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目標への一歩

(右手でせいかのかっさい、左手でどじょーのげきれー)


 エドガーと向かい合うように座ったウィルは両手をかざして詠み上げることなく魔法を発動した。

 火と土、二つの異なる属性の優しい光がエドガーを包み込む。見守っていたエドガーの妻のリナリーも息子のアッシュもウィルの生み出す光景に言葉を失っている。

 やがて魔法の光が収まってエドガーがひと息ついた。腕や肩を動かして体調を確認する。


「どーかなー?」

「驚きました。さっきまで動かすのも億劫だったのに……動くだけなら問題なさそうです」

「それはよかったー」


 綻ぶエドガーの表情を見てウィルも満足そうである。

 そんな父の変化とウィルの様子にアッシュが興味を持たないはずがなかった。アッシュが目を輝かせながらウィルに詰め寄る。


「いったい何をしたんだ?」

「えっとねー」


 ウィルの魔法は無詠唱で行使していたため傍目からはその内容が分かりにくい。

 だが付き添いのエリスはウィルが行っていた離れ業を正しく理解していた。

 ウィルが使用した魔法は火属性の活性化の魔法と土属性の体力補助の魔法だ。それを右手と左手で同時に発動したのだ。

 魔法使いが魔法の練度を高めれば発動を滑らかにして連続で魔法を行使することは可能だろう。しかし異なる魔法を同時に発動することはできない。異なる魔法のイメージを発動レベルで共有できないからだ。

 だがウィルは無詠唱であれば右手と左手で別々の魔法を操ることができるという。

 これは魔力の流れを目で見る【魔眼】と同じような特性に分類される【魔法の同時並列処理】である。それをウィルはやってのけているのである。


「はぁー……」


 ウィルから説明を受けたアッシュは感心したように声を上げていた。


「ほんとは二つの魔法を合体させられるんだけど、それだと強すぎちゃうんだー」

「へぇー、魔法って強すぎてもダメなんだなぁ」

「そーなの」


 強すぎる補助魔法は効果が切れれば反動で逆に疲弊してしまう場合もある。ウィルが魔法を分けて出力を調整しているのはそういう理由があるのだ。

 真剣にウィルの話に耳を傾けるアッシュ。

 その様子を微笑ましく見守っていたエリスとは対照的にエドガーとリナリーは少し落ち着かない様子であった。

 エドガーが意を決してエリスを見上げる。


「あの、それで……アッシュがトルキス家で学ばせて頂くという件ですが……」


 話を切り出すエドガーにエリスだけではなくウィルとアッシュも視線を向けた。


「本当によろしいのでしょうか? アッシュには特にこれといって何かを学ばせたことはなく……」


 エドガー曰く、アッシュは貴族であるトルキス家の教えを乞うほど何かを修めたわけではない。それなのにトルキス家の門を潜ってもよいものか、と。

 エドガーたちからすれば失礼はないのかと心配になるのも無理はない。

 だがエリスから見てもアッシュをトルキス家へ招き入れることは特に問題のないことであった。


「ごらんの通り、アッシュくんはウィルさまと打ち解けていらっしゃいますし、ウィルさまのご希望でもあります。アッシュくんにも強い意志があるようですし、トルキス家で学ぶことはいいことだと思いますよ」

「それは大変ありがたいことなのですが……」


 エリスの説明にエドガーはなんと答えてよいのか分からない有様だ。自分たちの子供が貴族の子供と関りを持つなど想像したこともないのだろう。いきなりご子息を貴族家で学ばせますと告げられてまともな反応を返せる市井の人は少ない。

 そんな両親の反応にアッシュは不満げであった。


「なんだよー、父ちゃんも母ちゃんもオレがウィルんちで特訓するの反対なのかぁ?」

「そんな簡単に言うなよ……」


 口を尖らせるアッシュにエドガーは困り顔だ。

 そんなエドガーに黙って様子を伺っていたウィルも後押しした。


「ウィルもアッシュくんが一緒にいてくれればうれしいし……だいじょーぶ、アッシュくんは強くなるよ」


 ウィルはアッシュの精神性を頼もしく感じているようで、そんなアッシュが真剣に鍛錬すれば強くなれると信じているようだ。


「とーさまが言ってた。いくら強くなったってひとりでできることなんてたかが知れてる、て。だから頼れる仲間を作りなさい、て」


 ウィルが目を輝かせてエドガーを見上げる。その目の輝きでウィルがシローの言葉をどれだけ大切にしているかが分かる。

 ウィルの隣で話を聞いていたアッシュもウィルに目を奪われていた。エドガーも一人で活動していて今回のような重傷を負ったのだ。シローの言葉の重要性が子供ながらに理解できる。

 そしてウィルはアッシュのことを頼れる仲間になると信じているのだ。

 ウィルの言葉の意味を理解してアッシュの表情が綻ぶ。


「わかった。オレ、頼れる仲間になる!」

「よろしくね、アッシュくん」

「アッシュって呼べよ! オレもウィルって呼ぶから」

「うん!」

「こら、アッシュ! なんでお前の方が偉そうなんだよ!」


 子供たちのやり取りを聞いて焦るエドガー。ウィルにとっては通常運転で気にすることでもないのだが大人の視点からではそうもいかない。貴族の子供であるウィルに対して自分の子供がふんぞり返っていては冷や汗を掻いて当然である。

 そんなエドガーを他所に新たな友を得たウィルとアッシュはお互い幸せそうであった。




「それで? なんで君はここにいるのかね?」


 路地裏で荷運びをしていたマクベスが振り返るとそこには目を閉じて黙々と魔力を練る練習に勤しむアッシュの姿があった。

 呼吸を整えながら目を開けたアッシュがマクベスに向き直る。


「秘密の特訓」

「ふむ……?」

「だって子供の中でオレが一番遅れてるんだぜ? このままじゃいつまで経っても追いつけねぇよ」


 先日の一件以来、アッシュはトルキス家の門を潜ってウィルたちと魔法の修練を始めた。しかしそれ以前より修練を始めていた子供たちからは当然後れを取っている。その差をアッシュは気にしないはずがない。


「だから秘密の特訓。まずはウィル以外の奴らに追いつかないとな」


 アッシュの表情はやる気に満ちている。

 マクベスもそんな子供に釘を刺すのは無粋と感じていた。場所が自分の身を潜めている路地裏でなければ、だが。

 トルキス家の関係者の目を欺くためにこの路地裏を活用しているというのに、トルキス家と関係を持つ子供が出入りするのはなんとも具合が悪い。

 マクベスがなんと言って諭そうかと考えていると裏口の戸が開いて女性が顔を覗かせた。


「なんだい? 珍しく話声が聞こえると思ったら……」

「おお、女将。ちょうどよかった」


 彼女はその店の店主でマクベスも世話になっている。荷運びを手伝っているのも彼女の店の物だ。

 マクベスは女将ならアッシュを説得してくれるのではないかと期待した。

 なんとなく歓迎されてない空気を察してアッシュが懇願する。


「なぁ、いいだろー? 家の前だと他の奴らがからかってきてうるせぇんだ」


 大人であればアッシュがトルキス家に招き入れられた理由を察して非難するのをやめる。だが子供の中にはその理由を簡単に受け入れられない者もいるだろう。アッシュに嫌がらせをしてくる子供はまだいるということだ。そのこともアッシュが早く追いつきたいと努力する理由の一つかもしれない。


「話は聞いてるよ。なんとまあ、つまらないことを言い出した大人がいたもんだ」


 女将はエドガーに対する非難のことを知っていた。そのことが原因でアッシュもからかわれているのだと察しもつく。

 だから女将はアッシュの味方であった。


「いいじゃないか、先生。教えてやれば。あんたも裏で荷物整理してるだけだろ?」

「先生はやめてくれ。この子はちゃんとトルキス家の教えを受けているのだ」


 女将からも説得されてマクベスが渋面を作る。しっかりとした指導者がいるのにマクベスが陰で教えるのもいい事ばかりではない。密な連絡も取れないのに教える側に齟齬があれば教えを受ける側が混乱する。

 一方、アッシュは受け入れてもらえたことを理解して笑みを浮かべた。


「たのむぜ、先生。秘密の特訓に付き合ってくれよ」

「それはものを頼む態度ではないのだがね……」


 呆れとも諦めともつかない様子でマクベスがため息をつく。どうやらアッシュがここに通ってくることは決定してしまったようだ。

 マクベスがどうしたものかと思案していると彼らの背後で足音がした。


「特訓してるの、アッシュ?」

「げっ!? モンティス……」


 姿を現したのは両手に荷物を下げたモンティスであった。

 秘密にしていた特訓のことが早々にばれてしまってアッシュが気まずそうに視線を逸らす。

 そんなアッシュの様子に気付いてモンティスは人の良さそうな笑みを浮かべた。


「アッシュも特訓はじめたの?」

「……も?」

「そーだよ」


 よく見ればモンティスの荷物は野菜の詰め合わせであり子供が持つには重そうだ。おそらく身体強化の魔法を維持して運んできたのだろう。幼いモンティスにとってはこの荷物運びでも十分訓練になる。

 モンティスが運んできた荷物に女将が反応した。


「おや、今日はモンティスちゃんが届けてくれたのかい?」

「はい。そんなに多くなかったので父さんに頼んで手伝わせてもらいました」

「えらいねぇ」


 モンティスから荷物を受け取った女将が室内へ荷物を運び入れる。

 無事お遣いを終えたモンティスがアッシュに向き直った。


「アッシュもウィルについて行こうとがんばってるんだよね?」

「あ、ああ、まぁ……」


 頼れる仲間になる。アッシュはウィルにそう宣言したのだ。ウィルに追いつくことはアッシュにとって大きな目標だ。そのためにはまず一緒に学んでいるモンティスたちに追いつかなければならない。


「みんなの中でオレがいちばん遅れてるからな……」


 素直に自分の非力を認めるアッシュにモンティスが苦笑した。


「そうかもしれないけど……ウィルから見たらぼくらは大差ないよ?」

「それはそうだけど。それでもまずはモンティスに追いつかなくちゃな」


 アッシュの当面の目標はモンティス。

 それを聞いたモンティスの表情が嬉しそうなものへと変わる。面と向かって宣言したアッシュも少し照れたような笑みを浮かべた。


「それじゃあぼくも負けないように特訓がんばらないとね」

「ぜったいすぐに追いついてやるからな」


 仲間でライバル。競い合う相手がいれば成長もきっと早くなる。アッシュとモンティスの関係は彼らの成長を予感させるには十分であった。

 二人の様子を伺っていたマクベスと女将の頬が自然と緩くなる。

 そんな和やかな空気の中、また新たに歩み寄る気配があった。


「ふたりとも、特訓してるのー?」


 モンティスに続いて今度はウィルが現れてアッシュが閉口してしまう。せっかく秘密の特訓を行える場所を見つけたというのに。目標にしているモンティスにも最終目標であるウィルにもあっさり陰の努力がばれてしまった。

 これにはさすがのモンティスも再び苦笑いを浮かべてしまう。


「ウィル、どーしてここに?」

「モンちゃんのうしろ姿が見えたからー」


 モンティスの質問にウィルが素直に答える。

 ウィルはメイドのマイナを従えてたまたま散歩をしていたようだ。その途中でモンティスが路地に入って行くのを見かけて後を追ってきたと言う。


「みんなに追いつこうとこっそり特訓しようと思ってたのに……」


 深々と嘆息するアッシュ。

 ウィルは目を瞬かせていたがアッシュやモンティスが陰で努力しようとしていたことは理解した。

 ウィルが真剣な面持ちでアッシュとモンティスの肩に手を置く。


「わかった! アッシュとモンちゃんが特訓してること、みんなには秘密にしておいてあげるね!」


 はっきりと宣言するウィルにモンティスが肩を竦め、アッシュは肩をこけさせた。

 一番秘密にしておきたかった相手という自覚はウィルにはないようだ。


「ウィルはそういうとこ、あるよねー」


 モンティスの評価にウィルがキョトンとして。

 ウィルの頬を両手で挟んだアッシュが目を細めた。


「むぎゅう?」

「ちがうぞー、ちがうぞーウィル。オレやモンティスはウィルに追いつくために秘密の特訓がしたかったんだぞー? ウィルに秘密にされてもしょうがないんだぞー」

「むぎゅっぎゅ」

「まぁまぁ……おちついて、アッシュ」


 こくこくと頷くウィル。間に立って場を取り成すモンティスと呆れたように手を離すアッシュ。

 そんな子供たちの様子は大人たちから見れば微笑ましいもので。


「責任重大だね、先生。どんなことがあってもこの子たちが親元に帰れるように鍛えなきゃならないよ」


 女将から念を押されてマクベスは小さくため息をついた。

 近い将来、ウィルたちは邪神の勢力と真っ向から戦うことになる。戦い生きるには実力も経験も皆無な子供の命など保障できるわけがない。

 だというのにマクベスは目の前にいるウィルたちを見ても不思議と危機感を覚えなかった。


(地上に長く居過ぎて私も月の女神の使徒である坊やにあてられたのか……それとも未だ魔神として人の命に重みを感じられないでいるのか……)


 マクベスがすぐに答えに辿り着くことはない。ただ目の前の子供たちの笑顔はいつまでも見ていられる気がしていた。


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