くっつけてみた
「う、うわぁぁぁっ!」
完全に包囲される前に逃げ出そうと試みた男の一人が誰もいない方向へと走り出す。
「うっ……?」
男を追って動き出したゴーレムを見て、ウィルが眉を顰めた。
土で生成されたゴーレムは重いのである。
小型とはいえ機動力には難があった。
「逃しませんよ」
ゴーレムの速度を見越していたエリスが杖を振る。
「来たれ霧の精霊! 朝霧の水鏡、
我が分け身を映せ水霧の姿見!」
大量に召喚されたエリスの分身が男の行く手を遮った。
「分身とはいえ、当たると痛いですよ?」
「くそっ……」
一斉に杖を構える分身に、男が足を止める。
逃げ場はない。
レンもいつでも飛び出せるように間合いを測っているし、他の使用人達もいつでも動き出せるように身構えている。
このままウィルのゴーレムに延々と追い回される以外、道はない。
「…………?」
ゴーレムが待機状態で動きを止めていた。
マントの男が怪訝な表情を浮かべてウィルの方を見る。
ウィルは先程のようにゴーレムをけしかけるのは止めて、腕組みしたまま首を傾げていた。
その様子に誰もが疑問符を浮かべる。
《どうしたの、ウィル?》
精霊の少女がウィルの傍に舞い降りた。
「ごーれむさん、おそい……」
むう、っと眉根を寄せるウィル。
精霊の少女が納得したように頷く。
《土の属性だもんね、しょうがないよ》
「しょうがないかー」
質量が大きい程威力の増す土属性の魔法に俊敏性を求めるのは無理がある。
それでも修練次第で、もっとスムーズにゴーレムを操れるのだが、発動したばかりのウィルにそこまでの技能はない。
《そうだっ!》
諦めたようにため息をつくウィルに心配そうな視線を送っていた精霊の少女が何かを閃いて掌を打ち合わせた。
見上げてくるウィルに精霊の少女が笑みを返して手を上げる。
《精霊、集合!》
仲間に集合をかける少女に精霊の少年達がふわふわ漂いながら集まってきた。
《なにー?》
《なんだよー?》
風の精霊の少年少女が肩を組み、ウィルを手招きする。
ウィルがその場に加わって四人で何事か相談し始めた。
ウィル、プラス、風の精霊による円陣である。
「なんだこれ?」
我が子の珍妙な行動に、シローが乾いた笑みを浮かべる。
そこへ部下に指示を出し終えた騎士――ガイオスが部下数人を引き連れて駆け付けた。
騎士達は大きな風狼に面食らったが、それがシローの幻獣である事が分かると構わず近付いてきた。
「シロー殿、セシリア様!」
大きな声で呼びかけてくるガイオスにシローが指を立てて静かにするように促す。
「何をしているんだ、シロー殿?」
「ウィルが何か始めた……黙って見ててくれ」
視線で我が子を指したシローにガイオスが向き直ると子供達が円陣を組んでいた。
その様子に駆け付けた騎士達がぽかんと口を開ける。
「ありゃあ……風の精霊か?」
滅多に姿を現さない精霊を見て、ガイオスが呆気に取られたように呟く。
私兵達の包囲をトルキス家の使用人達に任せた騎士二人がガイオスとシローに近付いてきた。
「まぁまぁ……黙って見守ろうよ、団長」
「さっきからすげーから、あの子」
「い、いやいや……民に犯罪者の包囲を任せるわけには……」
気を取り直して騎士達に向き直るガイオスを近付いてきたセシリアが手で制した。
「ご心配には及びません。相手はトルキス家に牙を向けた者。それにウィルの好きにさせる以上、騎士達の手を煩わせるわけには参りません」
「セシリア様……」
「面を上げてください」
膝をついて頭を下げる騎士達にセシリアが優しく微笑みかける。
「母としては望ましくないかもしれませんが、どうかウィルを見守ってあげてください」
「そのような事は決して……畏まりました、セシリア様」
慌てて立ち上がったガイオスが視線をウィル達の方へ向けた。
円陣を組んだウィルと精霊達は話し合いを続けているようだ。
《マジでー?》
「できるのー?」
《できるかなー?》
《ていうか、やるのよ!》
精霊の少女に押し切られるような形で相談は終了した。
風の精霊を伴って、てこてこ歩いてきたウィルが私兵達にぺこりと頭を下げる。
「おまたせしましたー」
「いや、だから待ってねぇって……」
呻くマントの男を無視して、ウィルがゴーレムを再起動させた。
ゴーレムが移動して、ウィルとマントの男の間に立つ。
《ウィル、さっきは幻獣さんの魔力があったから簡単だったケド、今度はウィルの魔力だけだからね》
頑張ってと言い添える優し気な精霊にウィルが力強く頷いた。
ウィルが精霊のランタンと初心者の杖を目の高さまで持ち上げ、その手を精霊が後ろから掴む。
真剣な眼差しで見つめる精霊の少女の横で、活発そうな精霊がハラハラした落ち着かない様子でウィルを見守っていた。
「いきまーす!」
鼻息荒く宣言するウィルに、私兵達が身構えた。
まるで実験台になっている気分であった。
「ああもう! 来やがれ!」
ヤケになって叫び返すマントの男。
ウィルは精霊の導きに従って魔法を発動した。
《「集え風の精霊! 春風の具足、
疾き風を我が友に与えよ追風の行進!」》
「「「……………………はっ?」」」
身構えていたゴロツキ達が間の抜けた声を上げる。
見守っていた者達も同様に唖然とした。
何故ならウィルの唱えた魔法は仲間の移動速度を上昇させる補助魔法だったからだ。
いったい誰の移動速度を上げようと言うのか――そこまで考えて、全員が視線を一箇所に集めた。
「ま、まさか……ゴーレムを!?」
モーガンが呆然と呟いた。
思わずよろめく彼を部下達が支える。
まるで悪い冗談を見ているような気分だった。
魔法の中には複数の魔法を合成しているものがある。
この手の魔法は俗に合成魔法と呼ばれている。
ゴーレム生成もそのうちの一つで、土属性の魔法に分類されているが、同時に樹属性を核として合成している。
しかし、合成魔法は例外なく発動前に合成するものである。
一つの式として完成している魔法に、普通は後付しない。
ウィル達のやろうとしている事は合成ではなく、土属性の魔法に風属性の魔法を付加しようとしているのだ。
これでは接続である。
魔法に魔法をぶつけたら普通は相殺する――これが世の理だと、誰もがそう思っていた。
だが、魔法について無知にも等しいウィルには、そのような理はまるで関係ない事だった。
「くっついたー♪」
《おお、すげー!》
《やれば、なんとかなるもんだねぇ》
《ほんと。半分冗談だったのに》
ケラケラ笑う精霊の少女を精霊の少年達がジト目で睨む。
ウィルはといえばお構いなしで、雄々しい土の体に緑色の燐光を纏う自分のゴーレムをキラキラした目で眺めていた。
「はわー! ごーれむさん、とってもつよそう!」
早く動かしたくてウズウズしているウィルが精霊達を振り向く。
「いいかな? いいかな? うぃる、ごーれむさんうごかしていいかな?」
ウィルの声に笑みを浮かべた精霊達が親指を立てた。
許しを得たウィルが忙しなく私兵達の方へ向き直る。
常識外に立たされた私兵達の表情が凍りついた。
満面の笑みを浮かべたウィルがワンドを振り上げる。
お仕置きの執行だ。
「ピュアデビル……」
嬉々とした様子で強力な魔法を行使するウィルの姿に私兵の誰かが呟いた。
「ごーれむさん、いけー!」
ウィルの命令を受けたゴーレムが「オオオッ!」と咆哮を上げ、四肢に力を込める。
「…………へ?」
次の瞬間、土煙を上げながら高速で歩行したゴーレムはあまりの速さに私兵達の前で止まれず、そのままマントの男を跳ね飛ばした。
馬車に轢かれたように吹っ飛んだマントの男が使用人達の囲みを超えて地面に叩きつけられ、そのまま二十メートル程転がって、やっと止まった。
「……おおー」
ウィルが飛んでいったマントの男を見て、驚きの声を上げる。
「も……いや……」
哀れな被害者と化したマントの男が微かに呻いて気を失った。
目の前の出来事に口を開けたまま言葉を失うシロー達にウィルが照れ笑いを浮かべる。
「しっぱいしっぱい」
ゴーレムがバタバタと手足を動かし、高速で方向転換した。
狙いをつけられた私兵達の表情が引きつった。
「もういっかーい」
「か、勘弁して下さい!」
当たりどころが悪ければ死ぬ。
戦慄したゴロツキ達は身を投げ出す勢いで全員ウィルに土下座した。




