ウィル、増殖。
「なんですか? ウィル様」
かがみ直したエリスがウィルの顔を覗き込む。
抱っこの話をしたから抱っこをせがまれるのかと思ったが、違った。
「えりすー。みせてー」
「えっ……?」
キョトンとしたエリスのスカートに、ウィルがしがみつく。
スカートを引っ張りながら見せてとせがむモノーー
それに思い当たって、エリスが頬を朱に染めた。
「ウィ、ウィル様、そ、そんなモノを見たがっては……」
「たくさんになるやつー」
モジモジしていたエリスがウィルの言葉で我に帰る。
「たくさんに……? ああ、昨日の魔法ですね?」
「それー」
昨日、エリスが使用した霧属性の分身魔法の事だ。
(よかった、思っていたのと違って)
レンがジト目で見ている気がしたが、きっと気のせい。
気を取り直したエリスが、ふと首を傾げた。
「ウィル様、昨日、目の前で使いましたよね?」
「ごーれむさん、みてたからー」
どうやらウィルは発動を見ていないと真似できないらしい。
エリスは顎に手を当ててを考え込んだ。
エリスは様々な魔法を使いこなす技量がある。
魔法を一つ二つウィルに覚えさせるのに抵抗はない。
どころか、ウィルが攻撃魔法を覚えてしまった今では、ウィルに自分の魔法を残してやりたいとさえ思っている。
だが、ウィルのおねだりしている魔法には一つ難点があった。
「どうします?」
エリスの迷いを見て取ったレンが尋ねてくる。
エリスは顔を上げ、レンに笑顔を見せた。
「教えるのに問題はないんですが……困った事がありまして」
「…………?」
魔法の詳細を知らないレンが首を傾げた。
「ウィル様。この魔法、どういった魔法か分かりますか?」
「ふえるー。あと、ちがうまほーがまじってた」
ウィルの答えにエリスが頷く。
「その通りです、ウィル様。この魔法は確かに自分の分身が作れますが、もう一つ違う魔法が組み込まれています」
エリスの使用した分身魔法は分身自体に魔法を持たせ、擬似的に数的優位を作り出す魔法だった。
彼女の場合、大抵は分身の杖に魔力を流し込み、初級魔法で硬質化している。簡単だからだ。
だが、他の魔法を組み込む事も可能だ。
攻撃魔法を組み込めば、より攻撃的に敵を追い込み、防御魔法を組み込めば、多重の防御壁で攻撃を遮断する事ができた。
ただし、無詠唱で組み込まねばならないため、強い魔法を組み込むのは難しい。
「魔法を発動する時、もう一つの魔法を頭に入れておかねばなりません」
「たぶん、だいじょーぶ」
ウィルが頷きながら意気込んでみせる。
「……分かりました」
エリスは一つ頷き返すと、ウィルを体から離した。
「見ていてくださいね、ウィル様」
「みてるー」
ウィルがしっかりと見ているのを確認し、エリスが手元の媒体に魔力を込める。
「来たれ霧の精霊! 朝霧の水鏡、
我が分け身を映せ水霧の姿見!」
分かりやすく、朗々と読み上げられた詠唱に従って、エリスの隣にエリスの分身体が現れる。
分身体は無言のまま、ウィルに丁寧なお辞儀をした。
「どうですか? ウィル様」
「おぼえましたー」
満面の笑顔で答えるウィル。早速、手にした杖とランタンを取り出した。
集中するように目を閉じて深呼吸すると、ウィルは目を開き、魔法を詠唱した。
「こねくとー、きたれきりのせーれーさん! あさぎりのみずかがみ、わがわけみをうつせすいむのすがたみ!」
「「はいっ!?」」
レンとエリスが間の抜けた声を上げる。
目の前に立ち並ぶクレイマンを霧の魔法が包み込んだ。
見る間にクレイマンがウィルの姿に変わっていく。
一通り動かしてみて問題なかったのか、ウィルは満足そうに笑みを浮かべた。
「どーおー?」
《わあ、ウィルがたくさんね♪》
ポカンと口を開けて呆然としているレンとエリスに、可愛く首を傾げてみせるウィル×5。
その仕草に精霊の少女は暢気に喜声を上げた。
「こ、これは……」
見分けがつかない。
レンが恐る恐る髪を撫でてみる。
分身魔法で髪の手触りが再現されていた。
次は脇を抱えて持ち上げようとする。
すると、本物のウィルより明らかに重かった。
「えへへ♪」
得意げになって笑みを浮かべるウィルと分身達。
但し、声を発しているのは本物のウィルのみで、分身は喋れないようだ。
「そ、そういえば……ウィル様。分身にはどんな魔法を与えたのですか?」
「んー?」
気を取り直したエリスがウィルに尋ねる。
ウィルの使える魔法はそう多くない筈だ。
しかし、見た端から魔法を習得していくウィルが、どれ位魔法を覚えているのか誰も分からない。
これもその内、確認しなければならない事だが。
それはそれとして、あまり危険な魔法を分身に与えている場合、注意しなければならない。
「それはねー」
自信があるのか、ウィルが勿体ぶった仕草をしてみせた。
「「それは?」」
思わず声を揃えるレンとエリス。
「ぶらうんのまほーなのー!」
「「ぶらうん?」」
興奮気味に発表するウィルに、また声を揃えたレンとエリスが首を傾げた。
直ぐに【ぶらうん】という魔法に思い当たらなかったからだ。
「そー、ぶらうん」
「ブラウン……?」
「……あっ!」
気付いたレンが思わず声を上げた。
まだ分からないエリスがレンに視線を向ける。
「何なんです? ブラウンって……」
「ブラウンはエジルさんの幻獣の名前です。確か、ツチリスの……」
「そーだよー」
エリスもツチリスは知っている。
ツチリスであれば攻撃的な魔法ではない筈だ。
「さがしもののまほうなんだってー」
「探知系の魔法ですか」
用途としては、一先ず安心できそうである。
「試してみてはいかがですか?」
「やってみるー」
エリスに促されて、ウィルが分身の一体に探知魔法を使わせた。
分身を通して周囲の情報がウィルに送られてくる。
ウィルは分身を移動させながら、その効果範囲や感覚を確かめた。
探索魔法は目に見えないので、傍目から見るといつも通りウィルが考え込んでウンウン唸っているように見える。
レンとエリスがその様子を静観していると、ウィルの分身が芝から何かを掬って戻ってきた。
「何か見つかりましたか?」
覗き込むエリスの顔の前でウィルの分身が手を開いた。
緑色の何かがエリスとご対面する。
「ばったさーん」
「きゃああっ!?」
ぴょん、と跳ねて分身の手から逃げ出すバッタにエリスが悲鳴を上げて尻もちをついた。
庭にいた全員が何事かと振り向いて、増殖しているウィルに唖然としている。
「あははははははっ」
エリスの反応が面白かったのか、ウィルがお腹を抱えて笑った。
「ウィル様」
レンの声に、ウィルがぴたりと笑うのを止める。
背後から響くレンの声はいつもより冷ややかだった。
これはアレだ。本気で怒っている時の声だ。
ウィルが恐る恐るレンの顔を見上げると、彼女は無言でウィルを見下ろしていた。
「……ごめんなさい」
レンの視線に耐え兼ねたウィルが、しゅんとしてエリスに謝った。
怒られましたね(笑)