見つけたものは捕まえる
帝都の南には旧街道が残る大きな森が広がっている。
遥か昔、人々はその街道を行き来していたのだがその地に住まう魔獣の力が増し、放棄を余儀なくされた。
「今の帝都があるのはその時代の人たちが頑張ったからだな」
侵食する領域に対し、後退をしたものの踏み止まったのが今のソーキサス帝国である。その頃からソーキサス帝国は身近な脅威に対抗すべく、軍事国家としての道を歩み始めた。
一方、拡大の収まった領域は森に覆われて人々の侵入を拒んだ。
監視する帝国と森と化した魔獣の領域。現在は冒険者たちの収入源として帝国が管理している状態だが、深部の魔獣は屈強で帝国側もおいそれと手出しはできず、攻略難易度は高めに設定されている。
「初めて森に入りましたけど……」
ロンの説明を聞きながらゴーレムの掌に乗ったマリエルが息をつく。
木々の隙間から零れる光がところどころを淡く照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。知識として森が危険であると理解していても、目の前に広がる光景は容易くそのことを忘れさせそうであった。
「思わず見入ってしまいますね」
「きれーだよねー」
隣で同じように身を乗り出したウィルが同意する。
そんな二人の様子にマクベスが小さく笑って顎髭を撫でた。
「自然の作り出す景色は時として我々の想像をはるかに超える美しさを持つものだ。人の手によらない芸術に心動かされるのだろう。しかし、その環境に適応できているのは大抵の場合、我々ではなく魔獣の方だ。いかに美しくともそのことを忘れてはならないよ」
「は、はい」
やんわり注意を促され、マリエルが焦って頷く。
ここは既に森の奥深く。本来であればいつ魔獣に襲われても不思議はない場所だ。そうならないのはウィルが生成したクレイマンの働きであった。
ウィルたちを囲むように四方へと展開したウィル型クレイマンたちが探知魔法を駆使して周辺を警戒している。その魔力による探知は幻獣であるブラウンの魔法をウィルが見よう見まねで習得したものだ。
本来であればこの魔力探知、自身の存在を隠しながら行うものである。現にブラウンはそうしている。
しかしウィルの場合、展開する魔力が強すぎて自身の存在を隠し通せていなかった。つまり探知はできるが魔力に敏感な魔獣たちにはウィルの存在が筒抜けなのである。
これがどう影響を及ぼすかというと、魔獣たちには膨大な魔力を誇るなにかが周辺の気配を探りながらゆっくりと進行しているように映るのである。警戒心のある魔獣がその探知魔法から距離を置くのも簡単な理由であった。
そして蛮勇、あるいは好奇心に駆られた魔獣は小さな男の子の姿をしたクレイマンを見ることになるのである。
「みてみてー」
何かを捕まえたのか、ウィルがロンたちを見下ろしてくる。そうして脇から姿を見せたウィル型クレイマンが何かをロンたちの前に放り出した。
「こっちきたからつかまえたー」
嬉々として報告してくるウィルにロンが軽く頭痛を覚えて頭を押さえる。その正体はウィル型クレイマンの倍以上はある鰐型の魔獣であった。
「リーフカイマン……」
ロンがピタリとその魔獣を言い当てる。ご丁寧に口と体を樹属性魔法の蔓で縛られて身動きの取れない状態であった。
どこか誇らし気に胸を張るウィル型クレイマン。
リーフカイマンは強靭な顎と爪を有し、草木に紛れて獲物を襲う狡猾な魔獣である。その体を葉に似せるためか時折草木を食することでも知られており、体長は他の鰐型魔獣に比べて大きくはないものの、優れた隠密性を誇っている。
間違えても子供が相手にしていい魔獣ではなかった。
「これ、たべれるかなー?」
「食べるの?」
ウィルの疑問にマリエルが苦笑して聞き返す。
まだ幼く、魔獣の素材に価値を見出せないウィルは魔獣を食べられるか食べられないかで判断している節がある。それは魔獣を狩る上で正しいことではあるのだが。今、捕食対象はベテラン冒険者も手を焼く鰐である。
「案外うまいらしいぞ」
「おー」
リーフカイマンの味について知識のあるロンが端的に告げてウィルが興味に目を輝かせる。
だがロンは手を振ってウィルに釘を刺した。
「今は駄目だぞ。人質を救出しなきゃならん。絞めて解体している時間はない」
「おー……」
納得したように頷くウィル。そうして見降ろされたリーフカイマンは自分が捕食対象になっていることを理解しているのか、拘束から抜け出せないかと身じろぎしている。
「そーだった。うぃる、ねーさまたちをむかえにいかなきゃ」
残念ながらリーフカイマンは解放することになったようだ。ウィル型クレイマンが軽々とリーフカイマンを担ぎ上げて草木の向こう側へ消えていった。おそらく適度に離れた所で解放してやるのだろう。
ウィルが作業を終えるのを皆で待つ。
「にがしてきたー」
「くれぐれも油断しないでくれよ?」
「はーい」
ロンの忠告にウィルが元気に返事して。
あることに気付いたロンは思わず自嘲してしまった。
(油断しないでくれ、だと……?)
ウィルはまだ小さな子供で本来なら大人たちに守られるべき存在である。それなのにテンランカーである自分が周辺の魔獣に対して警戒を怠るなと注意しているのである。
(そりゃ、相談の一つもしたくなるわなぁ……)
なぜシローが解散した仲間たちを呼び出したのか。その原因を目の当たりにしてロンがシローに同情する。明らかに突出した力。それを我が子がこの幼さで発揮してしまったら誰だってそうなる。
「先に進もう」
気を取り直したロンが歩き出そうとして。動きを見せないウィルに気付いて顔を上げた。
「どうした?」
ウィルはじっと森の先を見ていた。先行するウィル型クレイマンが放つ探知魔法に何かが警戒なく踏み込んできたのだ。それが何であるか、ウィルはすぐに理解してクレイマンを動かした。
「つかまえた!」
「なにを?」
また魔獣か何かを見つけたのだろうか、と。
大人たちが首を捻る中、遠くからわめく声が聞こえて草木をかき分けたウィル型クレイマンが何かを担いで戻ってきた。
「くそっ! 離せ!」
「なんなんだ、あんたら!」
「我々が何をしたと言うんだ!?」
並べて置かれたそれらを見たロンが思わず頭を抱える。
樹属性魔法の蔓で縛り上げられたそれは見るからに冒険者の風体をした三人組の男たちであった。
「坊主……放してやれ」
ここは冒険者に開放された森である。自分たち以外の人間に鉢合わせることも珍しいことではない。中には街に戻れない犯罪者が森に潜伏していることもあるが、この森はそういった類の者たちが潜伏するには危険すぎる。
すぐに開放すれば勘違いで済まされる。そう思ってロンはウィルに促したのだが。
ウィルはふるふると首を横に振った。
「いや!」
一瞬、ウィルが駄々をこねているのかと思ったが違った。
「このおじさんたち、わるいきしさんたちのなかま!」
「……なんだと?」
ウィルの発言にロンが眉根を寄せて男たちを見下ろす。
考えてもみれば、騎士たちが偵察を送るのに目立つ騎士の格好で動き回るはずがない。団体行動で一番自然なのは冒険者を装うことで、この森には冒険者を装って得をする犯罪者が潜伏していることは確定しているのだ。
ウィルの言うことも一理あってロンが男たちに対する警戒心を引き上げる。
一方、落ち着きを取り戻した冒険者たちはその場に座してウィルたちを睨みつけていた。
「坊主。なんでそう思う?」
なぜウィルが冒険者たちを敵の騎士だと判断したのか。ロンが静かに尋ねると、ウィルははっきりと答えた。
「おじさんたち、ねーさまたちがいるほーからきたんだもん」
ウィルはこの冒険者たちがセレナたちの囚われている方角から来たと言う。だが、それだけで黒と決めつけるのはいささか乱暴だ。
そのことでロンが迷っているとウィルがクレイマンを操作して男たちの腰に下げられた袋を没収した。
「あと、これー」
「あっ……」
男たちが少し慌てたのを横目で見ながらロンがウィル型クレイマンから袋を預かる。その中には小物が二つ、入っていた。
木製の鈴と石のプレートのようだ。
ゴーレムから降りたウィルがロンから小物を受け取った。
「これ、まどーぐ! こっちのすずはまものをとーざけてる。こっちのいたわよくわかんない」
「魔物を遠ざける……騎士たちの拠点の造りにも似ているな……」
ウィルの説明を聞きながらロンが額を掻く。魔力を目で見るウィルは魔道具が発動していればその用途をすぐに理解することができる。発動していない石のプレートは置いておくとして、森の奥に足を踏み入れた冒険者が獲物である魔獣を遠ざけているのは確かに変だ。
ロンが冒険者たちを見下ろすと男たちはバツが悪そうに視線を背けた。
(これは坊主の方が一枚上手だったか……)
男たちにも誤魔化しようはあっただろう。だがウィルに先手を打たれた上、肝である魔道具を抑えられて動揺が顔に出てしまっていた。
「話があれば聞くが?」
圧倒的に不利な状況でロンに見下ろされた男たちが押し黙る。
そんな中、魔道具を手にしたウィルがまた騒ぎ始めた。
「こ、これはー……」
見ればウィルの手の中で石のプレートが魔法と思われる光を発していて、ウィルが目を輝かせていた。
「おはなしするまどーぐだー!」
ウィルの目にいずこからか放たれた雷属性の魔力が線を引いて見えて、手元の石のプレートと繋がる。
ウィルの言葉の意味をすぐに理解できなかったロンたちが動きを止める中、理解できた冒険者たちが口元に笑みを浮かべた。
『応答せよ――』
起動した石のプレートから不意に声が上がり、冒険者たちが身を乗り出す。
「団長――っ!」
男が声を発する瞬間、風が動いて。目にも止まらぬ速度で動いたロンの拳が瞬く間に男たちの意識を刈り取った。
「話を聞くといったな。あれは嘘だ」
自分の発言をなかったことにして、ロンが視線をウィルに向ける。
もしウィルの言う通り、あの石の魔道具が遠くと会話するためのものだとしたら。応じなかった時点で男たちに異変があったと悟られる。男たちを脅してやり過ごすにも黙らせた後では手遅れであった。
(声真似で騙せるか?)
ロンが誰にも披露したことがない特技の可能性を思案する中、魔道具の反応に心を奪われていたウィルはあっさり応答してしまった。
『どうした、一班! なぜ応答せん?』
「おーい」
『なんだ……子供?』
石から伝わる動揺の声。一方、事態を理解したロンたちもウィルが返事をしてしまったことで頭を抱えた。
そんなことはつゆ知らず。ウィルがのんきに応える。
「おかりしましてー」
『なんだと? それの持ち主は?』
「ええっとー」
ウィルが尋ねられたとおり男たちの方へ視線を向けると彼らはロンの足元で転がされていた。これでは男たちに返すことはできない。
「ざ、ざんねんなことにー」
『なに? もう魔獣にやられてしまったというのか……?』
魔獣ではなくロンにやられてしまったのだが。
勝手に納得する相手に困るウィル。その横でロンは首を傾げた。もし相手が男たちの仲間だというのなら彼らの持っていた魔獣除けの魔道具のことを知っているはずである。それなのに相手は勝手に仲間が魔獣にやられたと勘違いした。これは明らかに不自然だ。
理由はすぐに知れた。
『もういい。子供は逃げろ』
「えー……?」
困惑するウィルを放置して、相手が号令をかける。どうやら魔道具は別の誰かとも繋がっていたらしい。
『全偵察班に注ぐ! 領域の主が動き出し、同時に近辺の魔獣が活性化を始めた。このままでは魔獣が氾濫する。急ぎ、拠点へ集合せよ! 繰り返す――』
魔道具から響く声が今、この森で何が起ころうとしているのかを的確に伝えていて。
顔を見合わせたウィルとロンはもう一度石の魔道具に視線を落とした。




