君の名前は(前編)
ちょっと長いので2つに分けました。
風の一片が言うには子狼達の性別は決まってないとの事。
と、いうのも精霊や幻獣はその成長過程で性別が決まるらしく、幼少期はどちらでもないそうだ。
「特に名前にルールがあるわけでもない」
「だ、そうだが……」
リビングのカーペットに寝そべる風の一片を一瞥したシローが周りのソファーに座った者達を見回した。
今はニーナを中心に皆が周りを取り囲んでいる。
「にーなねーさまからー?」
「そうよ、ウィル。いい子だから待っててね」
「まってるー」
セレナに頭を撫でられて、ウィルが笑顔で答えた。
セレナもセレナで、まだ名前は決まってないらしく、あーでもないこーでもないと唸っている。
ウィルも同じだ。
そもそも、三歳の子供に気の利いた命名ができる筈がない。
「うーん……」
子狼を見て唸ってはみたものの、ウィルは首を傾げてしまう。
真似をして、子狼も首を傾げた。
ウィルが大人達の方へ視線を向けるが、大人達はニーナに付きっきりのようだ。
「あっ……」
思いついたかのように声を漏らしてウィルが立ち上がる。
「せれねーさま、うぃる、ちょっといってくる」
「どこに?」
「ろーざさんところー」
ウィルの言う【ろーざさん】とはローザという名のメイドの事だ。
彼女は今、門番の詰め所に居るはずだ。
他の大人達も手が空いてないし、門番の二人にも意見を聞きに行こうという事らしい。
「んー……ちょっと待って、ウィル」
セレナが小走りにセシリアに近付いて、二三言葉を交してからウィルの下へ戻ってきた。
「お待たせ、ウィル。お姉ちゃんも一緒に行くわ」
敷地内とはいえ、幼いウィルから目を離すのはまだ危険なのだ。
「さ、行きましょう」
セレナがウィルの手を引いて。
子狼も短い手足をパタパタ動かしながらついてきた。
玄関を出て、石畳で舗装された道を進んでしばらくすると門番の詰め所がある。
セレナが小屋の扉をコンコンとノックするとメイドが顔を出した。
「あら、セレナ様、ウィル様」
「お邪魔します、ローザさん。ウィルが行きたいと言うので……」
驚いたメイドにセレナが軽く説明する。
その横で、ウィルが子狼を掲げて見せた。
「ろーざさん、みてー」
「仔犬……ですか?」
不思議そうに首を傾げるローザ。
今日は朝から番兵の仕事を手伝っているが、そんなモノを通した覚えはない。
庭から迷い込んだのだろうか。
それならそれで問題なのだが。
だが、ウィルは首を横に振った。
「ちがうよー。ひとひらさんにもらったのー」
「お父様の幻獣から頂いたんです」
セレナがウィルの後を継いで説明する。
詳しい話を聞いてローザはポカンとしてしまった。
「おお、坊っちゃん達も幻獣と契約したんですか。じゃあ、仲間ですね」
ローザの後ろからひょっこり顔を出した青年が笑顔でそう言ってきた。
「えじるさんもみてー」
「仲間?」
子狼を掲げるウィルの横でセレナが首を傾げる。
門番のエジルは笑うとウィルとセレナを小屋の中へ招き入れた。
「見ててくださいね」
椅子に座った二人の前にエジルが掌を差し出した。
その中に淡い黄色の魔力が溢れ、何かが姿を現した。
「ふぁあ……」
ウィルが興奮して目をキラキラと輝かせる。
小さな体と茶色い毛に覆われた太い尻尾。
リスに似た小動物がエジルの掌の上に座っていた。
「りすさんだー♪」
「この子も幻獣ですか?」
セレナが驚いた様にエジルを見上げると、エジルは笑顔で頷いた。
「幻獣の中では下位で、これでも成体なんですよ。見た目通り、大した力は持っていませんが、感知能力に優れた頼りになる奴です」
エジルが「探知して」と言うと幻獣が魔力を発動した。
「…………?」
何の効果も現れない様子にセレナが首を傾げる。
その横でウィルが目を見張っていた。
「周辺を探知する魔法です。使用者を中心に周りの様子を探る事ができます。これが案外便利でして……」
潜んでいるモノやその様子を見なくても知る事ができるらしい。
気配察知や物体探知はお手の物なんだそうだ。
力が弱く、警戒心の強い幻獣はそういった能力に秀でているのだと言う。
「ツチリスと呼ばれる土の幻獣なんだそうですよ」
横から覗き込んだローザがエジルの説明に付け加える。
ウィルがツチリスの小さな頭を撫でるとエジルを見上げた。
「おなまえはー?」
「ブラウンっていいます」
「ぶらうん……」
名前を聞いて、ウィルがうーん、と考え込んでしまった。
顔を見合わせるエジルとローザ。
「実は幻獣の名前の事で……」
セレナが二人にここへ来た理由を説明した。
姉弟三人に幻獣を贈られた事、どんな名前にしようか悩んでいる事、まずはニーナの幻獣の名前を決めるのに大人達が皆頭を悩ませている事など。
「それは、また……ニーナ様らしいですね」
「確かに……」
苦笑いを浮かべるエジルにローザが頷く。
ニーナはプレゼントされた可愛いウサギのぬいぐるみにアンドリューと名付けるような娘だ。
なかなかのネーミングセンスの持ち主だった。
「ブラウンの名前の由来ってあるんですか?」
セレナの質問に皆の視線がブラウンに集まる。
茶色かった。
「いや、まあ茶色っていうのもありますが……」
エジルが照れ笑いを浮かべて頬を掻いた。
「セレナ様は【ブラウン冒険記】って本、知りませんか?」
本は大変貴重なもので、貴族や大商人のように生活にゆとりのある身分の者にしかなかなか手にできない。
トルキス家にはそんな貴族や大商人に負けないくらいの蔵書量があった。
以前、セレナは家の蔵書量を不思議に思っていたが、シローがギルドの元テンランカーと知った今では納得していた。
「知ってます」
セレナは本を読むのが好きだった。
家にある書物はだいたい把握している。
ブラウン冒険記は人気の物語でトルキス家の本棚にもある。
冒険者になった少年、ブラウンが仲間達と共に冒険し、成長していく物語である。
「子供の頃、それを読んで聞かせてくれた貴族様がいらっしゃいまして……」
エジルは元冒険者だった。
斥候職としてはかなり優秀だったとトマソンが話していたのをセレナは覚えていた。
少年時代のエジルはブラウン冒険記に興味を持ち、憧れて冒険者になったのだという。
「コイツと出会った時は迷わず名前を付けましたね……ブラウンと冒険するのが夢だったからでしょうか」
はにかむエジルの掌で立ち上がったブラウンはどこか誇らしげだった。
「ほえ?」
「エジルさんは本に出てきた人からお名前頂いたんだって」
話が長くて理解できなかったのか、疑問符を浮かべるウィルにセレナが噛み砕いて説明する。
すると、ウィルはしばらくポカンとしていたが、何かを閃いたように表情を変化させた。
「うぃる、おもいつきました!」
「何かいいお名前思いついたの?」
セレナが尋ねるとウィルが興奮した様子で首を縦に振った。
「じゃあ、皆のいるお部屋に戻りましょうか?」
折角思いついた妙案を逃す手はない。
セレナはウィルの手を取った。
戻ると悟ったウィル達の幻獣が足元に並ぶ。
「それでは私もご一緒しますね」
「宜しくお願いします。ローザさん……あ、それから」
エジルが三人を見送りつつ、照れ笑いを浮かべた。
「妻によろしく伝えてください」
「フフッ……はいはい」
思わず笑みを溢すローザにエジルが頭を掻いた。
エジルの奥さんはステラなのである。
「えじるさん、ぶらうん、またねー」
手を振るウィルに、エジルとその掌にいたブラウンが手を振って三人を見送った。