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ウィル、精霊を召喚する

「ふわぁぁぁ!」


 一連の攻防を呆然と眺めていたウィルが、みるみるうちに目をキラキラと輝かせ始めた。


「どうした、ウィル?」


 急に興奮し始めた背上のウィルに風の一片が問い掛ける。


「せれねーさまもにーなねーさまも、すごいねすごいね!」

「そうだな、ウィルも姉達を誇ってよいぞ」

「あのねあのね、ひとひらさん! うぃるも、うぃるも!」

「なんだ? ウィルも魔法が使えるのか?」


 そこまで会話を聞いたアイカとエリスの背中に冷たい汗が流れた。

 降って湧いた緊急事態で一番の懸念事項を見落としていたのである。

 ウィルに魔法を見せてはいけない、という事を。


「よいぞ? ウィル。風の魔法なら儂の魔力で助けてやれる」

「やってみるー」

「い、いけません! 幻獣様、ウィル様」


 慌てて会話に割り込んできたエリスに風の一片が疑問符を浮かべた。


「なんだ? 使えんのか?」

「いえ、そうではなくて……なんと言いますか……」


 ウィルの再現能力をなんとか伝えようとする。

 が、どう説明してよいかエリスが迷っている内にテンションがハイになったウィルは空に向かって魔刀を掲げた。


「かぜのせーれーさん、あつまれー」


 ウィルが魔力を流し込み、魔法を始動させる。

 その言葉を聞いてアイカとエリスは一瞬息をつまらせてから胸を撫で下ろした。


 魔法は大別すると三種類あると言われている。


 一つは、属性魔法。

 一つは、精霊魔法。

 一つは、幻獣魔法。


 属性魔法は大気中の魔素の一端に触れる事で行使する魔法である。

 一般的に使われているのが属性魔法だ。


 精霊魔法は属性魔法の上位に位置する。

 属性魔法よりも多くの魔力と魔素を必要とするが、その威力は属性魔法を遥かに凌ぐ。

 但し、精霊の力を借りなければ発動できない。

 因みに、精霊魔法を人の身で発動出来るようにしたものが属性魔法である。


 幻獣魔法は契約した幻獣が持つ異能を行使する魔法である。

 それぞれが特化した能力を有する幻獣は、有力な幻獣であれば、その一点において精霊の力を凌駕する程である。


 魔法の始動に用いる言葉には意味がある。

 ウィルは始動の際、精霊に集合をかけた。

 それは魔素の一端に触れるどころか、その根源とも言える精霊そのものに働きかける言葉だ。

 ウィルはその事を当然知らなかった。

 そもそも、ウィルは属性魔法すら知らないのである。


 それ故、アイカとエリスはウィルの魔法詠唱が失敗に終わると思った。しかし――


「そういえば、いたな……ここに来る途中に」

「「…………っ!」」


 風の一片の呟きにアイカとエリスが凍りついた。

 顔を見合わせた二人が恐る恐るウィルの掲げた魔刀の先を見る。

 鞘に収まったままの魔刀は緑色の燐光を発し、きっちりと魔法が始動していた。


 やがて力の一端では有り得ない風の魔素の奔流が魔刀の先に集まり始め、余波で小屋を震わせた。


《呼んだー?》

《あれー? さっきの子だー》

《マジかよー》


 風の魔素の奔流に乗って、先程宙を漂っていた精霊の子供達が姿を現した。

 可視化された精霊の姿に、その場にいた全員がぽかんとした表情を浮かべる。

 喋る幻獣もそうだが、精霊なんて滅多に見れるものではない。


「こんにちはー」


 集まった精霊達にウィルが元気よく挨拶すると、精霊達も揃って挨拶を返してきた。


《こんにちは》

《こんにちはー》

《オッス!》

「うぃるべる・とるきすです。さんさいです」


 よろしくおねがいします、とウィルがぺこりとお辞儀すると精霊達がパチパチと拍手した。

 照れたように頭を掻くウィル。

 周りの者を置き去りにしたなんとも言えない空気の中、ほんわかしたやり取りが繰り広げられる。


「おい、ウィル?」


 人の常識の埒外にいる風の一片が落ち着いた様子でウィルに声をかけた。


「なーに? ひとひらさん?」


 覗き込むウィルに風の一片が呆れたように嘆息する。


「魔法を発動せんと集まった魔素が暴発するぞ?」

「おー?」


 風の一片に促されてウィルが魔刀の先を見上げた。


 幻獣の助けを借りて、精霊そのものを呼び寄せて始動した魔法が、ウィル達の突き破った天井から舞い降りる風の魔素を絶え間なく取り込み、魔力を増幅し続けている。


 その様子をウィルがぽけっ、とした表情で眺めて。


 小屋の中を妙な沈黙が支配した。


「ウィ、ウィル様……?」


 嫌な予感がして、恐る恐る声をかけたアイカにウィルが「えへっ」と可愛く照れ笑いを浮かべる。


「なんだっけー?」



 小屋の空気が凍りついた。



 ウィルは風の魔法を見た事がない。

 呪文も知らないし、魔法の再現もできなかった。

 魔法の始動のみ、属性毎の魔力の流れに大差がなかった為、可能だったのだ。


 本来、始動した魔法は発動に失敗すると魔力が霧散する。

 だが、強い魔素を蓄えた精霊を呼び出した事で、魔力は霧散する事なく魔素を取り込み続けて、風船のようにだんだんと膨らんでいた。


 このままでは増幅に耐え切れなくなった魔力が破裂してしまう。

 そうなれば、おそらく今いる小屋など跡形もなく消し飛ぶだろう。

 当然、中にいる人間など一溜まりもない。


 行き着く先が容易に予想できた結果――子供達は泣き叫び、数少ない大人達は狼狽えまくり、幻獣すらも恐怖した。


「うわぁぁぁん! おかーさーん!」

「し、死んじゃうよぉぉぉ!」

「み、みみみんな、お、お、落ち着いて!」

「解いて! 束縛解いてお願いしますもう悪い事しませんからあああ!」

「と、とびら開かない!? なんで!?」


 恐慌状態に陥る人々。


《あはははははっ!》

《あちゃー》

《ヤレヤレだぜ……》


 それを見て笑い転げる精霊の少女と頭を抱える優し気な精霊の少年、活発そうなツンツン頭の精霊の少年は肩を竦める仕草を見せた。


「ど、どうにかならないんですか!? エリス先輩!」


 なんとかウィルを救い出そうと試みるアイカがエリスへ向き直った。

 心配そうな表情でウィルを見守るセレナとニーナを気遣いながら、エリスが首を横に振る。


「ウィル様に実演して見せようにも、これだけ魔素が膨れ上がった状態で同属性魔法を使用すれば、それが作用して暴発を引き起こす恐れがあります……一番いいのは魔力を発動させる手助けをした方が魔法を行使する事だけど……」

「儂には無理じゃぞ! 儂に与えられた魔力ではないし、抜刀してないと儂の魔法は使えん!」


 アイカとエリスがウィルの抱える魔刀に目を向けた。

 三歳のウィルが抜刀するのは非常に危険だ。

 今だって魔刀の先がフラフラと揺れている。


「こまったねー」


 ウィルが暢気な様子で困って見せるが周りはもっと困っている。死活レベルで。

 そうこうしている間にも魔力の塊はさらに膨らんでいる。

 もう天井からはみ出しそうであった。


「精霊達よ、なんとかならんか!? このままでは幼い子供達が巻き込まれてしまう!」


 自分達より上位に位置する幻獣の嘆願に優し気な精霊と活発そうな精霊が顔を見合わせる。

 彼らが視線をウィルに向けると、ウィルがジッと精霊達を見上げていた。


《ったく、しょーがねぇなぁ》


 活発そうな精霊が短い髪をくしゃくしゃと掻いて、ウィルの目の高さに視線を合わせる。


《ホントに風の魔法、使えねーの?》


 精霊の質問にウィルがこくこくと頷いた。


《それでよく俺達を呼べたなぁ……》


 呆れたようにため息をつく精霊をウィルが真正面から見つめる。


「うぃる……せーれーさんとおともだちになりたかったのー」

《そ、そうか……》


 偽りのないキラキラとした純粋な目で見つめられて、活発そうな精霊が照れたように頬を掻いた。

 その様子を後ろで見ていた少女の精霊と優し気な精霊が可笑しそうにクスクス笑っている。

 仲間達にジト目を向けた活発そうな精霊が諦めたようにため息をついた。


《分かった分かった……俺が魔法をぶっ放してやるよ》

「ほんと!?」


 嬉しそうにはしゃぐウィル。

 その後ろに回り込んだ精霊が同じように風の一片の背に跨り、魔刀に手を添える。


「わるいひと、あっちー」

『ひぃっ!?』


 ウィルに指差された男達が悲鳴を上げて竦み上がる。

 それを慌ててエリスが制した。


「いけません、ウィル様!」

「なんでー?」


 ウィルが不思議そうに聞き返す。

 先程まで襲おうとしていた対象に庇われた男達が驚きに目を見張る。

 その視線が、まるで聖女を見るような目に変わった。


 エリスに男達を庇うつもりはなかったが、これだけ膨大な魔力の魔法が直撃すれば男達は死を免れないだろう。

 三歳のウィルにそんな枷を背負わせるわけにはいかない。

 それに、精霊からどのような魔法が放たれるか分からない為、なるべく遠くに向けて放つ必要があった。


「当てないように、なるべく上へ」

《じゃあ、こっちな》


 エリスの意図を組んでくれたのか、精霊が男達の頭上へ魔刀の先を誘導する。

 精霊がウィルの耳元で囁き、ウィルがこくこくと頷いた。

 増幅した魔力が大気を震わせ、地鳴りのような音を響かせ始める。


《いくぞっ!》

「おー!」


 精霊の合図にウィルが声を張り上げて。

 魔刀の鍔の精霊石が一際強い輝きを放つ。


《「暴風の直槍、我が敵を穿け風の光刃!」》


 溜め込まれた風の魔力が一条の光と化して放出され、その強大な魔力の奔流が空間を切り裂いて小屋の壁を突き抜ける。

 逆巻く風の余波が、天井が壊れて弱くなっていた小屋の壁面を吹き飛ばした。


 放出され続ける風の奔流が長く尾を引く。

 その日、王都レティスの空を風魔法の光が突き抜けていった。


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