風狼の贈り物
「一片……これはどういう事か、説明してもらえないか?」
風の一片が皆に聞いて欲しいというので、庭にはトルキス家の面々と使用人達、それから【大地の巨人】のメンバーが集まっていた。
使用人達は門番に二人残しているので全員とはいかなかったが、今日が非番のジョンは姿を見せていた。
「うむ……」
全員が風の一片と向かい合う。
「まず、それはなんだ?」
シローが指差した先ーー彼らと風の一片の間では仔犬が三匹じゃれ合っていた。
ただの仔犬ではない。
三匹とも緑色の毛並みをしている。
子供達は目を輝かせながら、戯れ転がる三匹を眺めていた。
「儂の子だが」
さらりと答える風狼をシローがジト目で睨む。
「いつの間に作ったんだよ、子供なんて」
「昨晩だな」
「何そのスピード出産?」
「幻獣が生物と同じように子を成すはずがあるまい」
今度は呆れたように風の一片が嘆息した。
確かに産まれたばかりとは言うが、その大きさは生後一ヶ月くらいの仔犬ほどである。
「眷族か? お前、眷族作れないんじゃなかったっけ?」
「儂だけの力では、な……」
「じゃあ、どうやって?」
「風の上位精霊に手伝ってもらった」
「え? なにそれ? いつの間に嫁さんもらったの?」
「昨晩だな」
風の一片が鼻先でつついて、仔犬ーーもとい、仔狼を整列させた。
「こ奴らは儂の子供だが、産まれたてで大した力はない。いずれは力をつけていくであろうが、今はせいぜい魔力の底上げができる程度だな」
風の一片が真面目な顔でシローを見上げる。
その表情を見て、風狼が何を考えているのか悟ったシローが深々とため息をついた。
「シロー。儂はお主の子供達に、我が子を授けたいと思っておる」
シローを除いた全員がどよめく。
それは幻獣が子供達を認めた事に他ならない。
「幻獣様、些か早過ぎるのではございませんか?」
代表してトマソンが質問するが、風の一片は首を横に振った。
「力を持つ幻獣との契約であればそうだろうが、我が子らは大した力を持たぬ。今の内であれば容易に契約を結べよう。後は子供達の成長に合わせて我が子らも成長していく。力になる事はあっても害が及ぶ事はない」
「しかし、幻獣様? ウィル様はまだしも、セレナ様とニーナ様に風属性の素質は芽生えておりませんが……」
続けてエリスが質問すると、風の一片がシローを一瞥した。
「細かい話は省くが、儂とシローは血の契約で結ばれておる。一代限りで消えてしまうような生易しい加護は付いておらん。人の言う素質が芽生えるのも時間の問題だろう」
つまり、セレナ達は生まれながらにして風の幻獣の加護を持っているということらしい。
精霊や幻獣の加護は人の持つ素質よりも強力で、力の弱い幻獣と契約する事は難しくないのだとか。
「一片は早くはない、と……?」
復活を果たしたレンがおずおずと尋ねる。
まだ先程の失態を引きずっているのか、いつもの凛とした様子は見る影もない。
「今なら子供達を遊ばせながら鍛えられる、良い機会だと思うのだが……」
風の一片がシローとセシリアを交互に見る。
シローもセシリアに視線を向けると彼女は笑顔で頷いた。
「私はシロー様の決定に従います」
セシリアには幻獣の事は分からない。
しかし、シローと風の一片の事は信じている。
彼らが子供達の事を考えて降した決定ならセシリアから言う事はなかった。
「そうだな……いずれは加護の事を話さなきゃならなかったわけだし。子供達も幻獣がついていてくれた方が安全か……」
「うむ」
シローの了承を得た風の一片が子供達に向き直る。
「子供達よ、我が子らの手を取ってもらえんか?」
風の一片が促すと子狼達がパタパタと駆け出して、子供達の前に進み出た。
その様子に子供達が目を輝かせる。
「えっ? なにこれ?」
「魔法陣……」
子供達の足元に魔法陣が広がって、驚いたニーナとセレナが声を上げた。
ちょこんとお座りした子狼達の足元にも同種の魔法陣が広がっている。
「すごい……」
「きれい……」
「本当にきれーですねぇ……」
魔法陣の光に目を奪われたマイナとアイカとミーシャが呟いた。
キラキラと淡い光を放つそれに全員が感嘆の吐息を洩らす。
「おいでー」
先に体験したことのあるウィルが子狼の方に手を伸ばすと、溢れた紐状の魔力が縒り合い、子狼の方へ伸びていく。
姉達も真似して手差し出すと同じように魔力が縒り合いながら子狼の方へ伸びていった。
「なんか、不思議な感じ……」
魔法陣に照らされながらセレナが呟くと、ニーナも頷いた。
やがて三人の魔力が子狼から伸びてきた魔力と繋がる。
それらがしっかりと繋がると、魔法陣が消え、魔力の光も収まった。
「なんと……」
「これが幻獣との契約……」
子供達が契約する様を眺めていたトマソンとジョンが呆然と呟いた。
精霊や幻獣との契約を目の当たりにする事など滅多にない。
この場にいた者は貴重な体験をしたと言ってもいい。
興奮冷めやらぬ様子で子供達が子狼を一匹ずつ抱きかかえる。
子狼はそこが居場所と言わんばかりに子供達の腕の中に収まった。
「その風の幻獣達は今日からそなた等の相棒である」
「くれるのー?」
ウィルが首を傾げると風の一片が頷いた。
「うむ。大切にするのだぞ?」
「やったー♪」
ウィルとセレナ、ニーナがご満悦な様子でお互いの風の幻獣を見せ合う。
「良かったな」
シローが子供達の頭を撫でていく。
「ちゃんと一片にお礼を言うんだぞ?」
「「「ひとひらさん、ありがとうございます」」」
シローに促された子供達が揃って頭を下げる。
それを見た風の一片が満足そうに頷いた。
「うむ、後はその幻獣達に名を与えれば契約完了である。良い名前を与えてやってくれ」
「おなまえー?」
ウィルが自分の抱きかかえた幻獣に目を向けた。
「名前……」
「名前かぁ……」
愛くるしい子狼を眺めながら、セレナとニーナが呟く。
「どんな名前がいいかしら……」
いきなりそう言われても、セレナはすぐに思いつかなかった。
折角頂いた可愛い幻獣である。
納得のいく名前を付けてあげたかった。
と、隣に並んだニーナがうんうんと満足気に頷いた。
高々と幻獣を掲げて視線を交わす。
「強そうな名前がいいわね!」
「えっ……?」
ニーナの発言にセレナが不思議そうな顔で妹を見た。
それからもう一度子狼の方に視線を向ける。
こんな可愛い子達を見て強そうな名前がいいという発想に至る理由が分からない。
そんな姉の心情に気付いた風もなく、ニーナが思いついた名前を列挙し始めた。
「ゴメス、ゴリアテ、ゴンザレス。うーん、と、ブーマ、ボルカノ、ドドリゲス。それからポンセーにデストラーにパチョレッツなんかもいいわね。あ、そうだ! ヴォルデモーー」
「ちょ、ちょっと待とうか、ニーナ?」
慌てて待ったをかけるシローに、ニーナが不思議そうな顔をする。
シローが皆の方を振り向くと全員苦笑いを浮かべていた。
「えーっと、ニーナ……」
シローが視線をニーナに戻す。
抱え直された子狼がプルプル震えているのは目の錯覚だろうか。
このままニーナに名付けさせるのは、なにか不味い。
ネーミングセンス的な意味で。
そんな気がした。
「なんですか? お父様」
「その、折角頂いた幻獣だし、皆の意見も聞いてみてはどうかなー? なんて……」
おずおずと提案するシロー。
ニーナはきょとんとしていたが笑顔で頷いた。
「そうですね! もっと強そうな名前があるかも知れませんし!」
「そ、そだね……」
シローが苦笑いを浮かべて肩を落とす。
そこから離れて欲しいのだが。
「それではお飲み物を用意致しましょうか。立ちっぱなしで考えるのも疲れますでしょう?」
「そうね、お願いするわ。ステラ」
ステラの提案にセシリアが頷く。
結局、子狼の名前をつけるのに一旦リビングに移動しようという事になった。