国境を越えて
本日、6月15日はウィル様6巻の発売日です。お手に取って頂けると嬉しいです。
ソーキサス帝国――
フィルファリア王国、フラベルジュ王国と並んで西の三大国のひとつである。
領内の東に位置する山脈から上質な鉱石が取れ、多くを軍備に利用していたことから別名、軍事大国と呼ばれていた。
南に属国を従え、近隣諸国へ権勢を奮っていた帝国が方針を一変したのが十数年前に起こったフィルファリア王国との戦争末期であった。
先代の皇帝には三人の子供がいた。父と同じく他国を侵略する事こそ国を潤すと唱える第一皇子。戦争を起こす財を民の為に使い、平和の道を模索すべきだと主張する第二皇子。側室の子である為、早々と政争から身を引いた第三皇子。
争いは第一皇子と第二皇子の間で起こったが、皇帝の意向から当然第二皇子は受け入れられず、第二皇子に賛同した貴族ともども地方へと追いやられた。
もともと病弱であった第二皇子だがそれでもめげず、民のためにと思案を巡らせ続ける。一方で、皇帝と第一皇子の派閥はフィルファリア侵攻への気運を徐々に高めていった。
そしてフィルファリアと開戦する頃には自然と戦争支持派、反対派、様々な思惑を持った日和見派などに分かれていた。
「どーなったのー?」
ソーキサス帝国の国境へと進む馬車の中。シローの話に耳を傾けるセレナとニーナに挟まれて、逸ったウィルが素直な質問をぶつけた。ウィルに戦の経緯を説明するにはまだ早いようである。
お暇です、と言わんばかりに足をぷらぷらさせ始めたウィルを見てシローとセシリアが苦笑いを浮かべ、シローは簡潔に結果を述べた。
「第三皇子が皇帝になった」
「ふぇ?」
これにはウィルも予想外だったらしい。足を止めて不思議そうな顔をしてシローを見上げた。
「なんでー?」
それを説明しようとしていたのだが。気を取り直したシローがウィルの興味を逸らさぬよう、言葉を選んで説明を続けた。
「フィルファリアとの戦争は、結局ソーキサス側の内乱に戦争反対派が勝利することで終わったんだ」
「みんななかよくしましょーのほう?」
「そうだよ」
「よかったー」
ウィルも戦争は悪い事だと思っているようで、反対派の勝利を素直に喜んだ。
「でも、どうしてですか?」
ウィルと同じく不思議に思ったのだろう、ニーナが続きを催促する。
話を聞くに反対派を指揮していたのは第二皇子だ。第二皇子が皇帝になっていないのはおかしい。
その質問にはセレナが答えた。
「書物では内乱の最中、第二皇子が亡くなられたと書かれていました……」
やはりセレナは賢い。本好きの彼女は本来ならまだ教わる事のない他国の歴史を独学で修めているのだ。
シローは満足げに頷いて、ウィルとニーナにも分かりやすく説明した。
「第二皇子はご病気で亡くなられたんだ。だから第三皇子が跡を継いだ」
本来なら、それは簡単なことではない。早々に政争から身を引いた第三皇子には第二皇子のような信頼できる後ろ盾もない。急遽祭り上げられたとして、何を成せるというのか。
「当然、皇帝や第一皇子たちは第三皇子が反対派を纏めるのは難しいと考えた」
「でも、そうじゃなかった……?」
首を傾げるニーナにシローはまたも頷いた。
「そうじゃなかった。第三皇子は子供の頃から第二皇子と仲が良くてね、体の弱かった第二皇子を裏で支えていた一人だったんだよ。加えて、優秀な冒険者でもあったんだ」
貴族の中には跡取りになれず、冒険者となる者も多い。第三皇子はそんな貴族の子弟や優秀な冒険者と交友を深めつつ人脈を広げ、自らも冒険者となって戦争反対派のために奔走した。
「国内では多くの日和見派の貴族や冒険者たちを味方に加え、国外では東のドヴェルク王国と秘密裏に停戦、西のフィルファリア王国とは共闘の約束を取り付けた」
「戦争してたのに、よく隣国に入れましたね」
幼いニーナも当時の状況では帝国から他国へ渡るのは難しいと考えたらしい。それは全くその通りだ。特にフィルファリア王国は唯一国境を接していた場所で戦争をしていたのである。
ニーナから思った通りの反応を引き出せてシローの笑みが深まった。
「今の皇帝陛下はフィルファリア王国の長い歴史の中で、唯一ロコウ連峰を踏破した冒険者パーティーのリーダーだったんだ」
「「おー」」
知らされた事実にウィルとニーナが揃って感嘆の声を上げる。その様子がおかしかったのか、セシリアとセレナからも笑みが零れた。
ロコウ連峰は険しい山脈の上、強力な魔獣の生息域としても有名だ。ゆえに侵入困難で優秀な国境線としても機能している。生半可な冒険者では到底ロコウ連峰を踏破など出来ない。
「前皇帝も、まさか自分の息子が戦争中の隣国と共闘しているとは思わなかっただろうなぁ」
シローも当時に思いを馳せる。
結局、ソーキサス帝国の内乱は上手く立ち回った現皇帝がフィルファリア王国との戦争で消耗してしまった戦争支持派を圧倒した。
「うーん……」
「どうした、ウィル?」
何事か考え始めたウィルを不思議に思い、シローが尋ねる。
ウィルはそんなシローを見上げ、こくんと首を傾げた。
「とーさまたちはおやまをこえられないのー?」
「ん……?」
一瞬間を置いて、シローはウィルの言わんとしていることを理解した。
ウィルは【大空の渡り鳥】のメンバーでロコウ連峰を越えられないのか、と聞いているのだ。
「越えるだけなら越えられるぞ」
「…………?」
シローの言い回しが理解できなかったのか、ウィルが不思議そうな顔をする。
「皇帝陛下のパーティーが凄かったのは、生息域に住まう魔獣を刺激せずに踏破したからだ。強い魔獣というのは下手に刺激してしまうと人里を襲うようなものもいるからな」
「はぇ~」
竜域などがいい例だ。竜域は人が侵入し、ドラゴンを刺激すると報復のように暴れ出し、周辺の人里などにも被害が出る。それは他の魔獣も同じだ。どのような影響を及ぼすかはその時になって見ないと分からないが、基本的に生息域の魔獣が強ければ強いほど人里に与える影響は大きい。
シローが説明するとウィルは驚いたような、それでいて感心したように口を開けた。
「それじゃあ、お父様たちがロコウ連峰を越えようとするとどうなるんですか?」
興味を示したニーナが素直な質問をぶつけてくるとシローは顎に手を当てて考え込んだ。
「うーん……他の人に迷惑が掛かるのは嫌だからなぁ……」
それは【大空の渡り鳥】の望むところではない。誰に相談しなくとも意見は一致するだろう。なので、【大空の渡り鳥】がロコウ連峰に足を踏み入れればどうなるか、答えはおのずと辿り着いた。
「お父さんたちなら襲ってくる魔獣を全部倒して山を下りてくるんじゃないかな」
身も蓋もない話である。さすがにセシリアもセレナも、質問したニーナも苦笑いを浮かべている。だが、ひとりひとりが一騎当千の実力者である【大空の渡り鳥】であればさほど難しい事ではなさそうだ。
しかし――
「でも、欲しい素材があるわけじゃないし、なんでも狩ればいいってわけじゃないからなぁ……だからお父さんはロコウ連峰の踏破はしないかな」
シローはそう締めくくると不思議そうに見上げてくるウィルの頭を優しく撫でるのだった。




