表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/267

三つ巴

「遅くなっちゃった……」


 目につかぬよう姿を隠したままのアジャンタが風に乗って森の上空を飛行する。

 姿を見せていても隠していても飛行する速度に変わりはないが、速度を上げれば上げるほど風の揺らぎが起きて魔獣たちを刺激してしまう。森を行くウィルたちの安全に配慮してアジャンタはスピードを落として飛行していた。

 遅くはなったが目的地はもう目の前だ。ウィルを通じてレヴィの感覚がセレナたちの居場所を示してくれている。


「急がないと」


 森の奥から溢れ出した強い魔獣の気配が森全体へと広がり始めている。これでは魔獣たちがいつ暴れ出しても不思議はなく、そうなればセレナたちの身も危ない。


「着いた」


 連続する木々を抜けてアジャンタの眼下に現れたのは広場であった。騎士の姿をした人間が忙しなく動き回っているのが見える。点在する廃墟を見るにここは元々人間の生活圏だったようだ。


「あそこね……」


 廃墟の中の一つ。地下に通じる入り口を見つけ、アジャンタが降下する。

 魔力の空白地の境目をアジャンタは難なく通過した。


(この感じ……広場の真ん中あたりね)


 そこに魔力の空白地を生み出している魔道具があるはずだ。だがその効果も高まった魔獣の気配に比べると頼りない感じがする。

 いったん魔道具のことは頭から離し、地に降り立ったアジャンタが地下室へと向かう。

 普通の人間にアジャンタの姿が見られることはなく、アジャンタはそのまま地下へと続く階段を下りた。途中、地下室を隔てる扉があったが隙間だらけで風の精霊であるアジャンタは苦も無く扉をすり抜ける。

 そうして入った地下室には鉄格子の牢があり、その中に子供たちが身を寄せ合っているのが見えた。


「セレナ、ニーナ」


 子供たちの中にセレナとニーナを見つけてアジャンタが驚かさないように静かに声をかける。それに気付いたセレナたちが振り向き、顔を綻ばせた。


「アジャンタ様」


 迎え入れるセレナに笑みを返し、アジャンタが鉄格子をすり抜けて中に入ると周りにいたハインリッヒたちは驚いたように目を瞬かせた。

 ハインリッヒたちの様子に気付いたセレナがアジャンタを皆に紹介する。


「ハインお兄様、この方がウィルと契約している風の精霊アジャンタ様です」

「精霊様……こんなところにまでお越し下さるとは」


 一国の皇子であろうと精霊に対する信仰は変わらない。会釈をするハインリッヒにアジャンタは小さく頷いた。

 本来であればウィルの一番仲の良い精霊だと豪語したいところなのだが、今はそんな場合ではない。


「アジャンタ様がここにいらっしゃるということは、やはりウィルは……」

「すぐ近くまで来ているわ」


 セレナの質問にアジャンタが即答する。

 未だ拙い精度とはいえ、セレナやニーナも風狼を通じてウィルの位置を感じ取っていたのだろう。

 話を聞いていたニーナが興奮気味に食いついた。


「ウィルは一人で来たの?」

「ううん、安心して」


 ウィルは一人ではない。ニーナを励ますようにアジャンタが笑みを浮かべる。


「悪者から助けた皇女と途中で合流したメイドのマイナ。あとお父様の友人だっていうロンとマクベスっていうお爺さんが一緒よ」


 マリベルの無事を聞いてハインリッヒも胸を撫で下ろした。少なくとも彼女の行方で自分たちの行動が制限される心配はなくなった。


「ウィルを助けに行かなくちゃ!」

「どうどう……」


 今にも飛び出しそうな勢いのニーナをセレナが苦笑いを浮かべて落ち着かせる。

 セレナの中でウィルへの心配はひとまず落ち着いた。

 マイナが一緒であれば上手くウィルを誘導できるはずだからだ。

 セレナから見たマイナは普段はとぼけた振る舞いを見せたりもするが、その性格はしたたかであり計算高い。ウィルの安全から行動を制限してしまいがちな他のメイドと比べて、確かな勝算あると踏めば他のメイドよりも大胆に行動し、無謀と判断すれば絶対にウィルの無茶を許さない。そうして下した決断には体を張る。そういう女性だ。

 それにシローの友人であるロンとマクベス。マクベスなる老人は知らないがロンという人物についてはセレナも聞き覚えがある。その名を持つ者は世界最高峰の冒険者と名高いテンランカー第五席。


「【百歩千拳】のロン……」


 その名は他の子供たちも知るところであり、救援がすぐ近くまで来ていると分かって表情を綻ばせる者もいた。

 あとは――


「アジャンタ様。外の様子ですけど……」


 アジャンタが到着する少し前から外の様子が騒がしくなっており、牢の中にまで届いていた。それが救援部隊のせいではないとすると。


「そうそう。魔獣が暴れ始めているの」


 アジャンタは現在地が帝都から南下したところにある森の深部であること、そしてその森の魔獣が活性化し始めていることを伝えた。その魔獣に対処すべく騎士たちが騒がしくなっているのだ。


「ウィルたちも異変に気付いてここに急いでるみたい。タイミングを合わせてここから脱出しないと……」


 早すぎても遅すぎても駄目だ。ウィルたちが到着するまで慎重に準備を進めなければならない。

 状況を大まかに把握したセレナがしばし黙考して。


「ハインお兄様とデンゼルさんは動けそうですか?」


 向き直るセレナにハインが頷いて返す。牢の隅で横になっているデンゼルも話を聞いていたのか手を上げて応えた。


「私も動くくらいなら問題ありません」

「あ、本物。捕まってたのね」

「ご心配おかけしました、精霊様」


 既に旧知であるアジャンタとデンゼルのやり取りを聞きながらセレナが視線をニーナに向ける。


「ニーナ、いつでも動けるように準備して」

「はい」


 ニーナがしっかりと返事をして空属性魔法【戯れの小箱】を発動する。その中から精霊のランタンを取り出してランタンの底を開け、折り畳まれた紙片を手に取った。

 その様子が気になったのか、オリヴェノの子であるグレイグがニーナの手を覗き込む。


「それは……?」

「魔法文字が書かれた紙よ。魔力を流すと魔法文字で書かれた魔法が発動するの。これがあれば牢屋の鍵なんて簡単に開けられるわ」


 緊急時に備えて隠し持っていた魔法の紙片。【魔法図書】カルツの手製である。この紙片に魔力を流すだけでセレナやニーナが習得していない便利な魔法を発動できるのだ。

 やる気に満ちた眼差しで見上げてくるニーナに尋ねたグレイグが苦笑する。

 魔法の紙片を持ったとしてもニーナにできることは少ない。しかしウィルが近くにいると聞いてからのニーナの熱量は捕らわれた子供たちの中でも群を抜いていた。騎士がいようと魔獣が来ようとまるで恐れる様子がない。

 そんな妹の様子はセレナの中でも力になっていた。


(隠し持てることの強さね……)


 まさかヤームから教わったことをそのまま実践する日が来ようとは。

 そんな風に考えながら、セレナも精霊のランタンから紙片を取り出して確認する。


(大丈夫……上手くいく)


 セレナは胸中で自分に言い聞かせた。自分で考えた作戦を行動に移すのは誰だって怖い。現在が囚われの身であり、セレナもまだ幼くあればなおのことだ。

 だがセレナは意を決してハインリッヒに向き直った。


「ハインお兄様、ウィルたちから合図があり次第動きます。アジャンタ様が私たちを導いてくださるはずです」

「分かった」

「任せて」


 頷くハインリッヒたちと胸を張るアジャンタ。

 セレナは一つ深呼吸するといつでも動き出せるように気持ちを落ち着けていった。




「あじゃんた、ねーさまたちのところについたってー」


 疾走するゴーレムに抱えられたウィルがその肩に捕まるロンに報告する。


「分かった。俺が合図するまで待っててくれ」

「りょーかい」


 ロンの言葉にウィルが頷いて視線を進行方向へと向ける。

 魔道具での通信を聞いてから、ウィルはゴーレムにみんなを乗せて姉たちのもとへ急行した。大柄のゴーレムが木々の間を器用にすり抜けて前進する。


「まじゅーさんがいっぱいいる……」


 進めば進むほど、濃く強く。ウィルが魔獣たちを察知する。活性化し始めた魔獣は先程とは打って変わり、ウィルの魔力を警戒して遠ざかることは少なくなっていた。


『クレイマンの自動防衛回数が増えてる……油断しないで、ウィル』

「うん!」


 胸中で告げてくるシャークティにウィルが頷いて返す。

 魔獣が未だにウィルたちを襲ってこないのは周辺に配したウィル型クレイマンが迅速に対処しているからだ。

 一気に空気が緊迫して、少し怯えたマリエルがウィルの袖を掴む。それに気付いたウィルが安心させようと笑顔を作った。


「だいじょーぶ。まかせて、まりえるねーさま」


 自信たっぷりのウィルに癒されてマリエルの表情が少し緩む。

 ウィルはそれに満足して視線をまた前へと向ける。


「だいししょー、もーすぐー」

「出たとこ勝負になるな。マクベス、手伝えよ」

「心得ている」


 ロンとは逆側の肩に掴まっていたマクベスがロンと同時にゴーレムから飛び降りた。そのまま二人はゴーレムに先行する形で木々の間を抜けていく。


(風属性の補助は受けてないはずなのに、二人ともすごい)


 ウィルのゴーレムの動きにぴたりと合わせるロンとマクベスを見たマイナが舌を巻く。

 ウィルのゴーレムは風属性の補助を受けて相当な速度を出している。同じ風属性の補助を受けていないロンとマクベスが後れを取らないのは相当な実力がある証拠だ。


「あそこだ!」


 茂みを指差すウィル。その先にセレナたちが捕まっている。

 一気に加速したゴーレムとクレイマン、それにロンたちが開けた場所に踏み込んだ。


「人数をかけろ! 乱戦にするなよ!」

「――――っ!」


 広場に響く怒号と喧騒。騎士と魔獣の戦闘はすでに始まっていた。騎士たちが小隊を組み、広場の反対側で魔獣たちと一進一退の攻防を繰り広げている。

 自然とウィルたちに近い騎士はそんな戦闘を後方で指揮していた威厳ありそうな者たちであった。


「なんだ貴様らは?」


 立派な鎧を身に着けた騎士がウィルたちに気付いて睨みつけてくる。

 誰何されたウィルがゴーレムの腕を持ち上げると騎士は驚いたように目を見開いた。


「おとどけものです」

「そいつらは……」


 未だ気を失っている冒険者たち。扮装した偵察隊をゴーレムがぶら下げていた。森に放置しておくと魔獣たちに襲われてしまうのでウィルがわざわざ持ってきたのである。

 そんなウィルを見た一部の騎士から慌てた声が上がった。


「将軍! そのガキです! 城で我々の邪魔をしたのは!」

「なにぃ……」


 城を強襲した騎士からの報告により将軍と呼ばれた騎士が眉根を寄せる。

 そんなやり取りを他所にマイナたちは手早く動き出していた。


「ロン様、荷馬車があります。私があれを拝借して参ります。ロン様は子供たちを!」

「分かった。坊主、子供たちはどこにいる?」

「あそこー」


 ウィルを下ろしたゴーレムが廃墟の一角を指す。都合よく周りに騎士は配置されていない。


「よし、精霊に合図を送れ」

「はーい」


 ウィルが元気よく返事をして心の中でアジャンタに呼びかける。

 そんなウィルたちの動きを騎士たちが見逃すはずはない。


「人質を押さえろ!」

「はっ!」


 将の傍に控えていた騎士たちが動き出すのと子供たちが地下室から姿を見せたのはほぼ同時であった。


「走って!」


 セレナの号令でアジャンタに先導された子供たちが走り出した。その後方でセレナが掲げた魔法の紙片が子供たちの走路を守るように特殊な防御壁を構築していく。


「なんだ、この防御壁は!?」


 子供たちへの行く手を阻まれた騎士たちが一瞬戸惑う中。


「マクベス、子供たちにつけ!」


 ロンがそう言い置いて騎士たちの懐に飛び込んだ。

 小さく息を吸い込んで吐くと同時に地を蹴る。次の瞬間生み出された連撃が子供たちの方に向かおうとする騎士たちを余さず後方に吹き飛ばした。


「みんな、早くこっちへ!」

「そのまま走り抜けよ!」


 ロンの後ろを通ってアジャンタとマクベスに先導された子供たちがウィルの方へと駆け抜ける。その目標はマイナが拝借してきたホロ付きの荷馬車だ。

 だが、子供たちを狙って動き出したのは騎士たちだけではなかった。

 茂みを突き抜けて複数の魔獣が子供たちに襲い掛かる。より弱い者に狙いを定めるのは自然の中では当たり前のことだ。

 しかし彼らの牙は子供たちを隔てる防御壁にすら届くことはなかった。


「ふん!」


 間に立ったマクベスが腕を一薙ぎするとその軌道に魔力の波動が広がり、一瞬で魔獣を跳ね飛ばす。


「おお……」


 ロンとマクベスの見事な動きにさすがのウィルも口を開けてしまう。

 そうこうしている間に子供たちはウィルの下まで到達した。


「お兄様!」

「マリエル!」


 マリエルとハインリッヒがお互いの無事を喜び合って抱き合う。そしてそれはウィルも同じだ。


「ねーさま、おまたせー」

「ウィル!」

「むぎゅぅ」


 ニーナに抱き着かれたウィルが苦しげに呻く。少々力が強かったようだ。その様子にセレナとデンゼルが思わず苦笑した。

 デンゼルに気付いたウィルが笑みを浮かべる。


「お、ほんもののでんぜるおじさんだー」

「助けて頂いてありがとうございます、ウィルベル様。なんとお礼を申し上げてよいやら……」

「きにしないでー」


 頭を下げるデンゼルにウィルが小さな手を振る。

 そんな二人の短いやり取りを待ってセレナがウィルの頭を撫でた。


「ウィル、みんなの持ち物も没収されてるの。何とか取り返せない?」

「まかせてー」


 セレナの頼みにウィルが快く引き受けて。ウィルの肩に乗ったブラウンが広場を見渡して中央にあるテントを指差した。


「あそこにあるの、ぶらうん?」


 ウィルの確認にブラウンが一声鳴く。場所が割れればウィルにとって回収作業など容易いものだ。上手くクレイマンを忍ばせて回収してしまえばいい。


「子供たちは返してもらうぜ」

「おのれ……」


 騎士たちと対峙するロンが静かに告げると将軍と呼ばれた騎士は歯噛みして腰の剣を抜いた。

 大型の盾と剣を構え、騎士とロンがじりじりと間合いを詰めていく。

 それに合わせて子供たちを再び奪おうと騎士たちがウィルたちを包囲した。


「うぃるもー!」


 騎士たちの動きに反応したウィルに呼応してゴーレムが前に出る。

 さすがの騎士たちもその巨体を警戒して包囲の輪を広げて対峙した。

 さらにはそんな両陣営を狙わんと魔獣がにじり寄ってきていて。


「あじゃんた、しゃーくてぃ、くろーでぃあ、ねーさまたちをまもるよ!」


 ウィルの呼びかけに姿を隠していたシャークティとクローディアも現れて臨戦態勢を取ると窮地にありながらも子供たちから歓声が上がった。


「急いでください」


 ウィルの様子を伺いながらマイナが声で子供たちの背を叩いて荷台に乗せていく。

 三つ巴、一触即発の状態で睨み合い。

 その時――


(なに……?)


 ウィルの胸中にひりつく様な感覚があった。目の前で対峙している騎士たちではない。なにかに見られている気配が幼いウィルの胸中に警鐘を鳴らす。

 ふわりと広場に微かな霧が立ち込めて。

 騎士や魔獣との対峙、広場の喧騒、魔獣と騎士がせめぎ合う、さらにその先。森の奥から静かに現れたそいつとウィルの目が合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございました。ウィルの活躍にワクワクしました。でも、ピンチが!ドキドキします。つぎの話も楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ