルと同じ姿だが魔法で生成された土人形だ。

 膂力には天と地ほどの差がある。


「やっぱりいなーい」


 詰め所の窓から覗き込んだが、やはり誰もいない。

 ウィルが視線を正門に向けると、門は半開きになっていた。


「おそとにいっちゃったのかなー?」


 外の喧騒は先程より確実に大きくなってきていた。

 笛の音も響いてくる。分身に肩車されたまま、ウィル達は門を押して外に出た。


「あけっぱなしー。うぃるしってる。こういうの、みぼうじんっていうんだよー」


 不用心です、ウィル様。


 外は音に気づいた大人達が顔を出していた。

 ウィルはこれと似た様子を覚えていた。

 街にいっぱい店が並び、笛や太鼓が陽気な音を立てて客を誘っていた。

 シローに抱っこされて賑やかな通りを色々と見て回ったのだ。


「わかった。おまつりだ!」


 ウィルは納得した。

 祭りだからピーピー笛が鳴って、皆が騒いでいるのだと。


「いってみよー♪」


 ウィルが分身に指示を出すと、分身達は音の鳴る方へと一斉に走り出した。


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