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セレナとニーナの成長

 学舎の脇にある小屋に避難したエリス達は子供達を奥に固まらせ、身を潜めていた。

 セレナがニーナを抱き寄せ、女性教師は先程まで人質であった男の子の傍にいる。

 外から響く怒号と爆発音に子供達が身を震わせた。


「セレナ姉様……」

「大丈夫よ、ニーナ。お父様がなんとかしてくれるわ」


 この中では最年少になるニーナが不安げな表情を浮かべて見上げてくる。

 それをセレナが笑顔で励ました。

 入り口の扉を警戒していたエリスとアイカが横目でその様子を伺って表情を和らげる。

 しかし次の瞬間、小屋の扉の前に人の気配を感じて二人は扉へと視線を戻した。


 小屋の入り口から柄の悪い男が二人、厭らしい笑みを浮かべて入ってくる。

 危険を感じたエリスとアイカ、それに女性教師が子供達を背に立ちはだかった。


「グヘヘッ。いたいた……」

「イイ女じゃねーか」


 無遠慮に舐め回すような視線に嫌悪感を覚えつつ、エリスとアイカが身構える。

 視線に耐えかねた女性教師が威嚇するように声を荒げた。


「なんですか! あなた達は!?」

「大丈夫大丈夫。俺達、子供に興味ねーから」

「ぶっちゃけ、伯爵のボンボンだってどうでもいいぜ」


 ニタニタした笑みを浮かべながら、男達がジリジリと近寄ってくる。

 その表情から女性を慰み物にしようとしているのは明らかだ。


 男達はこちらの抵抗を警戒してか、すぐには襲い掛かってこなかった。


「俺たちゃ、美味しい蜜が吸えればそれでいいんだ」

「そうそう。お姉さん達が大人しく相手してくれりゃ、子供達が傷つかずに済むからさぁ」


 更に近付こうとする男達に子供達から悲鳴が上がった。


(子供達の安全を最優先するなら、男達を誘い出して外でケリをつけるのが一番ですけど……)


 エリスが油断なく構えながら思考を巡らせる。

 エリスもアイカも護身用の魔法媒体は所持していた。

 媒体としての能力はさほど強くないが、男達を外におびき出せさえすればやり様はある。


 しかし、男達はここで行為に及ぶつもりか、扉を塞ぐように立っていた。

 無理に突破しようものなら子供達に危害を加える危険性がある。

 さりとて、柄の悪い男を相手取って外に誘い出すようなマネができる程、二人は色事に強くはなかった。

 いいようにされるのが目に見えている。


(このままでは……)


 手をこまねいていては手遅れになる。

 やるなら相手を一瞬で無力化するしかない。

 エリスがアイカと目配せをして覚悟を決めようとした、その時――



 ドガァァァァァァン



 轟音と共に何かが天井を突き破って、エリス達と男達の間に落ちてきた。


「な、なんだぁ!?」

「い、いったい……」


 もうもうと沸き立つ煙に包まれた飛来物に双方が呆気に取られる。


 やがて一陣の風が煙を吹き飛ばし、その姿を現した。

 緑の毛並みの大きな狼と、その背に跨る幼い子供の姿を。


 男達の表情が見る間に恐怖で歪み、メイド達やセレナ、ニーナの表情が見る間に驚愕へと染まっていく。


「ば、化け物……」

「「ウィルッ!?」」

「「ウィル様っ!?」」


 背後からかかった聞き覚えのある声に、ウィルが向き直ろうとする。


「あぇっ?」


 が、風狼に跨ったままでは後ろを向き直れなかった。


「ひとひらさーん、うしろがみえませーん!」


 ウィルが風の一片の背中をテシテシ叩く。

 すると、風狼が男達に顔を向けたまま体を横に向けた。

 そうしてようやく視界に入った姉達にウィルが満面の笑みを浮かべた。


「せれねーさま、にーなねーさま、あいか、えりす、たすけにきたよー」

「「「はぁ……」」」


 嬉々とした笑顔を浮かべる三歳児を皆が呆気に取られた様子で見上げる。

 これほど乱入に似つかわしくない存在があるだろうか。

 唯一冷静さを保っていた風の一片が周囲の様子を確認して嘆息する。


「ふむ……側仕えもおったか。杞憂であったかな……」


 言葉を話す狼に周囲がざわめく中、エリスが我に返って進み出た。


「そのような事はございません。奴らは抵抗すれば子供達に危害を加える事を仄めかし、私達に手篭めにされるよう要求してきたのです」

「ほう……」


 エリスの話を聞いて、向き直った風の一片が眼光鋭く男達を睨みつける。


「子供を盾に女を口説こうとは……見下げ果てた奴等だ」

「くっ……うるせぇ!」

「魔獣の分際で偉そうな口を聞くんじゃねっ!」


 いきなり現れた非現実的な存在に狼狽えていた男達が気を取り直して武器を構える。

 しかし、風狼はそれを鼻で笑った。


「儂を魔獣だと……? その程度の眼力だからこのような行いで悦に浸れるのだ、愚か者!」

「なんだと! 魔獣は魔獣だろうが!」


 恐怖よりも怒りが勝ったのか、男達が青筋を立てて武器を握り直す。

 それを風の一片の上から見ていたウィルがぷうっと頬を膨らませた。


「ちがうよー、ひとひらさんはげんじゅーだもん!」

「幻獣だと!? そんなもんが街中にいるわけねーだろ!」

「おうちでねーてーたーのー!」

「「どんな家だよっ!?」」


 真面目にツッコむ男達。

 風の一片がジト目で「寝てはおらん」とウィルに反論するが無視された。


「もういいから、引っ込んでろ!」


 ウィルとのやり取りに痺れを切らした男の一人がウィルに剣を突きつける。


「来たれ火の精霊!」

「「危ない、ウィル様!」」

「「ウィルッ!」」


 魔法を始動させる男に危険を感じ取ったアイカとエリスが飛び出す。

 同時に子供達の中からニーナとセレナが飛び出した。


「火炎の魔弾、

 我が敵を撃ち焦がせ焔の砲火!」

「来たれ精霊! 盾をもちて我らの身を護れ!」

「来たれ火の精霊! 灼熱の境界、

 我らに迫りし災禍を焼き尽くせ炎の壁!」


 男の掲げた剣から放たれた炎の弾丸が一直線にウィルへと飛来する。

 その間に無属性と火属性の薄い膜のような防御壁が二重で展開された。

 炎の弾丸が外側の防御魔法――無属性の防御壁に阻まれて消滅した。


「んな……!?」


 驚愕に固まる男。

 攻撃魔法が防御壁に阻まれるなど珍しい事ではない。

 驚きの理由はそれを遮った少女の存在だった。


「ニ、ニーナ様!?」


 並んで立つ少女にアイカまで驚きの表情を浮かべる。


 攻撃魔法を防ぐには同等の魔力強度の防御魔法が必要になる。

 それを幼いニーナが初級の防御魔法でこなしてしまったのだ。


 小さなワンドを握り締めたニーナが肩で大きく息をする。

 涙を滲ませた瞳で震えながら、しかし、しっかりと男を睨みつけた。


「私はお姉ちゃんなんだから! ウィルは私が護る!」

「くっ……」


 動揺を隠しきれない男が再度魔法を放とうとして躊躇う。

 その一瞬をセレナとエリスは見逃さなかった。


「来たれ精霊! 矢をもちて我が敵を撃て!」

「来たれ水の精霊! 水簾の鎖縛、

 我が敵を縛めよ流水の枷!」

「なっ……うわっ!?」


 セレナのワンドから放たれた魔法の矢が寸分違わず男の剣を撃ち抜いて弾き飛ばし、連続して上方から降り注いだ大量の水が鎖となって男を床へと縛り付ける。


 身動きの取れなくなった男がそのまま膝をついた。


「私だって……ニーナもウィルも護ってみせるわ!」


 胸を張るセレナ。

 横にいたエリスが驚愕に目を見開いていたが、ふと優し気な笑みを浮かべた。


「お見事です。お二人とも……」

「うむ……よく鍛えられておる」


 表情を緩めた風の一片も太鼓判を押した。

 実戦でいきなり結果を出すなど並大抵の事ではない。

 本人達の才能も素晴らしいが、日頃の弛まぬ鍛錬の成果だ。


 子供達の成長にほんわかした空気が流れる一方、完全に劣勢に立たされた残る男は狼狽えることしかできないでいた。


 もはやこの場の決着はついたも同然だ。

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