お父様は最高ランク
「ウィル!」
「とーさま!」
風の一片に連れられてシローの元までたどり着いたウィルが魔法の導きで地面に降り立ち、シローの元へ駆け寄った。
父に抱きすくめられて、ウィルが苦しそうにジタバタ藻掻く。
「肝を冷やしたぞ……」
「儂もだ」
安堵のため息をつくシローに、風の一片が上から見下ろしつつ同意する。
「なんという子供を拵えとるんだ、おのれは」
「知るか。ウィルは魔法の才能があるのか、魔力の流れが目に見えてるみたいなんだよ」
大きな狼に悪態をつくシロー。
周りにいる者は恐々と風の一片を眺めていた。
「シロー様、申し訳ございません。ウィル様の前で魔法を……」
後からついてきたエリスとアイカが気落ちした様子で頭を垂れる。
一緒に連れ立ったセレナとニーナを抱き寄せながら、シローは笑みを浮かべた。
「しょうがないよ。二人のせいじゃない。悪いのはこのバカ犬だ」
舌打ちしながら風の一片にジト目を向けるシロー。
それを聞いた風の一片が反論する。
「誰がバカ犬か! お主が儂の存在をウィルに教えるからだろうが! そもそも最初から儂を持ち歩かんからこの程度の雑魚共に時間を食わされるんだ!」
「はぁ!? バカ言え! ゴロツキ相手にお前なんぞ抜けるか! 真っ二つになっちまうだろーが!」
「子供の前で悪態つくな! 教育に悪いだろうが!」
「お前が言うな!」
喧々囂々、真正面から睨み合うシローと風の一片に子供達がぽかんとした表情で見上げる。
見兼ねて同僚の騎士達が間に入った。
「まぁまぁ、落ち着いて」
「聞いてはいたが……これがシローの従える幻獣、風の一片なんだな」
「私達も初めて見ます。存在は聞いておりましたが……」
「家でも姿を見せてくださらないので……」
エリスとアイカも改めて風狼を見上げる。
セレナとニーナは喋る大きな狼にどう接していいか、わからないようだった。
「そーだ」
ウィルが思い出したように魔刀を父に差し出す。
「とーさまのけん、もってきたー」
「ありがとな、ウィル」
シローがウィルの頭をくしゃくしゃと撫でると、ウィルが気持ちよさそうに身を任せた。
ウィルから手を離し、シローが魔刀を腰元に下げ直す。
「やっぱり、しっくりくるな」
「当然である」
自信満々に言ってのける風狼にシローが苦笑する。
「ちょ、ちょっといいか……?」
その様子を少し離れて見ていたモーガンが恐る恐る尋ねてきた。
シローが首を傾げて促す。
「どうぞ」
「その幻獣が風の一片っていうのか? それ、魔刀か? 風の魔刀とシローって……あんたまさか……」
声を震わせるモーガンに子供達が揃って首を傾げる。
その様子にエリスとアイカが笑みを浮かべた。
「いい加減にしろ!」
距離を置いてこちらの様子を伺っていたグラムが苛立ちに声を荒らげる。
「こちらを完全に無視しよって……もう許さん! 魔法攻撃、用意! 撃てぇ!」
剣を振り、指示を出すグラムに従って私兵達が様々な魔法を放つ。
飛来する攻撃魔法群にモーガンが舌打ちした。
「さっきから子供の事も考えず、ドンパチドンパチと……いい加減、頭に来たぜ!」
両手を地面につけ、モーガンが魔法を発動する。
「来たれ土の精霊! 土塊の守護者、
我が命令に従え土の巨兵!」
足下の地面が鳴動し、大地が盛り上がった。
それは人に似た形を取ると飛来した魔法からモーガン達を守った。
「ほう……ゴーレム生成か」
感心したように風の一片が目を細める。
身の丈四メートル程の大きな土のゴーレムがゆっくりと立ち上がった。
人を模しているが、横幅が大きく、腕が長い。
「おおー」
ウィルが目をキラキラさせてゴーレムを見上げる。
「俺の得意魔法の一つだ。あの程度の魔法じゃビクともしねぇぜ」
自慢気に誇ってみせるモーガンにウィルがパチパチと拍手した。
それを見ていたグラムが鼻を鳴らす。
「ふん、小癪な……だが、残念だったな。お前の魔法はこちらに正当性をもたらしたに過ぎん」
卑しい笑みを浮かべたグラムが合図を送ると私兵達の背後に四体のゴーレムが生成された。
それを見たウィルがお腹を抱えて可笑しそうに笑う。
「何が可笑しい! 小僧!」
「きたなーい」
「なんだと!?」
グラムが自軍のゴーレムとモーガンのゴーレムを見比べる。
他の者も同じように見比べていたが見た目に多少の違いはあれど大差はない。
どちらも立派なゴーレムだ。
「魔力の流れの事だろう。確かに向こうのゴーレムの魔法精度は低い」
大した訓練もしてなかろう、と風の一片がポツリと付け加えるがグラムには聞こえていない。
「ふざけるな!」
「ふざけてませーん」
ぷいっとそっぽを向くウィルにグラムが苛立たしげに叫んだ。
「憎たらしいガキめ……行けっ! 奴らを血祭りにしてやれ!」
わっ、と迫り来る私兵達。
それを見ながら風の一片が嘆息する。
「ウィルにやられて懲りたんじゃないのか……アホ共め」
「まだ力でどうこうできると思っているのか。おめでたいな……」
シローもため息をついた。
向こうの人数はこちらの何倍もあるが、それだけだ。
根本的な実力が違い過ぎる。
「ウィル、下がって。お姉ちゃん達と一緒にいなさい」
シローが魔刀に手をかけて、ウィルを促す。
「いや」
「……ウィル?」
シローが笑顔のまま、固まった。
「い、や!」
ぷい、っとそっぽを向くウィル。
そうこうしている内にも、私兵達が迫ってきていた。
「なんでかなー? ウィル?」
シローがウィルの機嫌を損ねないように引きつった笑顔のまま尋ねる。
「うぃるもまほーつかうのー」
「い、いけませんよ! ウィル様!」
アイカが慌てて止めに入るが、テンションがハイになっているのかウィルは駄々をこね続けた。
「ほ、ほら! ウィル、父さんがとっておきの魔法を見せて上げるから」
「ほんとー?」
真横を向いていたウィルが唇を尖らせて、半分だけ振り向いた上目遣いで見上げてくる。
「ちょ、来るから! 敵が! なにやってんの!?」
差し迫った状況で暢気な会話を続ける親子にモーガンの焦った声が響く。
いくらゴーレムが屈強とはいえ、これだけの数に突破を計られては防ぎようがない。
しかし、シローは慌てた様子もなく魔刀を鞘から抜き放った。
白い刀身が姿を表し、凛とした風の魔力が見る者を魅了する。
息を呑むような美しさがあった。
にも関わらず、いまいち空気が締まらないのは、その刀の所有者が自分の息子をあやしているからで。
「とりあえず、敵のゴーレムを斬っちゃうからねー?」
シローが抜いた刀で天を指す。
漂う風がピンと張り詰め、風の精霊達が思わず姿勢を正した。
表情を引き締めたシローが目標を定める。
「一片、右から二番目だ。斬るぜ」
「承知」
それだけの短いやり取りを済ませ、シローは刀を振り下ろした。
実力のある者ならば、その所作に背筋を凍らせたに違いない。
それ程、その一太刀には無駄がなかった。
同時に解き放たれた魔力にウィルが目を見張った。
魔力が一切の淀み無く刀身から放たれ、切っ先から誰も気づかないような細く静かな一筋の線を引く。
その線に大量の魔力が流れ込み、空間を飛んで遠く離れたゴーレムの直上から同じように線を引いた。
「きった……」
拡大した魔力がゴーレムに線を引く様を見て、ウィルが呆然と呟く。
「えっ……」
ウィルの言葉にモーガンが声を漏らす。
次の瞬間、魔法の斬撃を受けたゴーレムが真っ二つに割れ、大きな音を立てて大地に崩れ落ちた。
「ば、バカな!?」
何が起こったのか理解できないグラムが声を荒らげる。
呆気にとられた私兵達も足を止めた。
グラム達はシローが刀を振ったのは見ていた。
だが、魔法が始動したのは知覚できなかった。
それ程、鋭く洗練された一撃だったのだ。
モーガン達もシローの魔法の威力に口を開けたまま、崩れたゴーレムを呆然と眺めていた。
「はわー、とーさますごい!」
「だろ!」
ウィルの拍手に応えてシローが口の端に笑みを浮かべる。
その様子を後ろから見ていたモーガンがポツリと呟いた。
「すげぇ……さすが【飛竜墜とし】葉山司狼と言ったところか……」
さぞ自慢の父であろうとモーガンが子供達に視線を向けると、子供達はきょとんとした顔でモーガンを見返していた。
「えっ? あれっ!?」
誰の事か全く分かっていない子供達にモーガンが驚きの声を上げる。
メイド達が残念そうに、しかしクスクス笑っているのを見て、モーガンはシローが子供達に何も話していない事を悟った。
「えっ……もしかして秘密だった、とか?」
「いや、そうじゃないさ」
シローが笑みを浮かべて見上げてくるウィルの頭を撫でる。
「その内、子供達が知ってもそれはそれでと思ってたし。俺はもう引退した身だから、あえて言うことでもないかと、ね」
「そ、そうか……」
自分が不本意な暴露をしてしまったわけではないと知って、モーガンが胸を撫で下ろした。
「どういう事ですか?」
話についていけないセレナが大人達の顔を見回す。
エリスはその両肩に背後から手を乗せた。
「シロー様の旧姓が葉山でございます。遠くキョウ国のご出身で葉山司狼様、と……」
同じようにニーナの肩に手を乗せたアイカが続ける。
「冒険者ギルド最強の十席――テンランカーに名を連ねた風の魔刀使い。飛翔するドラゴンを刀一本で斬り落とした事から【飛竜墜とし】の二つ名を持つ元第三席、葉山司狼様がニーナ様やセレナ様、ウィル様のお父上でございます」
「テンランカー……」
冒険者にあまり興味のないセレナも名前だけは知っている。
冒険者ギルドは数字ランクで1から始まり9まである。
そして9まで上り詰めた者の中から認められた10人だけが成れる最強のランク10がテンランカーである。
席次による優劣はなく、実力と人柄が問われる為、常に10の席全てが埋まっているわけではない。
テンランカーになる者はその時代の最高の冒険者と言われ、憧れを抱く者も少なくなかった。
「お父様が……」
感嘆の吐息をつくセレナに、ウィルが首を傾げた。
「ほんとー?」
見上げるウィルにモーガンが頷いてみせる。
モーガンも冒険者だ。
シローの噂はよく知っている。
逆に今の会話を聞いていた私兵達が青ざめた。
有名だったシローがさらに名を轟かせたのがセシリアとの結婚――フィルファリア王家に連なる者との婚姻だったのである。
つまり、彼らは知らなかった事とはいえフィルファリアの王族にケンカを売ったことになる。
それがどれ程重い罪になるかは言うまでもない。
「うーん……」
ウィルが腕を組んで首を傾げた。
父が有名な冒険者と聞いてもいまいちピンとこないらしい。
父はよくふざけてメイドに叩かれていたからだ。
「でも、とーさま、いつもれんにたたかれてるよー?」
「れん……?」
首を傾げるモーガンにウィルが頷く。
モーガンが視線をシローに向けると、彼は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「そう。れん」
「「「れん……?」」」
私兵達がウィルから出た単語を復唱する。
それがざわめきとなって私兵達に広まる頃、一台の馬車が学舎の庭に乗り付けた。
馬車に描かれた紋章にグラムの表情が青ざめる。
王族にのみ許された地竜の紋章だ。
貴族の息子であるグラムが見間違える筈がない。
庭に入ってすぐに停車した馬車からは、執事とメイドが次々と姿を現した。