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皆、めでたい

 朝食を皆で取った後、シローは冒険者達の調書を取る為、応接室に行ってしまった。

 食事の時に紹介された冒険者パーティー【大地の巨人】のメンバーもシローについていく。

 使用人達は持ち場に分かれ、残ったトルキス家の面々はトマソンとレンを引き連れて庭へ出た。


「ふわぁっ……」

「どうだ、坊。いい感じだろう?」


 庭師のラッツに案内され、向かった庭の隅には砂場ができていた。

 地面が掘り下げられ、立派な木枠で囲まれている。

 ラッツ、渾身の砂場であった。


「凄いわね、ラッツさん」

「いやいや……ありがとうございます、セシリア様」


 セシリアに褒められて照れ笑いを浮かべるラッツを他所に、ウィルが砂場の砂を手で掬って溢して見せた。

 サラサラした砂が指の間をすり抜けていく。

 嬉しそうな笑みを浮かべて振り返るウィルに大人達が皆笑みを返した。


「ここでなら好きに砂遊びしてもいいわよ、ウィル」

「えへへ……」


 セシリアに促されて、ウィルが精霊のランタンとベルくんの杖を取り出した。

 教わった家庭菜園の魔法を使って土を耕したり、栄養を与えてみたり、水を振り撒いたりしてウィルはご満悦の様子だ。


「いいなー、ウィル……」


 簡単な魔法とはいえ、属性魔法を楽しそうに使うウィルをニーナが羨ましそうに眺める。


「ニーナも遊んでみる?」

「いいんですか!? お母様!」


 セシリアの問いかけに、ニーナの表情が華やいだ。

 いくら次々と魔法を覚えてしまうとはいえ、セシリアにウィルを特別扱いするつもりはない。

 弟には教えたのに姉に教えなかったのではニーナが傷つく。


 セシリアが取り出した家庭菜園の魔法をニーナに教え始めると、セレナも興味深そうに覗き込んできた。

 二人はセシリアの話をよく聞いて、家庭菜園の魔法を簡単に習得した。

 そして、ウィルと一緒になって砂場で遊び始めた。


「子供達を見ていると、魔法の習得がこんなに簡単だったかと不思議に思いますな」


 子供達を見守っていたトマソンが呟くと、それを聞いたセシリアとレンが苦笑した。

 それほどトルキス家の子供達の飲み込みは早い。

 魔法は使えば使うほど鍛えられていくので飲み込みが早いに越したことはないのだが。


「やっておるな」

「一片様!」


 いつの間にか庭に姿を現した風狼にセシリアが驚いた様に口に手を当てる。

 今は姿を制御して普通の成犬程の大きさになっていた。

 一度姿を見せたからか、風の一片は倉庫に篭もることを辞めたようだ。

 風の一片と視線を交したレンが物言いたげであるが、風狼は気にした様子もない。


「ひとひらさんだー」


 砂遊びに興じていたウィルが風の一片に気付いて立ち上がる。

 姉達はいきなりの幻獣登場にきょとんとした様子だ。


「ひとひらさんー」

「待て待て、ウィル」


 パタパタと駆け寄ってくるウィルに風の一片が待ったをかける。


「手を洗ってからな?」

「おー?」


 泥だらけになった自分の手を見て、ウィルが声を漏らす。

 気を利かせたニーナとセレナが傍に駆け寄り、水魔法でウィルの手を綺麗に洗いでやった。


「きれいになったー?」


 手を翳してみせるウィルに風の一片が頷く。


「うむ、よかろう」

「えへへ、ふかふかー♪」


 ウィルが嬉しそうに風の一片に抱きついて頬擦りした。

 その様子を間近で見ていた姉達に風の一片が微笑みかける。


「良き姉達であるな」


 セレナもニーナも最初は喋る狼に戸惑っていたようだが、慣れてきたのかウィルの様子を見て興味を惹かれたようだ。

 ニーナなんかは分かり易くて、触りたくてウズウズしているのが見て取れる。


「よいぞ?」


 それを見越して風の一片が姉達に声をかけてやると、セレナとニーナも嬉しそうに風の一片に触り始めた。


「どういう風の吹き回しだ?」


 レンが静かに尋ねる。

 昨日の件があるまで全く接触してこなかったのだ。

 悪い存在ではないと分かっていても、レンが警戒心を働かせるのは自然な事だった。


「要らぬ軋轢を生むまいと姿を隠していたのだがな……」


 風狼が器用に自嘲してみせる。


「儂も子供達を愛でたい」


 風の一片の言い回しに大人達が皆きょとんとしてしまった。

 人前に滅多に姿を現す事のない幻獣が言うに事欠いて人の子を可愛がりたいという。

 まあ、目の前の風狼は人と契約を交した身で、それなりに人との交流がある。

 情が移ったとしても不思議ではないのかもしれない。

 風の一片に抱きついていたウィルが不思議そうな顔をする。


「めでたい〜? おめでと〜?」

「違うぞ、ウィル。可愛がりたい、だ」


 風の一片が訂正してやると、ウィルが一層嬉しそうに抱きついた。

 もう警戒してないのか、セレナとニーナも代わる代わる風の一片に抱きつく。

 まだ物言いたげなレンの表情を見て、風の一片が鼻で笑った。


「妬いてるのか?」

「だ、誰がっ!?」


 慌てて否定するレンに周りの大人達が笑みを浮かべる。


「お主はもう少し自分の心に正直になった方がいいと思うのだがな」

「う、うるさい!」


 レンは照れ隠しなのか、そっぽを向いてしまった。

 それを見た風の一片が呆れたようにため息をつく。


「れん、どうしたの〜?」


 その様子を不思議そうに見ていたウィルが首を傾げた。


「レンもウィルの事を愛でたいのに素直になれんのだ」

「一片!?」


 声を荒らげるレン。

 風の一片の言葉を聞いたウィルがパタパタとレンに駆け寄った。

 そのままレンの足にしがみつく。


「じゃー、うぃるがめでたげるー♪」


 そんな事を言いながら抱っこをせがむウィル。


「ウィル様……」


 レンが困惑した様子でセシリアを振り返ると、彼女は笑顔で頷いてみせた。


「難しく考えすぎよ、レン。貴女の悪い所ね」

「セシリア様……」


 レンは少し不器用だった。

 レンだって勿論子供達に愛情を持って接している。

 可愛いと思うし、心配にもなる。

 しかし、積極的な愛情表現ができるかといえば、それがなかなか難しい。

 どうしても仕事と私情を分けてしまうのだ。

 それは一流の冒険者としての経験がそうさせている所が大きい。

 結果として、一歩引いたような態度を取ってしまう。

 それは主従関係で見れば間違った事ではないのだが。

 セシリアは私情を持ってもいいから気兼ねなく子供達と接して欲しいと願っている。

 セシリアの友として、だ。


「れん、だっこ〜」


 ウィルの催促に屈して、レンがウィルを抱き上げた。


「ちょっとだけですよ? ウィル様」

「えへぇ〜♪」


 抱えられたウィルがご満悦な様子でレンの肩に頬を寄せる。

 サラサラの髪がレンの首筋を撫でた。

 くすぐったい、でも嫌じゃない。


(温かい……)


 昨日の苦しげな反応とは違う。

 安心感がレンの心を満たした。

 と、次の瞬間ーー


「んー、ちゅっ♪」


 柔らかな感触がレンの頬に触れて。


「……えっ?」

「「ああーっ!?」」


 レンが間の抜けた声を上げたのと、セレナとニーナが絶叫したのはほぼ同時だった。


「あ……え……?」

「ずるーい! レンさん、ウィルにチューしてもらったぁ!」

「ずるい、です……ウィルにチューしてもらえるなんて……」


 姉妹に揃って非難されて、ようやくレンはウィルが何をしたのかに気がついた。


「「レンさん?」」


 レンの様子がおかしいのに気がついて、セレナとニーナが首を傾げる。

 レンの反応が無くなって、ウィルが器用にレンの体を伝って降りてきた。


「……おー?」


 子供達が揃ってレンを見上げる。

 レンは器用な事をしていた。

 いつもの感情乏しい表情のまま、顔を真っ赤に染めて直立不動の状態だ。


「頬に接吻されたくらいで何を固まっているのだ」


 呆れたように呟く風の一片にレンがビクリと肩を振るわせる。

 しかしそれ以上動かない。


「ウィル、お姉ちゃんにも、ほら、チュー」

「ウィル。私にもチューして欲しいわ」


 ニーナとセレナの催促にも肩を振るわせるという反応を繰り返すレン。

 しかしやっぱり動かない。


「じゃー、ねーさまたちにもー♪」


 悪びれた様子もなく、ウィルが姉達に従って頬にキスをする。


 レンは、しばらくしてシロー達が庭に姿を現すまで、突っ立ったまま硬直していた。


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