新たな出会い
ウィルが大変な事になっているので、皆がウィル達の周りに集まった。
「土塊の使者に……」
《春風の具足と……》
「朝霧の水鏡を接続してしまわれたみたいで……」
「それはいったい何属性の魔法なんだ……?」
レン、精霊の少女、エリスの報告を順に聞いて、シローが呻く。
その横にいたウィルはしょんぼりしていた。
「で? ウィルはなんでしょんぼりしているのかな?」
シローがしゃがんでウィルの頭を撫でる。
「えりすにばったさんみせたられんにおこられた」
目尻に涙を浮かべ、グスンと鼻を鳴らすウィルにシローが笑みを浮かべた。
「申し訳ございません。私が驚いて悲鳴を上げてしまって……」
「いや、今回はウィルが悪いよ」
ウィルの頭を撫でながら、シローはエリスにも笑みを向ける。
何属性かも分からなくなるような出鱈目な魔法を操れても、ウィルはやはり三歳の子供なのだ。
「ウィル、女の子の前に虫を持っていくのは悪い事なんだぞ?」
「…………」
「虫が苦手な女の子は多いからな。意地悪されたと思われちゃうんだ」
「……うん」
「分かったら庭の隅にバッタを放してあげな」
「……うん」
ウィルは両手でバッタを捕まえると、レヴィと一緒に庭の隅へ駆けていった。
その背中を見送って、シローが笑みを浮かべたままため息をついた。
「しかし、よく出来てますね」
ウィルの分身を見ながらラッツが感嘆する。
四体のウィルの分身はウィルの心情を表してるのか、それぞれ落ち込んだり、いじけたりしている。
どれもこの場にウィルが紛れ込んでいても分からないレベルだ。
「クレイマンは攻防にバランスが取れていて、格闘させてもそこそこ強いんだが……」
距離を稼ぎたい時や手数を増やしたい時にその真価を発揮するのだと、モーガンは説明した。
魔法使いを目指すセレナとも相性がいい魔法である。
「朝霧の水鏡は実体がありませんので、あまり近距離戦闘には向きません。そのかわり、魔法を一つ組み込む事ができますので、遠距離戦闘をこなしたり、攻防力の底上げができます」
続けてエリスが教えた魔法の詳細を説明した。
全員の視線が落ち込むウィルの分身達に集まる。
「するってぇと……」
ジョンが顎に手を当てて呻いた。
「この王子の分身達は、機動力増し増しの実体を持ったクレイマンで、近接戦闘をこなせる上、魔法も使えて遠距離戦闘にも対応できると……」
なにその万能魔法。死角あるのか。
クレイマンやゴーレムは核を砕かない限り、部位欠損程度は周りの土を回収して再生してしまう。
再生能力が高いのも、クレイマンの特徴の一つだ。
「今はエジルさんの幻獣の探知能力を持たせているそうですが……」
レンの説明に皆が呆れ返った。
幻獣魔法には詠唱がない。
幻獣は身体的特徴に見合った能力を有し、それは契約者の個人スキルとして活かされる。
幻獣の使える魔法を契約者も使えるようになるといったところか。
つまり、ウィルは契約もしていない幻獣の魔法を習得した事になる。
「そこんとこ、どうなんだ? 一片?」
幻獣の事は幻獣に聞くのが一番早い。
風の一片は考えるように小さく唸ったが、さらりと答えた。
「複雑なものでなければ、可能であろうな」
風の一片が言うには、魔力の流れが見えていれば無詠唱と同じように幻獣魔法を真似る事はできるとの事。
但し、その精度がどれくらい保てるかは分からない。
探知魔法であれば、何かがあると分かっても、それがなんであるかの判断は経験がいる。
経験は真似出来ないし、当然ウィルに経験はない。
「まぁ、遊ばせておくにはちょうどよかろう」
攻撃魔法でなければ、誰かを傷つける心配も減る。
規格外なのは相変わらずだが。
シローがウィルの分身に視線を戻すと、分身達はしょんぼりモーションをやめていた。
「…………?」
「どうしたの?」
ニーナが不思議そうにウィルの分身達を見る。
分身達はそれぞれ頭上に疑問符を浮かべて悩む素振りをしていた。
言うなれば、何だろなモーションだ。
それを見て、皆が不思議な顔をする。
不思議空間の出来上がりだ。
「ウィル?」
シローがウィルの方を振り向くと、ウィルは庭の真ん中で立ち止まっていた。
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れんにおこられちゃった。
さがしもののまほーをつかったら、うごくのみつけてつかまえたんだ。
てのなかでぴょんぴょんしてたから、ばったさんていうのはすぐわかった。
うれしくてえりすのかおのまえにもってったら、えりすがすごくおどろいてころんじゃた。
おもしろかった。
あと、ぱんつまるみえだった。しろいの。
とーさまがおんなのこにはむしさんをみせちゃだめって。
いじわるしたっておもわれちゃうんだっていってた。
ちがうのに。
でもこんどからきをつける。
いじわるしたっておもわれたくないもん。
そんな事を考えながら、ウィルは庭の端まで辿り着いた。
手にしたバッタを解放する。
バッタはぴょんと跳ねて芝の上に着地した。
「ばったさん、またねー」
ウィルはそう言うと、踵を返して元の場所へ駆け出した。
まだ皆集まって、何か話している。
(もう、むしさんいないかな?)
ウィルは足を止めた。
今日は皆、庭に出て魔法の練習をしている。
虫を放置しておくと誰かが虫を見てしまうかもしれない。
(おんなのこに、むしさんみせちゃいけないんだってー)
ウィルの家には女の子が多い、とウィルは思っている。
男の子よりたくさんいるのだ。
ウィルの家には女の子が多い。間違いない。
今の内に虫を追い払った方が安全だ。
そう思って、ウィルは探知魔法を使ってみた。
ウィルを中心に魔力の波紋が広がっていく。
(ぶらうんみたいに、いっぱいできないなー)
ウィルの探知の範囲は精々十メートル程。
ブラウンはあの一瞬で家の中まで探知していた。
「あれ……?」
探知の波紋に何かが引っかかって、ウィルは首を傾げた。
ウィルの左手の方向、庭の中側に何かいる。
だが、振り向いたウィルの視線の先には何もいない。
(つちのなかだ……)
虫にしては大き過ぎる。
動物と比べても尚、大きい。
ウィルに分かったことは、何かの塊がじっと土の中で息を潜めているという事だけだった。
ゆっくりと何かがある所へ近づいていく。
横を並走していたレヴィも気づいたようだ。
ウィルとレヴィはそれの前にしゃがみこんだ。
ここまで来たらそれが何なのか、ウィルには分かった。
(まそだ……)
見え難いが間違いなく魔素である。
それも不自然に纏まった。
見え難いのは、その魔素が存在を隠すように息を潜めているからだ。
明らかに意思のある行動を取る魔素。
ウィルはこの感じに覚えがあった。
「あのー?」
ウィルが声をかけると魔素の塊はビクリと震えた。
ウィルの方へ意識を向け、慌てて後ろに下がろうとする。
「まって! いかないで!」
逃げ出そうとする魔素をウィルは慌てて呼び止めた。
なんだかとても悲しそうな顔をするウィルに魔素は止まってくれた。
だが、まだ警戒しているのか、離れたままだ。
(どうしよう……どこかにいっちゃう……)
ウィルは自分を責めた。
ウィルのせいだ。驚かしちゃったから、びっくりして逃げようとしているんだ、と。
なんとか仲直りしようとあれこれと考える。
そして、閃いた。
「くっきー!」
ウィルの大きな声に魔素の塊がビクリと震える。
隣のレヴィもビクリと震えた。
「くっきー、いっしょにたべよー!」
ウィルの提案に警戒した空気が緩んだような気がした。
ややあって、ポツリと返事が返ってくる。
《……クッキー?》
声を聞いてウィルの表情が綻んだ。
「うん! とってもおいしーの! すてらさんがつくってくれるの!」
《…………》
声の主は迷っているようだった。
おいしいクッキーは効果抜群だ。
「ウィル? どうした?」
一人で騒いでいるウィルにシローと風の一片、精霊の少女が歩み寄ってきた。
また、ビクリと魔素の塊が震える気配がする。
「ふむ……」
その気配を感じ取って、風の一片が鼻を鳴らした。
シローもその気配に気付いて立ち止まる。
「怯えずとも良い。ここにはお主を捕らえてどうこうしようなどという悪党はおらん」
風の一片の言葉に魔素の反応が強くなる。
まだ躊躇いがちだが。
《ああー!》
最後に気付いた精霊の少女が声を上げた。
《なんでこんなとこにいるのよ!》
思いっきり自分の事は棚に上げている精霊の少女に、シローは思わず苦笑した。
「でてきて、うぃるとおともだちになってください」
一生懸命お願いするウィルに、その存在は折れた。
身を隠すのは止めて、土の中からすり抜けるように姿を現す。
《クッキー……》
少し感情の乏しい表情。
茶色い髪をした精霊の少女がそこには立っていた。