広場
帝都の空に轟音が響いた。
白いローブの刺客が放つ魔獣に対し、騎士や兵士が臆することなく立ち向かっていく。
ソーキサス帝国の戦力が動揺もなく迅速に対処できたのはシローたちからもたらされた情報のおかげであった。
魔獣召喚の話を聞いていなければ街中に姿を現した魔獣に気後れすることもあっただろう。しかし、魔獣召喚のカラクリを理解したソーキサス帝国の騎士たちが後れを取ることはなかった。
王都レティスで起きた悲劇を繰り返してはならない。
シローたちの願いとソーキサス帝国騎士の想いは合致し、白いローブの集団の初動を見事に抑え込んだ。
(始まったか……)
広場の壇上で異変に気付いたシローが胸中で呟いた。
広場に張り巡らされた防御壁の外側でなだれ込んできた魔獣と騎士たちが戦闘を開始する。その異様な光景に集まった人々の中にも動揺が広がって騒めきだした。
「静まれ、皇帝陛下の御前であるぞ!」
ソーキサス帝国の重臣が前に進み出て集まった者たちに張りのある声を投げかける。
そうして見れば壇上に立つ貴族たちは誰もこの異常事態に気後れしていなかった。想定されていた事態であったということもあるが、誰もが刺客の非道に怒りを覚えていたからであった。
凛として居並ぶ貴族や騎士の中央に立ったレオンハルトが集まった者たちの前に真っ直ぐ進み出る。
人々は静まってそんなレオンハルトの言葉を待った。
「先の内乱より十余年……我々は先代皇帝の圧政を排し、この国の未来を勝ち取った。誰もが幸せに向けて歩を進められる未来を。この度の式典もそんな帝国に共感し、共に歩んでくれる隣国の使者を皆に紹介したかったからだ。
しかし、そんな未来ある帝国を根底から崩さんと企てる愚か者どもが現れた。奴らはこれから共に歩まんとするフィルファリアの王都を襲撃した痴れ者と同種の存在だ」
ソーキサス帝国にも王都レティスで起きた魔獣騒動の噂は広まっている。それが今、自分たちの身に降りかかろうとしているということは誰の目にも明らかであった。
聴衆が再び動揺に揺れる。
そんな聴衆の不安に対し、レオンハルトは腰に帯びた剣を抜いて天に掲げ、声を張り上げた。
「断じて! 断じて許せぬ! 私は、我が軍は、フィルファリアの地で犠牲になった友の無念を胸に、非道を断つ!」
勇ましい皇帝の姿に広場の聴衆から、そして精堂で中継を見ていた者が歓声を上げる。レオンハルトの勇姿は聴衆の動揺を払拭するには十分であった。
レオンハルトの声に呼応するかのように士気を漲らせる騎士や兵士、冒険者たち。戦闘に従事できない住民たちも一丸となって後方支援に駆け回る。
歓声を上げる聴衆の姿に一瞬目を細めたレオンハルトが踵を返し、壇上の中央へと戻った。
「シロー殿」
シローの横でレオンハルトが足を止め、向き直る。
「はっ」
「本来であれば他国の貴族である其方にこんなことを頼むのはどうかと思うが……」
前置きしたレオンハルトの笑みでシローは何となくこの後に続く言葉の想像がついてしまった。
「我が軍の騎士たちを援護してやってはもらえぬか?」
「しかしそれは……」
シローが離れるということはそれだけレオンハルトの身の回りが手薄になるということだ。シローがレオンハルトを護衛するという前提でレオンハルトを前線に立たせることを承諾した者もいる。
戸惑うシローにレオンハルトの笑みが深まった。
「シロー殿。私もこう見えて元上級冒険者だ。それなりの腕はある。それに――」
レオンハルトが視線をシローとは逆の方へ向ける。そこには皇帝直属の近衛兵が控えていた。
シローが一目見れば分かる。相当な実力者だ。
「なにもテンランカーに名を連ねた者だけが強者というわけではない」
レオンハルトの言うことは正しい。
世界は広い。テンランカーだけがこの世の強者ではない。マスタークラスなどと称される達人はこの世に多くいる。
シローの身近ではトマソンやジョンなどがそうだ。独自の武技を修めて飛躍した者、一流の指導の中で開眼した者、さまざまである。
レオンハルトからしてみれば、そうした強者を傍に仕えさせているのにシローの行動まで縛ってしまっていることが納得いかないのだろう。シローの強さを知れば自由に行動させた方が理のある話なのだ。
「お互い妻に怒られることになるかと思うが……付き合ってもらえるかな?」
当然、レオンハルトやシローが前線に立つことにセシリアやシャナルがすんなりと理解を示したはずもなく。
彼女たちの後の剣幕を想像したシローも思わず苦笑してしまう。そして魔刀の鞘に手を添えた。
「アロー様」
シローの呼びかけに応えたアローが鞘から顕現すると周囲から感嘆の息が漏れた。
「レオンハルト陛下の護衛をお願いします」
「了解」
風の上位精霊であるアローが本陣の護衛に回れば心強いし、万が一レオンハルトに危機が迫ることになったとしてもシローに伝わる。さらにアローが本陣で戦況を判断してくれればシローも動きやすかった。
アローの了承を得たシローがレオンハルトに向き直る。
「陛下。彼女を護衛として残していきます」
「かたじけない。シロー殿、精霊様」
素直に礼を述べるレオンハルトに見送られ、シローが魔刀を抜いた。
「一片、いくぞ!」
「承知!」
シローと顕現した風の一片が壇上から飛び立ち、防御壁の外側に抜ける。
そのまま騎士たちの前に躍り出たシローをめがけて魔獣が殺到した。
「小物だな……」
襲い掛かる魔獣の力を推し量った一片が鼻を鳴らす。魔獣召喚の筒の影響を受けて狂暴化している魔獣であるがそのランクは低い。物量はあるが帝国騎士でも十分に対応できそうに見える。
「解せん」
「ああ」
一片と同じ違和感を覚えたシローが微かに眉根を寄せた。
いくら警備が厳重でも敵はキマイラなどの巨獣を召喚することもできる。奇襲の初手としてはどうにもインパクトに欠ける魔獣の構成だ。必要以上に街を傷つけたくないのか、はたまた戦力を出し惜しみしているのか。
(城から出た皇帝を狙う絶好のチャンスのはずだが……?)
相手の戦力を早々に削り取ってしまおうと考えていたシローの当ては外れた感がある。だがシローの予想では敵も勝機があっての攻勢のはずで。
「どうする?」
迫りくる魔獣を二匹三匹と無造作に切り捨てながら思案するシローを一片が見上げる。
考えを纏めるようにシローはゆっくりと魔刀を構え直した。
「なにかあるはずだ。奴らの狙いが分かるまでは広場に集まってくる魔獣を狩る」
「うむ」
シローと一片が地を蹴って。新たに押し寄せる魔獣の群れを斬り裂いていった。




