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君の名前は(後編)

 大人達は困り果てていた。

 ニーナの幻獣の名前が一向に決まる気配を見せなかったからだ。


 可愛い名前を列挙してみたが却下された。

 弱そうという理由で。

 格好いい名前も列挙してみたが却下された。

 キザったらしいと理由で。


 言葉に表せば質実剛健といった感じがいいらしい。

 なにそれ、と全員が頭を抱えた。


「ただいまー」


 ウィルとセレナがローザを伴って戻ってきた。

 振り向く大人達の表情を見たローザが思わず苦笑した。


「ろーざさん、あれとってー」


 一直線に本棚へ向かったウィルがローザにおねだりする。


「はい、これですね?」


 ローザがウィルの指定した本を取って手渡すと、ウィルはその場に座り込んで本を開いた。

 ウィルの幻獣がウィルの太ももの間に座って一緒に本を覗き込む。


「なにしてんの?」


 同じく本棚から本を取り出すセレナにシローが尋ねる。


「エジルさんから幻獣の名前を好きな本から名付けたって聞いて……」

「……なるほど」


 シローが納得したように頷く。


「ニーナはお気に入りのお話とか、ない?」


 シローの質問にニーナが顎に手を当てて考える。


「それなら、お父様が以前お話してくれた田舎の少年キンタローが動物と修行して立派な戦士になるというお話が好きです。動物が少年の身を案じて、手加減なく少年を鍛えあげていくところとか……」


 ちなみにその動物は熊で名前はクマゴローである。

 もう狼ですらない。

 ひょっとして、うちの娘は脳筋なんだろうか。

 シローが本気で心配し始めた時、モーガンが助け舟を出した。


「憧れの人物とかでもいいんじゃないか?」


 モーガンの提案にニーナが顔を輝かせる。


「シャーロット様! あっ……なんで気づかなかったんだろう」


 シャーロットとはその昔、フィルファリア王家に実在した女性である。

 戦争時、自ら兵を率いて数々の戦功を討ち立てた女傑で、愛槍を手に戦場を駆け巡ったと言われている。

 その姿から付いた二つ名が【鮮烈の疾風】。

 その愛槍の名をニーナは特に気に入っていた。

 高々と自分の幻獣を掲げる。


「ゲイボルグ! あなたの名前はゲイボルグよ!」

「……まあ、それなら大丈夫か、な?」


 シローが周りを見回す。全員異論なさそうだ。


「やっと、一つ決まったな……」


 シローの言葉に大人達が大きく息を吐く。

 あと二回、頭を悩ませなければならない。


「私はフロウにします」


 本を閉じたセレナが告げると大人達が顔を見合わせた。

 皆、異論はないようである。

 さすがお姉ちゃん。


「うぃるはこれー」


 続けてウィルが本を持ってきた。

 大人達が本を覗き込む。文字ではなく挿絵であった。


「れびーにするー」

「レヴィ、な?」


 シローが発音を訂正するが、ウィルは「れびー」と繰り返した。


「レヴィ……か。王子もまたコアな名前を……」


 ジョンが呆れたような感心したようなため息をつく。

 レヴィの名は精霊王の作品に度々登場する人物の一人である。

 共に旅をする仲間なのだが詳しい話が伝わっておらず、男だったのか女だったのか、本当に人間だったのかすら分からない。

 実に様々な姿で描かれる事の多い人物だが、大人の娯楽である演劇なんかだと、だいたい人気の女優が配役される事が多く、コアなファンがついていたりする。

 当然、ウィルは知らないだろうが。


「れびー、いいでしょー?」


 幻獣を掲げてお願いしてくるウィルに、セシリアが笑顔でその頭を撫でた。


「私は良いんじゃないかと思います。ウィルの発音練習にもなりそうですし」


 セシリアの言葉に「そこなの?」とシローが驚くが、確かに一理ある。

 それにウィルは精霊王の話が大好きだし、そこから名付けたのならば幻獣を大事にしてくれそうだ。


「分かったよ、ウィル。レヴィを大事にするんだぞ?」

「やったー! れびー、よろしくね!」


 シローの許しを得たウィルが喜声を上げて幻獣に頬擦りした。

 ニーナ以外、すんなり決まって大人達から安堵のため息が漏れる。


 セレナの【フロウ】。

 ニーナの【ゲイボルグ】。

 ウィルの【レヴィ】。


 悪くないんじゃなかろうか、とシローは大きく背筋を伸ばした。


「なんか一日、働いた気分だ……」

「まだ、お昼前ですけどね」


 少しくたびれた様子のシローにセシリアが微笑みかける。


「少し早いですけど、昼食の用意を致しましょう。ローザ、手伝って」

「はい」


 ステラがローザを連れて部屋を出ていく。


「じゃー、うぃる、おにわであそぶー! れびー、おいでー」

「待って、ウィル。お姉ちゃんも行くわ」

「私もー」


 ウィルが庭へ駆け出すと、セレナとニーナも後に続いた。

 子狼達もパタパタ短い手足を動かしてついていく。


「一片、悪いけど子供達見といてくれないか?」

「承知」


 シローの頼みに寝そべっていた風の一片が立ち上がって子供達についていった。


「私共も仕事を終わらせてきます」


 腰を折って退出しようとするエリス達。


「あ、レンは残って」


 呼び止められて、レンが足を止めた。

 居間に残ったのはシローとセシリア、トマソンとレンとジョン、それから【大地の巨人】のメンバー。

 その【大地の巨人】のリーダー、モーガンの顔を正面から見据えたシローが静かに切り出した。


「これからお願いする事は国とか身分とか、そんなもの関係なく一人の父親から冒険者への依頼だと思って欲しい。もちろん、依頼を受ける受けないは自由だし、こちらとしても無理強いするつもりはない。それを踏まえた上で聞いてほしい」


 丁寧に前置きするシローに【大地の巨人】のメンバー達が顔を見合わせた。


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