来てはいけなかった人
王族の証を掲げた馬車から降りた側仕え達が周りを見渡す。
「ゴーレムまで出して……街中ではしゃぎ過ぎですな」
「とりあえず片っ端からやっちゃえばいいですよね? トマソンさん」
「あまり乱暴なのもどうかと思うわ〜、マイナ〜」
トマソン、マイナ、ミーシャと続き、最後にレンが馬車を降りる。
御者台に座ったラッツがそれを確認し、馬車を走らせた。
どうやら迂回してウィル達の方へ向かうようだ。
「れーんー!」
離れた所に降り立ったレンにウィルが手を降る。
レンは一目ウィルの無事を確認すると、動きを止めたグラム達の方へ向き直った。
「トルキス家に仇なす愚か者達よ、覚悟はできましたか?」
静かだが怒気を含んだ声にグラムが後退る。
「く、くそっ!」
往生際の悪い男達がレンに襲いかかった。
レンは僅かな動きで男の一撃を躱し、すれ違いざまに手甲による一撃を叩き込んだ。
鋼の手甲が腹部にめり込み、男が昏倒する。
倒れた男を確認せず、レンは次々と男達を叩きのめしていった。
最後の一人を昏倒させたレンにゴーレムが襲いかかる。
「遅過ぎる。出直してきなさい」
あっさりとゴーレムの腕を掻い潜ると、レンが高めた魔力をゴーレムの胸部に叩きつけた。
微かに赤みを残す黒炎がゴーレムの胸部にある核を貫く。
突き出したままのレンの拳に揺れる残火を見た私兵達が息を呑んだ。
「黒炎……?」
レンと呼ばれた女性の、特有の火属性魔法を見てざわめきが一気に広がる。
「たはは……」
離れて見ていたシローが「あちゃー」と言わんばかりに苦笑いを浮かべた。
彼女の正体に気付いた私兵達からポツリポツリと声が上がる。
「【暁の舞姫】……」
「【煉獄の双拳】……」
人々は多大な功績を上げた者に二つ名を送る。
公式に認められるものもあれば非公式なものもある。
名誉なものもあれば、当然不名誉なものもあった。
「【血塗れの悪夢】……レン・グレイシア!」
不本意な二つ名で呼ばれたレンが私兵達を睨む。
それだけで男達が竦み上がった。
モーガン達が動けなくなった私兵達に憐れんだ視線を向ける。
先程、シローが「終わった」と呟いた理由がよく分かった。
悪党にとって目の前に現れた女性は最悪の存在なのである。
「レンさんも有名なの?」
見上げてくるニーナにアイカが頷いた。
「レンさんはシロー様の冒険者パーティーのメンバーで同じく元テンランカー、第八席を務めていた女傑です。特有の火属性魔法の使い手で……その……」
最後の方が歯切れの悪い物言いになってニーナが首を傾げる。
その場にいた者達はシロー同様、苦笑いを浮かべるしかなかった。
その昔、レンの噂を聞きつけた悪名高い山賊団がレンに手を出した。
怒ったレンは単身で山賊団のアジトに乗り込み、誰もが恐れた山賊達を一人残らず叩きのめしたのだ。
騒ぎを聞きつけた某国の騎士団が現場に向かうと、山賊団の流した血の海に少女が一人、立っていたという。
『私が自惚れてました。ごめんなさい。寝る度に血塗れになった仲間達が床に転がされていく夢を見ます。もうホント勘弁してください……もう、もうホント……』
とある国を恐怖させた悪名高い山賊団、その団長が泣きながら最期に残した言葉がこれである。
その後、名を上げようと度々レンに襲いかかる悪党が姿を現したが、皆返り討ちにあい、血塗れになる夢を見るようになったという。
その噂が広まり、レンは悪党から【血塗れの悪夢】と恐れられるようになった。
「とっても頼れる仲間ですよ」
愛想笑いを浮かべるアイカにニーナが不思議そうな顔をする。
この世には知らなくていい事もある。
「しかし、まぁ……」
シローがやれやれ、と周囲を見回した。
シローの実力と王族の後ろ盾で沈静化しかかっていた騒ぎはレンの登場でまた騒がしさを取り戻しつつあった。
私兵達にしてみれば前門も後門も虎や狼なんて生易しいものではなくなっている。
そこへ拍車をかけるように、トマソンとマイナが制裁という名の狩りを始めた。
「さて始めましょうか、皆さん」
「そっちは任せるから!」
「じゃあ、私はこっちのゴーレムをやりますので〜」
のんびりした口調のミーシャが土の魔力で膂力を倍増させ、巨大なハンマーを片手で持ち上げた。
「では〜」
伸びてくるゴーレムの腕をハンマーで砕いたミーシャが、反動をつけて、さらに振り抜く。
片足も砕かれ、傾いたゴーレムが地面に倒れた。
「そ〜れ〜」
振り下ろされたハンマーがゴーレムの胸部を圧壊し、核を粉砕する。
それを横目で見ていたレンが小さく頷いた。
「見事な手際です。ミーシャ」
「いえいえ〜」
賛辞を送られたミーシャが照れ笑いを浮かべる。
「では、私も」
呟いたレンが一瞬で残りのゴーレムまで駆け抜け、その体を駆け上り、核のある胸部に到達した。
「はあっ!」
短い気合と共に黒炎を宿したレンの手甲がゴーレムの胸部を貫く。
内側から燃やされたゴーレムが核を焼き尽くされ、力を失って崩壊した。
「な、な、なっ……!?」
グラムが驚愕と絶望に表情を歪める。
絶対的な戦力だと考えていたゴーレムがたった二人のメイドにあっさりと倒されてしまったのだ。
無理もない。
「他者の魔法に頼って驕っている時点であなたに先はありません。失礼します」
レンはグラムにそれだけ言い残すと、ミーシャと連れ立って残りの私兵達を仕留めにかかった。
「れーんー、みーしゃー!」
二人の活躍にウィルが手を叩いて喜ぶ。
「まいなー、じぃーやー、がんばれぇー!」
「ウィル様、見ていてくださいましー!」
「ホッホ、じいも負けておりませんぞー!」
ウィルの声援にマイナとトマソンが気合を入れる。
マイナは双剣を素早く振るって舞うように戦い、トマソンは雷を纏った長い棒を巧みに操って相手を気絶させていた。
「追い立てる方向、逆じゃない?」
入り口から奥へ向かって戦闘を始めた四人にシローが苦笑いを浮かべていると、迂回して近寄ってきた馬車が傍に止まった。
「セレナ! ニーナ! ウィル!」
飛び出してきたセシリアが子供達を抱き締める。
慌てたように騎士達が膝を付き、それに倣ってモーガン達も膝をついた。
「よかった……無事で」
「「お母様……」」
乱れた髪を手櫛で優しくすいてくる母に、セレナとニーナが抱き締め返した。
「かーさま、いらっしゃーい」
ウィルだけがまるで運動会の観覧かというようなのんびりさでセシリアに応える。
「「セシリア様……」」
エリスとアイカがセシリアに頭を垂れると、セシリアは彼女達も抱き締めた。
「私の可愛い妹達……さぞ怖い思いを……」
涙ぐむセシリアにエリスとアイカが抱擁を返す。
だが、それは一瞬の事だった。
「私達は平気です、セシリア様……」
「ウィル様と幻獣様が助けてくださいましたから……」
「ウィルが……?」
きょとんとするセシリアに、ウィルが三人の子供をセシリアの前に連れてきた。
「こちらがうぃるのかーさま。かーさま、おともだちになったかぜのせーれーさん」
「は、はぁ……」
三人揃ってぺこりと頭を下げてくる精霊達に、つられてセシリアも頭を下げる。
「おーおー、マジか。王子、精霊と仲良くなったのか?」
「さっすが、坊。ただもんじゃねーや」
荷物を抱えて降りてきたジョンとラッツがウィルの頭を撫でる。
そこでウィルがハッとなった。
慌ててジョンの足にしがみつく。
「なんだ、王子?」
「じょんおじさん、どこにもいかない?」
「はっ?」
意味が分からずにジョンが首を傾げ、
「「「あっ!」」」
ジョンとラッツ、セシリアも一緒になって気付いたように顔を見合わせた。
「じょんおじさん、やめるっていってた……」
「お父さんが……」
思わずポツリと呟いてしまったアイカが慌てて口を閉じて、視線をジョンに向ける。
「あー……」
ジョンが頭をポリポリ掻きつつ、空を見上げた。
「王子の暴走は俺のせいか……?」
視線をウィルに向けると、ウィルは後ろで手を組んで唇を尖らせて体をフリフリくねらせていた。
時折ちらりとジョンの表情を上目遣いで覗き見る。
「三分の一程、そうだろうな」
黙り込んでしまったウィルに風の一片が助け舟を出す。
「三分の一?」
見上げるジョンに風の一片が頷いた。
「うむ。ウィルが儂の元へ来た時、父や姉達の身を案じ、家の者の悲しみを憂いておった。そこにお主の事が加われば、ウィルの性格からして三分の一だろう」
一緒に行動した時間は短いが風の一片はなんとなく気付いていた。
ウィルは分け隔てしない子だ。
誰かが特別なのではなく、皆が特別なのだ。
これは好き嫌いが出る子供の時分には珍しい事ではないだろうか、と。
「そっか……」
見上げてくるウィルの頭をジョンがポンポンと叩いた。
荷物を横に置き、膝をついてウィルの顔を覗き込む。
「ご安心を、ウィルベル様。このジョン・シモン、妻の愛した娘達やその子供達を放ってどこかへ行ったりは致しません。許されるならば、生涯トルキス家に仕えたく思っております」
「ジョンさん……」
エリスが思わず涙ぐむ。セシリアの瞳にも光るモノがあった。
「どこにもいかないー?」
「はい」
真摯に応えるジョンに、シローがため息をついて笑みを浮かべる。
「よかったな、ウィル」
「よかったー」
シローに頭を撫でられて、ウィルが「えへへっ」と笑顔を溢した。と、
「あぶねぇ!」
飛来した何かを察知したモーガンが剣を振り上げ、弾き飛ばす。
既のところで弾かれたそれが馬車に突き刺さった。
小型のナイフだ。
「てめぇ……」
モーガンが剣を構える。
いつの間にか、数人の男達がウィル達を取り囲んでいた。