勇者、胎動
魔族。
角を有する亜人族の総称であり、その多くはフィルファリア西方の海を越えた大陸で生活している。
個体による特性が人間よりも顕著であり、身体的にも魔力的にも優れた者が多いとされている。
レンはその中でも特殊な部類に入る魔族であった。
(手応えはあったと思いましたが……)
黒炎に焼かれ、煙を上げながら背から落ちた四本角のオーガはややあってのっそりと体を起こした。その腹部に黒炎の痕はなく、白い肌が変わらず存在している。
「こいつらっ……!」
違う場所からも声が上がり、レンが微かに意識を向ける。声を上げたのはモーガンであった。彼の振り下ろした剣が一角の腕に受け止められて競り合っている。
いったん腕を弾き飛ばし、返した剣で胴を薙ぐ。斬り裂いたかに見えたその一撃が残した傷はすぐに修復を開始し、見る間に消えてまたモーガンに迫ってくる。
飛び退いて間合いを図ったモーガンが剣を構えて牽制した。
「硬い上に斬った端から再生しやがる!」
驚異的な復元能力。手応えはあっても前進を辞めない白いオーガに手を合わせた者たちの表情が険しくなっていた。
「どうだ! 神の尖兵の力は! 無敵、無敵なのだよ!」
包囲を狭める白いオーガの勇姿にドミトリーが勝ち誇る。じりじりと距離を詰め始める軍団を冷めた目で見ていたマクベスが小さくため息を吐いた。
「無敵など……夢想もいいところだよ」
包囲が狭まり切ってしまう前に、マクベスが地面を蹴って一角に迫る。振り払うような強烈な一撃を繰り出す一角に対し、マクベスは最小の動きでその一撃を掻い潜り、頭部を掴んで地面に叩きつけた。
(強い……)
その一撃は誰もが目を見張るものでレンも感嘆するほどの実力が垣間見えた。おそらく自分たち【大空の渡り鳥】のメンバーと同等か、それ以上と思わせるぐらいに。
「フンッ――!」
頭を抑えつけたまま、瞬間的に力を籠めるマクベス。魔力が破壊の力となって一角に襲い掛かり、そのまま一角の頭部を粉砕した。
「ひっ――!?」
凄惨な光景に子供の何人かは声が引きつる。しかし頭部を破壊されても一角からは血も体液も飛び散らなかった。輪郭を失った体が霧散して地面に結晶が落ちる。
「なっ……」
その光景をすぐに受け入れられなかったのは当然ドミトリーだ。神の尖兵は無敵であると豪語した矢先に消滅させられてしまったのである。
一角を屠った手をぷらぷらと振ったマクベスが冷たい視線をドミトリーに向けた。
「こ奴らは邪神の残滓。生物ではなく、どちらかと言えばエネルギー体のような存在だ。故に多少のダメージはエネルギーを消費してすぐに復元してしまう。倒すには胸部の核を貫くか、エネルギーを管理する頭部を無力化するか、エネルギーが尽きるまでダメージを与え続ければいい」
「馬鹿な……!」
古代より伝承されし怪物。その倒し方は復活させたドミトリーすら知らないことであったのだ。それなのにマクベスはさも当然のように知っていた。
「まくべすおじーさん、すごいー!」
ウィルや子供たちから歓声が上がる。それに小さく応えたマクベスが跳躍し、また戦列へと復帰した。
驚異的な復元能力も種が割れてしまえばやりようはある。後退しかかった隊列はまた力を取り戻した。
「要はちょっと頑丈な人型みてぇなもんか! 分かりやすいじゃねぇか!」
気を吐いたガスパルが手にした斧に魔力を漲らせる。
「言わせておけば……!」
小勢が猛る様が癪に障ったのかドミトリーが牙を剥き出した。
「それでも数の有利は変わらない! 我が軍勢に抗い続けられるはずないだろうが!」
「分からねぇよなぁ! やってみなきゃよぉ!」
ガスパルが前に出て一角と打ち合う。それに続いて次々と戦いが激し始めた。
シローも戦闘前にあってウィルに視線を向ける。
「ウィル!」
「なに、とーさま?」
「ウィルは子供たちを守れ! いいな?」
「りょーかーい!」
元気よく返事したウィルが精霊たちに視線を送る。
ウィルには大人数での連携はまだ無理で、ウィルはシローの言葉の意味を正しく理解していた。
「みんな、おねがいー」
「任せて、ウィル」
代表して返事したアジャンタが精霊たちと力を合わせ、再度【精霊の城壁】を張り直す。少しの衝撃ではびくともしない防御魔法が周囲に張り巡らされて白いオーガたちの侵入を阻む。
「この場から離れるというのは……?」
激化する戦場に怖気づいた子供が提案してくるがそれをセレナが却下する。
「駄目です。私たちが動けば戦場が広がります。そうなれば守る側が手薄になります」
「ナイス判断よ、ウィル」
その場に留まる選択肢をしたウィルをニーナが褒めた。姉に褒められたウィルは少し得意そうである。
一方、周囲の配置を確認したシローはロンに視線を向けた。
「ロン、レンとマクベスの三人で角が多い奴らを抑えられるか?」
「誰に言ってんだよ。抑えるさ」
レンもマクベスも黙って了承した。
「んで、お前はどうすんだ?」
「角の少ない奴らの数を減らす。さすがに多すぎるからな。一片、アロー、手伝え」
聞き返すロンにシローはそう答えて、今度は了承を待たず飛び出していった。当然、一片とアローはそれに従う。
「さて……」
シローを見送ったロンが首を鳴らす。目の前には巨躯の四本角と取り巻く三本角。
「派手にかますとしますか」
そう呟いた瞬間には、ロンは既に四本角の懐に飛び込んでいた。
(馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……! なぜ押し切れん!?)
目の前の光景はドミトリーにとってとても信じられないものであった。
個体ごとの性能差に加え、圧倒的な数的有利。手持ちのオーガ軍団は一貴族の私兵など問題になるはずがない戦力なのだ。それなのに目の前にいる者たちは誰一人逃げ惑うことなくオーガと対峙している。
力量の差は連携で、数の不利は立ち位置をずらすことで巧みに対応している。見た目はただの私兵であってもその動きは精鋭の騎士団と何ら遜色はない。普通なら一貴族がそんな戦力を保有することは国防の観点からも許されないことだ。
ドミトリーは知らない。トルキス家が普通の貴族ではないことを。そのためにトマソンやジョンの下で彼らがどれほどの修練を積んでいるか。トルキス家は並大抵の戦力では許されないのである。
(いや、まだだ!)
ドミトリーが動揺を押し殺して自身に言い聞かせる。
トルキス家が強者の集団であったとしても、それだけでは圧倒的な戦力差は覆らない。
いかに戦闘が拮抗したとしても数の有利は依然ドミトリーにある。子供たちを守る防御魔法も強力とはいえずっと耐え凌げるものではない。角の数が少ないオーガでもいずれは子供たちに到達できる。
(子供たちの護衛は若い――どう見てもおまけでついてきたような奴らだ。そこから崩せば……!)
子供たちさえ人質に取れれば戦力を温存したまま相手を無力化できる。
ドミトリーの考えは確かに戦略的で間違えてはいない。ウィルたちの防御魔法も永久ではないし、シローたちを無力化するのであれば子供たちを盾にするのが最も効果的であっただろう。
だが、残念なことに彼は見誤っていた。その周囲を守る若者たちが決しておまけで連れてこられたわけではないということを。
「行ったぞ、ルーシェ!」
隙を突いた三体の一角が脇を抜けて子供たちとその前に位置取るルーシェに迫る。
近付いてくるオーガたちに子供たちから悲鳴が上がった。
「ルーシェさん!」
静かに待ち構えるルーシェに対して数的不利からセレナが声を上げる。しかし横からウィルが自信満々に告げた。
「だいじょーぶ、せれねーさま」
「ウィル……?」
ルーシェの窮地にもウィルは余裕であった。ルーシェの後ろ姿をウィルが見ればそれは当然のことであった。
「るーしぇさんはつよくなりました」
普通に見ただけでは誰にも分からなかっただろう。セレナもニーナも普段のルーシェとはあまり違わずに見えていた。だがその纏う魔力は以前のルーシェの比ではないことをウィルは気付いていた。
(性懲りもなく子供たちを狙うのか……)
ルーシェは怒っていた。それは温厚である彼にはとても珍しいことだ。しかし自身の兄弟が多いこともあり、子供と接する機会が多いルーシェにとって子供が狙われることは断じて許せることではなかった。
「あっ……」
防御魔法の外側を溢れた水属性の魔力が包み込み、子供たちが声を漏らす。まるで水中から外を見ているような光景。ルーシェの魔力が一帯を包み込んで見せる幻想的な光景に子供たちの目が奪われたのだ。
満ちた水属性の魔力の領域に一角たちが飛び込んでくる。
「水禍の陣・捻じれ上方」
ルーシェが天にショートソードを掲げた瞬間、三体の一角が激流に囚われ空中へと投げ出された。
「ナイストース!」
その空中に跳躍したモニカが身をひるがえす。猫獣人特有のしなやかな動きで舞うように態勢を整えたモニカが双剣を振るい、一角の胸部に剣を突き立て、首を跳ねる。
一瞬で三体の一角を屠ったモニカの視界に新たな影が映った。
「ルーシェ! もう一体!」
遅れて飛び込んできた二角がその巨体の両腕を広げ、ルーシェに掴みかかった。
ルーシェが小さく息を吸い、構え直す。
「水禍の陣・捻じれ引き潮」
わずかに態勢をずらしたルーシェの脇に発生した流れが飛びかかった二角を捕らえて引きずり込む。二角はルーシェを捉えることができず、無様に手を地につけた。
ルーシェの掲げたショートソードが青い輝きを放つ。
「流水剣!」
溢れ出た水の斬撃が間合いを伸ばし、巨体の二角の首を腕ごと斬り飛ばした。
瞬く間に消滅させられた三体の一角と一体の二角。
その見た目からは想像もつかないルーシェの勇姿に子供たちの表情が憧れのそれに代わる。
それは少し前までのルーシェを知っていれば誰も想像できない姿だっただろう。
(これはこれは……)
軽やかに着地したモニカがルーシェの後ろ姿を見て目を細める。冒険者の先輩として見てもルーシェはどこにでもいるような気の優しい男の子だと思っていたのに。
(ミーシャさんの先見の明を褒めるしかありませんな……)
今この場にいるルーシェの勇姿。その後ろ姿はか弱き者たちを奮い立たせる少年剣士のものであった。




