帝都、到着
「シロー様」
「何かわかりましたか、エジルさん?」
「リザードたちはどうやら南側から進行してきたようですね。痕跡が続いていました」
エジルからの報告を受けたシローはテーブルの上に広げた地図に視線を落とした。
「南側か……」
地図は護衛部隊から提供されており、それを取り囲むようにシローたちやデンゼル、護衛部隊の隊長、救助された冒険者や商人の代表者が立っている。
「帝都の南側には少し大きめの森がありますね……そこから流れて来たという事か……」
「森からですか?」
シローの推測にデンゼルが聞き返す。確かに帝都の南側には森があるが、森と休息所の間には結構な距離がある。帝都に近い休息所ではあるが、普通に考えれば森から来たとは考え難い。
だが、冒険者の代表には思い当たる事があるようだ。
「この森にはフォレストリザードと呼ばれる魔獣が生息しています」
一方、この近辺にリザード種が生息しているという報告はないという。冒険者たちも商人たちもこんな所でリザードに襲われるのは初めての経験だそうだ。
「魔獣の生息域が変わる事はあるにはありますが……」
自分自身で調べた結果とはいえエジルも腑に落ちないようだ。だが、何らかの問題が起きたリザード種が移動する距離としては考えられる範囲ではある。
「この森の魔獣は強いから帝国軍や冒険者ギルドが定期的に調査、討伐に乗り出しています。異変があれば気付きそうなものですが……」
話を聞く限り、氾濫の余波ではなさそうだ。何らかの理由で狩場を追われたリザードが生息域を変えたのか。結局、現地に赴いて調査しない事には結論は出ない。
シローやレンが赴いて調査すれば早いが、立場上、そうもいかない。調査はソーキサス帝国の軍部か冒険者ギルドに任せるしかなさそうだ。
「とーさま」
「おっ、ウィル。来たか」
足元に駆け寄ってきたウィルの頭をシローが撫でる。
聞きたいことがあってエリスにウィルを呼んでくるように頼んだのだが付き添ってきたのはレンであった。エリスが気を利かせてくれたらしい。
「およばれしましたー」
「ウィル様。お集りの方々に挨拶なさいませんと」
レンの指摘にウィルがはっとなって慌てて挨拶をした。
「うぃるべる・はやま・とるきすです!」
元気なウィルに大人たちの表情が綻ぶ。冒険者や商人の代表者たちもウィルが精霊を使役して彼らを助けたのを見ている。シローに向ける感謝と同様に、彼らはウィルにも感謝していた。
「小さな魔法使い様。この度は我々を助けて頂いてありがとうございます。とても素晴らしい魔法でございました」
「それほどでもー」
商人の代表者から感謝を述べられたウィルが照れたように身をくねらせた。魔法使いとして扱われた事も魔法を褒められた事もとても嬉しいようだ。
「ウィル、騎乗獣のことなんだけど」
「んー?」
シローがここにウィルを呼んだ理由は治療した騎乗獣の状態を聞くためだ。騎乗獣はクローディアが治療していた為、ウィルから様子を聞きたかったのだ。
しかし、ウィルが答えるより早く、クローディアはウィルの体から姿を現した。クローディアの姿を今一度確認した冒険者や商人、精霊を初めて間近で見る部隊長が感嘆の声を上げる。
「傷は完全に癒しました。少し消耗していましたがクティが土属性の魔法で体調を整えていたので明日には問題ないかと思います」
「精霊様、私どもの財産を助けて頂き、誠にありがとうございます」
深々と頭を下げる商人にクローディアは照れ笑いを浮かべてから姿を消した。騎乗獣も商隊を勤める者の財産。家族同然に向き合う者も多い。
「明日にでも動けそうなら一緒に帝都へ向かえますね」
「その、本当にご一緒しても構わないのですか?」
クローディアの報告を受けて満足そうなシローに商人が申し訳なさそうに向き直る。
貴族の、それも他国から親善訪問に来ているシローたちの隊列に加わる事は普通なら恐れ多い事だ。
だが、シローは元冒険者である為、商隊の大変さはよく理解しているし、商人たちが同行しても大して気にならない。他の懸念もあり、一緒に行動してくれる方が彼らの安全も確保し易い。
「たくさん魔獣を狩った後ですからね。血の匂いに釣られて他の魔獣が姿を見せないとも限らない」
「ありがとうございます」
シローの申し出に商人や冒険者の代表が深く頭を下げる。
「わるいまじゅうさんだったからしょーがない」
ウィルもウンウンと頷いている。以前、シローから魔獣をたくさん狩ってはいけないと教わったウィルだが、今回の救援に関してはそれが例外だと理解しているようだ。
人を助けるためには仕方ない。だが、この後に訪れる懸念事項の対処はできる範囲で、大部分はソーキサスの軍部や冒険者ギルドに任せる事になりそうだ。
軍部への報告はデンゼルが、冒険者ギルドや商人ギルドには代表者たちがそれぞれ報告してくれる。すぐに対応してくれるだろう。
「うぃるもなにかおてつだいするー?」
話し合うシローたちに感化されたのか、ウィルが手伝いを申し出る。
そんなウィルの頭をシローが優しく撫でた。
「そうだなぁ……それじゃあ、レンと一緒に見回って困っている人がいたら助けてあげて」
「りょーかい!」
元気よく返事をしたウィルがレンを伴ってその場を立ち去る。
「将来が楽しみなご子息ですな」
ウィルの背中を見送った冒険者が笑みを浮かべてシローを見た。その表情に降参の意が含まれているのは見間違いではないはずだ。
「子供で、あれだけ強い力を持っていれば自慢の一つもしたいでしょうに……」
困っている人を見つけては力になろうとするウィルの姿はそんな様子を微塵も感じさせない。
「魔法で誰かが喜んでくれるのがあの子にとっての一番なんですよ」
「なるほど……」
シローの説明を聞いて大人たちが納得する。
危うくも、一生懸命なウィルの姿は見守っていたくなるものだ。
ただ、大人としてはウィルの背中を眺めてばかりもいられない。
「我々も仲間の手伝いに参りますかな?」
「そうだな。小さな魔法使いばかりに働かせていては立つ瀬がない」
商人の提案に笑って答えた冒険者はシローに別れを告げるとそれぞれの持ち場に散っていった。
トルキス家の車両に護衛部隊、そこに商隊も加わって高い陽の光の下、長い隊列が進む。
前方の兵士が目標を視界に捉えて声を上げた。
「見えたぞー!」
徐々に現れる帝都の外観。旅の疲れを癒すその光景に顔を上げた兵士たちの表情も晴れる。
「着いたの!?」
「ついたー?」
「こら、ニーナ、ウィル! 危ないぞ!」
馬車の窓から身を乗り出すニーナとウィルをシローが慌てて窘めるが、徐々に見えてくる帝都の外観を目にしてお子様たちは興奮気味に目を輝かせていた。
「「おっきー!」」
フィルファリアの王都の外観に負けず劣らず、圧倒的な大きさを誇る帝都の外観に二人は感嘆の声を上げて頭を引っ込める。
「せれねーさまも!」
「えっと……」
ウィルが自分の見た景色をセレナにも見せようと招き入れるがセレナは困った笑みを浮かべてしまう。今し方、シローに窘められたばかりで気を遣っているのだ。
そんな物わかりのいいセレナの姿にシローも困った笑みを浮かべた。ニーナとウィルに見せてセレナに駄目とは言えない。
「セレナ、周りに気を付けて」
「はい!」
シローから許可を得られて年相応の笑顔を浮かべるセレナにセシリアも思わず笑みを溢してしまう。
乗り出したセレナの髪を優しい風が撫でていく。
「ホントに大きい……」
大きく築かれた人間たちの拠点にセレナも感嘆の息を吐く。
そんなはしゃぐ子供たちを見守るシローが目を細める。優しげでもあるその表情はどこか憂いを帯びており、シローの裾をセシリアが柔らかく掴んだ。
「シロー様……」
「大丈夫だよ、セシリアさん」
シローがセシリアの手を握り返す。セシリアも分かっている。帝都に到着するまでに起こった問題は楽観視していい類のモノではない、と。
だが、表立って騒いでは子供たちも不安になる。それは二人の望むところではなかった。
シローがセシリアの不安を取り除くように優しく手を撫でる。それだけでシローの意図を察してセシリアの表情も少し柔らかくなった。
「……いちゃいちゃしている」
目立たないようにやり取りしているつもりだったが。
シローとセシリアのやり取りに気付いた子供たちが繋いだ二人の手をじっと見降ろして、ウィルが端的に感想を述べた。
慌てて手を離すシローとセシリア。夫婦仲を見せつけられて気恥ずかしさから思わず頬を染めてしまうセレナと、二人の仲睦まじさに嬉し気な笑みを浮かべるニーナ。
「とーさまとかーさまがなかよしで、うぃるはとってもうれしーです」
夫婦の心配もどこへやら。ウィルの決定的な駄目押しを食らってシローとセシリアは頬を朱に染めてしまう。
そんなトルキス家にどのような事が待ち受けているのか、この時はまだ誰も知る由もなかった。




