表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/266

微かな異変

 街から街へ移動するにも時間がかかる。それはどの旅行者も例外ではない。

 だからウィルの行動はシローたちにとってある程度想定内の反応であった。


「うぃるがおうまさんたちをびゅーん、ってはやくしてあげるね!」

「だーめ」


 ウィルが魔法で行軍速度を上げようとするのをシローはやんわりと遮った。ウィルの頬が不満げにぷくりと膨らむ。


「なんでー?」

「訪れた場所を潤すことも貴族の勤めだからさ」

「…………?」


 ウィルはすぐに理解できなかったが、貴族の勤めには訪れた場所の経済を回したり、問題点を解決することも含まれる。緊急でもないのに魔法で無理やり押し通ってしまってはその勤めを果たすことができないのだ。


「特に今回訪れる場所は帝国の支援がまだ不十分な土地だからね」


 戦場になってしまった土地などは魔素が乱れ、自然の恩恵が乏しくなってしまう。その上、支援も不十分とあってはその土地に住まう人々は大変な苦労をしているに違いなかった。


「行く先々で困っている人を助けるんだ。ウィルもたくさん魔法が使えるぞ?」

「おおー!」


 幼いウィルに今回の勤めを理解せよ、というのはなかなか難しい。だが、ウィルには困っている人を助ける事と魔法がたくさん使える事が分かれば充分であった。ウィルの魔法でたくさんの人を助ける。これほどウィルのやる気を引き出すものはなく、その様子を見たセシリアたちも思わず頬を緩めた。

 シローが身を屈めて興奮するウィルの頬を両手で挟む。


「ウィル、お父さんとの約束を覚えているかい?」

「おつきさまのまほーはつかっちゃだめー」

「そうだ」


 正しく言い当てるウィルの頭をシローが撫でる。

 ウィルは一度、村の救援に訪れており、月属性の魔素を解放して問題を解決して見せた。しかし、その強大な力はおいそれと人に見せていいモノではない。要らぬ誤解を生まぬ為、それは親子で交わした固い約束であった。


「心配しなくても乱れた魔素は一片や精霊さまが通るだけでも十分に落ち着く。言い換えれば、ウィルたちがそういう土地を訪れるだけで助かる人がいっぱいいるんだ」

「まかせてー!」


 シローの説明に納得したのか、ウィルが鼻息荒く胸を張る。そんなウィルの様子にシローたちも胸を撫で下ろした。しかし――


「それはそれとしてー」


 どこで覚えたのか、なんだか難しい言い回しをしてくるウィルにシローが嫌な予感を覚える。ウィルがガーネットとした約束をシローも聞いていたからだ。


「ごーれむさん、みせてあげてもいーい?」


 まるでおねだりするような上目遣いにシローが言葉を詰まらせる。さすがに約束を破れとは言い辛い。それにウィルがここ最近大人しく、大きな魔法を自重していたのも事実だ。

 シローは悩んだ末、諦めたようにため息を吐いた。


「わかった。でも、この辺はまだ人が多いから、もう少し待ってくれ」

「はーい」


 色よい返事を聞けて、ウィルが笑みを溢れさせる。この様子であれば勝手にゴーレムを生成することもないだろう。ソーキサスの民をいきなり驚かすという事態も避けられるはずだ。

 嬉しさのあまり小躍りし始めたウィルにシローとセシリアは顔を見合わせると少し困ったような笑みを浮かべるのだった。



 そんなわけで、辺境伯領を出発したウィルたちはシローたちが計画した通りの道順で村に宿泊し、それもなければ街道に整備された旅行者の休憩所で野宿をしていた。


「ウィル様、こちらの土を盛り上げてもらえますか?」

「ウィル、頑張って」

「あいあい!」


 ニーナの声援を背に、ウィルが魔法の杖と精霊のランタンを掲げて魔力を込める。

 街道の整備は領主の管轄であるが、休憩所などは冒険者ギルドに依頼されたり、訪れた有力者の厚意で行われたりもする。今回のウィルたちがまさにそうだ。

 付き添いのエリスの指示を受け、ウィルが魔法で土を盛り上げていく。護衛部隊が宿泊すると手狭になってしまう田舎の休憩所の面積を魔法で広げているのだ。

 当然のことながら、無作為に広げるわけにはいかない。


「もっとー?」

「いいえ、ウィル様。まずはこれくらいにしておきましょう」

「わかったー」


 広げ過ぎると魔獣の生息域を侵食してしまい、休憩所が魔獣に襲われやすくなってしまう。また整備した土地を維持するにも問題が発生してしまう事があった。


「むぅ……」


 土を盛り上げて綺麗に整えたウィルがその出来栄えに眉根を寄せる。エリスもその様子に苦笑した。


「どろんちょ……」

「ですね……」


 土地に多くの水分が含まれていたのか、広げた部分が泥になっている。これではすぐに活用することができない。


「しゃーくてぃ……」


 ウィルがこっそり土属性の精霊であるシャークティに泣きついてみるが色よい返事は返ってこなかった。


『これはしょうがない……初級魔法には初級魔法の難しさがある……』


 ゴーレム生成のような高度な魔法であれば水分を避けることもできるそうだが、整地はその場の土を利用する初級魔法。土質の影響を受けやすい。


『土の中の水分に干渉できないと解決しない……なんとかできるのは水属性か火属性の精霊か幻獣だけ……』


 姿を見せぬまま解説するシャークティにエリスも頷いた。そういう事であれば無理をしてもしょうがない。しかし――


「だったら私の出番ね!」


 胸を張ったのはウィルと一緒にいたニーナであった。泥に向かってかざした手が火属性の燐光を帯びる。


「ボルグ、ジーン、力を貸して!」

(幻獣様の名前、あまり叫んでほしくないんですけどー)


 元気いっぱいがニーナのいい所なのだが、そう感じずにはいられないエリスであった。

 そんなエリスの心配を他所に意味を成した魔力がニーナの小さな手から解き放たれ、泥を包み込んでいく。泥は見る見るうちにその体積を減少させて乾き始めた。


「おおー!」

「じゃんじゃん来なさい、ウィル!」


 減った体積の分だけウィルが整地を行い、嵩増した泥をニーナが乾燥させる。広げられた休憩所は瞬く間にきれいな更地になった。


「でーきたー!」


 整地の完了を見て、ウィルが諸手を上げて喜ぶ。遠巻きに見ていたソーキサス帝国の兵士たちもその様子に拍手を送り、ウィルも隣にいるニーナに惜しみない拍手を送った。


「にーなねーさま、すごい!」

「えへへへへ……」


 ウィルに褒め称えられたニーナは嬉しさのあまりくねくねした。

 そんな二人の微笑ましい姿にエリスが目を細める。言いたい事はあるがそれは後でもできる事だ。


「お二人とも、お見事ですよ」


 労うように頭を撫でてくるエリスにウィルもニーナもご満悦の様子だ。だが、ウィルはそれで収まらなかった。


「もっとにーなねーさまをほめるのです」


 興奮に鼻息を荒くするウィル。ウィルは拙い語彙力で一生懸命ニーナの魔法が如何に素晴らしかったかを説明した。


「げんじゅーさんのまりょくをにーなねーさまがびゅーんてのばしてじょーずにみずのまそをつかまえてそれをきりのまそにかえてつちのまそだけにしちゃったんだよー!」

「落ち着いてください、ウィル様」


 なんとなく言いたいことは分かった。が、肝心の凄かった部分が伝わらない。

 エリスが困った笑みを浮かべているとシャークティが助け舟を出してくれた。


『ニーナが二匹の幻獣の力を上手に操って土の魔素を傷つけることなく泥の水分と水の魔素に干渉したの……熱属性で土を温めながら、一方で火と光の魔力を泥に含まれる水の魔素に絡ませて霧属性へと昇華し、水分だけを排除……失敗していたら土が焦げて整地した場所は形も魔素もガタガタになっていたわ……』

「そー、それー!」


 ウィルが満足げに頷いて、それからシャークティの声が微かに弾んでいるのに気が付いた。


「しゃーくてぃもうれしー?」

『そうね……』


 普段は物静かなシャークティが上機嫌なのもニーナが土属性の魔素を優しく扱ってくれたからのようだ。

 シャークティが喜んでいると分かってニーナの表情も一層華やぐ。


「せいが出ますな」


 突如かけられた声にシャークティが慌てて気配を消した。

 ウィルたちが声のした方に視線を向けるとそこにはソーキサス帝国のベテラン兵士の姿があった。護衛部隊の小隊長である。

 旅を始めて数日、ウィルたちは積極的にソーキサス帝国の兵士たちの下を訪れ、怪我や状態異常、心身の疲弊に気を配り、回復魔法を施して回っていた。彼らは魔法を巧みに使いこなすトルキス家の子供たちに最初は驚いていたが、それが魔法教育の一環であると理解すると好意的に受け止め、度々ウィルたちに声をかけに来てくれている。

 部下を引き連れた小隊長がウィルたちの前で膝をつく。


「さすがですな」

「それほどでもー」


 小隊長から賛辞を贈られてウィルとニーナがもじもじする。その姿に部下たちも頬を緩めた。


「おつかれではないですかー?」

「これはこれは……」


 ウィルからの気遣いに小隊長が相好を崩す。


(不思議な子供たちだ……)


 少なくとも両国の間には戦前のわだかまりが少しは残っていたはずだ。直に戦争を経験していなかったとしても大人たちが意識しないのは無理がある。しかしトルキス家の子供たちはそんな大人たちのわだかまりをいとも容易く解いてしまった。


(この子たちには(さき)の戦争など関係ないんだなぁ……)


 小隊長はしみじみ思う。そして、これからの両国の関係を築いていくのはそういう子供たちなのだ。だとすれば、自分たち大人がしなければならないことは次の世代にわだかまりを持ち込まない事だけ。


「それじゃあ……せっかくのご厚意だし、甘えるとするか」


 小隊長が部下に向き直ると部下からは反対の意見はないようであった。彼らもウィルの体力回復魔法がよく効くことを知っている。それに魔法を使えないとウィルが落ち込んでしまうのも短い付き合いの中で理解していた。

 魔法の使用許可を得たウィルが楽しげに杖を構える。


「きたれつちのせーれーさん。どじょーのげきれー、なんじのりんじんをもてなせつちのさんかー」

「ああ……やはりよく効くなぁ……」


 旅の護衛で体力をすり減らしていた兵士たちにはご褒美とも思える癒しだ。

 深く息を吐く兵士たち。

 ウィルもこの魔法にはとても自信を持っていた。


「うぃるね、いつもおにわでねころんでるるーしぇさんとかもーがんせんせーとかにこのまほーつかってあげてるからね、このまほーとくいなのー」

「なるほど……」


 ウィルの自信の素を聞いた小隊長が癒しの余韻に浸りながら納得し、ふと違和感に気付いた。普通に考えて、家臣が主人の家の庭で寝転ぶことなどないからだ。理由はすぐに分かった。


「みんな、いっぱいとっくんしてがんばってるんだよー」

「そ、そっかー……」


 寝転んでいるわけではない。訓練が厳し過ぎて立っていられないのだ。

 小隊長たちとてソーキサス帝国に仕える身だ。日々の訓練がどれほど厳しいか身をもって知っている。その訓練を上回る、立っていられないほどの訓練。きっと地獄のような訓練に違いない。

 そして、その訓練がどれほど厳しかろうとトルキス家には優秀な魔法使いが多くいる。子供のウィルたちでさえ舌を巻くほどの魔法の使い手なのだ。きっと気さえ失っていなければ魔法で復活させられる。

 そこまで思い至って小隊長はトルキス家の家臣たちの足取りがどことなく軽かったのを思い出した。それはおそらく、日々の鍛錬より危険を伴う旅路の方が楽だからだ。


(不憫な……自分なら絶対に嫌だ……)


 部下たちの顔にもそう張り付いている。彼らは皆、トルキス家の家臣たちに同情した。

 そんな兵士たちの様子を不思議そうに見ていたウィルだった、が。


『ウィル』


 不意に感じた気配と風属性の精霊アジャンタの声が頭に響き姿勢を正した。


『セレナと一緒にお父様の所に行こう』


 アジャンタの提案にウィルがこくんと一つ頷く。それから小隊長の顔を見上げた。


「そーだ、うぃる、せれねーさまのところいかなくっちゃ!」


 苦笑いを浮かべる兵士たちを他所に、ウィルが思い出したかのように告げる。

 突然の申し出だったが、小隊長は気を取り直して頷いてくれた。


「そ、そうか。じゃあ、我々もこれで……」

「じゃーねー」


 その場を後にする兵士たちを見送ってウィルがニーナに向き直った。ウィルが何かを言わんとする前にニーナが切り出す。


「ウィル、ボルグが落ち着かないの」

「だいじょーぶ」


 ウィルはうんうんと頷いて何事か察しているようだった。それを見たエリスが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたんですか、ウィルさ――」

「あ、せれねーさまもきた」


 エリスが言い終わる前にウィルがこちらに向かってくるセレナを見つけた。アイカを引き連れ、どこか神妙な面持ちをしている。


「ウィル、フロウが……」


 ニーナのボルグだけではなくセレナの風狼フロウまで落ち着かなくなっている。一緒にいたエリスもアイカもただ事ではないことをすぐに察した。

 当然、ウィルもレヴィの変化に気づいていて、より強く事態を感じ取ったアジャンタの声にすぐ耳を傾けたのだ。


「とーさまのところにいこー」


 それは明確な異変。兵士に指示が飛んでないところを見るに緊急事態ではなさそうだが、幻獣や精霊を従えて、より気配に敏感になったウィルたちの意見に異を唱えるトルキス家の者はいない。

 ウィルたちは直ちにシローたちがいる筈の馬車の方へ向かうのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。癒しを求めて読みました。相変わらずのウィルの可愛さを堪能しました。これから何が起こるのかドキドキします。ウィルの活躍も楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ