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ウィル、ゴーレムでお仕置きする

 マントで身を包んだ男がナイフを投擲した姿勢のまま、ニヤリと笑った。


「まさか【血塗れの悪夢】まで出てくるとはな……だが、まだツキはこちらにある。そのガキ共を盾にすりゃ、あの【血塗れの悪夢】をヤッて名声を手にできそうだからなぁ……」

「ちっ……」


 舌打ちして構え直すモーガン。

 囲んでいる男達は十人ほどだ。

 その辺の私兵達とは動きが違う。

 おそらくそこそこに手練なのだろう。

 シローがいて、まだ勝算があると踏んでいるあたり、引き付けておけばなんとかなると思っているのだろうが――


「んー、マイナさんがうちの連中連れてきちゃった時点で、おたく等詰んでんだけどなー」

「あっ?」


 凄んでみせる男にシローがため息をついた。

 その後ろでジョンが荷物を解く。


「エリスさん、アイカ」


 長柄の杖――エリス愛用の杖を手渡したジョンがアイカに向き直る。


「ちょ、これ……」


 差し出された物にアイカが息を呑んだ。

 ジョンがニヤリと笑ってみせる。


「受け取れよ。いつかは継いで欲しかった代物だ。母さんだって喜ぶさ」

「お父さん……」


 泣きそうになるのを堪えて、アイカがそれを受け取る。

 綺麗な装飾の施された赤塗りの盾と剣――それは亡き母の形見であった。

 持ち手が驚くほど馴染んで、アイカが思わず笑みを零す。


「えりすもあいかも、かっこいー」


 ウィルがパチパチ拍手するのを男達が吐き捨てるように怒鳴る。


「舐めてんのか! 寸劇なんざ要らねーんだよ!」

「お前達、運がいいな……」

「あん?」


 静かに呟くジョンに男達が怪訝な表情を浮かべた。

 と、横から飛び込んできたトマソンが前へ出るジョンと並び立つ。


「ジジイが一人、増えたくらいでいい気になんじゃねーよ!」

「トマソンさん、ここ俺の見せ場なのに……」

「ホッホ。何やら楽し気な感じのようでしたので」


 緊張感なく並び立つ二人に男達がにじり寄る。


「さあ、【飛竜墜とし】よ……悪いが動きを封じさせてもらうぞ」


 不敵な笑みを浮かべる男達にシローは深々と嘆息した。


「やる気満々なとこ悪いケド、俺を引っ張りだしたきゃ、あと百人はおかわり持ってきな」

「なんだとっ!?」


 シローの言葉に過剰な反応を見せるマントの男に、今度はジョンが手にした剣を突きつける。


「それまでは不満かもしれねーが、この【フィルファリアの紅い牙】と【フィルファリアの雷光】が相手してやるよ」

「百人で足りるか、少し心配ですが」


 笑みを浮かべる老紳士に男達が凍りついた。

 どちらもフィルファリアにその人ありと謳われた歴戦の猛者である。

 その名は他国まで知れ渡っていた。

 有名人が次々と現れて、モーガン達もぽかんと口を開けている。


「加勢するわ」

「私もです」


 並び立つアイカとエリス。

 威勢を失った男達が僅かに後退る。


「はーい。うぃるもー!」


 アイカとエリスに触発されたウィルが元気に手を上げた。

 そのウィルを捕まえたシローがズリズリと引きずってウィルを後ろに下がらせる。


「はーい。ウィルは後ろで母さんとお姉ちゃん達といい子いい子してようなー?」

「いやんいやん!」


 ジタバタ暴れながら下げられていくウィル。


「うぃるもやるのー! おしおきー! すーるーのー!」


 変なスイッチが入ったのか、全然言うことを聞いてくれないウィルにシローが困り顔でセシリアを見る。

 セシリアも困り果てて、ウィルを撫でたりあやしたりしたが、あまり効果がなかった。


「「「あはははは……」」」

「舐めやがって……」


 愛想笑いを浮かべる使用人達にマントの男が歯噛みする。

 いつまでも手を拱いて、レンに気づかれたら一環の終わりだ。

 人質を取るなら取るで、悠長にしている暇はないのである。


「ウィルよ」


 見かねた風の一片がウィルに話しかけた。

 むくれるウィルを落ち着かせるように静かな口調で続ける。


「いったいどうする気なのだ? 魔刀も父に渡してしまったのだ。今のウィルには先程のような精霊魔法は使えんぞ?」


 そもそもウィルは属性魔法を殆ど知らないのだ。

 三歳の子供がこの場で何か出来る程、修練を積んでいるわけがない。

 対人戦で成果を上げ、相手をお仕置きするなど、どう考えても不可能なのだ。


「じゃーん!」


 口で効果音を添えながら、ウィルが手にしたそれを掲げてみせた。

 家から持ってきた初心者用のワンドと精霊のランタンだ。

 ワンドで軽くランタンを叩くと、チーンといい音がした。


「じゅんびしてきたー」

「いや、だからな……えーっ、と……」


 キラキラした目で決して諦めないウィルに風の一片が音を上げた。

 どうもウィルは魔法が使いたくてしょうがないらしい。


(お仕置きうんぬんは置いておくとして……で、あれば自分がウィルの気を引いて好きなだけ魔法を見てやろう)


 視線をシローとセシリアに向けると、二人も同じ意見だったらしく頷き返してきた。


「よし、分かった。ウィルよ、お主に何が出来るのか、この風の一片が見定めてやろう。思う様、魔法を使ってみるがいい」

「ホント? やったー!」


 ウィルが満面の笑顔で喜びを爆発させる。

 やれやれといった様子で風の一片が嘆息した。


「だが、認められない時は大人しく父と母に従うのだぞ?」

「いいよー」


 あっさりと頷いて、ウィルがワンドとランタンを掲げる。

 初心者用のワンドには属性石が無いため、ウィルは精霊のランタンと合わせて属性魔法を発動しようとしているのだろう。

 子供にしては敏い考えであった。


「さあ、ウィルよ。力を示してみせよ」

「はーい」


 風の一片に促されて、ウィルがワンドとランタンに魔力を込める。

 ランタンに落ちた魔力が澄んだ波紋を広げ、瞬く間に全ての精霊石に光を灯した。


「「「なっ……!」」」


 トルキス家の者以外が、風の一片も含め絶句する。

 未だかつて見たことのない、精霊のランタンの全色発光。

 それをたった三歳の子供が灯してみせたのだ。


「こんな事が……」


 神々しさすら漂うランタンの光にフードを目深に被った男が剣を落とし、乾いた音が鳴り響く。

 それを気にした様子もなく、ウィルは続けた。


「きたれつちのせーれーさん! つちくれのしゅごしゃ、われのめーれーにしたがえつちのきょへー」


 辿々しい呪文の詠唱により土水光闇――四色の精霊石が一際輝き、ウィルの魔法が始動する。

 その詠唱と魔力の波動にモーガンが目を見開いた。


「まさか、ゴーレム生成か!」


 大地に吸い込まれた魔力が鳴動し、土が隆起する。

 モーガンの魔力の流れを見たまま再現したウィルの魔法が詠唱の効力も手伝って見る間にゴーレムを生成した。


「できましたー……あや?」


 全員が言葉を失って呆然とする中、ウィルが首を傾げる。

 ウィルのゴーレムは横にいるモーガンのゴーレムと比べて半分くらいの大きさしかなかった。

 だが、それでも二メートルを越す立派なゴーレムである。


 驚きに目を瞬かせる風の一片の前で小さなゴーレムが目を赤く光らせて起動した。


「ウィルの魔力ではまだこれくらいの大きさが限界ということか……」

「ま、いいやー」


 納得したウィルが満足そうに頷く。

 ゴーレムは静かに佇み、ウィルの命令を待っていた。


「ごーれむさーん、きこえますかー?」


 ウィルの声にゴーレムが頷く。

 得意げな笑みを浮かべてウィルが風の一片を見上げた。


「きこえるってー」

「そ、そうか、うむ……」


 ゴーレムは召喚者の命令を受け、行動を起こす。

 ウィルの声に反応したという事は魔法としてしっかりと成立しているということだ。


「信じらんねぇ……」


 納得いかないのはモーガンである。

 ゴーレム生成の魔法は簡単な魔法ではない。

 彼とて何度も失敗を重ね、やっと習得し、得意魔法と言えるようになるまでさらに修練を積んだのだ。

 一朝一夕で発動出来るような易しい魔法ではないのである。


「ウィル様の魔法習得速度に驚いていたら、きりが無いですよ……」

「ですわね……」


 諦めたように嘆息するアイカにエリスが苦笑いを浮かべて同意した。

 トルキス家では見慣れた光景と化しつつある。


「さっきから! お前らの余裕っぷりがムカついて堪らねぇ!」


 地団駄を踏んだマントの男が大声で喚いた。

 しかし、隙を突こうにも戦力差はいかんともし難く、彼らは傍観者になる他ない。


 男の剣幕にウィルは照れ笑いを浮かべた。


「おまたせしましたー」

「待ってねぇ!」


 ぺこりとお辞儀するウィルにマントの男が頭を抱える。

 ウィルが「えへっ」と可愛く笑うと、ゴーレムが移動してウィルの横に並んだ。


 一瞬の沈黙。


 その場にいた全員、嫌な予感しかしなかった。


「ごーれむさん」


 笑顔のまま、ウィルが端にいた大男を指差す。


「つかまえて」


 ウィルの命令を受けたゴーレムが「オオオッ」と命令受諾の咆哮を上げ、すぐさま大男の胸ぐらを掴み上げた。

 ウィルのゴーレムは大人と比べてもでかい。

 膂力も優に上回っており、ゴーレムの目線の高さまで大男を簡単に持ち上げた。


「あ、ぐっ……ひっ……」


 足のつかなくなった大男が足をバタつかせながら上擦った悲鳴を上げる。

 ウィルはそれを満足気に見上げると、笑顔でウンウンと頷いた。


「わるいことしたら、びんたされるんだってー」

「ひぃ……」


 震え出す大男に向けて、ゴーレムが空いた手を持ち上げる。


「だ、誰に教わったのですか? ウィル様……?」


 引きつった笑みを浮かべたエリスが尋ねると、ウィルは笑顔で答えた。


「れんがいってたー」


 余計な事を、とその場にいた誰もが思った。


「とーさまがれんのおしりさわったからびんたしたってー」

「ちょっ!? ウィル!?」

「そんな事してたんですか? シロー様?」


 女性陣の冷たい視線を浴び、シローが慌てて手を振る。


「誤解だっ!? 糸くずがついてたから取ってあげようとしただけで!」


 弁解するが、セシリアも娘達もジトッとした視線でシローを射抜く。

 余計な事を、とシローは強く思った。


「だからねー、うぃるもわるいひとにびんたしようとおもったのー」


 ウィルは笑顔だが、ビンタするのはウィルではなく二メートルを越す彼のゴーレムだ。

 笑えない。大人達はその事実を笑えなかった。


「ごーれむさん、びんた」

「ぶはっ!」


 ゴーレムのゴツい手が横薙ぎに振られ、大男の頬を打ち据える。


「びんた、びんた、びんた」

「ぐふっ! ぶっ! ぶふっ!」


 ウィルの声に合わせてゴーレムの平手が往復した。


「びんた、びんた、びんた……ぷっ」

「べふっ! ぼふっ! ぶるっ!」


 平手を打つ度に上がる短い悲鳴が可笑しかったのか、ウィルがお腹を抱えて笑い出した。


「あははははははは――」

「べぶぼびがぼごぶるぶびが――」


 笑い声に合わせてスピードアップしたビンタが高速で大男を張り倒す。


「あっ……」


 ウィルがそれに気づいた時には気を失ってぐったりとした大男がゴーレムから吊り下げられていた。

 ゴーレムが無造作に手を放して、大男が地面に落ちる。


「あー……」


 大男の頬はパンパンに腫れ上がり、鼻血を出して全身をピクピクと痙攣させていた。

 その様子を見ていた私兵達の表情から血の気が失せる。


「ぷっ……しっぱいしっぱい」


 大男の顔を見て思わず笑ってしまったウィルが照れ笑いを浮かべる。


「いまの、なし」


 無かった事になった。

 いそいそと大男を片付けるゴーレム。

 顔を隠すように丁寧にうつ伏せにされた。


「もういっかーい」

「鬼かっ!」


 マントの男が思わず叫ぶ。

 だが、ウィルのやる気は変わらない。


「つぎはおしりぺんぺんねー」


 次の刑が確定した。


「だ、誰か! 誰か止めろよ! 保護者だろ!? 教育に良くないだろ!?」


 至極真っ当な意見だが、それをお前が言うのかという視線がマントの男に突き刺さる。


「おおおっ!」


 別の男が剣を翳し、ウィルに突進した。

 青ざめた表情に余裕はない。

 ここで止めなければ何をされるか分からない――そんな恐怖心に駆られて周りが見えなくなっていた。


「ウィル様!」


 間に入ったアイカが盾で男の剣を受け止める。


「こ、のぉっ!」


 力を受け流して体勢を崩した男の剣をアイカの剣が打ち据え、男の手から剣が離れた。


「そこまでだ」


 いつの間に近づいたのか、シロー、ジョン、トマソン、エリス、ラッツの得物が男の首筋に突き付けられる。

 観念した男が手を上げ、力無く膝をついた。

 その恐怖の対象は突き付けられた理性ある使い手ではなく、純粋過ぎる暴力に向けられていた。


「もうヤダ……なんなの、あの子……うっ、うう……」


 とうとう男は泣き出してしまった。

 現実を受け入れられず、逃避してしまっている。

 正直、気の毒になってきて、誰も男と目線を合わせられなかった。


 そんな事は気にした様子もなく、ウィルが次なる獲物に狙いをつける。


「じゃあ、あのひと!」


 指を刺されたのは先程剣を落としたフードの男だった。

 呆気に取られたまま、立ち直っていなかったのか、あっさりとゴーレムに捕まる。


「きゃっ!?」


 高い声の悲鳴が上がり、フードの男はゴーレムの小脇に抱えられた。

 ゴーレムがお尻を叩こうと手を振り上げる。


「まって、ごーれむさん!」


 慌てて待ったをかけるウィル。

 振り下ろされたゴーレムの手から力が抜けて、フードの男のお尻をぺろんと撫で上げた。


「ひゃんっ!?」


 思っていたのと違う感触が臀部を走って、フードの男が悲鳴を上げる。

 ウィルがパタパタ走って拘束されたフードの男に駆け寄った。


「ウィル様! 危のうございます!」


 エリスの静止も聞かず、ウィルがフードの男の前に屈み込む。


「んー?」


 フードの奥を覗き込むウィル。

 フードの男も黙ってウィルの顔を見返した。

 ウィルがおもむろにフードを脱がせる。


「あっ……」


 男にしては可愛すぎる、目鼻立ちの整った顔。

 それ以上に存在感を発揮しているのが頭についた猫のような耳であった。


「ふぇっ?」


 眼を瞬かせるウィルの前で、猫耳がぴくぴくと震えた。


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