解き放たれたお子様
それは突然の出来事であった。
「魔獣だ! 魔獣の侵入を許したぞ!」
始まりが誰の声だったのかは分からない。突如として城内に魔獣が姿を現したのだ。
「どうなっているんだ!?」
城内の警備に当たっていた騎士が一人、混乱する廊下を駆け抜ける。
城門を破られた気配はなかった。城内に魔獣が侵入しているなど考えられないことであった。
「くそっ!」
部下に襲い掛かる魔獣を見つけた騎士が悪態をつきながらショートソードを一閃する。魔力を伴った一撃が部下に気を取られた魔獣の背を斬り裂いて、魔獣は断末魔を上げる間もなく事切れた。
「しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」
壁にもたれかかりながら崩れ落ちていく部下を支えた騎士が励ますが、命に別状はないにしてもその傷は決して浅くはない。咄嗟に出た嘘であった。
「た、隊長……」
「おい!」
「魔獣は城の内部から……」
「ば、ばかな……!」
騎士が部下に問いただそうとするが部下はそのまま気を失ってしまった。
途方に暮れる騎士の下へ他の部下が駆けつけてくる。
「こいつを治癒術師の下へ! 数名は俺についてこい! 先行して皇妃様方の安全を確保する!」
傷ついた部下を他の部下に任せ、騎士が迎賓館に向けて走り出した。
(城の内部からだと……?)
部下の言葉を思い返して騎士が奥歯を噛みしめる。普通ならそれは考えられないことだ。誰かが魔獣を持ち込まない限りは。
(手引きをした者がいるとでもいうのか……!?)
最悪の想像を振り払いながら、騎士は急ぎ廊下を駆けていくのであった。
ウィルの跳ねた髪の毛がぴょこぴょこ揺れる。
別に魔力を感知したから立っているわけではない。
そんなウィルの髪を撫でるセレナの視線の先ではアイカがセシリアにウィルの反応を伝えてくれていた。セシリアなら護衛対象を一か所に集めるようシャナルたちにうまく働きかけてくれるはずだ。
案の定、シャナルたちに何事か説明したセシリアはシャナルたちを連れてこちらに歩き出し始めた。
それを見たセレナがほっと息をついたのもつかの間、セレナの手からウィルが抜け出した。
「ウィル?」
セレナの問いかけにウィルは答えない。
ウィルは確かに迫りくる気配を感じ取っていた。
(いっこ、にこ……たくさん!)
好ましくない気配の塊。
いまだ舌足らずなウィルがそれでも懸命に警鐘を鳴らした。
「よくないのがくる! まどとどあからはなれて!」
いきなり騒ぎ出したウィルに周囲が騒めくのも一瞬。けたたましく開いたドアからデンゼルと騎士たちが室内に入り込んできた。
「なにごとです!?」
「シャナル様! 城内に魔物が――!!」
シャナルの問いかけにデンゼルが答え切る間もなく、窓を突き破って何かが室内へと飛び込んできた。
それが虎型の魔獣だと分かるとそこかしこから悲鳴が上がる。
シャナルたちを守ろうと近衛隊が素早く魔獣を取り囲んだ。
逃げ惑う人々。室内に躍り込んでくるデンゼルと騎士たち。吼える魔獣。
入り乱れる人々が小さなウィルの視界を容易く奪う。
「ちがうー! まじゅーだけじゃ――」
ウィルの警告は大人たちには届かなかった。
その間に人波を縫って駆け抜けてきたデンゼルがマリエルの腕を強引に掴み上げた。
「来るんだ!」
「痛いっ! 離して!」
「マリエル!」
引き離されるマリエルに気付いたハインリッヒがデンゼルに掴みかかる。
だがデンゼルもその動きを予期していたかのように手にした杖を振り上げた。
魔力で強化された杖の一撃がハインリッヒに襲い掛かる。
ハインリッヒが咄嗟に展開した障壁を杖が叩く。防ぎきれず砕けた障壁を突破して杖がハインリッヒの肩を捉えた。
「ぐっ――!」
「お兄様!」
杖先とはいえ強化された杖は鉄の鈍器ほどの威力がある。痛みに顔をしかめて転倒するハインリッヒにマリエルが悲鳴を上げた。
同時に駆け出す者が一人。
「ハインリッヒ!」
シャナルがハインリッヒに駆け寄ろうとするがその道を阻むように騎士が剣を抜いた。
「下がれ!」
「我が子を傷つけられて黙っていられる母がいるものか!」
騎士の制止を振り切って騎士に掴みかかろうとするシャナル。
対した騎士が舌打ちをして剣を振りかぶった。
「馬鹿がっ!」
容赦なく振り下ろされる剣がシャナルを襲う。
しかしその刃はシャナルに届く前に魔法の壁に阻まれ、双方を跳ね返した。
後方によろめくシャナルの体をセシリアが受け止める。
「あ、ありがとう。セシリア……」
一息ついて礼を述べるシャナルにセシリアが歯切れの悪い返事を返した。
「いえ……わたしではありません、お従妹様」
「えっ……?」
シャナルは魔法を得意としているセシリアが防いでくれたものと思っていたが。
目の前の騎士も同じようにセシリアを見ており、それからセシリアの視線の先を追った。
シャナルもそれに気が付いて視線を追う。
そこにいたのは先程までセレナたちの傍にいたはずのウィルであった。
「そんなのふりまわしたらあぶないでしょ!」
ぷりぷりと怒りを露わにするウィル。
(ウィルが空間転移を……?)
セシリアはすぐにウィルの魔法を理解した。
幼いウィルが高速で移動する術はそう多くない。
おそらく空属性の魔法を得意としているカルツに教わっていたものと思われるが、いまは驚いている場合ではない。
乱入した騎士たちはすでに子供たちや貴族の婦人たちを取り囲んでおり、抜身の剣を突き付けていた。
「全員、動くな! 武器を捨てよ!」
マリエルの腕を掴んだままデンゼルが声を張り上げる。
魔獣の対処に追われていた近衛隊が悔し気に顔をしかめた。敵の陽動にまんまと乗せられてしまった。しかもそれが帝国貴族であるデンゼルの手で行われたとなれば当然だ。
自分たちの不甲斐なさを受け入れて近衛隊の騎士たちが一人、また一人と武器を捨てる。それは魔獣を目の前にしては完全に自殺行為であった。
観念した近衛隊を見たデンゼルが満足げな笑みを浮かべる。
近衛隊が死ねばシャナルたちを守る者はもういない。あとは自由に事を運べる。
そのはずであった。
「しゃーくてぃ」
『ん……』
ウィルがぽつりと呟き、心の中からシャークティの頷きが返ってくる。
ウィルは静かに掌を魔獣にかざした。
「つちくれのせんとう、わがいをしるせ かっしょくのごーじん」
次の瞬間、魔獣の足元から突き出た無数の尖った柱が容赦なく魔獣を突き刺した。
串刺しとなってのたうつ魔獣に全員が言葉を失う。響いたのは幼い声の詠唱。それなのに発動した魔法はあまりにも強力過ぎた。
魔獣が事切れる様を見たデンゼルが我に返って視線を声のした方に向ける。
「動くなと言っただろう! 魔法を使うな!」
「えー……?」
微かな焦りが混じるデンゼルの声に返ってきたのはウィルの困った声だった。
「だって、あのままうごけないときしさんたちあぶないよー?」
「……なん――?」
回答者の幼さにデンゼルが絶句する。
その様子を見たトルキス家の人間は違和感を覚えた。デンゼルは知っているはずなのだ。ウィルが精霊との契約者であり、類まれなる魔法の使い手であるということを。それなのに驚くのはおかしい。
その答えはすぐに分かった。
「どういうつもりだ! デンゼル、答えよ!」
睨みつけるシャナルと圧倒的優位から気を取り直して笑みを浮かべるデンゼル。
その足元で両者を交互に見たウィルはシャナルの傍らにいるセシリアを見上げてデンゼルを指差した。
「かーさま、あのひと、でんぜるおじさんじゃないよー?」
きっぱりと。ウィルはそう告げて周りをざわつかせた。
マリエルを捕らえた人物はどう見てもデンゼルに見える。だが、ウィルの目を誤魔化すことはできなかった。ウィルの目には男を覆っている魔力の流れがはっきりと見えていた。
「あれはまほーだよ。きりぞくせーのまほー」
「なんだと……」
ウィルの言葉にデンゼルの表情が微かに歪む。
「たいへんじょーずなまほーです」
素直に魔法を称賛するウィルは自信満々だ。当然、トルキス家の者でウィルの言葉を信じない者はいない。
「ガキが。たわ言を……」
一斉に疑いのまなざしを向けられたデンゼルが胸中で舌打ちするが、しらを切っても疑念はますます深まっていく。
ウィルはウィルで明確に敵意を向けられたことに気付いたのだろう。ぷくりと頬を膨らませた。
「でんぜるおじさんはそんなきたないまりょくしてないよーだ!」
デンゼルの魔力は精霊たちに認められるほど澄んでいる。ウィルの目から見ればデンゼルと目の前の人物とでは雲泥の差があった。
「まりえるねーさまからてをはなせ、わるもの!」
「もういい!」
ウィルの言葉に苛立ちを覚えたデンゼルが声を荒げ、騎士に指示を飛ばす。
「そのガキを黙らせろ!」
ウィルの近くにいた騎士が指示通りウィルを黙らせようと手を伸ばす。
しかし次の瞬間、ウィルの姿は消えてしまった。
何が起こったのか分からず、全員が動きを止める。
「つかまらないよーだ!」
ウィルの声が全く別の所から聞こえて全員が向き直った。
ウィルは騎士たちの囲みを突破してその背後にいた。空間を転移するウィルの動きは誰の目にも捉えることを許さない。
「この、ちょこまかと!」
騎士の一人が怒りを露わにしてウィルを捕まえようとする。
ここに至ってもデンゼルたちは決してしてはならないことをしていた。ウィルをなめていたのである。小さな子供とあなどって。
人質に剣を突き付けていればウィルは言うことに従っていたかもしれない。だがそうしなかったのはウィルがただの子供でどうとでもなると思っていたからだ。
それは本当のデンゼルなら決して犯さない致命的なミスだ。
ウィルの姿がまた消えて騎士の腕を掻い潜る。
次にウィルが出現した場所はウィルからセシリアたちを囲む騎士たちが全員視界に収まる場所であった。
「この……!」
またも視界からウィルが消えて苛立つ騎士であったが次の瞬間、彼の体を強烈な悪寒が走った。
嫌な汗が全身に噴き出る。見えてもいないのにウィルの位置を理解して騎士がなんとかウィルの方へ向き直った。
ウィルが小さな手を騎士たちに向けてかざす。圧倒的な魔力の気配が敵対する騎士たちに襲い掛かった。
「あじゃんた」
『りょーかい!』
ウィルの呟きに今度はアジャンタが軽快に応えて。
「ぼーふうのほーだん! わがてきよはぜよ、りょっこーのあらしー」
魔力が意味を成し、セシリアたちを囲む騎士たちの前に強力な風玉が生成された。
次の瞬間、風玉に撃たれた騎士たちが問答無用で吹き飛ばされ、まるでゴム毬のように床で跳ねて奥にいるデンゼルたちの前に転がった。
あまりの威力に敵味方問わず絶句する。
「ご、が……」
何名かの騎士は意識を失わず、這いずりながら味方の下を目指して蠢いていた。
「おー、きぜつするくらいでまほーつかったのに」
『何人かは咄嗟に障壁を張ったみたいね』
「てかげんってむずかしー」
ウィルは胸中のアジャンタとやり取りしていただけなのだが、その言葉は騎士たちを恐怖させるのに十分であった。
騎士たちが我に返って仲間たちを助け起こす。
デンゼルはというとウィルの異常性に目を離すことができなくなっていた。
(な、なんなんだ、あのガキはぁ……)
自身の狼狽を気取られぬようにデンゼルが奥歯を噛みしめる。魔獣の陽動も完全に成功し、人質も確保できたと思っていたのに。たった一人の子供に状況をひっくり返されてしまった。
デンゼルの動揺ぶりが手から伝わってマリエルが恐る恐るデンゼルを見上げる。そのことに気付けない程、デンゼルは動揺していた。
デンゼルの頭の中にあるのはこの異常な事態を如何に脱するかということだけだ。
震える唇からなんとか息を吐き出し、冷静さを取り戻していく。
「……おい。ガキだけでいい。お前たちは怪我人を連れて撤収しろ」
そう呟くデンゼルは懐から魔獣召喚の筒を取り出した。
それに気付いて騎士が頷き、全員で子供たちを取り囲む。騎士の中の一人が長柄の魔道具を取り出して掲げると光が溢れ、騎士と子供たちを包み込んだ。
(あのひかりは……)
光に目を細めながらもウィルがつぶさに観察する。
魔法の光が騎士たちの周りに行き渡ると光の中に溶け込むように騎士と子供たちの姿が消えた。
「デンゼル! 子供たちに何をしたの!」
周りが騒めく中、シャナルがデンゼルに問いただす。
再度、優位に立ったかとデンゼルの表情に余裕が生まれそうになった時、何でもないようなウィルの声がまたそれを阻んだ。
「あっちー」
ウィルの指差す姿にシャナルが目を瞬かせ、デンゼルが奥歯を噛みしめる。
「貴様はーっ! 毎度毎度しゃしゃり出てきて何を言っている!」
「えー?」
何を怒っているのかと不思議がるウィルの胆力も大したものだが、驚くべきことはその口から語られた内容であった。
「いまのくーかんてんいでしょー? そのとんださきがね、ずっとむこーのほーにあるもりなのー」
「なっ……なっ……」
反論しようとするデンゼルの口から息だけが漏れる。
その狼狽っぷりは誰の目にも明らかであった。
「本当なの、ウィル?」
あまりに的確な内容にセシリアも心配になってウィルに聞き直す。
ウィルはこくこく頷いた。
「れびーとくろーでぃあのあわせわざだってー」
ウィルは魔道具の光を見てそれが空間転移の魔法であると理解した。そしてウィルは離れていても風狼の力を通じてセレナやニーナがどこにいるかを知ることができる。さらに樹の精霊であるクローディアは樹の魔素が多い森の位置を把握することができた。
つまりウィルは空間転移で飛ばされたセレナたちが離れた場所にある森の中にいるとすぐに分かってしまったのだ。
「……あのー?」
何かに気付いたウィルが対峙したデンゼルに視線を向ける。
取り繕うことを忘れたデンゼルにウィルはこくんと首を傾げた。
「おじさんもいっしょににげたらよかったんじゃ……」
空間転移で移動できるのであれば一緒に移動すればこの場を離れることは容易い。
完全な上から目線のウィルにデンゼルはとうとう切れた。
「こ、の、クソガキがぁああああああ!」
力任せに込められた魔力で魔獣召喚の筒が怪しく光る。その先端から堰を切ったように禍々しい気配が溢れ出た。
「はぁっ、はぁっ、くっ……」
急激に魔力を消費したデンゼルが荒い息をつき、マリエルを抱え直して宙に浮かび上がった。
「は、放して!」
「マリエル!」
「下がって、シャナルお従姉様! 魔獣が出ます!」
駆け出そうとするシャナルをセシリアが引き留める。
シャナルたちとデンゼルの間には魔力が溢れ、今にも魔獣がその姿を現そうとしていた。
魔獣召喚に隔てられた先でデンゼルが魔法を放ち、天井に穴を開ける。そこから外へ出ようとするデンゼルの顔には怒りにまみれた嘲笑が浮かんでいた。
「大人しく人質となっていればよかったものを……!」
利用できないのなら生かしておく必要もない。人質は子供たちだけでも十分だ。
「ドラゴンリザードの餌食となるがいい!」
見る間に姿を形作る魔獣に気を取り直した近衛隊が急いで武器を取り直し、シャナルたちの前に駆け寄る。
四つ足で這うリザード種の魔獣。その力はドラゴンの名を冠しているだけあって強大である。
手練れの近衛隊をもってしても死を覚悟した戦いになる、はずだった。
(きたないまりょくだ……)
騎士たちが身構える後ろでウィルが静かに小さな手をかざす。その目には出現するであろう魔獣の姿かたちが魔力を通じてしっかりと見えていた。
(ほんもののでんぜるおじさんのまりょくは、もっとやさしくてあったかかった)
なんだか偽物にデンゼルを馬鹿にされた気分がしてウィルにまた怒りが芽生えてくる。
ウィルの怒りに呼応するかのようにウィルの魔力が高まっていく。
「くろーでぃあ!」
『いつでもいいわ、ウィル』
ドラゴンリザードがその凶悪な牙を、強靭な爪を露わにすると同時に、ウィルは叫んだ。
「たいじゅのあぎと! わがてきをくらえ、じゅかいのほしょく!」
ドラゴンリザードを取り囲むように巨大な木の根が次々と床を突き破る。その先端が宙で頭を垂れて、一斉にドラゴンリザードに襲い掛かった。
現れて間もなく、行動を起こすことも許されなかったドラゴンリザードの皮膚を木の根が貫いていく。その光景はまるで樹木に捕食されているようであった。
絶叫するドラゴンリザードと喰い荒らすことをやめない木の根に誰もが言葉を失う。
「悪魔め……」
息を飲んで吐き捨てるデンゼルとウィルの視線がぶつかった。
(あっ……)
そんな中、デンゼルに抱えられたマリエルははっきりと見た。ウィルの纏った風の魔法がまるで翼のようにはばたくのを。
(ウィルちゃん、天使みたい……)
風の魔法が力を増し、ウィルの体を浮かせた。
それを見れば誰の目にもウィルが追撃態勢に入ったのだと理解する。
「くっ……!」
はじかれたように逃亡を図るデンゼル。
「まりえるねーさまをかえせ、にせものー!」
一気に加速したウィルがデンゼルを追って天井の穴から飛び出していった。
残された者たちが唖然とその背中を見送る。
否、トルキス家の者たちはウィルの行動を予測できていた。しかし目の前で皇女をさらわれたとあってはセシリアもウィルを止めるわけにはいかなかった。
ウィルと精霊たちを信じるしかない。
そして自分にできる事をするしかないのだ。
「シャナルお従妹様」
気が抜けそうになっているシャナルの体をセシリアが支える。
なんとかこちらに視線を向けるシャナルの目をセシリアは力強く見返した。
「城内の魔獣を一掃しましょう。ここでやれるだけのことをやるのです」
「え、ええ……」
シャナルが何とか気を持ち直したことを確認して、セシリアが視線をマイナに向ける。
「マイナ」
「はっ!」
「あなたはウィルを追跡しなさい。そしてウィルと合流するのです」
「はっ! ……はい?」
背筋を正して命令を聞いたマイナがその内容を反芻して思わず聞き返した。
当然だ。セシリアは今し方ものすごい勢いで飛んでいったウィルを走って追いかけろと言っているのである。
とんでもないことを言っているという自覚があるのかセシリアの視線も少し揺れている。命令というよりかは無理を承知で頼んでいるのだ。
「うぁっかりましたぁ! この韋駄天マイナちゃん、必ずやウィル様とマリエル様に合流してみせます!」
略式ながら勢いよく敬礼をしたマイナは風属性の魔法を纏って迎賓館から飛び出していった。
(お願いね、マイナ……)
セシリアが祈るように胸中で呟く。この中ではマイナの足が一番速い。マイナで追いつけなければ誰にも不可能なのである。
「エリス、アイカ、ミーシャ」
「「「はっ!」」」
セシリアの呼びかけに控えていたエリスたちが背を正す。
「私たちも戦いに参加します。続きなさい」
「「「はっ!」」」
陣頭指揮を執り始めたシャナルを追って、セシリアたちもまた城内の魔獣を一掃すべく行動を開始した。




