ニーナと一片師匠
ウィル達がモーガンに魔法を教わっている頃、ニーナは風の一片と向き合っていた。
「さて……始めるとするか」
「よろしくおねがいします!」
元気よく挨拶するニーナに風の一片が一つ頷いた。
この年の頃の子供であれば、一人だけ違う事をさせられるのは抵抗があるかとも思ったのだが、全く心配ないようだ。
ニーナはむしろ乗り気であった。
どうやら人と違うことができる方が嬉しいらしい。
「派手なのがいい!」
嬉々としてそんな風に言う始末である。
子であるゲイボルグも真面目な顔をしていた。
その両脇を固めるアイカとマイナは少し緊張しているのか、表情が硬かった。
(幻獣自ら魔法を教える、って……)
(いやいやいや……どーなのよ、これ?)
幻獣とは魔素から生まれる存在と言われている。
その魔力の源が直接魔法を教えるというのである。
二人には興味と恐怖が同時に湧いていた。
「こらっ」
緊張する二人の頭を年長者のジョンがコツンと叩いた。
「畏れ多い事とはいえ、お前らが硬くなってどうする。それに幻獣様が無茶な魔法を姫に教えるワケないだろう」
「「はい……」」
どことなく肩を落とす二人は置いといて、ジョンが風の一片に向き直る。
「さぁ、幻獣様」
「一片でよい」
促すジョンに風の一片は短く応える。
口元に笑みを浮かべてみせるジョンの食えない感じに風の一片は小さく息を吐いた。
「まあよい……それでは、ニーナと言ったか」
「はい! 師匠!」
元気よく返事をするニーナに風の一片が続ける。
「お主、魔法に魔力を込めるのが得意だろう?」
「はい、よく力み過ぎだと……」
少しシュンっと肩を落とすニーナ。
それを見て風の一片が笑う。
「フフッ、気を落とすな。そういう事ではない」
「…………?」
ニーナが首を傾げる。
「儂が言っているのは魔法強度の話だ」
「あっ……」
気付いたようにアイカが声を漏らす。
マイナとジョンがそんなアイカを見やった。
「そこの側仕えは一緒に見ていよう。大人の放った攻撃魔法をこの娘が単純な防御魔法で防いだのを……」
「はい。ニーナ様は確かに【火炎の魔弾】を【防御壁】で防いでしまわれました」
昨日の小屋での出来事だ。
そんなことになっていたとは知らず、驚いたようにマイナとジョンがニーナを見た。
「それって凄い事ですよ!?」
「でもぉ……【防御壁】って地味だし……」
唇を尖らせるニーナに、また風の一片が笑う。
「まだまだ子供じゃな……その先にある強大な可能性に気づかんとは」
「それってすごい感じ?」
興味を惹かれたのか、ニーナがおずおずと聞いてくる。
「すごいどころか。これから儂が教える事を全て習得できれば、お主に振り向かん者などおらん」
それ程凄いものなのだと風狼は語る。
「恐らく、ニーナには闇属性の素質もあるだろう。これから教える魔法の使い手にはうってつけだ。どうだ、ニーナ。これから言う儂の魔法、覚えてモノにする覚悟はあるか?」
「あります! すんごいの教えて下さい!」
(ニーナ姫……チョロ過ぎます)
上手く風の一片に乗せられたニーナにジョンが内心苦笑いを浮かべた。
とはいえ、彼も監督者。
まずは風狼に釘を刺しとかねばならない。
「一片様、あまり強力なモノだと旦那様に叱られてしまいますよ?」
「心得ておる」
風の一片は応えるとニーナに向き直った。
「ニーナは初級魔法をいくつ習った?」
「【魔法の矢】と【防御壁】の二つです」
「そうか。ん、待て……ニーナはもう使う武器は決まっているのか?」
「まだ決めてません。でも体を動かすのは好きだから剣士かな?」
ニーナが考え込むように顎に手を当てる。
魔法は好きだが、セレナのような魔法使いではなく、近距離での戦闘もこなせるようになりたいという思いがあるようだ。
剣士だって魔法を使う時勢である。
ニーナとしては楽しい方がいい。
「まあ、その辺はおいおい詰めていけばよかろう」
風の一片はそう納得した。
「よし、ニーナにはまず【魔法の弾丸】を覚えてもらう」
「ええー?」
ニーナが不服そうな声を上げる。
【魔法の弾丸】もバレット系の初級魔法である。
派手さはあまりない。
「簡単か? ならば、【魔法の剣】も覚えてもらおう。それらを無詠唱で発動できるまでになってもらう」
【魔法の剣】は媒体の延長、もしくは媒体そのものを剣と化すエンチャント系の初級魔法で、剣士が好んで使う初級魔法だ。
剣に使用すると従来の切れ味以上の能力を発揮する。
「無詠唱で……?」
初級魔法は属性を持たない為、比較的簡単に覚える事ができる。
ただ、無詠唱になると詠唱の補助がつかないので難易度が数段跳ね上がるのだ。
属性魔法の簡単な魔法以上に、だ。
風の一片の意図が分からず、アイカ達が顔を見合わせる。
それを気にした風もなく、風の一片が続けた。
「軽く完成した状態を見せてやりたいが……」
風の一片が使用人達を見回す。
三人とも、その程度なら造作もなくやれる力量の持ち主だ。
「では、そこの側仕え。手本を見せてやれ」
「は、はぁ……」
風の一片に指名されて、マイナが進み出た。
「えっと、一片様。【魔法の弾丸】と【魔法の剣】を無詠唱で見せればいいのですか? 弾丸の方は場所を移さないと……」
弾丸は遠距離魔法だ。
壁か何か遮るものがないと危険である。
だが、目の前の風狼はとんでもない事を言い出した。
「いや、【魔法の弾丸】は放たずともよい。発動だけして待機させよ。しかる後、その弾を媒体にして【魔法の剣】を発動させるのだ」
「は、はいぃっ!?」
そんな技法、聞いたこともなかった。
マイナが慌ててアイカとジョンを振り向くが、二人も慌てて首を振った。
「できないか。まあ仕方ない……狼の儂では些か想像しにくいかも知れんが、許せよ。ニーナ」
ポカンとしているニーナを前に風の一片が説明を始める。
「今、人間に伝えられている初級魔法は属性を持たぬ、純粋な魔力そのもの。そこに性質を持たせる事で形状を変化させている。性質を持たせる簡単な方法が詠唱というわけだ。その為、無詠唱はイメージだけで魔力を変質させねば性質を持って発動できぬ……ここまでは分かるか?」
ニーナが辛うじて頷く。
「では、無詠唱で魔力を弾丸として取り出し、そこへ剣の性質を加えるとどうなるか。やってみよう」
風の一片がそう言うと、自身の前に魔力の球体を作り出した。
宙に浮かぶ球体に続けて剣の性質を与える。
すると球体は剣へと変質してその場に留まった。
ニーナを始め、アイカやマイナ、ジョンまでもポカンと口を開けて、その宙に浮く剣を眺める。
それに気を良くした風の一片が笑みを浮かべた。
「これが第一段階だ」
「ま、まさか……」
アイカがその続きを想像して頬を引き釣らせる。
その予想は見事に的中した。
「【魔法の弾丸】の特性は連射。複数の弾丸を一気に発動する事も可能なのだ」
答えて、風の一片は複数展開した弾丸を全て剣に変えた。
「この剣は無詠唱の為、自在に操る事が可能である。馴れれば別々の動きをさせる事も、な」
風の一片の周りを剣が飛び交う。さながら剣の結界のように。
その頃にはニーナの表情がキラキラとした好奇心で一杯になっていた。
「さぁ、どうする。ニーナよ。因みに、これが第二段階でまだ先があるぞ?」
「やります! その魔法、私やってみたい!」
ニーナはそう強く言い放った。