貴族も色々あるんです。
ウィルたちはオリーオルの街で休息したのちアルメア国の使者が来訪する港町に向かって出発した。
辺境伯ハーベインの計らいでエリウスが案内役として同行することになり、エリウスとその護衛を加えた一行は何事もなく港町へと近付いていた。
「ありがとうございます、エリウス様」
「いいえ。お気遣いなく」
馬車の中でセレナがエリウスに礼を言うとエリウスは笑みで返した。
道すがら新たにエリウスと知り合えたウィルが大人しくできるはずもなく、ウィルはエリウスとの同乗を希望しエリウスはそれを快く受け入れてくれたのだ。
そんなことがありウィルたち姉弟はエリウスと同じ馬車に乗っていた。
「エリウスさまとなかよしになれるチャンスだもん」
ウィルは周りが気を遣う理由が分かっていないのだろうが職務として同行するエリウスに大人たちが配慮するのは当然のことだ。
だがトルキス家に恩を感じているエリウスには含むところはないようだ。
隣に座って見上げてくるウィルの頭をエリウスは優しく撫でた。
「私も皆さんと仲良くなれるのは嬉しいですよ」
「ほんとー」
好意的に受け止められてウィルは嬉しそうだ。
「本当です。仕事がなければ皆さんと名物の魚料理を食べながら街でゆっくり巡りたいくらいです」
「さかな料理!」
「おいしいですよね!」
ウィルとニーナが食べ物に釣られる様子にセレナも苦笑を浮かべる。
焼き魚などは子供にとって食べづらいことも多いがトルキス家では好評だ。シローの出身であるキョウ国は島国で一般的に食されており、王都では珍しいとされる魚料理でも偏見はあまりない。ただいつでも食べられるわけではなかった。
「王都は内陸にあって魚料理は珍しいと聞きましたが……」
そんな魚料理に興味を示すウィルたちに少し驚いたのかエリウスが不思議がっているとセレナが丁寧に答えた。
「王都は川魚が主流なんですがお父様が海の魚が大好きで……時折仕入れてみんなに振舞ってくれていましたから」
「なるほど」
エリウスが納得したように頷く。シローがキョウ国出身であることも元々優秀な冒険者であることも知れ渡っていることである。
「本来であれば我々も魚を流通させたいと考えてはいるのですがコストもかかってなかなか難しいのですよ」
生魚は日持ちもせず輸送手段も限られている。マジックボックスを用いたとしても量に限りがあり、馬車で輸送しようにも護衛が必要になる。実入りと輸送コストが釣り合わないのが現状だ。
「氷属性の魔法使いも貴重ですし」
輸送中の魚を凍らせ続けられる魔法使いなら宮廷魔術師にだって志願できるくらいだ。
「ほーん……」
説明を聞きながら唸るウィル。さすがに商品の輸送コストにまでは頭が回らないようだ。
だが港町で魚料理を堪能するのに輸送コストは関係ない。
「せっかくですからおいしい魚料理をいっぱい食べてください」
「はーい」
そこに迷いはないようで、ウィルとニーナは魚料理を楽しみにしていた。
そんなウィルたちを見守るエリウスの表情が一瞬憂いたようにも見えてセレナが首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「えっ!? いや……」
見抜かれるとは思っていなかったのだろう。セレナに尋ねられてエリウスが驚いたように顔を上げる。
ウィルとニーナもきょとんとしてエリウスを見上げていた。
「いえ……純粋だな、と思いまして」
それが何の心配に繋がるのかウィルとニーナはよく分からないようであったがセレナはエリウスの言いたいことになんとなく気づいていた。
「当家はトルキス家の皆さんのおかげでとてもいい思いをさせて頂きました。ですから今後なにがあろうと御味方したいと考えています。ですが残念なことにフィルファリアの貴族の中にはそうでない貴族もいます」
全ての貴族が肯定的にトルキス家を受け止めてくれるわけではないのだ。そしてそれは国内外に限ったことではない。トルキス家の躍進を疎ましく思う貴族が出てきても不思議はない。
(子供たちにする話ではなかったな……)
そんな風に自分を戒めながらも話し始めた手前、エリウスは静かに続けた。
「貴族とは面倒な生き物です。表でいい顔をしていても裏でなにを考えているのか分かったものではありません。他者の成功が自分の家の不利益になるようであれば容易く対立してしまう。都合が悪ければ権力を振りかざし、根回しすることも厭わない。先王陛下やシロー様たちもそれが分かっているから貴族との関係にお心を砕いていらっしゃるのです。一人でも多くの味方を作るために」
あらゆる手立てを講じてくる貴族に対してウィルはまだまだ子供で純粋過ぎるのだ。
そう考えてのエリウスの懸念であったがセレナは笑みを浮かべた。
セレナはエリウスの懸念を正しく理解している。今後トルキス家に訪れる問題も彼女なりにいくつか予想がついていた。
だから心配してくれているエリウスに感謝した。
「ありがとうございます、エリウス様。私もお父様やお母様の力になれるよう頑張るつもりです」
「応援していますよ、セレナさん」
身近なやり取りで通じ合うエリウスとセレナにウィルとニーナは顔を見合わせて。それから堰を切ったように主張し始めた。
「わたしも! みんなの力になれるように頑張ります!」
「ウィルも! ウィルも!」
それがどれほどエリウスとセレナの懸念を理解したものか分からなかったが。力になりたいことだけは伝わってエリウスは笑みを深めてウィルとニーナの頭を撫でた。
オリーオルの街から港町までの街道は整備されていて特に難もなく港町へと辿り着いたウィルたちは護衛の部隊と別れて来賓用の屋敷へと向かった。屋敷に従事する使用人たちが玄関に並びウィルたちを出迎える。
「美しいお屋敷ですね」
「とても綺麗……」
馬車から降りたセレナとアニアが屋敷を見上げて目を細めた。
白を基調とする屋敷の壁が陽の光に照らされて輝いているようだ。隅々まで手入れされているのがよく分かる。庭園に植えられた季節の花が彩りと香りで来訪を歓迎してくれているようであった。
「そうであろう。ここは国外からの来賓を迎え入れられるよう造っておる。内装もなかなかのものじゃぞ?」
護衛のカークスとスケロックを連れたワグナーがセレナの横でセレナたちと同じように屋敷を見上げる。どうやらこの屋敷はワグナーのお気に入りでもあるようだ。
視線を戻したワグナーが言葉も忘れて屋敷に見惚れるセレナとアニアの姿に目を細める。自分の気に入っているものを同じように気に入ってもらえるのは嬉しいことだ。
「良い物をたくさん見て心を育てることも大切なことじゃ」
「「はい」」
セレナとアニアの返事が被る。しかしお互いそんなこと気に留めることもなく屋敷を見入っていた。
そんな二人の様子を見ていると他の子供たちの反応も気になるもので、ワグナーの視線がニーナとウィルを追いかける。
するとニーナは屋敷を見て難しい表情をしていた。
「このお屋敷、外見が綺麗なのもそうだけど……とても護り易く造られてるわね」
どうやら違うところに関心を寄せているようだ。要人警護や防衛の観点から意見するニーナにワグナーも苦笑いを浮かべてしまう。
そしてウィルも――
「まそが気持ちいー。みんな、このおやしきを大事にしてるんだねー」
関心の寄せどころが異次元過ぎてワグナーも反応に困る。ウィルは魔素の在り様から目の前の屋敷に関わった人々の想いに感じ入っているようであった。
「先王陛下」
子供たちの反応を楽しんでいたワグナーの下へシローがやってくる。
「ひとまず屋敷へ荷の搬入を行いますが……その後はいかがいたしましょう?」
シローは今後の動きをワグナーに確認しに来たのだが、それに元気よくウィルが手を上げた。
「はい! ウィルはうみが見たいです!」
「いや、ウィルの意見は聞いてないんだけど?」
「うみー!」
せがむウィルにワグナーが表情を綻ばせる。しばらくは滞在する予定なので急いて海を見に行く必要はないのだが楽しみなものを子供に我慢させるのは忍びない。
「屋敷の中からも海は見渡せるぞ」
「ほんと!?」
ワグナーに教えられて興味を持ったウィルの髪がぴょこりと跳ねる。
「ああ、本当じゃとも。ひとまず部屋からの眺めを確認してきたらどうじゃ?」
「そーする!」
目標を見つければウィルの行動は素早い。我先にと屋敷の方へ向かおうとして――
街の方から笛の音が響いた。
それが人々を楽しませるためのものではないことに誰もが気付く。巡回する兵士が周りに送る合図。
足を止めて警戒心を引き上げたウィルがその存在を捉えた。
「とーさま、うえ!」
ウィルの呼びかけに誰もが身構える。だがしかし、珍しいことにシローたちはすぐに動かなかった。
屋敷の前の庭に何者かが着地する。おそらくそれが兵士に追われていた者の正体だ。
突然目の前に現れたそれに警戒した者たちの表情が一気に怪訝そうなものに変わる。それはとても形容し難い姿をしていた。
まず全身がびしょ濡れであった。なぜか海藻を頭からかぶっており隙間から角のような物が突き出ている。そしてやや細身で背高な体躯は簀巻きにされて自由を奪われているようであった。
おそらくは人間、のような、なにか。
そのなにかはウィルたちの方を見ると目を見開いて打ち震え、そしてレンの方へ向かって駆け出した。
「マイスイートハニィ――」
「【つちくれのふくわん】!」
「――ぶべらっ!?」
飛びかかる簀巻きの顔面に【土塊の副腕】が突き刺さって簀巻きがもんどりを撃って倒れ込む。飛び散ったワカメが遅れてべちゃりと庭に落ちた。
一方、ウィルは大層お冠であった。得体の知れない何かがレンに飛びかかったことに対する抗議である。
「なんだ、おまえはー! レンはウィルのメイドさんだぞ!」
言いたいことは分かるがそうではない。
レンはトルキス家が雇うトルキス家のメイドである。ウィルの、ではない。
しかしこの状況でウィルの発言を訂正する者は皆無であった。
「おのれ……人様の顔面に容赦なく魔法をぶち込むとは……なんてガキだ。親の顔が見てみたい……」
頭を振って器用に起き上がる簀巻き。ウィルの魔法を食らった割にはピンピンしている。海藻が落ちてはっきり見えたその男の顔はウィルの魔法に殴られた痕があるとはいえしっかりと整っており、その側頭部から生える角は立派なものであった。
周りの者たちが乱入者の正体に気付き始めるがウィルはまったく気にした様子もなく。
「あっちいけ、しっ、しっ!」
レンの前に陣取ってまるで野良犬を追い払うような仕草で男を遠ざけようとしていた。
ウィルにしては珍しく警戒を解く様子もなく、しびれを切らしたウィルがシローの方へ視線を向ける。
「とーさま! とーさまもなんか言って!」
援護を求めるウィル。だがその視線を見てウィルは目を瞬かせた。
シローはものすごく嫌そうな顔をしていた。シローだけではない。ロンもカルツも、そして背に庇うレンも。元【大空の渡り鳥】のメンバーはみんな周りの怪訝そうな表情とは違って、そうとしか形容できないほどものすごく嫌な顔をしていた。
それはつまり簀巻きの海藻男と【大空の渡り鳥】とは面識があるということ――
シローから援護をもらえないと分かって向き直ったウィルが簀巻きの男に視線を戻す。
簀巻きの男はなぜか自信に満ち溢れており、堂々とした態度でウィルと対峙していた。まるで自分の間抜け過ぎる格好に微塵も気付いていないようである。
睨み合いを続けるウィルと簀巻き男の間を風が無駄に吹き抜けた。変な緊張感が場に溢れ簀巻きの男はウィルの次なる行動を待っているようであった。
まだ幼いウィルが面倒くさそうな相手を上手く捌くのは難しい。
「な、なにものだ! 名をなのれー!」
「ふっ……」
結局、話も進まず業を煮やしたウィルが嫌々ながら誰何すると簀巻きの男は待っていましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「名を問われて返さぬは無作法というもの」
今までの行いは無作法とも思っていなかったらしい。おそらくはただ名を名乗りたかっただけなのだろう。その機会をわざわざ幼いウィルに求めたのだからいい根性をしていると言える。
「しかと聞け! 我が名はザムゼル! 闇の国の大貴族、魔族の六名家モーヴェイン家の当主にしていずれ魔王となる男だ!」
おそらくポーズも添えているのであろうが簀巻きで恰好が付くはずもなく。
『貴族とは面倒な生き物です――』
どうしようもない沈黙が流れる中、ふんぞり返るザムゼルを見たトルキス家の子供たちはエリウスの言葉を深く噛みしめるのであった。




