ウィルとクッキーとプロポーズ?
文章が少し長くなりました。
実は昨夜、更新しようと思っていた気がします。
きっと気のせい……
《「ふわぁ……」》
クッキーの盛られた大皿を覗き込んで、ウィルと精霊の少女達が興奮した声を上げた。
ウィルは自分の大好物に、精霊達は初めて見るらしい人間のお菓子に目をキラキラと輝かせている。
クッキーが焼き上がったタイミングで、一休みする事になった。
リビングに場所を移した面々が運ばれてくる菓子に目を奪われる。
メイド達がそれに合わせて良い香りのお茶を入れて回った。
「ふぬぬ……いつもはウィルの隣はセレナ姉様と私なのに……」
「まぁまぁ……」
悔しげに呻くニーナをセレナが落ち着かせた。
セレナもウィルの隣を特等席とは思っているが、ニーナほど譲れないわけではない。
ニーナはその内、「きーっ!」とか言ってハンカチを噛み締めそうであった。
セレナがウィルを挟み込むように腰掛ける精霊達を見る。
緑色の髪をした少女は昨日ウィルの元に舞い降りた風の精霊だ。
そして逆側に座っているのが、先程ウィルが見つけたという茶色い髪をした少女――土の精霊なのだそうだ。
《……美味しい》
一口、クッキーを噛み締めた土の精霊がポツリと呟いた。
無表情の頬に赤みが差す。
風の精霊も一口食べて目を見開くと、手にしたクッキーをすぐに食べ終え、次のクッキーに手を伸ばした。
「まだまだありますからね、ゆっくりと食べて下さいね」
ステラとローザがクッキーの盛られた大皿をワゴンに乗せて姿を現した。
大人達も思い思い席についてクッキーに舌鼓を打つ。
「ところで、土の精霊よ……」
《…………?》
風の一片に呼び掛けられて、土の精霊が顔を上げた。
「なぜ、ここに姿を現したのだ?」
本来、精霊は魔素の濃い自然を好む。
上空に吹く魔素を好む風の精霊なら分かるが、大地に広がる魔素を好む土の精霊が人間の住む街に姿を現すのは信じられない事だ。
幻獣や精霊は力を使い果たすと、自身を取り巻く魔素を固めて精霊石や幻獣石に変化する。
人間の中にはその性質を利用して、捕まえた精霊や幻獣を無理やり石化させて売り捌こうとする悪党もいる。
「危険なのは分かっているだろうに……」
「きけんなのー?」
見上げてくるウィルに土の精霊が一瞬言葉を詰まらせた。
《……大きな土属性の魔法を感じたから》
彼女が言うには、昨日ウィルが召喚した風の精霊の存在は他の属性の精霊達も気付いていたのだそうだ。
しかし、それも同属の精霊が気にすればいいだけの話だったのだが、土の精霊達には他に感じるものがあった。
モーガンやウィル、カルディの私兵達が使ったゴーレム生成である。
《普通は人間の街で感じる筈のない量の魔力だったわ……》
それでも、他の土の精霊は必要以上に気にする事はなかったようだ。
目の前の少女以外は。
《精霊にも得意な魔法がある……私にとって、それが生成魔法だっただけ……》
惹かれたのだ。街中で発生した魔力に。土の生成魔法に。
ウィルは不思議そうにぽけっ、と首を傾げていたが、モーガンは頬をぽりぽり掻いていた。
「照れてるんですか?」
「うるせぇ」
部下に茶化されて、モーガンが顔を逸した。
《魔力を追って街の中に入ったら、風の魔素の濃い場所があって、それで……》
様子を見に来たら、ウィルに見つかったというわけだ。
《危険なのは承知してたけど……どうしてもこの目で確認したくて……》
土の精霊はまたウィルに視線を落とした。
見上げてくるウィルがなんだか凛々しい顔をしている。
不思議に思って土の精霊が首を傾げた。
《どうしたの……?》
「やっぱり、きけんなんだ!」
ウィルがおもむろに立ち上がって、精霊達と向かい合った。
「うぃるがせーれーさんをまもったげる!」
それはとても微笑ましい宣言だった。
ウィルはきっと何から守ればいいかも分かってはいない。
大人達はウィルの態度に微笑みかけ、精霊達もキョトンと顔を見合わせたりしていたが、やがて笑みを浮かべてウィルの頭を撫でた。
《ありがとう、ウィル……》
《楽しみにしてるねー》
「まかせて!」
ウィルが得意になって胸を張る。
「うぃる、せーれーおーになるんだから、せーれーさんをいっぱいまもってあげるんだ!」
《《えっ……?》》
精霊達がピタリ、と動きを止めた。
《そ、そう……精霊王になるんだ……》
《へ、へぇー……》
急によそよそしくなった精霊達に皆が首を傾げる。
ウィルも不思議に思って首を傾げたが、落ち着いたのか精霊達の間に座り直した。
《えっと……》
《あう……》
視線を彷徨わせる土の精霊とモジモジする風の精霊。
土の精霊と恨めしそうな顔をするニーナの視線が合った。
《あっ、ごめんなさい。ウィルの隣に座りたかったのね……》
《わ、私も代わるわ!》
慌ててウィルとの間を空ける精霊達。
その間にニーナとセレナが座った。
「えへへ、ウィルの隣♪」
機嫌を治してウィルの隣に収まったニーナがクッキーに手を伸ばす。
セレナもクッキーに手を伸ばして、ウィルの顔を覗き込むとウィルはしょんぼりしていた。
「ウィル、お姉ちゃんの横、嫌だった?」
心配したセレナが尋ねると、ウィルは首を横に振った。
「いやじゃないです、せれねーさま……」
「じゃあ、どうしたの?」
ニーナも心配になったのか、ウィルの横顔を覗き込んだ。
ウィルは言い辛そうにしていたが、やがてポツリと呟いた。
「せーれーさんにきらわれちゃったのかなぁ……」
よそよそしくなったのはウィルにも分かったらしい。
距離を取られたから避けられたと思ったのだ。
セレナとニーナが精霊に視線を送ると、精霊達は慌てて首を横に振った。
「そんな事、ないみたいよ?」
セレナがウィルの頭を撫でる。
だが、ウィルはまだ悲しそうだ。
「大丈夫ですよ、ウィル様」
「そうですよ! ウィル様はとっても魅力的なんですから! 自信を持って下さい!」
見かねたアイカとマイナがウィルを励ますが、ウィルの気はまだ晴れないらしい。
「だって……にげちゃうし、おなまえもおしえてくれないし……」
グスリと鼻を鳴らすウィル。
目には涙を浮かべている。
《ち、違うの、ウィル! そ、それはね……!》
風の精霊が慌ててウィルの前に回り込む。
「おなまえ……おしえてほしいんだもん……」
《うぅ……》
ウィルの催促に風の精霊がたじろいだ。
名前ぐらいと不思議そうに見守っていた大人達も、流石に精霊の様子がおかしいのに気がついた。
精霊の少女は口をパクパクさせながら視線を彷徨わせ、耳まで真っ赤にしている。
余程恥ずかしい名前なのか、と大人達が勘ぐっていると、黙って見守っていた風の一片が助け舟を出した。
「ウィルよ」
「なーに? ひとひらさん……」
「それくらいにしてやれ」
「グスッ……どしてー?」
「精霊にとって名を名乗ると言う事は特別な意味を持つのだ」
「…………?」
ウィルが疑問符を浮かべて風の一片を見る。
「幻獣は名をつけられる事で契約する。レヴィがそうであったようにな。一方、精霊には真名があり、契約する者へと真名を名乗る」
「まなー?」
手の甲で涙を拭くウィルに風の一片が頷いた。
「うむ。精霊にとって、人に真名を名乗ると言う事は生涯を共にあると宣言する事なのだ」
なるほど、と大人達は理解した。
真名を名乗るイコール契約の承諾を得るという事になるのであれば、精霊達が名乗らないのも頷ける事であった。
「ですが……」
成り行きを見守っていたレンが顎に手を当てる。
ただ断ればいいものを、精霊達はとても恥ずかしがっているように思える。
「恥ずかしい理由が?」
「ん……? ああ、それはウィルのせいだな」
レンの疑問に風の一片が振り向いた。
「ウィル様のどこに非が……?」
レンが目を細める。
周囲の温度が冷えるような視線だ。
ウィルの事になると、レンはすぐムキになる。
風の一片は小さく嘆息すると視線をウィルの方へ向けた。
それから落ち着かない様子の精霊達に視線を移す。
「ウィルが言ったであろう。精霊王になるのだ、と……」
「それの、どこが?」
子供の頃から寝物語に聞かされる御伽噺。
子供が憧れてもなんの不思議もない。
だが、風の一片は平然と言った。
「人間の間では間違って伝わっておるが……精霊王とは、精霊の王ではない」
「「「はい……?」」」
「人間なのだ……精霊王は」
空を駆け、地を動かし、海を割り、火を鎮め、およそ人の身では成し得ない無理難題を解決し尽くした英雄の中の英雄。
その圧倒的な力を用いて世界各地に逸話を残した精霊の王が、実は一人の人間だった。
いきなり歴史の真相を明かされて愕然とする大人達に構わず、風の一片は続けた。
「正確には、数多の精霊を妻に娶った人間だ」
その人間に数多の精霊が付き従った。
だから精霊の王だと。
人々は勘違いしたのだ。
いや、当初は正しく伝わっていたのかもしれない。
長い年月をかけて、話が変化していった可能性もある。
その話は、精霊達の間には正しく伝わっていた。
精霊を妻に娶った人間がいた事も、その人物が精霊王と呼ばれて慕われていた事も。
そこでウィルの発言を思い返す。
ウィルは「精霊王になる」
精霊の少女達と仲良くなる為に「名前を教えて欲しい」
と、言っていた。
つまりウィルは精霊の少女達を相手に、言外にこう言ったことになる。
ウィルは『精霊をお嫁さんにする』
精霊の少女達と仲良くなる為に『生涯を共にして欲しい』
と。
精霊の少女達にとって、そのセリフはただの契約を求めるものではない。
人から精霊へのプロポーズを意味していた。
同じ時を生きる人間からしたら、子供の言う事と微笑ましいだけだっただろう。
しかし、人より遥かに長い年月を生きる精霊達には、ウィルの年齢は問題にならないのだ。
「それに応えて精霊達が真名を名乗るというのなら、待っているのは初夜だな」
「「「ぶっ……!!」」」
大人達は噴いた。
それはもう盛大に噴いた。
噴いて、風狼が言ったことを反芻して赤面した。
精霊達も分かっているのか、耳まで真っ赤にしている。
意味の分からなかった子供達だけが、ポカンとしていた。
「しょやー?」
聞いたことのない言葉にウィルが考える。
どうやらそれは精霊達と仲良くなる為には避けて通れない道らしい、と。
「わかりました。うぃる、しょやします」
ウィルは元気よく手を上げた。
「いや、ウィル、あのな……」
ウィルを落ち着かせようとシローが声をかける。
その目を真っ直ぐ見返して、ウィルは言った。
「とーさま、しょやってなーにー?」
「くっ……!」
シローが悔しげに呻いて視線を逸らす。
ウィルは絶対精霊と仲良くなると意気込んだ表情をしていた。
「とーさま?」
視線を逸したまま固く目を瞑るシローに、ウィルが首を傾げる。
仕方なく、他の誰かに聞こうとすると、他の大人達もバッ、と一斉に視線を逸した。
大人達は理解した。
今、ウィルと視線を合わせたら最後。
三歳のウィルに初夜について説明するという栄誉を手にする事になる。
皆の前で。
難易度高過ぎる。
そんな大人達の態度におかんむりになったウィルがウー、と唸った。
「もー! だれかおしえてよ! しょーやー!」
それからしばらくの間、トルキス邸の中をウィルのしょやしょや言う声が響いていた。
誰かウィルに説明を……。