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広場は人と出会う場所らしい

 その日ウィルはレンを伴って街に出かけた。最近恒例になっている外で遊ぶ時間である。ウィルの友達のモンティスやティファ、ラテリアたちと共に交友の輪を広げているのだ。

 いつもはティファが来るのを待ち、それからモンティスとラテリアを誘いに行く。だがその日ウィルは早めに街へと出て治療院まで足を運んでいた。いつも世話になっている治癒術師のマエルに指先の荒れに効く薬がないか聞く為である。


「なるほど……それで今日は治療院までお越しになられたのですな」


 ウィルが手伝いのない日に尋ねてきた理由を聞いたマエルは深く頷いて笑顔で顎髭を撫でた。

 ウィルが困っている人を見過ごせない性格であることをマエルもよく理解している。マエルはウィルが自ら気付いて自分に尋ねに来てくれたことを嬉しく思っていた。

 一方、ウィルもレンからの説明で納得してくれたマエルと同じように深く頷いていた。


「みんな、いたそーだった」


 メイドだけではない。程度の差こそあれ、指先が荒れて困っている人は街中にもたくさんいた。

 少し申し訳なさそうな顔をするウィルの頭をマエルは優しく撫でた。

 ウィルは子供にして回復魔法の達人である。その気になれば指先の荒れを癒すことは簡単だろう。しかしそうしないのは大人たちの言いつけを守り、我慢しているからだ。ウィルなりに社会でのルールを守っているのだ。治療院の仕事を奪ってはならない、と。


「どーにかしたいです」

「ウィル様はお優しいですな」


 ウィルの意思を聞き、マエルが少し考え込むように目を閉じた。それから視線をウィルへと戻す。


「指先の荒れ具合は少し問題になっていましてな。特にこれからの時期は……」


 今の王都は季節的に過ごしやすいがこれからどんどんと寒くなっていく。そうなれば指先の荒れに悩む人々はさらに増えてくるだろう。


「治療院に相談に来る人の中には本当に限界まで我慢して訪れる人もいらっしゃいます。ですが場合によってはそれが元で違う病気にかかってしまう人などもいらっしゃるのですよ」


 魔法で解決できる人間もいるが、できない人間も当然いるわけで。解決できない人間も治療院にかかれればいいが経済的に難しい人間もいるのだ。王都は他の街と比べて住人の貧富の差が小さい方だがそれでもないわけではない。


「まえるせんせーはおくすり、つくれないのー?」

「作れないこともないのですが……」


 マエルが歯切れの悪い言い方をして思案するように顎髭を撫でる。ウィルが不思議そうに見上げているとマエルは小さくため息をついた。


「実は手荒れの予防に良いとされる薬は匂いがあり、またべたつきもあって不評なのですよ」

「ふひょー?」

「ええ。人気がないのです。臭くてべたつくのであれば気になる頃合いを見計らって傷薬を求めればいいだろうと。まったく効果は違うのですが……」


 傷薬は高価な物でなければ即効性を期待できない。予防をせず、傷ついた手のまま仕事を続けて悪化してしまう人が多いのだ。

 市井の人々に寄り添った治療を続けるマエルもこのままではいけないとの思いがあるらしい。


「もし薬の不満点が改善できれば手荒れに困る人を減らせるかもしれません」


 マエルは不人気ではあるものの手荒れの薬の調合法を教えてくれた。

 ウィルとレンがマエルに礼を言って治療院を後にする。


「作り方自体は思ったほど難しくはないようです」

「くさいのはちょっとー」

「そうですね」


 ウィルもレンも不人気の理由を聞いては誰かに薦めようとは思えない。マエルの言う通り、ここから改善しなければマエルと同じように誰にも使ってもらえないだろう。

 手荒れに効く薬に対してひとまず成果を上げたウィルたちはモンティスたちが待つ広場の方へ足を向けた。

 王都にある広場は多くの人々が思い思いに過ごしている憩いの場である。だがその日は広場の前に小さな人だかりができていた。

 不思議に思ってレンが注視すると人だかりの中にティファの付き添いであるメイドのルカエがいて子供たちもその足元に並んでいた。よく見れば集まっている者の多くは小さな子供連れの親子であるようだ。


「どうかなさったんですか、ルカエさん?」

「レンさん……! あ、あの……」


 レンに呼びかけられたルカエが安堵したような表情を浮かべ、広場の方を指差した。

 広場で誰か暴れている、ということはなかった。ルカエの指差した先には汚れたローブを身に纏っている何者かが二人、並んでベンチに腰を下ろしていた。片方は背が高く、もう片方は背が低い。どちらも目深にフードをかぶっており、顔が伺えず、肩を落とすように背を丸めていた。

 以前ウィルが声をかけたモニカのような状態だ。だがその時よりもどこか悲壮感を感じる二人組である。


「ふーむ……?」

「あ、ウィル様」


 レンが呼び止めるのも構わず、興味を惹かれたウィルが人だかりの前に出て二人組を注視する。


(ウカ……)


 心の中でウィルに呼びかけられた蛇幻獣のウカがウィルの目と同調した。ウィルの魔力を見る目に加え、ウカの探知が二人組の温度を測って武器を隠し持っていないかを確認する。


(まりょくはきれいー……ちょっとげんきないけど)

(感じ取れる体温も興奮状態にはないみたい。武装はしているから冒険帰りかしら。それにしては手荷物が少ないようだけど……)


 ウカの評価を聞いたウィルが何事か考えてからレンを見上げる。その表情を見てレンは思わずため息を吐いた。ウィルの顔は困っていそうだから声をかけてもいいか、の顔をしていた。


「危険はないんですね?」


 念を押すレンにウィルがこくこくと頷く。

 そんな二人のやり取りを見た大人たちは思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 王都に住まう人々でトルキス家を知らない者は殆どいない。ウィルの困っている人を放っておけない性分もそれに付き合わされるレンの心労も推し測るのは容易いのだろう。

 そんなウィルに釣られて子供たちがその背に続き、結局大人たちも子供たちの後に付き添った。


「どうしたのー?」

「「ふぇっ!?」」


 ウィルから声をかけられて初めて気が付いたのか、二人組が揃って驚いたような声を上げる。そうして顔を上げた二人の目の前には先頭に立つウィルと囲う子供たち、見守る大人たちであった。


(女……?)


 声の高さからそう判断したレンの前で聞き手に失礼だと思ったのか二人組がフードを脱ぐ。その見た目の特徴に全員が目を瞬かせてしまう。

 背の高い方は長い髪と尖った耳、色の白いきめ細かな肌が目を引くエルフ。背の低い方はどこか幼い体形に丸い耳、健康そうな体躯のドワーフ。

 王都では珍しい種族の二人組はなぜかその容姿をぶち壊すような丸い眼鏡をかけており、レンズが渦巻いて見えて目の奥が伺えなかった。

 子供も大人も反応に困っているようだったがウィルは特に気にした様子もなく二人組に笑みを浮かべていた。


「こまってるんでしょ? うぃるたちがおはなしきいてあげる!」


 そうはっきりと断言するウィルには他の者には見えない魔力的な何かが見えているのだろう。その辺りはレンをもってしても推し量れず、ウィルのおせっかいをただ黙って見守っていた。

 二人組は驚いていたが子供と大人を交互に見比べてウィルたちの行動が親切心から来ているものだと悟ると申し訳なさそうに話し始めた。


「実は王都に来る途中、魔獣の襲撃を受けまして……」


 彼女たちは様々な研究を目的に活動している冒険者で王都を目指す旅の野営中に魔獣の襲撃を受けたらしい。夜間の襲撃のためはっきりとは見ていないそうだが魔獣は顔に白い面のような物を備えており、この辺りでは見かけたことのないような魔獣であった。

 彼女たちは自分たちの不利を悟ると機転を利かせて離脱し、這う這うの体で王都へ逃げ込んだという。


「休息地に、魔獣?」


 彼女たちの話を看過できないレンが問い返すように呟く。

 街道や休息地は魔獣の影響の少ない場所に存在しているはずであり、弱い魔獣などは街道や休息地には近寄りたがらない。自分たちが狩られる側だと認識しているからだと言われている。それが夜間とはいえ休息地を襲撃してきたのだ。


「もちろん危険なことですので私たちも衛兵や冒険者ギルドに報告いたしました。ですが研究資料などは――」


 二人組が肩を落とす。魔獣は冒険者ギルドか騎士団によって討伐されるだろう。だが彼女たちが放棄した荷物までは保証されない。

 彼女たちが魔獣の討伐と荷物の回収を依頼すれば手元に戻ってくるだろうが彼女たちは路銀の殆どを一緒に置いてきてしまったそうだ。ギルドに依頼できない場合は放棄した荷物の所有権を主張できず、荷物が返ってくる可能性は期待できない。それが貴重で金になりそうなものであれば尚更だ。

 冒険者が自分の財産を守り切れないのはその冒険者自身の責任であり、大抵は魔獣を討伐した者の懐に入る。彼女たちが申し訳なさそうにしていたのは金銭が絡む問題であり、言い出し辛かったのだろう。


「昔お世話になった貴族様にご援助いただこうかとも思ったのですが……我々は着の身着のまま……さすがに不敬ではないかと思い、ここで途方に暮れていたのであります」

「伝手はあるのですか……」

「はい……」


 レンが確認すると二人組はさらに縮こまってしまっていた。お金の相談など親子に語って聞かせるような内容ではないことぐらい彼女たちも承知の上なのだ。

 しかし話を聞いていたレンはある種の予感を感じてウィルの方へ視線を向けていた。レンからは後ろ姿しか見えないがウィルが彼女たちの話に興味を持たないはずもなく。


「うぃるにまかせて!」


 胸を張って言い放つウィルにレンは思わず小さなため息を吐いた。困った人を見過ごせないウィルが彼女たちの力になれると理解できればその反応は至極当然であった。


「うぃるはこーみえてもおきぞくさまのこどもなのです!」


 ウィルはどうやら彼女たちの伝手へ話を通すつもりでいるのだ。フィルファリア国王と気兼ねなく話せるウィルであるから他の貴族への橋渡しもできると思っているのだろう。

 レンとしても魔獣の話はシローの耳に入れておく必要があり、シローを通じて彼女たちの伝手である貴族にも話を通せるだろうという算段があってウィルの発言を不問にしたのだが。

 ウィルの発言に驚いていた二人組は目を瞬かせ、さすがに子供であるウィルの言うことを真に受けるわけにもいかずにウィルの世話役であろうと思われるレンの方へ視線を向けてきた。

 頷くレンを見てウィルの言ったことに間違いがないと理解した二人組が一度お互いの顔を見合わせて。彼女たちはウィルに向かってひれ伏した。


「そ、それではお坊ちゃま、お願い致します!」

「どうかご助力を……」


 地面に頭をつけるかの勢いで平伏した彼女たちが同時に顔を上げ、ウィルを見上げる。


「「どうか我々のことをトルキス家のご当主、オルフェス様にお伝えいただけませぬか!」」

「……え?」


 身近な人の名前が出てきて今度はウィルが驚き、思わず目を瞬かせるのであった。


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