お父様は見てた
時は少し遡る――
「うおりゃあっ!」
手斧を振り上げて襲い掛かってきた大男の一撃を最小の動作で躱したシローが足を払って転ばせる。
体勢を崩し、つんのめった大男が振り向きざまに斧を振り抜いた。
それをさらに飛んで躱したシローが大男の顔面に着地する。
「ぐふっ!?」
絶妙に加減した一撃で大男を昏倒させたシローが飛び退きざまに剣へ魔力を流した。
「来たれ風の精霊! 旋風の輪舞曲、
我が敵を薙ぎ払え辻風の調べ」
渦巻く風の波動がシローの背後に流れ、モーガンの部下に迫った敵を吹き飛ばす。
「すいませんです」
「気にすんな」
礼を述べてくるモーガンの部下に軽く応えて、シローが周囲へ視線を向けた。
他の騎士達もモーガン達もよく凌いでいる。
シロー達を包囲したカルディの私兵達は徐々にその輪を狭めていた。
(こう数が多いと面倒だな……手加減するの)
魔獣との戦いなら加減も必要ないのだが、とシローが胸中で悪態をつく。
それに先程身を潜めるように小屋へ向かった男達の存在も気になった。
(アイカさん達がいるから滅多な事はないと思うが……)
万が一、娘達が人質に取られたらと思うと気が気でない。
シローが近付こうとする私兵達を視線で牽制し、釘付けにする。
相手もシローとの実力差を感じ取っているのか、迂闊に前に出られない。
「ん……?」
目の端で一瞬捉えた奇妙なモノにシローが小屋へ視線を向けた。
ドガァァァァァァン
何かが小屋の屋根を突き抜けるように落ちていった。
敵味方問わず、物凄い音をたてた小屋の方へ視線を向ける。
騎士達やモーガン達が青ざめ、グラムが愉悦に表情を歪めた。
「あーはっはっは! 落ちたぞ! ガキ共がいる小屋に! でっかい塊が!」
それがなんであったのか、その場の誰もが確認していなかった。
しかし、天井に大穴を開けるようなモノが落ちたのだ。
中の子供達が無事である確率は低い。
「子供達が……」
「くそっ……! なんだってんだ!」
仲間達が絶望的な表情を浮かべる中、シローも嫌な予感を感じていた。
だがそれは一瞬間を置けば、仲間達とはまた違った予感であった。
「シロー! 子供達が……!」
悲壮感漂う同僚の声に応えず、シローが混乱しかかった頭で気配を探る。
身に覚えのある気配がそこにはあった。
「まさか……」
「残念だったな! 野良犬共!」
シローの様子を狼狽えていると感じ取ったグラムが耳障りな嘲笑を上げる。
しかし、それも無視してシローは小屋の方を注視した。
もし、小屋に飛来したモノがシローの想像通りであれば、その原因は一つしかない。
なぜならそれを動かせる可能性がある者は自分を除けば彼の子供達だけなのだ。
その中で、家にいて、すぐにそれを動かせた者となると一人しかいない。
敵も味方も見守る中で、変化が起きた。
風の魔素の奔流が渦を巻いて壊れた小屋の天井から中へと流れ込んでいく。
増幅された魔力が壊れた小屋をガタガタと揺らし始めた。
「な、なんだ……?」
グラムも嘲笑を止めて、小屋の方を注視していた。
異様な雰囲気を感じ取った周囲の人間が固唾を呑んで見守る中、魔素の吸収が止み、一瞬の沈黙を作り出す。
そして次の瞬間、風魔法の光が轟音を上げて小屋の壁を突き破った。
余波が残った壁を吹き飛ばし、光の奔流がシロー達の頭上を飛び越えて、レティスの空に一条の軌跡を残す。
とてつもない魔法の力を全員が呆然と見上げた。
魔法が魔力を失い、その姿が空から消えると誰ともなく魔法を放った者へと視線を向ける。
(ああ……)
同様にシローも視線を小屋の方へ向け、その姿に納得した。
想像通りの姿がそこにはあった。
堂々と立つ大きな風狼とその背に跨るウィル。
それが意味するところを察して、シローは憐れみに満ちた目で私兵達を見やった。
ウィルがこの場に来た以上、トルキス家の人間が後を追わないはずがない。
そうなればこの場に一番来てはいけない人物がやってくる。
ウィルが誰にも見つからずにここへ来たのならその限りではないが、確率は低いだろう。
「終わったな……」
意味不明な言葉を呟いて私兵達を憐れむシローに、周りの仲間達が顔を見合わせた。