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白い脅威と戦う者たち

 街道をトルキス家の特殊車両コンゴウがひた走る。準戦速を維持したまま、コンゴウは目標地点を目指していた。


『定期巡回の部隊から報告のあった地点までもう間もなくです』

「おう」


 見張りからの報告にガスパルが短く応える。それから車内の様子を軽く見渡した。

 コンゴウには新たな魔道具が二つ備え付けられている。

 一つは魔道レーダー。ウィルの探知魔法を再現して読み取った情報を空中に映像として投影することができる魔道具だ。読み取った情報を可視化させているのはカルツの空属性の魔法の応用で、魔道具としては消費魔力が大きくなっているが誰にでも使えるものにはなっている。

 もう一つは離れた場所と通信できる魔道具。ウィルがソーキサス帝国で目撃した通信魔道具を参考に制作された魔道具である。魔道レーダーで得られた情報を共有するための手段として採用されることとなった。

 どちらもまだ実験段階で少数の導入に留まるがカルツたちの努力もあって数か月のうちに王都周辺での運用へと漕ぎつけていた。

 トルキス家のコンゴウが目標地点を目指して走っているのは街道を定期巡回していた王国軍の部隊から王都の通信魔道具に連絡が入ったためだ。

 白面と思われる反応を魔道レーダーで探知した、と。

 王国軍の巡回部隊にはまだ非常時に対応できるだけの戦力が動員されておらず、第三騎士団からの依頼を受けたトルキス家の戦力が急遽現場へと向かったのであった。


「レーダーに感あり! 十一時方向!」


 魔道レーダーを注視していた部下から声が上がって車内に緊張が走る。


「距離三千! 森の中からです! 魔力パターン、白面! 冒険者と思われる反応が複数の魔獣に追われている模様!」

「数は!?」

「冒険者、五! 魔獣、六! 奥から迫っている白面が一! このままではしんがりの冒険者が白面に捕まります!」


 部下から上がってくる矢継ぎ早の報告にガスパルが渋面を作った。どう考えても間に合わない。しんがりを務めている冒険者が自分たちの到着まで持ちこたえられる技量を有していると祈るしかない。


「第一戦速! 御者、冒険者たちが森を抜けてくる予測地点と街道が最短になるようコンゴウを止めろ!」

『了解!』


 指示を出したガスパルが御者の返事を聞きながら視線を控えているモーガンたちへ移した。急な依頼だったため戦力として同行していたのはモーガンたち【大地の巨人】のメンバーに加え、ルーシェとモニカだけである。


「救出部隊の指揮はモーガンに任せる。ルーシェとモニカはモーガンの指示に従え。【火道の車輪】はコンゴウの防衛とモーガンたちの後方支援だ」

「「「了解」」」


 ガスパルの指示に全員の返事が揃う。トルキス家やその重臣が不在の場合、コンゴウを預かるガスパルが全体の指揮を担い、前線に赴く部隊の中からリーダーが指名される。

 もっとも小規模の人員でやりくりしているトルキス家においてはガスパルとモーガンがその役目を担うことが殆どであった。


「俺とスワージとアイルで防衛線を張る。足の速いポーとルーシェとモニカで逃げてくる冒険者たちを誘導しろ。白面を森から引きずり出せ!」

「「「はい!」」」


 役割を確認したルーシェたちが装備の最終確認に入る。

 速度を上げたコンゴウが目標地点に近づいていく。いつでも出られるようにとルーシェたちは扉の前で待機した。


「冒険者たちの予測離脱地点まで距離二千! 停車位置までもう間もなく!」


 レーダー担当の声に合わせてモーガンがコンゴウの引き戸を開く。横に流れる景色がいっぱいに広がって、その奥に目標の森が見えた。

 流れていく景色が徐々に緩やかになって――


「いくぞっ!」


 コンゴウが停車しきる前にモーガンたちは次々と飛び降りて森へ向かって駆け出していった。




『振り向かずに走れ!』


 しんがりを務めていた冒険者が若い冒険者たちの背中に通信魔法で指示を出す。

 魔獣と遭遇してから走り通しで口を開いている余裕はなかった。

 若い冒険者パーティーに出会ったのが偶然なら魔獣に気付いたのも偶然だった。

 この森は比較的穏やかで危険度も少ないためランクの低い冒険者たちにも開放されている。奥に進まなければ攻撃的な魔獣に遭遇することも稀だ。

 ただ王都から少し離れており訪れるには不便で人気はない。収集できる素材に難があるわけではないので一種の穴場のような場所であった。

 若い冒険者たちは活動を重ね、行動範囲を広げるべくこの森に訪れたと言う。

 先輩の冒険者はというとパーティーを解散した後所帯を持ち、単独で活動できる範囲の中でこの森を選んでいた。王都から通えて競争相手も少ない。不便だが家族を養うに十分な素材が手に入る。まさにうってつけの場所だ。

 先輩冒険者としてこの森のことを説明し、素材を取り過ぎないように注意を促すと彼らは笑っていた。


「先輩が家族を養えなくなっちゃう?」

「ほんと、それな……」

「大丈夫ですよ。先輩を路頭に迷わせるような真似はしません」


 もっともこんな不便な場所はパーティーを組む冒険者たちには不釣り合いだ。足を延ばせばもっと良い稼ぎになりそうなところはたくさんある。王都からの通いでそれなりの糧を得るだけならパーティーを組んだ意味がない。

 もちろん単独で活動する以上、危機管理は入念に行わなければならない。

 先輩冒険者が森に響いた魔獣の鳴き声を聞き洩らさなかったのは当然であった。


「草食魔獣の警戒音だ……」

「肉食の魔獣が現れたんですか……? この辺りだとフォレストウルフ、とか……?」

「俺たち、グラスウルフとかなら何度も狩ってますよ?」


 若い冒険者たちの口ぶりからフォレストウルフと対峙したことがないのは明白だった。

 彼らの言うグラスウルフというのは草原の狼だ。森にいるフォレストウルフとは危険度がかなり違う。

 どちらも群れで獲物を狩る狼の魔獣だが森では見通しが悪く奇襲を受けやすい。その上、群れの規模を把握することも難しい。

 それに普段は滅多に姿を現さない肉食の魔獣がこの場に現れた時点で相当空腹だということが予想できる。故に通常より攻撃的になっている可能性も非常に高かった。

 対してこちらの戦力は自分と戦力が未知数な若手冒険者たち。


「下がるぞ」

「えっ……?」


 先輩冒険者の判断が意外だったのか若い冒険者たちは不思議そうな顔をしていた。

 彼らはそんな一時の間すら後悔することになった。森の奥から姿を現したフォレストウルフを見た瞬間に。いや正確に言えば、それがフォレストウルフなのか彼らには判断ができなかった。

 先輩冒険者の知るフォレストウルフよりも明らかに大型で、その顔には見慣れぬ白い仮面のようなものが張り付いている。


(最近ギルドで噂になっている仮面の変異種……?)


 それよりもそんな大型の魔獣が近づくまでなぜ気付けなかったのか。

 頭を整理する前に大型のフォレストウルフと目が合って。混乱する脳内を警鐘が埋め尽くす。


(狙われた!)


 それだけを理解して若い冒険者たちに小声で指示を出す。


「ゆっくりだ……ゆっくり後退しろ……森から出るぞ」


 自分たちの置かれている状況を何とか理解したのだろう。若い冒険者たちは顔を青ざめさせながらも頷いて震えながら後退を始めた。

 先輩冒険者も背に彼らを庇いながらゆっくり後退を始める。パニックに陥って方々に走り出さなかっただけでも若い冒険者たちには見込みがある。そんな何の救いにもならない評価を下しながら。

 誰かが足元の枝を踏み折る音と、脇の茂みが鳴る音と――


「ちぃっ!」


 瞬間的に警戒心を引き上げた先輩冒険者が死角から飛び出したフォレストウルフの一撃を何とかかわし、追撃してきた二頭目の一撃を腰のショートソードで斬り払った。


「走れ!」


 間合いはもう測れない。あの大型のフォレストウルフの一団は完全にこちらを捕捉している。ここからは把握できない狼の群れから一方的な攻撃を受ける。それを凌げたとしても奥に位置取る大型のフォレストウルフと戦うことになる。


(無理だ!)


 先輩冒険者の判断は早かった。

 容易に全滅が想定できる戦い。運が良くても誰かが無事ではいられない。そしてそれは高確率で自分以外の若い冒険者だ。

 負ければ誰かは言うだろう。彼の敗因は死力を尽くして立ち向かわなかったからだと。

 知り合ったばかりの若い冒険者たち――その命を賭けて勝ちを拾いに行けるほど彼らの先輩は非情ではなかった。

 どれくらい走ったか。

 後方からフォレストウルフの群れがじわりじわりと距離を縮めてきている。追いつけないのではなく獲物が疲れるのを待っている、そんな気がした。

 森の終わりが遠くに見えてフォレストウルフの速度が増している。魔獣がそうやすやすと獲物を取り逃がすはずがない。囲まれるのは時間の問題だった。

 今すぐにでもフォレストウルフの足を止めなければ前を走る若い冒険者たちともども囲まれて、そして奥にいる大型のフォレストウルフに襲われるだろう。

 逃走を決めたのも一種の賭けだ。森を抜けられれば、誰かが街道を渡っていれば救援を見込めるかもしれない。なによりフォレストウルフは森を縄張りとしている魔獣だ。森を抜ければ追ってこない可能性もある。

 どのみち――


(森を抜けられなければ危険を知らせることもできないか……)


 人気のない森ということが仇になった。それでも若い冒険者たちだけでも逃がせればまだ可能性は残る。


(すまない、リナリー、アッシュ……俺は駄目かもしれん)


 心の中で家族に詫びながら意を決して。若い冒険者たちの背中に通信魔法で吼えた。


『そのまま走って森を抜けろ!』


 若い冒険者たちの反応を待つこともなく、先輩冒険者が足を止めて振り返る。

 一拍遅れて先行していたフォレストウルフが二頭、冒険者へ襲い掛かった。一頭は覆いかぶさるように上半身へ、もう一頭は地を駆け抜けるように下半身へ。鋭い爪と牙が冒険者に迫る。


(この程度なら!)


 後方にステップして上半身を狙った狼の一撃をいなし、手にしたショートソードで下半身に食らいついてきた狼を払う。


「――――っ!?」


 即座に態勢を整えようとした冒険者が痛みを覚えて驚きと苦悶の表情を浮かべた。

 間違いなく捌いたと思っていた狼たちの攻撃が障壁を貫いて冒険者に手傷を負わせていた。


(見誤った……? いや、そんなはずはない!)


 自身の感覚を疑うがそれも一瞬のこと。狼たちの攻撃は明らかに自分には届いていなかったはずなのだ。


「くっ!?」


 フォレストウルフの追撃を察して冒険者が体を投げ出した。地面を転がって素早く態勢を整える。

 傷を負ったことで視界に残る微かな歪みが晴れ、彼は自身に何が起こったのか理解した。


(まさか……認識阻害か……!?)


 確かにフォレストウルフは死角からの奇襲を得意としている魔獣だ。しかし認識阻害系の魔法を操るなどという話は聞いたことがなかった。

 混乱しそうになる思考を落ち着かせようとする冒険者に悪寒が走る。


(いつの間に……!?)


 油断など全くしていなかった。奥にいる大型のフォレストウルフの危険性は取り巻きの比ではない。動き出せばその巨体ゆえに見逃すはずはなかった。

 だというのに、白面のフォレストウルフはいつの間にか移動して冒険者を射程距離に捕らえていた。

 空気を斬り裂いて大きな魔法の爪が冒険者の頭上から振り下ろされる。


(これだけ大きな一撃なら!)


 魔法で認識が阻害されていたとしても隠す気のない一撃であればその影響は少ない。注視していれば見破れる、視界内の一撃だ。

 頭上に展開した防御壁が魔法の爪と衝突する。それに合わせて距離を取ろうと冒険者が後方に飛び退いて。

 どすん、と大きな衝撃が冒険者を背後から貫いた。


「な、に……?」


 驚きに呻く口から血が吹きこぼれる。動かぬ体でかろうじて視線を下げると自身の体を魔法の爪が串刺していた。

 爪が魔力を失って大きな穴だけが残り血が溢れ出す。支えを失った冒険者の体がその場に崩れ落ちた。

 仰向けに倒れた彼の視界に滲んだ森の空が映し出される。


「り、な……り……あっ、しゅ……」


 込み上げてくる血が喉を塞いで力なくむせる。

 冒険者のかすれた呼吸の向こう側から捕食者たちの葉を踏みしめる音が徐々に近づいていた。


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