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お爺様の暗躍

「よし、連れて行け」


 投降した私兵達を縄で捕縛した騎士達が、ガイオスの命令に従って男達を連行する。

 マントの男とビンタされた大男はセシリアの回復魔法で傷を癒やされたが、まだ意識がはっきりしないようだ。

 おぼつかない足取りで最後尾を歩いていた。


「とりあえず、一件落着か?」


 周りを見渡したシローが小さく息をつく。

 私兵達は一掃され、学舎の庭では騒ぎを聞きつけた子供達の親が子供の無事を確認し、喜び合っていた。


「私も行くわ」


 最後に残された獣人の女性がガイオスの前に両腕を差し出す。

 抵抗なく縄につくとの意思表示であった。

 しかし、その手にシローが横から手を添えた。


「協力はして頂くが、拘束するつもりはないよ。ウィルを庇ってもらったからね」

「しかし……」


 カルディの雇われとなり、グラムに手を貸した事実が消える訳ではない。

 それでもシローはその手を離さなかった。


「まあ、任せなさい、って。訳もありそうだし、うちの騎士団長は話の分かる男だ」


 シローがガイオスに目配せをすると、ガイオスは肩を竦めてみせた。

 躊躇いがちに手を降ろした獣人の女性がガイオスに頭を下げる。


「宜しくお願いします……」

「うむ。シロー殿にそう言われてはな……」


 ガイオスは頷くと、控えていた女性騎士に彼女の付き添いを命じた。

 入れ替わるようにモーガンがシローの前に来る。


「シローさん。俺も同じだ。理由はあれど、子供を人質に取っちまった……このままじゃ、あの子とその親に申し訳が立たねぇ」


 それにはシローも悩まざるを得なかった。

 目を閉じ、頭を掻く。

 正直、モーガンを犯罪者として連行はしたくないのだが。


「一緒に謝りに行くか……」


 散々悩んだ挙句、シローの出した答えがそれだった。


「どういう事ですか?」


 不思議そうに話を聞いていたセシリアに事の成り行きをシロー達が説明する。

 セシリアが納得したように頷いた。


「分かりました。私も一緒に参ります」

「助かるよ……」


 安堵するシローにセシリアが笑みを浮かべる。

 無理やり解決する訳ではないが、こう言う時のセシリアが頼りになる事をシローはよく知っていた。


「レン、済まないがウィルを……」


 そう言って、シローがレンに視線を向けようとした時、それは唐突に起こった。


 ズズズン……


 ウィルのゴーレムが力を失ってその場に崩れ落ちる。


「「「ウィルッ!」」」

「「「ウィル様ッ!」」」


 レンが慌ててウィルの方へ視線を向けると、ウィルはその場にうずくまって動けなくなっていた。

 使用人達が慌てて駆け寄る。

 汗と息切れが酷い。


「魔力切れ……?」


 朦朧とした意識でレンの腕の中へ倒れ込むウィル。

 テンションが上がっていて気づかなかったが、幼い子供が何度も魔法を連発したのだ。

 無理もない。

 先程まで、平然としていたウィルに誰もが気付くのが遅れてしまった。


「ウィル様……」


 無茶をしたウィルに、レンが心配そうな表情を浮かべる。

 すると、その視線に気付いたウィルが苦しいのを押し殺して笑みを浮かべた。


「えへへ……ごめん、なさい……」

「ウィル様……もうこんな無茶をなさらないで下さい」


 レンがウィルを抱きかかえて、汗ばむウィルに頬を寄せる。

 魔法を使う事が楽しくて仕方のないウィルには無茶をしている気はないのかもしれない。


(近い内に釘を刺しておかないと……)


 大事に至ってからでは遅いのだ。

 力無く抱き返してくるウィルに応えながら、レンは固く誓った。


「レン、子供達を先に屋敷へ……ラッツさん、馬車を回して。エリスさん、アイカさん、ジョンさん、子供達を頼みます」

「了解」


 シローの指示に代表してジョンが返事を返し、馬車に乗り込んでいく。


「シロー」


 呼び止めるレンにシローが振り返った。


「私兵達を指揮していた貴族風の男はあえて泳がせておきました。見覚えもありましたし、その方が都合がいいかと」


 レンの言葉にシローが親指を立てて返す。

 レンは小さく頭を下げて、抱きかかえたウィルと共に馬車へ乗り込んだ。


「後で迎えに来ます」

「お願いします」


 御者台のラッツにセシリアが返事を返すと、ラッツは馬を走らせた。


「さて……」


 走り出した馬車を見送って、シロー達はモーガン達を連れて喜びに湧く親子達の下へ歩き出した。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 西陽が傾いて光が色付き始めた頃、いつもより早い報告を聞いたオルフェスは書斎のテーブルに倒れ込んでいた。


「レギス……」

「何でしょうか、旦那様?」


 テーブルに突っ伏したまま、呻くオルフェスに淡々とした様子でレギスが聞き返す。


「もう一度、読み上げてくれんか?」

「はぁ……」


 力なく催促する主に、レギスが手にした報告書を読み上げた。


「ウィルベル様が戦闘中のシロー様へ魔刀のお届けをされました。シロー様の幻獣、風の一片様と仮契約を交わし、現地にてセレナ様とニーナ様他、エリスさんを含むメイドと教師、子供達を救出。風の精霊魔法を発動し、魔刀をシロー様に届け終えた後、土属性のゴーレムを生成。障壁を三重に展開し、投げナイフを防ぎ、土属性のゴーレムに風属性の補助魔法を付与……」


 報告の内容を反芻していたオルフェスの表情が段々虚ろで怪しいものに変わっていく。

 それを隣の椅子に腰掛けた身なりの良い白髪の老人が必死に笑いを堪えながら眺めていた。


「その後、ウィルベル様は魔力切れで倒れられましたが、命に別状はないそうです。今回の事件の検挙者の中でウィルベル様の魔法による負傷者数が現在のところ三十七名。そちらも命に別状はないとの事です」


 以上が、三歳児による初めてのお使いの内容である。


「ウィルや……」


 力無く呻くオルフェスに我慢の限界がきたのか、隣の老人が吹き出した。


「ぶわーはっはっは!」


 腹を抱えながら笑う老人にオルフェスが虚ろんだ視線を向ける。


「いや、笑い事ではないのですよ……兄上」

「いやいや、だってお前……」


 ひーひー苦しそうに息を吐き、目尻に涙を浮かべるこの老人こそ、フィルファリア先の国王ワグナー・レナド・フィルファリアであった。

 たまたま弟の顔を見に立ち寄ったワグナーは弟の日課に付き合っていたのだ。

 なんとか息を整え、涙を指で拭ったワグナーが声を震わせる。


「なかなか愉快な事になっとるな、ウィルベルは!」


 思い出してまた笑い始めたワグナーへオルフェスが体を起こして呆れたような視線を向けた。


「こりゃ、ますます会いに行きたくなったのう」

「……行けばよろしいのではないですか?」

「そうは言うてもな。立場的に色々あるんじゃよ」


 ワグナーが肩を竦めてみせる。

 隠居したとはいえ元国王である。

 気ままに外出とはいかないのである。

 だが、ワグナーは絶対ウィルに会いに行こうと決めた。

 今の話を聞いて会わずにはいられようか。


「しかし……会いに行ったら行ったでアルの奴がブースカ文句を垂れるのであろうな」


 忍び笑いを漏らすワグナーに、オルフェスが現国王で甥っ子に当たるアルベルトの顔を思い浮かべた。


「なぜ、国王が……?」


 不思議そうに眉根を寄せるオルフェス。

 例えワグナーが先王で、その行動に制限がかかるとしても、正規の手続きを踏めば国王に咎められる事などないだろうと。


「大っぴらには言えんのじゃが……」


 前置きしたワグナーがオルフェスの顔を見て笑みを浮かべる。


「アルは王族に男児が生まれた事を家族にばれんように喜んでおったからのう」

「なるほど、そういう事ですか……」


 オルフェスは納得した。

 フィルファリア王家はなぜか女性が多かった。

 フィルファリア王国は女王を容認している国なので問題ないといえばないのだが、親族含めてもアルベルト以降に男児として生を受けたのはウィルだけなのである。


「あれも周りが女ばかりで窮屈な思いをしておったのかもしれん」


 アルベルトにも三人の子供がいるが、全員娘だった。

 他意はなくとも男児誕生に色めき立っては王妃が悲しむだろうと思ったのかもしれない。

 アルベルトは喜びを表に出すような事はしなかった。

 だが、そこで先王だけがウィルに会いに行けばアルベルトとしては面白くないだろう。

 かといって、理由をつけてウィルを王城に呼ぶにはウィルは幼すぎた。

 結局、アルベルトはウィルに会った事がないのである。


「それは少し、気の毒ですな……」


 思えばオルフェスもアルベルトが産まれた際には世継ぎの誕生に歓喜して、よく会いに行ったものだった。

 会いたいのに会えない国王の立場を考えると少し不憫に思う。

 オルフェスは己の髭を撫でながら思考を巡らせた。


「何か妙案はないか、オルフェ?」

「セシリアやシロー殿にその気はないとは思うのですが……」


 オルフェスは前置きしてからワグナーに提案する。


「社交界にデビューさせてみるというのはどうでしょうか?」

「ほう……?」


 フィルファリア王国の王子や姫は将来国に仕えるであろう貴族の子供達と早くから交流を持つようにしている。

 そうして信頼を置ける友を増やし、よく国を治めよというのが代々の慣わしとしてあるのだ。

 現国王の右腕であるフェリックス宰相などは、実は元々身分の低い貴族であったのだ。

 だが、今では誰もが認めるほどの辣腕を揮っている。


「その説得に兄上が出向くとなれば、誰も止める理由はありますまい」

「だが、ウィルベルは三歳……社交界に出るには――そうか!」


 弟の言わんとしている事に気付き、ワグナーが笑みを浮かべた。


「長女の、セレナじゃな?」


 オルフェスが笑みを浮かべて頷く。

 セレナを社交界デビューさせると称して一家を王城に招けばウィルも来る。

 ワグナーは知らないが、セレナは自分の出自を鼻にかける事はしないセシリアに似た器量の良い娘で学舎の子供達にも教師達にも大変人気があった。

 推薦するオルフェスとしてもこれ程信頼できる娘はなかなかいないと太鼓判を押せる。


「まぁ、ウィルのお守りは国王陛下達に任せておけばよろしいのではないですかな?」

「くっくっく……さすが我が弟よ」


 人の悪い笑みを浮かべる兄の横顔が悪者に見える事をオルフェスは黙っておく事にした。

 オルフェスの案に乗る事にしたワグナーが席を立つ。

 早速、実行に移すべく動き出すのだろう。

 その行動の早さはさすが先王である。


「お手柔らかにお願いしますぞ、兄上?」

「心得ておるよ。そう心配するな、オルフェ」


 去り際にもう一度笑みを浮かべたワグナーを見送って、オルフェスはやれやれとため息をついた。


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