頑張るセレナ
魔法を覚えるには、まず魔法を発動させなければならない。
それには繰り返し呪文を詠唱し、その助けを借りながら発動の取っ掛かりを掴む。
一度発動できれば、詠唱の助けはより精度を増し、後はその感覚に従って成功と失敗を繰り返す。
そうして使い続けていく内に自然と精度は増し、効率よく魔法を使う事ができるようになっていく。
「来たれ土の精霊! 土塊の使者、
我が命令に従え土の戦士!」
砂場の前で魔法の詠唱を繰り返し、失敗を続けるセレナ。
「要は魔力切れ寸前まで魔法を使いまくれ、って事ッスけど……」
見た目にも疲労が濃くなっているセレナに【大地の巨人】の若いメンバーが心配そうに表情を曇らせた。
クレイマン生成が初級者の手を出す難易度ではない事を彼らも知っているのだ。
一息ついたところでミーシャがセレナを休ませる。座り込むセレナにフロウが心配そうに擦り寄った。
「ふふっ……」
セレナが笑みを浮かべてフロウの頭を撫でた。
(ウィルのようにはいかないなぁ……)
なかなか使える兆しの見えてこない魔法にセレナが胸中で呟く。
セレナは魔法が得意だった。
他の子達と比べても習得速度で負けた事はなかったので、間違ってはいないと思う。
ウィルの才能が開花するまでは、だが。
しかし、セレナに焦る気持ちはない。
ウィルが魔法を見ただけで使えるようになってしまうと聞いた時も、すごいとは思ったが嫉妬する事もなかった。
その事をセレナ自身は今でも不思議に思っている。
セレナは生粋のお姉ちゃん気質だった。
物心の付く頃には既に妹のニーナがいて、そしてウィルが生まれた。
忙しい父や母の代わりにセレナはニーナの手を取って歩き、ウィルが歩き始めると、その手も取って歩いた。
自分は長女なんだからしっかりしなきゃ、と自分に言い聞かせていた。
父と母はそんなセレナに気付いていて、手の空いた時は自分を甘えさせてくれた。
だからセレナはちっとも寂しくなかった。
両親の愛情に包まれて、弟妹の面倒を進んで見ていたセレナはしっかり者に育った。大人達が驚く程に。
今では両親の横に並んで妹や弟を見守っている。
だから、母からウィルの才能とその危険性を聞いた時、自分の事のように誇らしかったし、危険なのであれば父と母に協力してウィルを守ろうと思った。
その自分が例え難しい魔法の習得であっても下を向いている暇はないのである。
「ウィルはもうクレイマンを使えるの……?」
セレナが呼吸を整えながら、隣でレヴィと遊んでいるウィルに尋ねる。
ウィルはレヴィをあやす手を止めて、セレナに向き直った。
「つかえるとおもうー」
思う、とは変な言い回しだが、ウィルはセレナが魔法の発動に成功するのを待っているようで、まだクレイマンを生成していない。
「私とモーガン先生の違いって見えるの?」
なんとなく聞いてみたセレナに予想外の言葉が返ってきた。
「みえるよー」
「……え?」
「せれねーさま、まぜるのはやいー」
それを聞いていた大人達が顔を見合わせる。
「ウィル、魔法を使ってもいいから説明できる?」
セシリアの質問にウィルが首を傾げた。
「もーがんせんせーのー?」
セシリアが頷くと、ウィルは立ち上がった。
「つちー、あつまったらきのたまをいれてー、まぜまぜしてー、さいごにやみをぬりぬりするのー」
「感覚的には、そうか……確かに分けて……」
モーガンがブツブツ呟く横で、ウィルは杖とランタンを掲げて魔法を詠唱した。
「きたれつちのせいれーさん。つちくれのししゃ、わがめーれーにしたがえつちのせんしー」
ウィルの魔法が発動して、ウィルと同じ背丈位のクレイマンが出来上がる。
「できたー♪」
「おお……」
驚いたように声を上げる【大地の巨人】のメンバー。
昨日、ウィルの様子を見ていたが、未だに信じられない光景のようだ。
それを黙って見ていたセシリアがおもむろに杖を構えた。
「来たれ土の精霊! 土塊の使者、
我が命令に従え土の戦士!」
解き放たれた魔力が砂場に吸い込まれ、魔法が発動する。
「あ、できた」
「あ、あっさり……」
モーガンがセシリアのクレイマンを見て呆然と呟く。
ウィルとセシリアのクレイマンを見比べてみると、ウィルのクレイマンの方が精度が高い。
この辺は魔力の流れを見て真似しているウィルの方に軍配が上がるようだ。
「なんとなく分かったわ。クレイマンを生成する時、一つずつ連続で魔力を与えていくイメージね……セレナ、多分あなたは詠唱に引っ張られて全部同時に混ぜてるんじゃないかしら?」
思いついた事を述べるセシリアにウィルがコクコクと頷いた。
「そー、それー」
「そうかも……」
セレナも顎に手を当てて考え込む。
「もう一度、やってみる」
立ち上がったセレナが砂場に立ち向かった。
呼吸を整え、集中する。
「来たれ土の精霊! 土塊の使者、
我が命令に従え土の戦士!」
詠唱に引かれて魔力が引き寄せられる。
まずは土属性を一定量まで貯めるイメージ。
次いで集まった樹属性を核として埋め込む。
それが人の形を成したら闇属性で全体を覆うように包んでいく。
発動した魔法が意味を成し、砂場に広がってクレイマンを生成する。
セレナのクレイマンを見て、モーガンがあんぐり口を開けた。
「できた……」
「まじか……」
辛うじて、モーガンはポツリと呟いた。
ショックがセシリアの時の比じゃない。
セレナがクレイマンを動かして動作を確認する。
「ぎこちない……」
不満を漏らすセレナだが、表情は明るい。
発動させられただけでも大したものなのだ。
これを繰り返す事によって精度は上がっていくのだから。
「じょうずにできましたー」
ウィルがセシリアとセレナのクレイマンを見て、パチパチと拍手を贈る。
(気の毒過ぎる……)
硬直するモーガンにシローは苦笑いを浮かべた。
同時にシローはモーガンに対する報酬に色を付けてやろうと決意した。
確かに魔法を教えて欲しいと懇願したのはシローである。
しかし、魔法の修得とは、本来、その有り様を体に覚えさせるため、何度も失敗を繰り返して試行錯誤するものだ。
魔法の詠唱だって万能ではない。
しかし、ウィルは魔法の発動する様を見ることができる。
最初からどうすれば魔法を成功させられるのか、分かっているのだ。
それを伝え聞いただけで、成功させてしまうセシリアとセレナも魔力の扱いに長けているのだろうが。それにしても、である。
修練を重ねて身につけたであろう得意魔法をあっさり習得されてしまったのだ。
報酬に色をつけてもバチは当たるまい。
「まぁ、ゴーレム生成は直ぐには出来ないだろうけど」
それとなくシローがフォローを入れてやる。
例え魔力の構成が似ているとはいえ、必要な魔力量が多くては繰り返し練習する事ができない。
「今は発動できたクレイマンを使って練習あるのみだな」
「はい!」
セレナも分かっているのか、力強く返事をした。
一度消したクレイマンを再び生成する。
「あー、じゃあ少し動かしてみようか……」
気を取り直したモーガンが付き添って、セレナはクレイマンの動作を確認し始めた。




