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闇の国の漂流物

 突然の乱入者であるザムゼルの間抜けな格好のせいで今一つ緊張感のかける珍妙な空気に誰もが二の句を継げないでいる。

 対峙したウィルもいきなり現れた不可解な人物に困惑しているようだ。


「ううー!」


 ウィルが子供ながらに唸ってザムゼルを牽制する。

 ウィルには目に見える魔素や魔力からザムゼルを推し測ることができてどうにも心を開けなかった。敵ではないが近付きたくない。ウィルにとっては珍しい反応であった。

 警戒心を露わに威嚇するウィルを落ち着かせようとワグナーが声をかける。


「ウィルよ、いったん落ち着きなさい」

「あのひと、男のひとと女のひとで向ける魔力がぜんぜんちがう! スケさんみたいなひとだ! ううん、スケさんよりひどい!」


 ウィルの言うスケさんとはワグナーの護衛であるスケロックの愛称だ。そのスケロックとザムゼルの気配が似ているらしい。

 ウィルの言いたいことが伝わってスケロックに視線が集まる。


「えっ? なにかな?」


 急に注目されることになったスケロックは少し戸惑っていたが。

 彼の人となりを知る人物たち、とくに女性陣の視線は冷ややかになった。スケロックが女性にだらしないというのはよく窘められていることだ。ウィルはそんなスケロックよりザムゼルの方がひどいと言う。

 自然とザムゼルに向けられる視線も冷たくなった。

 だがザムゼルの方は視線の温度など気にしてもいないようで、その態度が変わることもない。


「はっ。なんのことかと思えば」


 ウィルの評価を気にかけた様子もなく鼻で笑ったザムゼルは簀巻きのままふんぞり返ってウィルを見下ろした。


「男として女を優しく労わるのは当然のことであろう。その意識に何の問題がある。男であるからにはすべての女に対し等しく愛情を持つべきなのだ!」

「男のひとにもやさしくして!」

「男は知らん!」


 ウィルの抗議をはっきりと拒絶するザムゼル。

 ザムゼルの考えがまったく間違っているわけではないのだろうがウィルにしてみれば明らかに隔たりのあるザムゼルの魔力はあまり気のいいものではないようだ。それはザムゼルが最初にレンへと向けた好意的な魔力との差も仇となっている。

 拒絶されたウィルはむくれてウィルの知ってる言葉で最大限対抗した。


「ウィル、しってる! このひとすけべえだ! ド級のすけべえ、どすけ――モガモガ」


 ウィルの言おうとしていることを察したレンが言い切る前に口を塞ぐ。子供に言わせていい言葉ではない。

 ウィルの気は収まっていないらしくレンに口を塞がれてもモガモガ言いながらウーウー唸っていた。

 ウィルがレンに抑えられたのを見てひとまず安心したワグナーは考える素振りを見せながらザムゼルの様子を伺った。シローたちとの関係も気になるところではあるが相手が貴族と名乗った以上ワグナーが対応しなければならない。


「先王様、彼は悪い人とは思えません。どうか寛大なるご対応を……」


 ワグナーがどう対応するか考えているとスケロックがザムゼルの擁護を始めてワグナーは思わず嘆息した。どうやらザムゼルの発言に自分と似たものを感じたようだ。


「感化されとるんじゃないわ、馬鹿者め……」


 ワグナーに呆れられたスケロックは同じ護衛のカークスに拳骨を落とされ引きずられるように後ろへ下げられていった。


「さて……」


 ワグナーが改めてザムゼルと向き合う。ザムゼルの後方から兵士たちが駆け寄ってくるのが見える。おそらく彼らが笛を鳴らしてザムゼルを追っていたのだろう。

 兵士たちがザムゼルを取り囲みそうになるのをエリウスが手で制すると兵士の一人がエリウスの前まで来て敬礼した。

 エリウスが横目でザムゼルに視線を送る。


「いったい何があったんです?」

「漁師の網にかかっていたとの報告を受けて保護したのですが街で一番偉い者に会わせろ、と騒がれまして……それで事情を聴くために連行していたところエリウス様たちの馬車を見かけて駆け出してしまったのです」

「それにしたって簀巻きのままでは……外聞も悪いのではないですか?」


 保護したというのであればそれなりの待遇でもてなさなければ目にした人間に要らぬ誤解を与えてしまう。

 しかし兵士たちはそのことでも困っていたようだ。


「それが……我々も解放しようと思ったのですがその者を拘束している敷物を外すことができないのです」

「外せない……? 魔道具なのですか?」

「それがさっぱり……」


 エリウスの質問に兵士が歯切れの悪い言葉を返す。どうやら外せない原因も彼らは分かっていないらしい。連行する前に逃げられたので大して調べることもできなかったのだろう。

 エリウスが黙って話を聞いていたワグナーに向き直った。


「先王陛下、いかがいたしましょう?」


 エリウスの言葉を聞いてワグナーの正体に気が付いた兵士たちがより一層固く敬礼をし直す。ザムゼルも予想外の大物に大仰な態度を少し改めた。

 ワグナーが兵士たちをやんわりと労ってから視線を一度シローの方へ向ける。それはこの場で一番原因を解明できるお子様に話を振ってもいいかどうかの確認だ。シローたちの反応を見ればザムゼルと面識があるのは予想がつく。そのザムゼルにウィルの特異性を見せてもいいかというワグナーの気遣いであった。

 シローが黙って頷く。それを見てワグナーは視線を足元のウィルへと向けた。レンに抑えられて幾分落ち着いたウィルとワグナーの視線が合う。

 もう大丈夫だろうとウィルから手を離すレンを待ってワグナーはウィルに問いかけた。


「ウィルや、あの者を拘束しているのは魔道具なのか?」


 ワグナーの質問にウィルは素直に首を横に振った。


「ううん、ちがうー。あれは魔法だよー」

「そうか、魔法か……」


 ウィルの判断に全員の視線がザムゼルに集まる。魔法で拘束されているとは言うがザムゼルの周りには魔法特有の光は見られず、ウィルのことを知らない者はその判断に疑問を持ってしまう。

 ともあれウィルが魔法だと判断したのならその可能性は高い。そしてウィルなら兵士たちが拘束を解けなかった理由も察することができるだろう。


「ウィルよ、申し訳ないがあの者の拘束を解いてやってくれんか?」


 先王の頼みとあらば。拘束を解く手立てがあるなら誰もがザムゼルの拘束を解いただろう。

 だがウィルは誰にでも分かるくらい嫌な顔をした。まるで気が進まないとでも言いたげな顔である。ウィルはザムゼルがレンに飛びかかったことを根に持っているのだ。

 正直過ぎるウィルの表情にワグナーは立場も忘れて吹き出しそうになった。


「ウィルがとっても嫌そうな顔をしているわ!」

「気持ちは分かりますが……」


 ウィルの気持ちを代弁するニーナにカルツが心情を察する。一緒にいるセレナとアニアもウィルとザムゼルのやり取りを見た後ではフォローすることもできず苦笑いを浮かべるしかなかった。

 ウィルのために知恵を絞ったニーナが解決策を提案する。


「あの魔族には悪いけど見なかったことにしてもう一度海に返しましょう!」

「それは名案だな」


 ロンも面倒事はない方がいいと考えていたようでニーナの意見に賛同した。ザムゼルを海に流して平穏な一日をやり直すのだ。

 本気で行動に移しそうな二人をレンが止める。


「お待ちください、ニーナ様。いくら目を覆いたくなるような現実でも海にゴミを捨てるのはよくないことです」

「言いたい放題だな、おい!」


 ニーナの提案をやんわりと窘めたレンにゴミ扱いされたザムゼルが抗議の声を上げる。しかし振り向いたレンに凍り付くような視線を浴びせられてザムゼルは委縮してしまった。


「いきなり飛びかかってくる変態に発言権があるとでも?」

「あっ、いや……久しぶりの再会で感極まって、つい……」


 結局、話を聞いてほしければ大人しくしていろということで。

 周りのやり取りを見かねたシローがウィルを促した。


「ウィル、気持ちは分かるけど話が進まないから……」

「むぅ……」


 シローの説得にウィルが諦めてため息をつく。

 本来であればワグナーの前でそのような態度は不敬なのだがワグナー自身がウィルの反応を楽しんでいるので問題はないだろう。見守っていたセシリアは少しハラハラしていたが。

 ウィルはシローに促されるままザムゼルの前に立った。


「すわって」


 長身のザムゼルとは高さが合わず、ウィルがむくれた顔でザムゼルに催促する。

 ザムゼルは半信半疑ながらシローに視線を送られて素直にその場で胡坐をかいた。


「おい、本当に魔法なのか?」


 座ったままシローを見上げるザムゼル。ザムゼル自身には魔法で拘束されている感覚はない。ただ敷物にくるまれて締め付けられているような感覚だ。魔道具で固定されていると説明される方がしっくりくる。

 そんなザムゼルを無視してウィルは手をザムゼルにかざした。ザムゼルを取り巻く魔力の流れを読み取ってウィルがザムゼルにかけられた魔法を解析する。

 不満そうだったウィルだがそこは魔法大好きっ子。魔力光を発しない珍しい魔法に触れられて機嫌が治りつつある。どうやらごねてザムゼルを放置するということはなさそうだ。

 しばらく魔法の解析を続けたウィルはザムゼルから手を離した。

 ザムゼルの体は縛られたまま変化はない。


「おい、解けなかったのか小僧」

「ちょっとだまってて」


 抗議の声を上げるザムゼルをウィルが煩わしそうに遮る。それからウィルは後ろに向き直った。


「カルツさん、見て見て。めずらしー魔法」


 ウィルに招かれて興味をそそられたカルツがシローと同じようにウィルの傍に立つ。同様に興味を持った者が注目してザムゼルを取り巻く輪が少し縮まった。

 ウィルはザムゼルを拘束している魔法に魔力を注いで全員の目に見えるように魔法を浮かび上がらせた。

 魔法の実体が見えて周りから感嘆の声が漏れる。輪状の拘束魔法が敷物を縛り付けている紐と重なるようにザムゼルを縛り上げていた。


「みんなにも見えるよーにしてみましたー」


 周りの反応を受けてウィルも少し得意そうだ。大好きな魔法で賞賛を浴びて機嫌は殆ど治ったらしい。

 好奇心旺盛で珍しい物好きのスーリエとライラもカルツと同じように魔法を観察し始めた。


「リング状の拘束魔法……縄での拘束に紛れさせて魔法の存在を隠したという事でしょうか?」

「普通の拘束魔法とは違う、なにか異質な構造を感じますが……これは?」


 二人のぐるぐるメガネがきらりと光る。知る人ぞ知る、鑑定魔法が宿ったメガネである。

 周りの注目が集まる中、ウィルがなんとか言葉に纏めて説明し始めた。


「これはたぶんカギをかける魔法だよ。縛ってカギをかけるの。みんなが使ってる拘束魔法はその場所から動けないようにするための魔法で魔力を込めれば逃げれるけど、魔族さんにかけられたのは拘束を解けないようにする魔法だから動けるけどふつーに魔力を込めても外せない」

「なるほど……」


 ウィルの説明を聞いたカルツが相槌を打ってウィルの説明をみんなにも分かりやすいように解説する。


「一般的な拘束魔法は相手の動きをその場に固定する性質を持つ魔法。それを解除するには拘束魔法に魔力をぶつけて無力化する必要がある。一方、ザムゼルにかけられた魔法は部分的に縛って鍵をかける……つまり封じることに特化した魔法ということですね。解除するにはそれ相応の方法が必要だと……」

「そー」


 カルツの解説を聞いてうんうんと頷くウィル。自分の説明がカルツにしっかり伝わっていてウィルは満足そうだ。

 カルツも普段からウィルとの魔法談議に花を咲かせていてカルツ自身の深い魔法の知識を元にウィルの言いたいことを整理するのが上手くなっている。


「うーん……魔力をひもに込めたほーが魔法をつよくできそーだけど……これならほっといてもそのうち解けそー」

「ということはザムゼルを簀巻きにしたのは単に無様な見た目にして屈辱を与えたかったからなのかもしれませんね」

「まぁその程度で俺の美貌が損なわれることはないがな!」


 ウィルとカルツの見解を聞いてもザムゼルの不敵な態度は陰ることがない。

 呆れたようにカルツが嘆息する。昔から知るザムゼルはつける薬もないタイプだったがそれは今でも変わっていないようだ。

 天を突くような自信家で底が抜けたような馬鹿。それがザムゼルという魔族だ。


「魔法のカギを解くにはカギになってる部分に魔力を込めて、ほぐしてあげればいーかなぁ……」


 魔法を紹介し終えたウィルがもう一度ザムゼルに手をかざして魔法の開錠を始める。

 その様子を見守っているとロンがカルツの横に並んで質問を投げかけた。


「一つ疑問がある」

「なんです?」

「この魔法、戦闘中に構築可能なのか? 確か魔法は複雑な仕様になれば完成するまでに時間がかかるのだろう? しかもこいつは簀巻きにされて海を漂っていた。戦闘中に拘束されたようには思えん」

「確かに……」


 ロンの言葉を聞いてカルツが納得し、ウィルの方へ視線を送る。

 ウィルは開錠に集中しながらロンの疑問に答えた。


「たぶんむりー。この魔法、カギの部分は形を変えられそーだし。そーなると戦いでつかう意味はあまりないかなー。戦ったあとでつかうほーがいいかも」


 つまりザムゼルは戦いに負けた後に簀巻きにされ、魔法の鍵をかけられて海に捨てられたということになる。

 シローたちの視線がザムゼルに集中してザムゼルは少し渋い顔をした。どうやら街の代表に面会を望んだ件も関係していそうだ。


「なにがあった?」


 代表してシローが尋ねるとザムゼルは嘆息して渋々話し始めた。


「闇の国の開戦派が良からぬ動きをしていると報告があってな……その調査に向かう道中に襲撃されたのだ」

「負けたのか?」

「まさか。卑怯にも酒場で一服盛られただけだ」

「……はぁ?」


 ザムゼルから飛び出た単語にシローが眉をしかめる。

 ザムゼルは悪びれた様子もなく続けた。


「酒場にいい女がいたのだ。その女と飲んでいる内に薬で眠らされて気付いたら縛り上げられていた。魔法はその女のものかどうか分からんが……」


 つまりは戦ってすらいないのだ。女にうつつを抜かし、かどわかされて海に捨てられたのだと。

 話を聞いていた全員の表情がさらに冷ややかなものになって。


「おい、やっぱりこいつ海に捨てようぜ」


 ロンの提案に反対する者はすぐには現れなかった。みんながそれでもいいと納得しかかっていた。


「ま、待て。いま俺を見離せば闇の国と光の国で戦争が起こるかもしれんのだぞ!」


 さすがに周りの圧を感じてザムゼルが弁明する。

 光の国の使節団を出迎えるタイミングで何とも間の悪い厄介事である。


「とーさま」


 頭痛を覚えたシローが視線を向けるとザムゼルから手を離したウィルが見上げていた。


「なんだい?」

「カギ開けるの、やめとく?」


 聞き返すシローにウィルが開錠の是非を真剣に聞いてきて。

 ロンの提案を真に受けているウィルの様子にシローは苦笑いを浮かべた。倫理的に考えればザムゼルを海に返すなど良いことではない。ウィルの教育のためにも我慢してザムゼルを解放してやるべきだろう。

 ただシローは自分たちを取り巻く状況が良くない方向に動いていることだけはひしひしと感じていた。


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― 新着の感想 ―
「男は知らん」は間違っていると思います。 女性優先ならともかく、女性のみは間違いでしょう! ところでスケロックはマゾですか? ただでさえ女性陣から冷たい視線で刺されたのに、ザムゼルを擁護するなんて、…
『海へお帰り』されても仕方ないんじゃないかな?
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