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救援、もしくは圧倒的ななにか

(すごい……)


 彼はベテランの冒険者である。抜きん出た力はなくとも様々な依頼をこなしており、冒険者の中でも中堅に位置する実力はあると自負している。

 そんな彼の目から見てもシローの強さは凄まじいものであった。今まで自分より強い冒険者は何人も見てきたが、そのどれとも当てはまらない。


「たった一人、救援に入っただけで状況を一変させてしまうとは……」


 今までにも窮地は乗り越えてきた。だが。今回ばかりは死を覚悟していた。それをたった一人――いや、幻獣と精霊の力も併せてだが、完全に押し返してしまっている。

 その実力は誰の目にも疑いようがなかった。


「きっと名うての剣士に違いない」


 ベテラン冒険者はこの奇跡に近い巡り合わせに感謝し、しかし未だ問題は解決していないと自分に言い聞かせ、目の前の魔獣に対して注力する。

 そんな時、急にリザードの圧力が減少した。次いで、騒ぎ立てるようにリザードたちが鳴き始める。その視線は自分たちではなく、全く別方向へ向かっていた。


「なんだ、あれは!?」

「なにか来るぞ!!」


 微かに響いてくる地響きに顔を上げた数人の冒険者がリザードと同じ方向を向いて騒ぎ始める。そんなことをしている場合ではないのに、冒険者もリザードも遠くの何かに気を奪われてしまった。


「なんだありゃ……」


 ベテラン冒険者の目に映ったのは土煙である。いや、土煙を上げているモノも見えてはいる。だが、理解が追いつかなかった。街道を挟んだ反対側をこちらへ向かって猛然と突き進んでいるモノ。


「ゴーレム……なのか?」


 冒険者も商人も疑問に思っても無理はなかった。なぜならゴーレムは土煙を上げながら爆走したりしないからだ。

 とんでもない速度で近付いてくるゴーレムにリザードの警戒音が最高潮に達する。


「大丈夫、あれは救援部隊の魔法ゴーレムです」


 シローの言葉は男たちの疲労を吹き飛ばすには充分であった。


「魔法ゴーレム……あんな動きが可能なのか……!」

「助かるのか、俺たちは……一時はもうダメかと……」


 助かると強く感じた者の中には涙ぐむ者もいる。

 ベテラン冒険者も緩みそうになる気持ちを無理やり引き締め、笑みを浮かべて剣を構え直した。名うての剣士と共に現れた見た事もない性能のゴーレムを操る魔法使いである。その実力は疑いようもない。


「きっと名うての魔法使いに違いない! みんな、最後まで気を抜くなよ! 助けられるだけでは名が廃るぞ!」

「「「おおっ!」」」


 奮起する男たちの背中を見てシローが苦笑を噛み殺し、一片は愉快そうに口角を上げる。

 ゴーレムは速度を維持し、迷うことなくこちらへ近づいていた。




「ごーごーごー!」


 ゴーレムが魔力全開で疾走する。その速度は並みの騎乗獣では比較にならず、ウィルたちを目的地へと運んでいく。

 急がねば怪我をしている人が困っているかもしれない。そういった思いがウィルにはあった。だからウィルがゴーレムのスピードを緩める事はない。単純だがウィルらしい優しさの表れであった。


「みつけた!」


 ウィルの視界が休息所と取り囲む魔獣の一団を捉える。冒険者たちが休息所から魔獣を押し返し、それを助けるシローたちの姿も見える。目標まであと少しだ。


「いそいで、ごーれむさん!」

「ウィル様」


 さらに魔力を高めようとするウィルにレンが待ったをかけた。


「魔獣たちの手前で止まってください」

「りょうかーい」


 ウィルが元気よく返事して。


「ごーれむさん、すとーっぷ!」


 ウィルがゴーレムに停止命令を下す。だが――


「すとっぷ、すとーっぷ!」


 勢いに乗った巨人がそう簡単に止まるはずもなく。ゴーレムは横滑りしてリザードたちを跳ね飛ばし、ようやく止まった。


「あー……」

「ウィル様……」


 凄惨な事故現場に直面したような沈黙の中、レンが呼びかけるとウィルがびくりと体を震わせた。


「し、しっぱい! いまの、なし!」

「状況を確認する前に戦場へ飛び込むのは大変危険です」


 ウィルが取り繕おうとするが、レンはそれを見過ごさない。どんな魔獣を相手にするか分からない上、人を巻き込む可能性もある。無視していい問題ではなかった。


「どれほど急いでいても、今度からはちゃんと一度止まって確認するようにしてください」

「はぃ……」


 怒られたと思って肩を落とすウィルの頭をレンが優しく撫でる。普通の幼子ならこんな指摘をする必要はないのだ。力を持ってしまったウィルだからこそ指導するレンも厳しくならざるを得ない。


「落ち込んでいる暇はありませんよ、ウィル様」


 誰かのために何かを成したいと動き出したのはウィルである。一度や二度の失敗で足を止めている場合ではない。


(こんな幼い子にそこまで……いや、幼い子だからこそか……)


 若いほど力の使い方を誤りやすい。幼ければ尚更だ。

 トルキス家の特異性を見せつけられたガーネットが難しい顔で唸る前で、レンはウィルと共に周囲の確認を始めた。


「休息所の真ん中に固まって防戦に回っているようですね。包囲されていますから圧倒的に人数が足りていません。防戦が成立しているのはシローがバランスを取って一片たちがリザードをかき回しているからですね」

「うんうん」


 ゴーレムの頭上からだと戦況がよく見える。非戦闘員と思われる者たちが休息所の中央で肩を寄せ合い、シローや男たちがリザードの侵入を阻むように外へと押し返していた。

 そして問題となっているリザードの群れだが、今は休息所を包囲する個体と乱入してきたゴーレムを警戒している個体とに分かれている。


「この種のリザードであればゴーレムをよじ登ってくることはないでしょう」

「なんか、ゴーレムに文句を言ってるみたい……」


 レンの説明を聞いたニーナが同じようにリザードを見下ろして付け加える。足元のリザードはゴーレムを見上げて吼えており、乱入してきたゴーレムに対して苦情を呈しているように見えなくもない。


「ちょうどいいでしょう。リザードがゴーレムを警戒してくれればこの後が動きやすくなります」


 ゴーレムの乱入は結果的に良い方向へ働いたという事だろう。結果だけを見てウィルを評価できない事がレンの辛いところだが。ウィルには自身の魔法に対して責任を持ってもらわないといけない。


「ごーれむさんにさけんでもらうー?」


 見上げて提案してくるウィル。自分の失敗を何とか受け入れてレンの信頼を回復しようと努める様は可愛らしいものだ。

 レンが手を伸ばしてウィルの頬を撫でる。


「いいえ、ウィル様。ゴーレムの咆哮を使うと他の魔獣を刺激する恐れがあります。今の戦力でも十分リザードの群れを討伐できますからここは使わないでおきましょう」


 ゴーレムの咆哮は周辺の魔獣の警戒を買って注目を集める魔法だ。新手の魔獣を呼び寄せてしまう危険もはらんでおり、防戦に回っているシローたちに影響が出ないとも限らない。


「戦場の起点は休息所の中央になっていますからそこから部隊を展開しましょう。アジャンタ様、私どもを休息所の中央まで運んでいただけますか?」

「お安い御用よ!」


 レンの提案にアジャンタが胸を張る。

 大部分のリザードがゴーレムに気を取られている内に休息所から討伐を開始する作戦だ。


「ゴーレムは私が動かすわ……」


 シャークティの申し出にレンは頷いてセシリアたちの方へ向き直った。


「セシリア様には防御壁の展開と怪我人の治療を。ウィル様たちもお手伝いしてください。私はもしもの時の護衛に入ります。他の方々は休息所に降り次第、討伐を開始してください」


 それぞれが頷くのを待ってウィルがアジャンタを見上げる。


「あじゃんた、おねがい」

「行くわよ!」


 アジャンタの魔力がシャークティを除いた全員に行き渡り、宙へと浮かせる。

 ウィルたちはそのままリザードを刺激しないように休息所の方へ降りていった。




 人々は呆然とゴーレムを見上げていた。戦闘に従事している者でさえその手を止めそうになってしまう。

 救援に来たゴーレムがセオリーを無視して戦場に飛び込み、その頭上から精霊を伴って舞い降りた救援部隊は大半が女子供である。

 いったい何を見せられているのか。


「とーさまきたよー!」


 ウィルが元気に呼びかけると防衛線のバランスを取っていたシローが手を上げて応えた。どうやらまだ手を離せる状況ではないらしい。

 それを見たレンが素早く指示を飛ばす。


「ミーシャ、ラッツ、ガーネットさんは防衛線に加勢を。ルーシェとモニカさんは浮いたリザードを排除してください」

「あじゃんたもてつだってあげてー」

「アジャンタ様、よろしいですか?」

「まかせて」


 ウィルの頼みを聞いてレンが確認するとアジャンタは快く引き受けてくれた。


「いくぞ!」


 ラッツに促されてそれぞれが持ち場に散っていく。それを確認したセシリアが杖を天にかざした。


「来たれ樹の精霊! 深緑の境界、我らに迫る災禍を阻め樹海の城壁!」


 広域に展開された魔法防壁がセシリアたちとリザードの間を隔てる。

 安全が確保され、辺りを見渡すウィル。傷を負って動けなくなった騎乗獣を見つけ、駆け出そうとすると体から光が溢れてクローディアが姿を現した。


「待って、ウィル。騎乗獣が興奮して暴れ出すと危ないから騎乗獣は私が治すわ。ウィルたちは人間の傷を癒してあげて」

「わかったー」


 思い留まってクローディアを見送ったウィルがセシリアを見上げる。


「かーさま」

「ええ、参りましょう」


 セシリアとレンを伴って、トルキス家の子供たちが身を寄せ合っていた者たちに歩み寄った。

 多くが女子供であり、セシリアたちから貴族と思しき高貴さを感じ取った大人たちは少し気後れしているようだ。しかし――


「おけがしたひと、いませんかー?」


 第一声から大きな声で気遣うウィルに大人たちの気後れが徐々に薄らいでいく。


「あ、あの……」

「気を遣われなくても大丈夫ですよ」


 代表して進み出た子連れの女性にレンが柔らかく対応した。よく見れば連れの少女は怪我をしているようだ。


「うぃるたちがきたからもーだいじょーぶ」


 怪我に気付いたウィルが少女に向かって掌をかざす。淡い光が溢れて少女の傷を瞬く間に癒していった。


「回復魔法……!?」


 回復魔法は習得難易度の高い魔法だ。そんな魔法をウィルのような幼い子供が無詠唱で発動したことに女性は驚きを隠せないでいた。


「お母様、私たちも」

「お願いね」


 セレナの申し出にセシリアが頷くと、セレナとニーナも怪我人の治療に当たる。彼女たちもウィルの教えを受けてすでに簡単な回復魔法はマスターしている。深い傷でなければ治療は可能であった。

 手際よく負傷者を治療していく子供たち。防御壁の向こう側では新たに参戦したルーシェたちが瞬く間にリザードを討伐している。

 圧倒的な力を見せつける救援部隊に言葉を失っていた女性は我に返って慌ててセシリアたちに向き直った。


「助けて頂き、誠にありがとうございます。その、娘の怪我まで……」

「お気になさらず。今はこの難局を乗り切る事を考えましょう」


 頭を下げる女性をセシリアが優しく手で制する。

 難局も何もない。彼女たちにできた事、それは自分たちに襲い掛かってきたリザードの群れが成す術もなく狩られていく様をただ見守る事だけであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 明けましておめでとうございます。年末から読むのをじっと耐えて仕事してました。やっとウィルを読めて嬉しいです。 ウィルの可愛さやトルキス家の強さなどいっぱい詰まった話で楽しく読ませてもらいまし…
[一言] しっぱいしちゃったけど、レンはちょっとなですぎでわー
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