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ルーシェvsトレント

 シローを先頭に一行がボスの領域へと足を踏み入れる。そこではアンデッドの群れが揺れ動きながらシローたちを待ち構えていた。


「統率が行き渡っているな……」


 シローが目を細め、広場の最奥へ視線を向ける。本来、本能に従い生者を襲うアンデッドだが、その支配は奥に佇む浅黒く変色した巨大な木人に掌握されているようであった。


「やっぱり、異様ですね……」


 そう呟くモニカの言葉にも頷ける。兵士に魔獣に魔法生物と、アンデッドたちに外見上のまとまりはない。死した者という共通点がそうさせるわけだが、それが分かっていてもやはり目の前の光景は異様なものだ。

 それは幻獣である一片からも長く見るに耐えられるものではなかった。


「とっとと終わらせてやるのがこの者たちへのせめてもの手向けである」


 アンデッドになって彷徨う事に希望などありはしないのだ、と。

 一片の意を組んで、シローが手にした魔刀を静かに構えた。


「三式、閃空衝波・薙ぎ」


 横薙ぎに払われた魔刀の切っ先から解放された魔力が強大な空気の塊となって奥にいた巨大な熊型魔獣を側面から殴り飛ばす。鳴く間もなく吹き飛ばされた熊型魔獣が広場の端の枯れ木を押し潰して轟音と共に倒れ込んだ。


(武技、か……?)

(威力がえげつない……)


 傍で見ていたエジルとラッツの頬が引きつる。シローは特に力を込めたような素振りはしていない。という事は大型魔獣を吹き飛ばすだけの威力を発していても、シローはまだ加減して武技を放っているのだ。


「それじゃあ、後は手はず通りに……」


 シローはそれだけ言い置いて、熊型魔獣の方へふわりと飛び去ってしまった。

 呆気に取られていたラッツたちが目配せをする。

 兵士や魔獣のゾンビたちは目の前の自分たちを標的としているようで、シローの援護は必要なさそうだ。後はルーシェをトレントの元へ送り届け、自分たちは成すべきことをすればいい。


「ルーシェさん、いきますよ?」


 エリスが手短に音頭を取ってルーシェが頷くのを確認すると、長尺の杖を前方へ掲げた。


「来たれ光の精霊! 光輝の直槍、我が敵を貫け光の閃刃!」


 一直線に伸びた光の奔流がゾンビたちを触れる端から浄化して道を切り拓いていく。そのひと一人が通り抜けられそうな幅に向かってルーシェが駆け出した。


「水禍の陣!」


 ルーシェが一声上げるとルーシェの周囲を水の魔力が取り囲む。するとその背を見守っていたミーシャたちの視界でルーシェの姿にぶれが生じた。ぶれはルーシェの虚像となってゾンビの群れへと飛び込んでいく。


「相変わらず、反則的な武技よね……」


 モニカが少し納得いかなさそうに呟くのは彼女が訓練でルーシェに負け越しているからで。彼女の呟きを聞いてみんなが苦笑する。

 モニカもトルキス家で訓練を積んでメキメキと実力をつけている一人だ。それでも彼女がルーシェとの訓練に手を焼いているのはルーシェの水禍の陣の効果による。

 ルーシェの水禍の陣は間合いに水属性の魔力を満たすことで二種類の効果を得ることができる。

 一つ目は間合いの外からルーシェを見ると水属性の魔力が光を屈折させ、ルーシェの立ち位置がずれて見える事。遠距離からの攻撃ではルーシェの位置が掴めず、ピンポイントでの攻撃はほぼ不可能となる。

 二つ目はルーシェの間合いの中ではルーシェと違う速度で動くと行動が阻害されてしまう効果だ。ルーシェより速く動こうとすればするほど動きが重く遅くなり、逆に遅く動いてしまうと満たされた水属性の魔力に押し流されてバランスを崩してしまう。

 ルーシェの動き一つで相手に不利を押し付けてしまうこの武技は相当な実力者であっても対応するのが難しい。攻略するには外から広範囲高威力の魔法をぶつけるか、間合いに入って水禍の陣を他の武技で無力化するか、もしくはルーシェの動きに合わせた上でルーシェに勝つしかない。

 獣人であるモニカは自身の身体能力と機敏さを生かす戦い方を得意としており、ルーシェの水禍の陣とは相性が悪かった。


「まぁまぁ~、ルーシェさんの武技にも弱点はありますし~」

「現状では、ね……」


 頬を膨らませるモニカをミーシャが宥める。

 ルーシェの弱点。それは水禍の陣がまだ完成の域に達しておらず、効果範囲が敵味方お構いなしに発動してしまうという点だ。つまり、味方が近くにいると味方の動きまで阻害してしまい、使用できないのである。


「ほらほら、俺たちは俺たちの仕事をするよ」


 エジルが二人に注意を呼び掛ける。突入したルーシェに気を取られる個体もいたが、半分以上はラッツたちの方をめがけてゾンビが進行していた。


(ルーシェさん~、ファイト~)


 心の中で声援を送りながら、ミーシャは迫ってくるゾンビの群れへ手にしたメイスを構えた。



 力強く踏み切って、ルーシェが一気に加速した。エリスの切り拓いてくれたゾンビの群れの間を突き抜ける。

 ゾンビの群れはルーシェの虚像に踊らされ、その殆どがルーシェの間合いに入れていない。入れたとしてもルーシェの水禍の陣に押し流され、その爪がルーシェに届くことはなかった。

 完全にゾンビの群れを通り過ぎるとゾンビたちがルーシェを追うのをやめる。


(トレントの周りには近づかないようになってるのかな……?)


 それはルーシェにとっても好都合である。できると言われても、さすがに他を気にしながらトレントの相手をする自信はない。


「……よし」


 ルーシェのショートソードが光属性の魔力を帯びる。対峙したトレントがゆっくりとルーシェと距離を詰め始めた。


(大丈夫……)


 ルーシェが心を落ち着かせる。確かに巨体を誇るトレントだがルーシェと視線は合っていない。巨体のため、ルーシェの虚像に惑わされているのだ。

 振りかぶったトレントが拳をルーシェの虚像に向けて叩きつけた。


(遅い!)


 今のルーシェであれば、トレントの攻撃範囲が如何に広くとも的を外した攻撃は容易く潜り抜けられる。


「光刃剣っ!」


 相手の一撃を目くらましに肉薄したルーシェがトレントの足を目掛けてショートソードを一閃した。

 光の軌跡を残した一撃がトレントの足に食い込んで。

 こーん、と。いい音がした。まるで木こりが斧で木を打つように。


「あ、れ……?」


 浄化の手応えがなく、ルーシェが焦って頬を引きつらせた。

 異変に気付いたトレントが大きな腕を振って足元を払う。


「あっぶな……!」


 慌てて後方に飛び退いたルーシェがショートソードを構え直した。

 トレントは一瞬ルーシェを視界に捉えたものの、また虚像に惑わされた。しかし、訝しんでいるのか、すぐに追撃はしてこなかった。

 一方、ルーシェは油断なく構えながら、視線をショートソードに向けた。


(武技は発動してる……ってことは単純に威力が足りないんだ)


 加えて相手は魔法生物である。生身の相手であればどこに一撃を打ち込んでも相応の効果を得られるが、魔法生物であればそうはいかない。魔法生物には核があり、核に響く一撃でなければ効果は期待できない。


(あの強度に対抗するには流水剣でないと……)


 水の大幻獣ユルンガルに教えてもらった伸縮自在の水の魔法剣。ルーシェが初めて会得した武技であり、ウィルとユルンガルへの感謝からルーシェはこの武技を一番に磨いてきた。ルーシェの中で一番の攻撃力を誇る。

 だが、流水剣にはアンデッドを祓う力はない。


(流水剣で深手を負わせてから光刃剣で討つ……)


 現状、ルーシェが思いつく手立てはこれしかない。大型のトレントが暴れ出したら水禍の陣だけで抑えきれる保証もない。


(相手が慎重になっている内がチャンスだ……)


 意を決すると、ルーシェは再びトレントとの間合いを詰めた。今度は足元ではなく、一気に胴を払う。


「――――っ!」


 ショートソードから延びた水属性の剣閃がトレントの脇腹をえぐる。しかし、二の太刀を構えたルーシェはその場で踏み止まった。

 流水剣で切り裂かれた場所はすぐに再生を始め、踏み込んで光刃剣を叩き込む隙がない。


(だめだ……一撃ずつじゃ間に合わない)


 薙ぎ払うように腕を振り回すトレントから距離を取りつつ、隙を突いては踏み込んでルーシェの流水剣がトレントを切り裂く。しかし、続く一撃を繰り出す隙はやはり見出せなかった。

 次第にトレントの攻撃も精度を増し、ルーシェを捉え切れないまでも踏み込む隙が少なくなってきた。

 ルーシェの打ち終わりに合わせてトレントの拳が迫り、ルーシェが後方に飛び退く。トレントの攻撃がとうとう水禍の陣の圏内を掠めて、ルーシェが眉根を寄せた。


(このままじゃ……)


 いずれトレントに近づけなくなる。そうなる前に倒さなければならないが、トレントを倒すには流水剣以上の一撃がいる。

 呼吸を整えたルーシェは今まで以上に集中した。


「こうなったら……」


 トレントはこちらに倒すべき一撃がない事を悟ったのか、慎重になるのをやめて自ら前へと進撃し始めている。

 もう何度もチャンスはない。

 ルーシェのショートソードが今まで以上の魔力を帯びた。


(流水剣と光刃剣、同時に叩き込むしかない!)


 それはルーシェも試したことのない事であった。同時に発動できるかも怪しい。だが、ルーシェは知っている。ウィルという小さな男の子はまるで呼吸でもするかのように違う属性の魔法をくっつけたり合わせたりしているのだ。

 ルーシェの覚悟を示すように、ショートソードを包んだ魔力が溢れ、波打つ。


(一撃、それ以上は考えない!)


 ぶっつけ本番。最大まで高めた水属性の魔力に光属性の魔力を重ねる。そして――


「清流剣!」


 気合と共に一声して、ルーシェは魔力の限り振り切った。どこまでも届くような水の斬撃をイメージした一刀がショートソードから延びて煌めく水流となった。

 空気を切り裂き、トレントを切り裂き、その後ろの木々までも切り裂き――

 上下真っ二つになったトレントが断末魔を上げる間もなく、地に落ちた。


「あっ……」


 急激な魔力の消失を感じたルーシェが膝をつく。力の加減ができず、魔力量いっぱいまで消費してしまったらしい。意識を手放さなかったのが奇跡のようだ。

 視線の先で浄化されたトレントが消えゆく。


「勝てた……」


 何とか立ち上がったルーシェがトレントの消えた場所に歩み寄った。足元には掌ほどの種子を模った核が転がっていた。淀んだ光が消えて澄んだ輝きを取り戻していく。

 ルーシェが種子の核を拾い上げる。


「フラフラであるな、小僧」


 不意に声をかけられ、ルーシェが振り向くとそこには一片が佇んでいた。

 ルーシェが苦笑しながら向き直る。


「なんとか……魔力切れ寸前ですけど……」

「あれだけ威力のある武技を初めて放ったのだ。当然である」


 一片はルーシェに理解を示すと鼻先でルーシェの後方をさし示した。釣られてルーシェもそちらに視線を向ける。


「わぁ……」

「それは返してやるといい」


 一片とルーシェの視線の先には新たなトレントがいた。先程対峙した者に比べると樹も葉も鮮やかで、おそらくこれが本来のトレントなのだと納得できる。

 ルーシェが手にした種子の核をトレントに差し出すと、トレントはゆるりとした動きでルーシェから種子の核を受け取った。


『迷惑をかけた……』

「えっ……?」


 頭の中に直接そんな声が響いてルーシェが目を白黒させる。

 その様子を横目で見ていた一片が鼻を小さく鳴らした。


「トレントの声が聞こえたか?」

「えっ? ええ……迷惑をかけた、と……」

「うむ」


 確認して、一片が一つ頷く。

 本来であれば、それは普通の人間が聞くことのできない声である。では、なぜルーシェが聞けたのか。それは水の大幻獣ユルンガルが密かに施した加護にあった。


(無自覚のまま使徒に仕立てるなど……ユルンガル様も困った御方だ……)


 大幻獣の使徒。それは大幻獣が己の名代として人間に与える特別な加護だ。受け取る人間もそれを自覚した上で使命を全うするよう努める。

 ところがユルンガルはルーシェに何も伝えていないのだ。当然、ルーシェ本人に使徒としての自覚はない。

 幻獣としてその事を理解している一片にはため息を吐くしかできなかった。


(まぁ、いい……)


 ユルンガルには今度会った時にでも言い含めるとして。


「小僧、後は他の者に任せてゆっくり休むといい」


 一片はそれだけ言い置くと、軽快な足取りで今なお熊型魔獣を楽にあしらっているシローの元へと戻っていった。

 よく見ればミーシャたちの方もほぼ浄化が終わり、大勢は決しつつある。


「はぁ……疲れた……」


 ルーシェも立ち続けているのが限界で、崩れるように座り込むと空を仰ぎ見るように姿勢を崩した。

 森に立ち込めていた異様な気配はもうほとんど感じなくなっていた。



「これで帰るんですか……?」

「そうですよ~だってルーシェさん、歩けないじゃないですか~」


 情けないルーシェの声にミーシャが嬉々として答える。

 ルーシェはミーシャの背中に担がれていた。魔力が殆ど枯渇してしまってまっすぐ歩けないからだ。魔力回復のポーションもあるが緊急性がない為、使用を控えるように指示された。

 こんなとき頼りになりそうなエジルやラッツはモニカを伴って浄化し終えたゾンビたちの遺品を回収している。本来はルーシェもそこに加わらなければならないのだが、疲労が激しいため免除された。


「それとも~お姫様抱っこの方がいいですか~?」

「……遠慮しておきます」


 もっと恥ずかしい運ばれ方を提案されて、ルーシェは丁重に断った。ルーシェが静かになったことをいいことに、ミーシャがルーシェを背負い直す。

 そんな様子を離れて見守っていたシローの目が細くなる。


「どうかしたか、シロー?」


 横に居並ぶ一片がシローの表情に気付いて声をかけると、シローは小さく笑った。


「いや……ウィルが連れてきたどこにでもいそうな少年が冒険者として一段高みへ登るのを見てるとな……少し感慨深いなぁと」

「同感である」


 一片は素直に同意した。少なくとも、ウィルが連れ帰ってきた頃は頼りなさげな少年であった。

 トルキス家の指導があったとはいえ、ルーシェが短期間で見違えるほど強くなれたのは彼が素直で真面目な上、根気強かったからだ。そして今回見せた難敵に立ち向かう勇気、新たな武技をぶっつけ本番で挑戦する度胸。

 シローや一片でなくても評価するだろう。


「帰ったらもう少し訓練のレベルを上げるか」

「うむ、それがいい」


 ただでさえ厳しいと言われるトルキス家の訓練。ルーシェの訓練レベルは本人の知らないところで上がる事が決定した。


「シロー様……」


 そんなシローたちの下へ神妙な顔つきをしたエジルが歩み寄ってきた。

 ただならぬ雰囲気を感じたシローの表情からも笑みが消える。


「どうしました?」

「騎士の遺品の中にこれが……」


 エジルに差し出されたものを受け取って、シローがピクリと反応する。

 それは王都レティスを混乱に陥れた魔獣召喚の筒であった。


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― 新着の感想 ―
[一言] エジルの成長が素晴らしかった!ウィルの人を見抜く目に嬉しくなりました。トルキス家は強い人の集まりになりつつありますね。次回も楽しみにしています。
[一言] トレントって視覚で物を捉えてるんだ(棒
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