スーリエとライラ
「おじーさまのことー?」
「どうやらそのようですね」
「えっ……?」
ウィルの言葉に今度は目の前のエルフとドワーフがきょとんとしてしまい、変な沈黙が広場を流れる。
二人組の理解を促すようにレンが淡々と説明した。
「こちらにいらっしゃるのはウィルベル・ハヤマ・トルキス様。現在は家督をお譲りなされたオルフェス様のご息女、セシリア様のお子様でいらっしゃいます」
「ええっ!?」
「セシリアお嬢様の……」
驚いた様子でウィルに視線を向けるエルフとドワーフ。まじまじと見つめられてウィルが照れた。
一方、二人組の反応を見たレンはなんとなく察した。大したつながりのない人間ならばセシリアのことをお嬢様とは呼べない。セシリアをお嬢様と呼べる人間は限られている。おそらく一時的にでもトルキス家に雇われていたか、それとも客人としてオルフェスの下に招かれて共に過ごした時期があったのだろう。
「かーさまをしってるのー?」
「はい、もちろんです。セシリアお嬢様にも大変よくして頂いたので……」
再び深々と頭を下げるエルフとドワーフにウィルは困ってしまってレンを見上げた。確かにこのままだと話が進まない。
「どーしよー、れん」
「とりあえずお二人をご自宅にお招きいたしましょう」
「わかったー、そーするー」
ウィルとレンはティファたちに別れを告げるとひとまずエルフとドワーフの二人組を自分たちの屋敷へと連れ帰った。
ウィルと遊ぶ機会を逸したティファとラテリアは残念そうであったが後回しにしていい事案ではなく、彼女たちには我慢してもらうしかない。一方、モンティスは落ち着いていて笑顔でウィルを送り出してくれた。本当によくできたお子様である。
ウィルたちが帰宅し、エルフとドワーフをリビングへ案内すると迎えてくれたセシリアの姿を見た彼女たちは滝のような涙を流した。
「「ゼジリアざまぁ~、お懐かしゅうございますぅ~」」
「え、ええっ!?」
セシリアはウィルたちが連れてきた二人組の反応に一瞬驚いたようであったが彼女たちが誰なのかに気付いてさらに驚いていた。
「スーリエとライラなの!?」
エルフのスーリエ、ドワーフのライラ。二人とも十年以上前に珍しい物好きのオルフェスに気に入られてオルフェスの屋敷にしばらく滞在していたのだそうだ。
セシリアを始め、もともとオルフェスの屋敷にいたトマソンたちとも親交があって皆で再会を喜び合っていた。特にアイカは当時、今のセレナと同じくらいの歳であり、その大人びた姿にスーリエたちは感動したようだ。
「アイカ殿も大きくなられて……」
「それはそうですよ。お二人が旅立たれてからもう十年以上経ってるんですから……」
「ジョン殿もいい年になられて……すっかりおじさんですね」
「うっせぇ。あんたらが変わらなさ過ぎなんだよ」
「エルフとドワーフですからな」
エルフの寿命は千年とも二千年とも言われている。ドワーフも三百年は生きると言われていて人間よりも遥かに長寿だ。どちらも成体になると成長が緩やかになり、若い容姿の時期が長く続く。若いエルフやドワーフにとって十年程度の変化などあってないようなものなのだ。
広場で出会った時よりも明らかに元気になったエルフとドワーフを見たウィルは二人の変わりように初めはぽかんとしていたが連れて来てよかったと思うようになり、満足げに頷いた。
「げんきになってなによりー」
「……そうですね」
ウィルの隣にいたレンはスーリエたちの豹変ぶりに呆れている。彼女たちは見たこともない魔獣に襲われて命からがら逃げてきたのだ。荷物も投げ出してきており、再会を喜んでいる場合ではないはずなのだが。
「ウィル、お手柄だったみたいね」
「おてがらー」
騒がしいエルフとドワーフを遠目に眺めていたセレナとニーナがウィルの下まで来てウィルの頭を撫でる。二人も大人たちの盛り上がりぶりに少し呆れているようでセレナは困った笑みで誤魔化していたがニーナは明らかな視線をエルフたちに向けていた。
「お話に出てくるエルフと全然違うわね」
「うぃるもそーおもうー」
ニーナの感想に共感するウィル。
エルフは数が少なく人の目に触れることは稀で、ほとんどの人間は話や本の中でしかその存在を知らない。ウィルたちも本に出てくるエルフしか知らなかった。そのエルフたちはどれも聡明で感情の起伏が少なく、また美しく描写されている。
だが目の前のスーリエは落ち着きがなく感情豊かで、おまけにおしゃれとは程遠いぐるぐるメガネであった。ウィルたちの眼からは耳の長い面白いお姉さんにしか見えない。エルフに対する印象が変わってしまいそうであった。
ウィルたちの様子に気が付いたセシリアがウィルたちに足を向けた。子供たちの表情から物言いたげな雰囲気を感じてセシリアも苦笑する。
「賑やかでしょ? 彼女たちは旅をしながら色んな物や知識を集めている冒険者なの」
「いろんなものー?」
「そうよ。ジョンさんが前に見せてくれたエカの写真があったでしょ? あれもスーリエたちが発見した魔道具を使って取られた物なのよ」
「まどーぐ!」
興味のある単語にウィルが反応する。写真を撮る魔道具というのはたまに発見されるが珍しいものだ。ウィルが興味を惹かれたとしても不思議はない。その他にも色んな物を集めているというのだからウィルの期待も膨らんでいく。
「その荷物もはやく回収しなければ他人の物になるかもしれないというのに……」
「なんの話?」
レンの指摘にセシリアが首を傾げる。レンがスーリエたちの身に起きた出来事を語るとセシリアは驚いたように手を口に当てた。
「本当なの、スーリエ、ライラ?」
「はいぃ……お恥ずかしい限りでございますぅ」
「しかし我ら、他に寄る辺もなく……」
再び落ち込むスーリエたち。本当に感情の起伏が激しい。
だがセシリアは彼女たちの来訪を心から喜び、命があったことを感謝していた。
「何を言っているの? あなたたちの身が無事であったことが何よりも大事じゃない。それにトルキス家を頼ってくれたことも嬉しく思っているわ」
「「ゼジリアざまぁ~」」
二人はまた泣き出して。騒がしいことこの上ない。
そんな賑やかなリビングにメイドから来客を告げられたのかシローとロン、カルツも姿を現した。
「なに? どうしたの?」
「シロー様、ちょうどいいところに……」
「とーさま、まどーぐ!」
「…………?」
セシリアと興奮したウィルの様子にシローが不思議そうな顔をする。だがその理由をレンから告げられるとシローの表情が真面目なものへと変わった。
「見たことのない白い面をした魔獣、か……」
「はい、おそらく――」
レンは途中で口をつぐんだ。休息所でスーリエたちを襲ったという魔獣はルナが警告していた邪神の影響を受けた魔獣の可能性がある。白い面というのがソーキサス帝国で対峙した白いオーガをどうしても連想させた。
子供たちにはルナの降臨の件は伝えていないのでレンは意図的に口をつぐんだのだ。それを理解しているシローもウィルの前でルナの名前を出すのを控えた。
シローが視線をスーリエたちの方に向ける。彼女たちは拝むようにシローを見上げていて反応に困ったシローが苦笑いを受けべながらセシリアに視線を向けた。
「彼女たちの荷物の捜索と魔獣の討伐、うちで対処するけどいいよね?」
「もちろんです。お願いします」
セシリアも快く頷いて。シローがすぐに指示を出す。
「トマソンさん、騎士団と冒険者ギルドに使いを。それからオルフェス様にも。スーリエさんたちがいらっしゃったと知ればお喜びになられるでしょう」
「畏まりました」
「ジョンさん、ガスパルさんたちに召集を。コンゴウで出ます。ルーシェとモニカさんも連れていきますので準備をお願いします」
「了解」
トマソンとジョンが略式の敬礼を見せるとシローの足元でウィルが騒ぎ出した。
「とーさま、うぃるも!」
「ウィルも行きたいのか?」
「そーです!」
やる気満々なウィルの姿にシローが少し考えを巡らせる。
魔獣討伐が危険な任務とはいえウィルは精霊たちにも守られているし、シロー自身も赴くつもりでいるので問題になるとは思わない。連れて行って見学させるのもそれはそれで後学の為にもなる。だがウィルはスーリエたちの魔道具に興味を示しているようで討伐に興味がないのであれば連れていく意味は薄い。
「ウィル、お留守番していても魔道具は見せてもらえると思うぞ?」
シローがウィルの興味の元を指摘してみる。しかしウィルのやる気は変わらなかった。
「まどーぐだけじゃないでしょ! わるいまじゅーさんもいるでしょ! まったくもー!」
怒られた。だがちらちらとシローの顔色を窺っているところを見るに魔道具への興味は大いにありそうだ。
「はやくいかなきゃほかのひとにとられちゃう!」
ウィルが急いているのはひょっとしたらソーキサス帝国で魔道具を献上しなければならなかったことに由来しているのかもしれない。気が気でないようにも見えた。
「そうですね。ウィル君の言う通りです。急いだほうがいいでしょう」
「ここにもいたよ。趣味全開の奴が……」
ウィルに同意するカルツを見てロンが深々と嘆息する。カルツがスーリエたちの集めた魔道具や知識に興味を示しているのはその態度から誰の目にも明らかだ。
呆れた様子のロンにカルツが反論する。
「何を言っているのです、ロン。知の探究に人生を捧げる者がその成果を失おうとしているのです。それがどれほどの悲劇か!」
「わーった、わーった、ってもう……」
興奮気味のカルツに投げやりな返事を返すロン。おそらくは【大空の渡り鳥】では見慣れた光景だったのだろう。カルツたちがそれ以上揉める様子はなかった。一方、理解を示すカルツにスーリエたちは感動しているようであった。滝のように涙を流しながら今度はカルツを拝んでいる。
「わかった。子供たちも見学に連れていこう」
シローが決断を下すとウィルだけではなくセレナとニーナも喜んだ。特にニーナはよほど付いて行きたかったのか興奮して飛び跳ねている。
そんな子供たちを落ち着けながらシローがウィルと視線を合わせた。
「ウィル、スーリエさんたちが魔獣に襲われた場所はルイベ村方面の街道だ。念のため、お庭に確認してくれないか? 変な魔獣が森に紛れ込んでないか」
スーリエたちがいる手前、シローは精霊の庭のことをぼかして表現したのだがウィルにはちゃんと伝わったようだ。ウィルは頷くとレンと姉たちを連れて地下室へ歩き出した。
「あ、セレナ姫はこちらに……」
「はい……?」
ジョンに呼び止められてセレナは残ることになった。
セレナと別れて立ち止まったウィルがシローに向き直る。
「おいてっちゃだめだからね! おいてったらごーれむさんではしっておいかけるからね!」
「置いていかないから」
釘を刺してくるウィルにシローは苦笑いを浮かべた。
シローにウィルたちを置いていくつもりはないがウィルなら本当にゴーレムを使って追いかけてきそうで怖い。しっかりと約束してシローはウィルを送り出した。
一方、残ったセレナがジョンを見上げる。
「なんですか、ジョンさん?」
「いやー……」
困ったように頭を掻くジョンにセレナが首を傾げた。
「ルーシェとモニカ、中庭でへばってるんですよ。土属性の体力回復魔法で起こしてもらえると助かるんですが……」
「ふふっ、分かりました」
どうやらルーシェとモニカはいつも通り鍛錬に励んでおり、こってり絞られて中庭で休んでいるようだ。
セレナも色々と魔法を覚え始めており習得したものはウィルと交代で試しているのである。
セレナがジョンの後について中庭へと向かう。
「起きなかったら浮遊魔法で運んで馬車の荷台に放り込んでおいてくれて構いませんので」
「そんな、荷物みたいに……」
ジョンのルーシェとモニカの扱いにセレナは思わず苦笑いを浮かべてしまうのであった。




